四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

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第三部 四季姫革命の巻

第二十二章 封鬼強奪 3

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 三
「でも、平安京の中には、簡単には入れないのですよね。どうやって、紬姫に会えばいいんだろう」
 力強い味方ができたものの、紬姫は今もなお、侵入困難な京の中だ。居場所がわかったとしても、易々と近くにはいけない。
 途方に暮れていると、夏が目を細めて、榎を見つめてきた。
「其方は、水無月 榎と言ったな。水無月とは、鬼の眷属ではないのか?」
 突然の的を射た問い掛けに、榎は驚く。
「娘にしては、やけに大きな背丈だと、気にはなっていた。其方は、鬼の末裔なのか?」
 平安時代の人々は、現代と比べると食料事情も良くないし、体も小柄な人が多いという。夏も、並んで立ってみれば、榎と頭一つくらい差がある。
 この時代では、長身の榎は尚更、目立つわけだ。榎を鬼だと勘繰っても、おかしくはない。
 それに実際、夏の憶測は正しい。
「あたしも、最近知ったんですけれど、うちは代々、鬼の血を受け継ぐ家系らしいです。もうだいぶ、薄れているらしいけれど。まあ、怒ると頭に角が生えたり、暴れ出したりといった変化が家族にもあったり……」
 自信はなかったが、父――樫男(かしお)が話していた内容を、しどろもどろに伝えた。
 話を聞いて少し考え込んでいた夏は、何か良い案でも思いついたのか、確信めいた表情で強く頷いた。
「――琵琶湖から、京に向かって注ぐ川の支流の側に、小さな洞窟がある。その洞窟の先は、京内の水路に繋がっているのだが、出入り口が〝鬼憑きの岩〟と呼ばれる強固な岩で塞がれて、通れなくなっているのだ。かつて、恐ろしい妖怪が水路を通って京に入り込もうとしたため、それを防ぐために、鬼によって閉じられたとされる岩でな。取り除けるのは、同じ鬼の力を宿す者だけなのだが。もし其方に、鬼の力があるのならば……」
「その水路を通って、京に入れるんですね!? やってみる価値はありますよ、行ってみましょう!」
 榎は俄然、やる気を奮い立たせた。

