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第三部 四季姫革命の巻
第二十四章 春姫革命 5
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五
「其方は、まさか白烏(しろからす)か!?」
我に返った板取が、沈黙を破る。
突然現れた朝の姿に、周囲の女中たちからも、どよめきが広がった。
「在り得ぬ。白烏は封印の儀式にて、鬼閻と共に封印石に封じられたと聞いたのに」
「まさか、もう封が破れたと申すのか!? 姫様たちが命懸けで施した封印が……」
本来なら、朝はこの時代のこの場所に、いるはずのない存在だ。伝師一族の末端として、ある程度の事情を知っている人々は、動揺を隠しきれない。
驚きと警戒心の目で、朝を遠目に観察している。
「あの、違うの。ここにいる朝ちゃんは……」
椿は事情を説明しようと口を開いてみたが、どう話せば正確な事情がここの人たちに伝わるか、分からない。
それに、朝について話すなら、椿の素性も話さなければなるだろうし、ますますややこしくなりそうだ。
戸惑う椿を遮って、立壺が朝に近寄った。
「朝月夜ですね。かつて、四季姫様たちによって匿われた、半妖の存在」
その落ち着いた物腰に、しばらく放心状態だった朝も平常心を取り戻した。
春姫を引き離して立壺と向かい合う。
「立壺様、ですね。伝師北家の、女房頭の」
朝は丁寧に挨拶をして、頭を下げた。
お互いに存在は知っているが、初対面らしい。
「其方がこの地に居(お)ること、我らには喜ぶべきか嘆くべきか、判断つきませぬが、春姫様の元に参られたとあらば、丁重に出迎えいたしましょう」
立壺も、朝に向かって丁寧に頭を下げた。
「僕みたいな化け物を、もてなすと仰るのですか?」
「其方を化け物と罵り呼ぶならば、我らは姫様をも化け物と、呼ばねばならなくなります」
悪鬼の血を引くという点では、朝も春姫も、そう大きな違いはない。
春姫の下で仕える立壺たちは、そういった悪鬼に対する差別心や恐怖心を全て捨てて、対等な人間として扱うことで、春姫に忠誠を誓ってきたのだろう。
朝も、思っていた以上に警戒されなかったのが意外だったのか、少し戸惑っていた。
「ただし、ひとつ頼みがございます」
立壺は頭を上げ、穏やかな瞳でまっすぐ、朝を見つめた。
「其方が封印石の外に居る理由、我らは深く問い質すつもりはありません。ただ、もし其方が封印の儀における使命から解放された身であるならば、春姫様が鬼閻を封じるために差し出した陰陽師の力を、姫様に返して頂きたい」
その言葉を聞いて、椿は納得した。
立壺たちからすれば、白神石の封印が破れて鬼閻が復活する危機よりも、春姫が失った力を取り戻せる希望のほうが、よっぽど重要なのだ。
だが、その願いは叶わない。その事実を、椿は誰よりも知っている。
「それは、できかねます。四季姫様たちから頂いた力は、鬼閻を完全に滅するため、全て姫様たちにお返しいたしました」
「返した? それはいったい、どういう訳じゃ!」
「もちろん、この時代の、封印を行った姫様たちではありません。魂が転生し、生まれ変わった四季姫様たちに」
朝の説明に、板取たちは狐に抓まれたような表情を浮かべ、訝し気に朝の顔色を伺っていた。
「白神石の封印が解けるのは、今から遥か千年も先の話です。この時代の封印石はまだ、鬼閻を閉じ込めたまま、どこかに隠されているでしょう。僕は千年先の時代で封印から解き放たれ、時を渡ってこの時代に戻ってきたのです」
ざわめきが広がる中、立壺だけは話の筋を理解して納得できるだけの根拠を持っていたらしく、冷静に頷いた。
まだ混乱している女中たちの前に歩み出て、静かに口を開く。
