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第三部 四季姫革命の巻
二十五章interval~そして燕下の血は~
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降り頻る雪の中。崩れ行く四季山を眺めながら、了念は外れの小高い丘の上で風に吹かれていた。
冬姫の単衣に包まれた、小さな我が子を抱きながら。
別れた瞬間に、悟った。もう、この時代にて、あの少女に―—冬姫の魂を受け継ぐ娘とは、再会も叶わぬのだと。
「四季姫の魂は時を越え、遠い未来で再び、愛するべき人となる」
その話が真実であるならば、あの少女は、千年後の世で、生きている。了念の血を引く者と共に、幸せに暮らしている。
「千年後か。はるか先だ。だが以前、冬から教わった伝師の秘術を用いれば、一瞬で行ける」
今、了念の脳裏には、一つの結論が導き出されていた。
この時代に生き続けたとして、最早、燕下の血筋に未来は見出せない。冬姫との約束を果たせない。
あの少女に、恩も返せない。
ならば、この命を繋ぐためにするべき行動は、一つだ。
「――そう、〝生きる〟のだ。どんな形でも良い、禁忌でも構わぬ。我らは生きて、再び、あのお方に会わねばならぬ」
了念の声に反応したのか、赤子が泣きだした。
あやしながら、了念は少し前の記憶を呼び起こした。
『良かった。了生はん、助かったで……』
あの少女が呟いた、愛しい者の名が、頭から離れない。
了念は軽く微笑み、赤子の顔を覗き込んだ。
「了(あきら)かに生きる。良き名であるな。お前の名は、了生だ」
その名を受けると共に、赤子はぐずるのをやめて、まだ開ききらない小さな瞳で、了念を見つめていた。
そう。時が流れ、遥か未来で、冬姫の魂は再び巡って燕下と出会う。その相手が、この赤子が成長した若者であって、何がいけない。
命を救い、愛する者を救ってくれたあの少女を助け、新たなる冬姫として覚醒させ、戦いと平穏の果てに幸福へと導くものが了念たちであって、何がいけない。
覚悟は、すぐに固まった。
「母との約束、果たしに行くか、了生。はるかに長い、時の旅路の果てに、我らの愛する人は、待ってくれておる」
了念は精神を集中させ、以前、冬姫から教えてもらった、禁術の術式を唱え始めた。
足元から、激しい力の流れが押し寄せてくる、全身を強烈な力を放つ水に包まれ、宙に浮きあがる感覚に襲われる。
苦しい。大人がこれほど苦しくて、赤子が生きて耐えられるのか。
一抹の不安が過るものの、もう後戻りはできない。
根拠はないが、心配はないと、考えを切り替えた。そして、強い力の流れの渦に、身を委ねた。
「お前は必ず、幸せになれる。幸せにしてくださる。――冬姫様が」
* * *
次に目を覚ましたとき、了念たちは見知らぬ山で倒れていた。
腕の中では、了生が激しい鳴き声を上げている。
生きて、禁術の力を乗り越えられた。了念の中に、安堵が広がった。
赤子の鳴き声に気付いて様子を見に来た、近くの寺の僧に助けられ、千年後の妙霊山にやってきたのだと知った。
了念は年老いた僧から教えと修行を受け、了封寺を継いだ。名を了海と改め、了生を育てながら、四季姫たちの魂が新たにこの世に降り立った事実を感じ取った。
いずれ訪れる覚醒の時を、冬姫との再会を待ち続けた。
そして、二十数年ぶりに再会した冬姫―—師走柊は、初めて会った時よりも幼く感じ、陽気な仮面の下に、凍てついた雰囲気を纏っていた。
一見、平和そうに見えるこの千年後の世であっても、人間は煩悩と不幸の泥沼の中で、常に溺れ続けている。
柊もまた、何らかの心の闇を抱え、誰かの差し伸べる手を、待っている。
救わなければならない。この少女を、必ず。
了海の願いは通じ、了生と柊の間には、確かな絆が生まれていった。初めて出会った時に感じた、無垢ながらもしっかりした、力強い少女に近付いていった。
* * *