 * * *

 支度を整えて屋敷を出た榎たちは、琵琶湖沿いの道を人目を避けて歩き続けた。屋敷はとっくに見えなくなり、松林と枯れた雑草が織り成す砂利道を、淡々と進んだ。
 日が暮れはじめてきた頃、ようやくその洞窟にたどり着いた。
 洞窟の入口はとても大きく、右側には小さな水路が掘られ、琵琶湖の水が中に向かって勢いよく流れていた。
 その上と洞窟の穴を覆い尽くして、巨大な岩が立ち塞がっていた。水路は小さすぎて、人が通り抜けるのは無理だ。
「これが、鬼憑きの岩……」
 榎は岩を見上げて、呆然とする。
 いくら体力馬鹿の榎でも、こんな大岩を動かせるだけの力となると、自信が持てない。
「そう。元は、鬼を従える修験者であった役小角(えんのおづぬ)が、この地を山を越えて行き来するために鬼たちに作らせた、秘密の道だと言われている。他にもいくつもの山越えの地下道があるらしいが、私が知る道はこの場所だけだし、京に通じている道も、ここだけだ。私はこの道を通って、京から逃げてきた」
「夏さんは、逃げる時にどうやってこの岩をどかしたんですか?」
「知人に、鬼を使役する陰陽師がいてね。助けを借りた」
「その人に、もう一度力を借りるなんてことは、できないのでしょうか?」
 万が一、榎がこの岩をどかせなかった時には、その人に頼むほうが確実ではないだろうか。
「残念だが、その者は今、この洞窟の奥に籠っておられる。そう心配するな。其方にならできる、自信を持ちなさい」
 背を押され、榎は岩の前に足を踏み出した。
 榎は岩に圧倒されながらも、岩肌にそっと手を触れてみた。
 掌を通じて、不思議な力が流れ込んで来る気がした。
「何だろう、強い力が伝わってくる。どこか懐かしい、温かい感じもする」
「岩に残った鬼の力が、其方と通じ合おうとしているのだろう。どうだ、動かせそうか?」
「やってみます」
 そもそも、見るからに人の力で動かせそうな代物ではない。
 それでも、やるしかない。この道しか、平安京に入り込める道がないのだから。
 榎は両腕を広げて、岩の側面に手を懸けた。指先に力を込めて押し、足腰にも力を入れる。
 もちろん、びくともしない。
 かといって、止めるなんて選択肢はない。榎は全力を込めて、岩を押し続けた。
「開け、このヤロー!!」
 血管が切れるのではないかと思うくらい押した結果、榎の体のほうに変化が起こった。
 体が熱くなり、額に妙な違和感を覚える。
「角を持つか。やはり、其方は鬼の眷属なのだな!」
 夏が興奮した口ぶりで、驚きの声をあげる。
 自覚はなかったが、以前、鬼化したときと同じく、頭から角が生えてきたらしい。
 鬼の力が表に現れたせいか、さっきよりも力が漲ってくる。
 さらに力を込めると、微かに岩が擦れる音がした。
「少し、動いたぞ!」
 夏の歓喜の声が飛ぶ。その後も徐々に徐々に、榎の力で岩は動き続けた。
「あと少しだ!」
 もう少しで、人が一人通れるくらいの隙間が開く。
 夏が試しに隙間に滑り込み、難無く入れることを確認して、榎に合図を送ってきた。
「やった、開いた!」
「よくやったな。見事な力だった」
 榎は岩から手を離して、地面に倒れ込む。夏が榎に駆け寄り、体を起こしてくれた。
 安心して、肩の力を抜いたのも束の間。
 洞窟の奥から、黒い影が飛び出してきた。
 数は十体以上はいる。影は素早い動きで榎たちを包囲した。
 黒い体を持つ、人手みたいな形をした謎の生命体だった。実態を持たない悪鬼たちにも似た雰囲気だが、邪気は感じない。
「何だ、こいつらは!?」
「式神だよ。陰陽師が使役する、生命の形を変える術によって動かされている存在だ。この入り口を守り、京に行こうとするものを防げるために置かれたのだろう」
 式神。
 紬姫も使役して、身の回りの世話をさせていた。以前、榎もこてんぱんにされた経験から、かなりの強さを有しているだろうとは想像できた。
「榎、式神崩しの術は使えるか」
 夏に訪ねられるが、よく分からず、榎は否定した。
「いいえ、式神と真っ向に戦った経験は、ありません」
 でも、変身すればそれなりに戦えるはずだ。榎は髪飾りを手に、変身を試みた。
 だが、夏によって制止される。
「むやみに戦って勝てる相手ではない。岩を動かして、疲れているだろう。力を温存しておきなさい」
 気を使ってくれるのは有り難いが、この式神たちを、夏は倒せるのだろうか。
 今になって気付いたが、夏の使っていた剣は榎が受け取り、変身を解いたときに十二単の衣装と一緒に消えてしまった。今の夏には、力を駆使するための武器がない。
 なのに、夏の表情にはそれほど焦りはない。いつもの飄々とした笑顔が浮かんでいる。
「夏さんは、式紙を倒す方法を、知っているのですか?」
「式神を退治する術は、妖怪を倒すものとは異なる。同じ方法で挑んだとしても、力で負けていれば決して勝てぬ。其方も、この式神と、こやつを使役する陰陽師の強さ、感じ取れるであろう?」
 榎は頷いた。
「……分かります。とても、強い力だ」
 それこそ、紬姫の使役していた式神なんて、足元にも及ばないほどの。