「伝師の禁術には、〝時渡り〟と呼ばれるものがあると聞いております。其方は、その禁術を用いて、後の世からやってきたと……?」
「そうです。生まれ変わった四季姫様たちを護衛して、後の世を救うために、この時代に来る必要があったのです」
「では、もしや、その生まれ変わりとは……」
すぐに察しがついたのか、立壺の視線が椿を射止めた。朝は頷く。
「そちらにいらっしゃいます、椿さんです」
「なるほど。さすれば、顔が瓜二つの娘が突然現れたことにも、合点がいきましょうや」
「立壺様、かようなものの言葉を鵜呑みにされるおつもりか!?」
まだ信用できない、といった様子で、板取が反論する。立壺は至って冷静に、板取の口を制した。
「もし、封印が破れて鬼閻が世に放たれていれば、この京が無事であるはずがないでしょう。それに、椿からは、初めて出会(でお)うた時から、妙に懐かしい感じがしました。少なくとも、椿は我らの敵ではないし、その椿を守ろうとしている白烏もまた、悪とは思えませぬ」
立壺は自分なりに結論を出し、椿と朝に優しく微笑みかけてくれた。
「其方たちの話を信用しましょうぞ。よくぞ、屋敷を守って下さいました」
「感謝、致します」
朝は立壺に、深く深く頭を下げた。
他の女中たちは、まだ腑に落ちなさそうな表情を浮かべていたが、立壺の判断に文句をつけるものはいなかった。
話が一区切りつくと、春姫はまた朝にしがみついて、胸に顔を埋めた。
「朝月夜。もう、どこにもいかないで。ずっと、春の側にいて」
椿はその様子を、複雑な心境で見つめていた。
朝は少し、そんな椿の視線を気にする素振りを見せつつ、春姫に目を向けた。
どこか冷たく、感情のこもらない瞳に見えた。
「春姫様。先ほども申し上げましたが、僕はあなた方に封印された朝月夜とは異なる存在なのです。今の僕には、椿さんを守る使命があります。ですから、あなたのお側にはいられません」
朝がこの時代に戻って来た目的を再度話すと、春姫は体を大きく振るわせた。朝の腕を掴む力が、だんだん強くなる。
痛みが走ったのか、朝は表情を歪めた。
春姫が、朝の着物から顔を離す。朝の顔を見上げた春姫の顔は、また可憐な少女から、悍ましい姿に変貌を遂げていた。
無の表情。吸い込まれそうな黒い闇を湛えた、二つの目。
椿の全身に、悪寒が走る。先刻、椿に見せた姿と同じものだ。
「朝月夜。春を裏切るのかえ? ずっと、其方を待ち続けていた春を……」
低く小さな声にも拘らず、恐ろしいほど重圧があり、圧迫感を覚える声色だった。
朝は額に、大粒の汗を浮かべて、顔を青褪めている。
「……分かりました。貴女のお側に、いつまでも居ります」
震える唇を微かに動かし、そう春姫に告げた。
途端に、春姫の表情が元に戻った。屈託のない幼い笑顔をにっこりと浮かべる。
そのまま機嫌よく、朝の着物の裾を引っ張った。
朝は抵抗する様子もなく、唯々諾々と従って、屋敷の中に消えていった。
意思を持たない、操り人形みたいに。
「春ちゃんが愛し合っていた人って、朝ちゃんのことだったのね……」
取り残された椿は、二人の後姿を呆然と見つめていた。
元々、前世の四季姫たちと朝月夜たちに深い繋がりがあっただろうとは、簡単に想像できた。
春姫と朝月夜が、かつて相思相愛の中だった、と言われても、決して否定はできなかった。
「でも、何だか変な感じ。二人の気持ちが、噛み合っていない気が……」
さっきの二人の様子を見ていると、とても互いに愛し合っているとは思えなかった。
今までだって、椿と一緒に過ごしてきた朝には、春姫を恋焦がれるような素振りなんて一度もなかった。
朝の真意は、どうなのだろう。
そして春姫は、この違和感に気付いていないのだろうか。
個人的には、春姫と朝が結ばれてしまうなんて、椿は嫌だ。椿だって朝が大好きだし、ずっと側にいたいと思っている。