時は流れ、現代。
了海は今、山の中に作られた地脈解放の陣の脇に腰を下ろし、印を結んで力を放ち続けていた。
この陣は、地脈の出入り口の役割を果たす。その先は、千年前の平安京へと続いている。時渡りを行えば、その道は閉ざされ、元の時間軸には戻れないとされている。
だが、こちら側から扉を開き続けている限り、四季姫たちが千年前の時代から再び時渡りを行えば、必ずこの場所に戻って来られる。
時を逆行して渡った四季姫たちが、無事に帰還するために欠かせない、大事な扉だ。
了海の他に、陣を挟んで向かいには、陰陽月麿、伝師の長―—紬姫と、その娘の奏が、同じく印を結んで、扉を開き続けるために力を注いでいる。
了海から愛するものを奪った憎き相手であるものの、今は、四季姫たちを無事にこの時代に連れ戻すという、共通の目的を持つ者同士。いっさいの怒りや憤りは全て陣を開く力に注ぎ、了海は黙々と精神を集中させた。
隣では、息子―—了生が、顔中から汗の玉を浮かべながら、苦心の表情で印を結んでいた。その体は透けて、今にも消えてしまいそうだ。
「了生。辛いだろうが、今しばらく堪えよ」
休ませてやりたいが、今は一人でも多く、力が欲しい。了生も引かなかった。
「分かっとる。柊さんが、皆さんが無理して戦ってくれとんのに、俺だけ休んでおれるか」
了生の命を救うために、命懸けで時を渡って戦ってくれている少女がいる。その少女を見捨てるなんて無神経な真似が、許されるはずがない。
ふと、一瞬、地脈の流れに歪みが生じた気がして、了海は顔を上げた。
何者かが過去の時代から、現代に近しい時代に向けて時を渡った。その感覚が、地脈を通して微かに伝わったのだと気付いた。
辺りを見渡すが、みんな地脈の維持に集中している。その微小な変化に気付いたものは、了海だけだった。
同時に、了生の顔から苦痛が消え、透けていた体が元に戻った。
「なんや、体が楽になってきた。地に足がついた感じや」
奏と月麿も、了生の変化に気付き、驚きと安堵の声を上げた。
「歴史が、うまく修正されているのかもしれませんわ。燕下家の先祖が、無事に生き延びたのでしょう」
「四季姫たちが、頑張ってくれておるのじゃ……」
了生が助かった。
その事実は、四季姫たちが時を渡って、平安時代で時間の流れを正常に戻している証拠になる。無事でいるのだという、証明になる。
正直みんな、不安はあったのだろう。このまま地脈を開き続けても、戻ってくる前に四季姫たちの命が尽きていたら。地脈の流れに巻き込まれて、あらぬ場所を彷徨っていたら。
そんな危惧が常に心のどこかにあって、集中力が乱れていたのだろう。
だが、無事だと確信が持てた。この陣を開き続ける意味がある。みんなの表情に、再びやる気が漲った。
「了生、さらに気合を入れよ! 冬姫さまとの繋がり、絶対に離すな!」
了海は、掠れた声を張り上げた。了生は驚きながら、了海を横目に見る。
「言われんでも、分かっとる! なんや、急に……」
了生は言葉を詰まらせた。
「親父、どないしたんや?」
声を掛けられるまで、気付かなかった。了海の頬を、滝のような涙が流れて落ちていた。
なぜ父親が泣いているのか分からず、了生は戸惑っていた。
「了生。冬姫さまは、無事に務めを果たしてくださった。我らの命を、繋いでくださった。必ず、連れ戻すんや! お前は何が何でも、冬姫さまを幸せにせんといかん!」
柊は、約束を守ってくれた。千年前のあの時代で、了念と冬姫に出会い、了生を救ってくれた。
時は流れる。歴史は正常に動き出した。その奇跡の瞬間に、了海は涙せずにはいられなかった。
「何か、感じとれたんか!? 柊さんは、無事なんか!」
「今はな。じゃが、この先は、わしにも分からん。皆さんの未来への決断を、見届けるしかない」
了海たちが時を渡った後、柊がどうなったのか、最早知る由もない。
紬姫と同じ。未来は、分からない。この先、四季姫たちが戻って来られるのかどうかも。