 連中は先手を打って攻撃して来る様子はないが、もし、榎たちが怪しい動きをすれば、たちまち攻撃に転じるだろう。それだけの殺気を、常に放っている。
「残念だが、この式神を生み出した陰陽師は、私たちよりもはるかに強いのだ。よって、力のぶつけ合いでは、とうてい敵わぬ」
 表情とは裏腹に、夏の言葉には諦めと絶望しかなかった。
「じゃあ、どうするんですか? このままでは、先に進めませんよ!」
 まさか、この後に及んで諦めるつもりなのか。
 榎は焦る。最悪、敵うか分からないにしても、榎が変身して戦わなければ。
 だが、夏も引く気はないらしい。
「理を、利用するしかない。いくら強かろうとも、決して陰陽師が敵わぬ力を用いて、陰陽師の力を打ち負かせばよい」
 夏は式神たちの中心で直立し、全身の力を抜いた。
 気配を消し、無となる。無防備な姿にも取れるが、近寄りがたい空気を纏っていた。
「夏さん、何を……?」
「少し、下がっておいで。力を抑制できる自信がない」
 そう言い放った直後。夏の体の中から、悍ましい気配が一気に膨れ上がった。
 夏の体を、どす黒い邪気が包み込む。肌の色も黒く変色し、爪や歯が伸びて、鋭く尖った。
 その悍ましい姿に、榎の全身を悪寒が走る。
「この気配は、悪鬼の力!?」
「私の体には、人間と、悪鬼の血が流れている。伝師は、そうやって二つの血を混ぜ続けることで、強さを得て地位を築いてきた一族だから」
 姿は変わっても、意識はしっかりと保っている。邪気に体を支配されたというよりは、自在に操っているのだろうか。
「この世の理において、陰陽師は悪鬼に対して何らかの干渉を得る術を、一つも持たない。だからこそ、己よりも強い陰陽師の一族を潰し、服従させるために、伝師は悪鬼の血にこだわったのだ」
 夏は両腕に邪気を密集させ、周囲にむけて振りかざした。放たれた邪気は凄まじい力の塊となって式神を襲い、一瞬にして消滅させた。
 榎は呆然と、そのありえない戦いを見つめることしかできなかった。
「今の私は、鬼閻の封印によって夏姫としての力はほとんどなくしてしまった。自在に使える力と言えば、この悪鬼の力くらいだ」
 式神を全滅させた夏は、悪鬼の力を押さえ込み、内側に収縮させた。
 衰弱しているのか、体をよろめかせ、疲れきった表情を浮かべている。
「でも、その歪んだ力は、使いすぎると……」
「よくないね。悪鬼の血を受け入れ続けられる頑丈な器でもない限りは、いずれは悪鬼の力に体が浸食されてしまう」
 まさに、両刃の力。使えば絶大な破壊の力を発揮するが、その度に夏の命の灯は、小さく短くなる。
「だが、この先も、我らの敵と対峙することになれば、私は迷わずこの力を用いて戦おう。だが願わくば、私は人のままで死んでいきたい。だからもし、私の器が保たなくなったら、その時は、私に止めを刺してくれるか」
 力なく、夏は榎に微笑みかけてきた。
 榎の心が、痛む。
 榎の使命は、夏の命を蝕んでいる。己の命が尽きるとわかっていても、その力を、榎たちの未来のために、使ってくれようとしている。
 この人の生き様を見ていると、不思議に思える。
 夏が京を逃げ出して琵琶湖までやって来たのは、命を狙う連中から逃れて、生き延びるためではなかったのだろうか。
 今の夏の姿を見ていると、だんだん、違う気がしてきた。
 夏は、死を恐れていない。
 ただ、生きていられる短い間に、何かを成そうとしている。そんな強い意志が伝わってきた。
 その本来の目的は榎には分からない。
 それでも、夏の中にある使命感を、潰してしまいたくなかった。
 榎は髪飾りに力を込め、夏姫に変身した。
 夏は無言で、その様子を見ていた。
「止めなんて、刺しません。この先は、あたしが、陰陽師として戦う。あなたが暴走しても、悪鬼の力を、必ず止めて見せます。だから、絶対に無理をしないで」
 夏姫に変身した榎に、夏は穏やかに笑いかけた。
「頼もしいな。できれば私も、ことの成り行きを最後まで見届けたい」
 榎は、手に持った白銀の剣の柄を、夏に向かって差し出す。
「剣を、お返ししておきます。あなたが戦うために、必要なものだ」
 だが、夏はその剣を拒み、榎に押し返した。
「そなたに託す。その剣は、夏姫のものだから。其方が使ってこそ、相応しい力を発揮するであろう」
「でも、夏さんに、あんな危ない戦いをさせるわけにはいかない」
 榎が引かないと分かると、夏は少し考えて、周囲を見渡した。
 洞窟の脇に、落石や落ち葉に隠れて、人間のなきがらが横たわっていた。放置されて、かなりの月日が経っているのだろう、既に白骨化していた。
 鎧を身に纏っている。京を守っていた兵士だろうか。
 榎が驚いていると、夏は亡骸に近付いて、側に落ちていた剣を拾い上げた。
 錆びて、刃も所々欠けていたが良い剣らしく、夏は軽く振り回して満足そうに見つめていた。
「研げば充分、使えるな。私は、この鈍(なまく)らで充分だよ。案ずるな、己の身は、己で守れる」
 夏の強気な眼光を浴びると、榎もそれ以上は強く言えなかった。
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