四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

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第三部 四季姫革命の巻

第二十五章 冬姫革命 7

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 七
 薙刀を構える柊の姿を見て、金鬼は裂けそうなほど口を開き、極上の笑みを浮かべた。
「強き力が、蘇った。心地よい闘気だ、いざ、再び我と戦え!」
「やかましい! 言われんでも、やったるわ! かかってこいや!!」
 目の前で悦に入る金鬼に向かって、柊は出しうる全ての怒りをぶつけた。
 怒りの感情はそのまま刃先から大量の氷の針となって飛び散り、金鬼めがけて突き刺さった。
 金鬼は腕で顔を庇い、その針を受けた。固そうな筋肉質の皮膚をも突き破り、針は金鬼に突き刺さる。血は通っているらしく、氷の針が刺さった場所からは赤い液体が滴り落ちた。
 こんな程度で、済ませるつもりはない。柊は地面に薙刀を突き立てた。その地点を中心にして、地面一帯が凍り付く。金鬼の足も凍り、動きを封じた。
 すかさず薙刀を翳し、金鬼の体めがけて振りかざす。しかし、派手な鎧を打ち破ることはできず、火花を散らしてはじき返された。少し傷はついたが、体にまでダメージを与えられるものではない。
 それでも諦めず、柊は何度も何度も、間髪入れずに攻撃を繰り返した。流石に身の危険を感じたのか、金鬼が腕を振り上げる。すると目の前に、薄く透けた盾のようなものが現れ、薙刀の攻撃を塞いだ。
 柊は薙刀を構え直し、まっすぐ一直線に突きを繰り出した。一点に的を絞った一撃は盾を破壊し、金鬼の鎧にも突き刺さった。何度も攻撃を当てたことで強固な鎧も摩耗し、防御力が落ちている。それを狙っての攻撃だった。
 刃先は金鬼の体を貫くほどの威力はなかったが、その激しい突きは足元の氷をも砕き、金鬼の体を吹き飛ばした。
 地面に倒れ込んだ金鬼を睨み付けながら、柊は呼吸を整える。
「倒したか!?」
「いや、まだ起き上がってきますわ」
 了念が期待を込めて声を上げるが、残念ながら止めはさせていない。
 ゆっくりと、金鬼は体を起こす。多少、動きに支障が出るほどのダメージは受けているものの、その動きや外見のを見る限り、致命傷を与えられたとは思えない。
 まだまだ、攻撃を続けなければなさそうだ。柊は薙刀を握る手に力を込め直した。
 気持ちを引き締めると共に、耳に激しい鳴き声が響いてきた。
 赤ん坊の、悲鳴にも似た鳴き声だ。
 生まれたばかりだから、目や耳がきちんと機能しているのかは分からないが、赤ん坊にとって、この戦いのもたらす空気は、恐ろしいものに感じたのだろう。
「泣くな、お前にも分かるであろう。お前の母は生まれ変わり、姿を変え、我らのために戦ってくださっておる! その目でしかと見よ! 決して忘れるな、あの尊き、気高き姿を!」
 了念が、鳴き声に負けないほどの声を張り上げて、赤ん坊に言い聞かせる。その言葉の意味が分かったのかどうかは不明だが、その声に反応して、泣き止んだ。
 大事な、冬姫の忘れ形見。この先、燕下の未来を担っていく、了生が存在するためにも欠かせない存在。
 何としても守り抜かなければならないが、あのタフな鬼を相手に、この父子を庇いながら戦うなんて器用な真似は、柊にはできない気がしてきた。
「了念はん。遠くへ逃げてください。手加減が、できそうにないんや。この山、潰してまうかもしれん」
 周囲を気にせず、なりふり構わず全力で行くくらいでなければ、金鬼は倒せない。そのためには、了念たちの存在が足枷になる。
 その意図を汲んでくれた了念は、眉を顰めつつも強く頷いた。
「すまぬ。また全てを、冬姫に背負わせてしまう。封印石を作った時も、今回も……」
 了念の震える声は、後悔に染まっている気がした。
 この世を救うために必要だったとはいえ、了念が作り四季姫に渡した封印石のせいで、冬姫は力を失い、結果として死地へと追いやられた。誰も了念を責めてはいないし、恨んでもいない。だが、了念は優しい人だから、自責の念を抱かずにはいられないのだろう。
「そういう運命なんとちゃいますか? 恨みも不満も、ありませんわ」
 了念には戦い以外に、大事な使命がある。それを全うしてもらえるのならば、むしろ感謝したい。
 泣き止んだ赤ん坊が、今度は「だあだあ」と、可愛らしい声を上げていた。視線を向けると、柊に向かって、小さな手を必死で伸ばしていた。
 柊の頭が一瞬真っ白になり、気付くと、その手に指を近付けていた。
 とても小さな掌が、柊の人差し指を掴む。握力なんてないに等しいのに、とても力強く、温かかった。自然と、笑顔がこぼれる。
「うちを、お母ちゃんと間違えとるんかな。ごめんな、うちでは、代わりにはなられへんのや」
 この子に差し伸べられる手が、冬姫のものだったら、どれだけ良かったか。
 同じ魂をもっているとしても、柊では、母親の代わりにはなれない。
 ゆっくりと、その手から指を離した。
「元気でな。立派に生きて、燕下の名を継いでいくんやで」
「必ず、生きてまた会おうぞ。冬姫」
 泣きそうになるのを堪えながら、了念は力強い言葉を残し、山の中へと走り去った。
 その気配が遠くに消えたと確認し、柊は薙刀に力を集中させた。