だからこそ、了海たちが頑張らなければならない。信じて、念じ続け、四季姫たちの命を繋ぐこの扉を、開き続けなければならない。
「どうか、無事に戻ってきてくれ……。柊どの」
了海は固く目を閉じ、意識を集中させた。
冬姫の単衣に包まれた、小さな我が子を抱きながら。
別れた瞬間に、悟った。もう、この時代にて、あの少女に―—冬姫の魂を受け継ぐ娘とは、再会も叶わぬのだと。
「四季姫の魂は時を越え、遠い未来で再び、愛するべき人となる」
その話が真実であるならば、あの少女は、千年後の世で、生きている。了念の血を引く者と共に、幸せに暮らしている。
「千年後か。はるか先だ。だが以前、冬から教わった伝師の秘術を用いれば、一瞬で行ける」
今、了念の脳裏には、一つの結論が導き出されていた。
この時代に生き続けたとして、最早、燕下の血筋に未来は見出せない。冬姫との約束を果たせない。
あの少女に、恩も返せない。
ならば、この命を繋ぐためにするべき行動は、一つだ。
「――そう、〝生きる〟のだ。どんな形でも良い、禁忌でも構わぬ。我らは生きて、再び、あのお方に会わねばならぬ」
了念の声に反応したのか、赤子が泣きだした。
あやしながら、了念は少し前の記憶を呼び起こした。
『良かった。了生はん、助かったで……』
あの少女が呟いた、愛しい者の名が、頭から離れない。
了念は軽く微笑み、赤子の顔を覗き込んだ。
「了(あきら)かに生きる。良き名であるな。お前の名は、了生だ」
その名を受けると共に、赤子はぐずるのをやめて、まだ開ききらない小さな瞳で、了念を見つめていた。
そう。時が流れ、遥か未来で、冬姫の魂は再び巡って燕下と出会う。その相手が、この赤子が成長した若者であって、何がいけない。
命を救い、愛する者を救ってくれたあの少女を助け、新たなる冬姫として覚醒させ、戦いと平穏の果てに幸福へと導くものが了念たちであって、何がいけない。
覚悟は、すぐに固まった。
「母との約束、果たしに行くか、了生。はるかに長い、時の旅路の果てに、我らの愛する人は、待ってくれておる」
了念は精神を集中させ、以前、冬姫から教えてもらった、禁術の術式を唱え始めた。
足元から、激しい力の流れが押し寄せてくる、全身を強烈な力を放つ水に包まれ、宙に浮きあがる感覚に襲われる。
苦しい。大人がこれほど苦しくて、赤子が生きて耐えられるのか。
一抹の不安が過るものの、もう後戻りはできない。
根拠はないが、心配はないと、考えを切り替えた。そして、強い力の流れの渦に、身を委ねた。
「お前は必ず、幸せになれる。幸せにしてくださる。――冬姫様が」
* * *
次に目を覚ましたとき、了念たちは見知らぬ山で倒れていた。
腕の中では、了生が激しい鳴き声を上げている。
生きて、禁術の力を乗り越えられた。了念の中に、安堵が広がった。
赤子の鳴き声に気付いて様子を見に来た、近くの寺の僧に助けられ、千年後の妙霊山にやってきたのだと知った。
了念は年老いた僧から教えと修行を受け、了封寺を継いだ。名を了海と改め、了生を育てながら、四季姫たちの魂が新たにこの世に降り立った事実を感じ取った。
いずれ訪れる覚醒の時を、冬姫との再会を待ち続けた。
そして、二十数年ぶりに再会した冬姫―—師走柊は、初めて会った時よりも幼く感じ、陽気な仮面の下に、凍てついた雰囲気を纏っていた。
一見、平和そうに見えるこの千年後の世であっても、人間は煩悩と不幸の泥沼の中で、常に溺れ続けている。
柊もまた、何らかの心の闇を抱え、誰かの差し伸べる手を、待っている。
救わなければならない。この少女を、必ず。
了海の願いは通じ、了生と柊の間には、確かな絆が生まれていった。初めて出会った時に感じた、無垢ながらもしっかりした、力強い少女に近付いていった。
* * *
時は流れ、現代。
了海は今、山の中に作られた地脈解放の陣の脇に腰を下ろし、印を結んで力を放ち続けていた。
この陣は、地脈の出入り口の役割を果たす。その先は、千年前の平安京へと続いている。時渡りを行えば、その道は閉ざされ、元の時間軸には戻れないとされている。