だが、今回に限って言えば、春姫を恋のライバル、みたいな感じで見ることができなかった。
椿の心中は、ますます複雑な渦の中に巻き込まれていく。
「其方は、まさか白烏(しろからす)か!?」
我に返った板取が、沈黙を破る。
突然現れた朝の姿に、周囲の女中たちからも、どよめきが広がった。
「在り得ぬ。白烏は封印の儀式にて、鬼閻と共に封印石に封じられたと聞いたのに」
「まさか、もう封が破れたと申すのか!? 姫様たちが命懸けで施した封印が……」
本来なら、朝はこの時代のこの場所に、いるはずのない存在だ。伝師一族の末端として、ある程度の事情を知っている人々は、動揺を隠しきれない。
驚きと警戒心の目で、朝を遠目に観察している。
「あの、違うの。ここにいる朝ちゃんは……」
椿は事情を説明しようと口を開いてみたが、どう話せば正確な事情がここの人たちに伝わるか、分からない。
それに、朝について話すなら、椿の素性も話さなければなるだろうし、ますますややこしくなりそうだ。
戸惑う椿を遮って、立壺が朝に近寄った。
「朝月夜ですね。かつて、四季姫様たちによって匿われた、半妖の存在」
その落ち着いた物腰に、しばらく放心状態だった朝も平常心を取り戻した。
春姫を引き離して立壺と向かい合う。
「立壺様、ですね。伝師北家の、女房頭の」
朝は丁寧に挨拶をして、頭を下げた。
お互いに存在は知っているが、初対面らしい。
「其方がこの地に居(お)ること、我らには喜ぶべきか嘆くべきか、判断つきませぬが、春姫様の元に参られたとあらば、丁重に出迎えいたしましょう」
立壺も、朝に向かって丁寧に頭を下げた。
「僕みたいな化け物を、もてなすと仰るのですか?」
「其方を化け物と罵り呼ぶならば、我らは姫様をも化け物と、呼ばねばならなくなります」
悪鬼の血を引くという点では、朝も春姫も、そう大きな違いはない。
春姫の下で仕える立壺たちは、そういった悪鬼に対する差別心や恐怖心を全て捨てて、対等な人間として扱うことで、春姫に忠誠を誓ってきたのだろう。
朝も、思っていた以上に警戒されなかったのが意外だったのか、少し戸惑っていた。
「ただし、ひとつ頼みがございます」
立壺は頭を上げ、穏やかな瞳でまっすぐ、朝を見つめた。
「其方が封印石の外に居る理由、我らは深く問い質すつもりはありません。ただ、もし其方が封印の儀における使命から解放された身であるならば、春姫様が鬼閻を封じるために差し出した陰陽師の力を、姫様に返して頂きたい」
その言葉を聞いて、椿は納得した。
立壺たちからすれば、白神石の封印が破れて鬼閻が復活する危機よりも、春姫が失った力を取り戻せる希望のほうが、よっぽど重要なのだ。
だが、その願いは叶わない。その事実を、椿は誰よりも知っている。
「それは、できかねます。四季姫様たちから頂いた力は、鬼閻を完全に滅するため、全て姫様たちにお返しいたしました」
「返した? それはいったい、どういう訳じゃ!」
「もちろん、この時代の、封印を行った姫様たちではありません。魂が転生し、生まれ変わった四季姫様たちに」
朝の説明に、板取たちは狐に抓まれたような表情を浮かべ、訝し気に朝の顔色を伺っていた。
「白神石の封印が解けるのは、今から遥か千年も先の話です。この時代の封印石はまだ、鬼閻を閉じ込めたまま、どこかに隠されているでしょう。僕は千年先の時代で封印から解き放たれ、時を渡ってこの時代に戻ってきたのです」
ざわめきが広がる中、立壺だけは話の筋を理解して納得できるだけの根拠を持っていたらしく、冷静に頷いた。
まだ混乱している女中たちの前に歩み出て、静かに口を開く。
「伝師の禁術には、〝時渡り〟と呼ばれるものがあると聞いております。其方は、その禁術を用いて、後の世からやってきたと……?」