 体中に漲る冬姫の力が、全て一箇所に集結していく。その力があまりにも強すぎて、柊の手が弾き飛ばされそうだ。必死に薙刀を握りしめるだけで、精一杯だった。
「相変わらず、冬姫はんは、ごっつい力やわ。体、保つかな……」
 冬の季節の関係上、冬姫の力は何倍にも増幅されている。パワーアップが望める点は有り難いが、果たしてこれを制御できるかどうか。
 目の前の金鬼というより、自分自身との戦いだ。
「まだ、くたばるわけにはいかん。やっと変身できたんや、正念場は今からやで」
 抑え込める限界まで力を溜めこんだ薙刀を、柊は渾身の力で振りきった。
「冷獄(れいごく)に消えさらせ! 〝青龍(せいりゅう)の逆鱗(げきりん)〟!!」
 巨大な氷の竜が、柊を軸にして空高く蜷局を巻く。周囲の山の木々が一瞬にして凍り付き、辺りは一面の銀世界に変貌した。
 凍り付いた地面は激しい振動によって割れ、斜面が地滑りを起こして雪崩を引き起こす。
 その地割れの中に、金鬼は成す術もなく巻き込まれた。その上から、いくつもの巨大な氷の塊が落下し、隙間を埋め尽くして中のものを押し潰す。
 竜の激しい咆哮と共に、地割れの下に落ちた氷が吹き上がった。石や氷の礫と共に舞い上がった金鬼は、竜の鋭い爪によって、その強固な鎧を切り裂かれ、血を噴出して地面に落ちた。
 竜が消え、辺りは白く冷たい静寂に包まれる。公言通り山が半分、潰れてしまった。人がいなかったことが、何よりの救いだ。
 薙刀を地面に突き刺し、それに寄りかかりながら、柊はその様子を最後まで見届けた。力が入らず、体が震える。
 初めて禁術を行使した時に比べれば、まだ動く余力は残っているが、それでも満身創痍だ。
 なのに、金鬼は大きな傷を負いながらも、まだ起き上がろうとしている。
「こんだけやっても、まだ動けるんか……」
 今の攻撃で止めを刺せなかったとなると、もう柊に勝ち目はない。
 無事に使命を終えて、命の助かった了生の元に帰りたかった。せめてもう一目だけでも、元気な姿を見たかったが――。
 了念たちを逃がせただけで、満足するしかなさそうだ。
 力が抜けて膝を突く柊の姿を見て、金鬼は嬉しそうに笑っていた。腹の立つ笑みだ。
「見事なり、素晴らしき魂の力、とくと見せてもらった! 其方に仕え、其方のために戦おうぞ」
 突然、訳の分からない言葉を吐く金鬼に、柊は精一杯の睨みを利かせた。
「いらん。お前の力なんぞ、誰が借りるか」
 そう言っているにも関わらず、金鬼は有無を言わさず、その体を金色の光の粒に変化させた。
 その光は一直線に薙刀の柄に吸い込まれ、奇妙な紋様となって刻み込まれた。
 この武器の一部となって、共に戦うと、そういう意味なのだろうか。
 実に不愉快だ。何もかもを奪っておいて、それでいて力を与えてやったと、でかい面をするつもりか。
「お前が現れへんかったら、別の道もあったんや。きっと、幸せな道が……」
 頭では、分かっている。この道は、運命だったのだと。柊がこの時代へやってきて、冬姫としての力を得なければならなかった以上、冬姫の死は確実に訪れるものだったのだと。
 だが、感情が邪魔して、素直に受け入れるには時間がかかりそうだった。そのもどかしい、情けない気持ちを見ず知らずの鬼にぶつけなければならない不甲斐なさに、自己嫌悪が止まらなかった。
 折れそうになる心を支え、歯を食いしばり、柊は薙刀の柄に頭突きを食らわせた。
「胸糞悪い。あんな奴ぶっ倒しても、憂さ晴らしにもならへんかったわ」
 しばらく頭を冷やし、柊は立ち上がった。
 了念たちが去って行った方角を見つめて、呟いた。
「あの子が母親を恋しがって泣いたら、恨むで。冬姫はん……」
 もっと、文句を言ってやりたかった。子育てを放棄する母親なんて、柊が許せるはずもない。
 ただ、最期まで尽きなかった愛情があっただけ、救いだったかもしれないが、柊にとっては、冬姫の決断は納得のいく行動ではなかった。
 だが、いまさら何を言っても、意味がない。
 柊は大きく白い息を吐き、空を見上げた。
「もう、ええわ。無事にあの子が育ってくれたら、ちゃんと燕下は続くんや。了生はんたちは助かるから」
 それで良しとした。そう妥協するしか、できなかった。
 少なくとも、柊の役割は、果たせたのだ。
 柊は山を下りようと、薄明るくなってきた山道を歩き出す。
 目指す先は、平安京。
 柊の使命は終わったが、冬姫の使命はまだ、終わっていない。
 他の四季姫たちと共に、時代の改変を阻止しなければ、今までの苦労も、多くの犠牲も無駄になる。
「燕下の皆さん、見とって下さい。うちは最後まで、戦い抜きますさかい」
 燕下の未来が安泰であるように。
 強く願い、了生や了海の笑顔を思い出して、少し温かな気分を取り戻した。
 ふと、妙に気になる記憶が思い起こされ、柊は足を止めた。
「そういえば、了生はんは消えかかっとったのに、なんで了海はんは、平気やったんやろうな……?」
 冷静に考える余裕がなかったので今まで気にも懸けていなかったが、了海だって同じ、了念たちの子孫だ。なのに、その姿は終始、はっきり見えていた。苦しむ様子もなかった。
「まあ、ええか。最後のひと仕事、踏ん張りに行こか」
 いまさら、深く考えたって分かるはずもない。柊は疑問を振り払い、再び曙の空の下を歩き出した。
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