だが、こちら側から扉を開き続けている限り、四季姫たちが千年前の時代から再び時渡りを行えば、必ずこの場所に戻って来られる。
時を逆行して渡った四季姫たちが、無事に帰還するために欠かせない、大事な扉だ。
了海の他に、陣を挟んで向かいには、陰陽月麿、伝師の長―—紬姫と、その娘の奏が、同じく印を結んで、扉を開き続けるために力を注いでいる。
了海から愛するものを奪った憎き相手であるものの、今は、四季姫たちを無事にこの時代に連れ戻すという、共通の目的を持つ者同士。いっさいの怒りや憤りは全て陣を開く力に注ぎ、了海は黙々と精神を集中させた。
隣では、息子―—了生が、顔中から汗の玉を浮かべながら、苦心の表情で印を結んでいた。その体は透けて、今にも消えてしまいそうだ。
「了生。辛いだろうが、今しばらく堪えよ」
休ませてやりたいが、今は一人でも多く、力が欲しい。了生も引かなかった。
「分かっとる。柊さんが、皆さんが無理して戦ってくれとんのに、俺だけ休んでおれるか」
了生の命を救うために、命懸けで時を渡って戦ってくれている少女がいる。その少女を見捨てるなんて無神経な真似が、許されるはずがない。
ふと、一瞬、地脈の流れに歪みが生じた気がして、了海は顔を上げた。
何者かが過去の時代から、現代に近しい時代に向けて時を渡った。その感覚が、地脈を通して微かに伝わったのだと気付いた。
辺りを見渡すが、みんな地脈の維持に集中している。その微小な変化に気付いたものは、了海だけだった。
同時に、了生の顔から苦痛が消え、透けていた体が元に戻った。
「なんや、体が楽になってきた。地に足がついた感じや」
奏と月麿も、了生の変化に気付き、驚きと安堵の声を上げた。
「歴史が、うまく修正されているのかもしれませんわ。燕下家の先祖が、無事に生き延びたのでしょう」
「四季姫たちが、頑張ってくれておるのじゃ……」
了生が助かった。
その事実は、四季姫たちが時を渡って、平安時代で時間の流れを正常に戻している証拠になる。無事でいるのだという、証明になる。
正直みんな、不安はあったのだろう。このまま地脈を開き続けても、戻ってくる前に四季姫たちの命が尽きていたら。地脈の流れに巻き込まれて、あらぬ場所を彷徨っていたら。
そんな危惧が常に心のどこかにあって、集中力が乱れていたのだろう。
だが、無事だと確信が持てた。この陣を開き続ける意味がある。みんなの表情に、再びやる気が漲った。
「了生、さらに気合を入れよ! 冬姫さまとの繋がり、絶対に離すな!」
了海は、掠れた声を張り上げた。了生は驚きながら、了海を横目に見る。
「言われんでも、分かっとる! なんや、急に……」
了生は言葉を詰まらせた。
「親父、どないしたんや?」
声を掛けられるまで、気付かなかった。了海の頬を、滝のような涙が流れて落ちていた。
なぜ父親が泣いているのか分からず、了生は戸惑っていた。
「了生。冬姫さまは、無事に務めを果たしてくださった。我らの命を、繋いでくださった。必ず、連れ戻すんや! お前は何が何でも、冬姫さまを幸せにせんといかん!」
柊は、約束を守ってくれた。千年前のあの時代で、了念と冬姫に出会い、了生を救ってくれた。
時は流れる。歴史は正常に動き出した。その奇跡の瞬間に、了海は涙せずにはいられなかった。
「何か、感じとれたんか!? 柊さんは、無事なんか!」
「今はな。じゃが、この先は、わしにも分からん。皆さんの未来への決断を、見届けるしかない」
了海たちが時を渡った後、柊がどうなったのか、最早知る由もない。
紬姫と同じ。未来は、分からない。この先、四季姫たちが戻って来られるのかどうかも。
だからこそ、了海たちが頑張らなければならない。信じて、念じ続け、四季姫たちの命を繋ぐこの扉を、開き続けなければならない。
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