「そうです。生まれ変わった四季姫様たちを護衛して、後の世を救うために、この時代に来る必要があったのです」
「では、もしや、その生まれ変わりとは……」
すぐに察しがついたのか、立壺の視線が椿を射止めた。朝は頷く。
「そちらにいらっしゃいます、椿さんです」
「なるほど。さすれば、顔が瓜二つの娘が突然現れたことにも、合点がいきましょうや」
「立壺様、かようなものの言葉を鵜呑みにされるおつもりか!?」
まだ信用できない、といった様子で、板取が反論する。立壺は至って冷静に、板取の口を制した。
「もし、封印が破れて鬼閻が世に放たれていれば、この京が無事であるはずがないでしょう。それに、椿からは、初めて出会(でお)うた時から、妙に懐かしい感じがしました。少なくとも、椿は我らの敵ではないし、その椿を守ろうとしている白烏もまた、悪とは思えませぬ」
立壺は自分なりに結論を出し、椿と朝に優しく微笑みかけてくれた。
「其方たちの話を信用しましょうぞ。よくぞ、屋敷を守って下さいました」
「感謝、致します」
朝は立壺に、深く深く頭を下げた。
他の女中たちは、まだ腑に落ちなさそうな表情を浮かべていたが、立壺の判断に文句をつけるものはいなかった。
話が一区切りつくと、春姫はまた朝にしがみついて、胸に顔を埋めた。
「朝月夜。もう、どこにもいかないで。ずっと、春の側にいて」
椿はその様子を、複雑な心境で見つめていた。
朝は少し、そんな椿の視線を気にする素振りを見せつつ、春姫に目を向けた。
どこか冷たく、感情のこもらない瞳に見えた。
「春姫様。先ほども申し上げましたが、僕はあなた方に封印された朝月夜とは異なる存在なのです。今の僕には、椿さんを守る使命があります。ですから、あなたのお側にはいられません」
朝がこの時代に戻って来た目的を再度話すと、春姫は体を大きく振るわせた。朝の腕を掴む力が、だんだん強くなる。
痛みが走ったのか、朝は表情を歪めた。
春姫が、朝の着物から顔を離す。朝の顔を見上げた春姫の顔は、また可憐な少女から、悍ましい姿に変貌を遂げていた。
無の表情。吸い込まれそうな黒い闇を湛えた、二つの目。
椿の全身に、悪寒が走る。先刻、椿に見せた姿と同じものだ。
「朝月夜。春を裏切るのかえ? ずっと、其方を待ち続けていた春を……」
低く小さな声にも拘らず、恐ろしいほど重圧があり、圧迫感を覚える声色だった。
朝は額に、大粒の汗を浮かべて、顔を青褪めている。
「……分かりました。貴女のお側に、いつまでも居ります」
震える唇を微かに動かし、そう春姫に告げた。
途端に、春姫の表情が元に戻った。屈託のない幼い笑顔をにっこりと浮かべる。
そのまま機嫌よく、朝の着物の裾を引っ張った。
朝は抵抗する様子もなく、唯々諾々と従って、屋敷の中に消えていった。
意思を持たない、操り人形みたいに。
「春ちゃんが愛し合っていた人って、朝ちゃんのことだったのね……」
取り残された椿は、二人の後姿を呆然と見つめていた。
元々、前世の四季姫たちと朝月夜たちに深い繋がりがあっただろうとは、簡単に想像できた。
春姫と朝月夜が、かつて相思相愛の中だった、と言われても、決して否定はできなかった。
「でも、何だか変な感じ。二人の気持ちが、噛み合っていない気が……」
さっきの二人の様子を見ていると、とても互いに愛し合っているとは思えなかった。
今までだって、椿と一緒に過ごしてきた朝には、春姫を恋焦がれるような素振りなんて一度もなかった。
朝の真意は、どうなのだろう。
そして春姫は、この違和感に気付いていないのだろうか。
個人的には、春姫と朝が結ばれてしまうなんて、椿は嫌だ。椿だって朝が大好きだし、ずっと側にいたいと思っている。
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