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第三部 四季姫革命の巻
第二十九章 姫君帰還 4
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4
とても長く感じた過去での戦いは、この時代では、ほんの数時間の出来事だったらしい。
戻ってきた榎たちは何事もなかったの如く、日々の生活を営んでいる。
だが、そうはいかない人たちも、大勢いた。
紬姫の死は、榎たちにも大きなショックを与えた。平安時代での出来事を踏まえて、ようやく一つに繋がった記憶を共有して、この先の未来について話ができると思っていたのに。
伝師の表の長・護は、紬姫殺害、及び監禁傷害容疑で逮捕。更に息子である綴に対する虐待容疑もかけられ、世間の驚きと批判の目を向けられることになった。
綴は榎たちが戻ってきた後、再び意識を失った。語と共に再び病院に送られ、集中治療室で治療に専念している。
超一流の企業である伝師コーポレーションは、社長の逮捕によって混乱を極めた。下手をすると倒産の憂き目を見る羽目になりそうだったが、それを何とか支えて、踏みとどまらせたのは奏だ。
内部の役員との様々な確執もあり、分散して随分と小さな会社になってしまったという。それでも諦めずに、奏を信じてついてきてくれる人たちと共に、伝師を立て直していくと意気込んでいた。月麿も奏のバックについて、裏で色々と活動をしているらしい。
最初の頃こそマスコミに囲まれて、テレビでもよくその姿を見かけていたが、最近は少し落ち着いてきたらしく、世間の話題に上ることは少なくなった。
* * *
榎たちが現代に戻ってから、四ヶ月の時が流れた。
榎が京都に来て、もうすぐ一年だ。
四季姫としての使命も終えたし、学校での大事な行事も一通りこなした。一年ならキリがいいということもあって、榎は春休みに入ると同時に、名古屋に戻ると話が決まった。
無事に帰還した日以来、榎は一度も、綴に会っていない。
綴は命に別状はなかったが、衰弱が酷く、しばらく面会謝絶の期間が続いた。容体を持ち直して普通の病室に移った後も、何度か会いに行ったが、榎との面談は、ずっと断られた。
忙しい時間を割いて、奏が色々と間を取り持とうとしてくれたが、綴の拒む意思は強いらしく、無理だった。
榎もあえて、そんな綴の行動を深く詮索しようとはしなかった。榎だって実際、また綴に会えたところで、何を話せばいいのか分からない。
綴が楽しみにしてくれていた、四季姫の物語はもう終わった。伝師の過去の清算も済み、今は妖怪たちとの均衡も保たれて、四季姫の力を必要とする事件も起こらない。
それはきっと、榎と綴の接点も、失くなってしまったのだということなのかもしれない、と、判断していた。
地脈の中では、綴と会えないのなら戻っても意味がないと、マイナス思考に考えていたが、いざ戻って冷静に考えれば、愚かな考えだったと思う。
綴はいなくても、榎には明るくて賑やかな家族がいる。共に戦って、絆を強めてきた親友たちがいる。そんな人たちと過ごしていく日常がある。
だから、いい。綴に会えなくても。
無事に、生きていてくれれば。
そう言い聞かせて、榎は時が止まったような、平和な日々の生活に溶け込んでいった。
* * *
三月下旬。
学年末試験も終わり、もうじき春休みに入る。
休みに入れば、榎はすぐに名古屋に帰省する。
その話を耳にした奏が、最後に一度だけ、二人で会いたいと申し出てきた。
待ち合わせの場所は、四季が丘病院の近くのバス停。奏と初めて、色々な積もる話をした場所だ。
「お久しぶりです、榎さん」
本当に久しぶりに会った奏は、少し窶れて見えた。会社の立て直しのために高校を中退して、今は多方面に支援を求めるために奔走しているらしい。
何か力になれることがあればいいのだが、榎にとっては雲の上の出来事すぎて、話を聞くことすらできない。
「奏さん。お忙しいのに、時間をとらせてしまって、すみません」
「いいえ、私がぜひ、お会いしたかったのです。たまには、息抜きもしないとね」
奏は榎の顔を見て、嬉しそうに微笑んでくれた。
奏の目的は、ただ一つ。綴についての話がしたかったらしい。
もう、構わないと断ろうかとも思ったが、どうしてもと押しが強かったので、聞くことにした。
「お兄様は、決してあなたを嫌いになって、面会を拒んでいるのではないのです。ただ、あんな大変な目に遭わせておいて、今更どんな顔であなたと会えばいいのか、分からなくなっているだけなのですわ」
「そんなの、綴さんのせいじゃないですし、全部、あたしが決めたことですから」
「そうであったとしても、そのきっかけを作ったのは、やはり兄です。兄にとって、榎さんという存在は、まったく想定外の人物だったのでしょう。きっと、お兄様自身、あれほどあなたに入れ込むことになるとは、思っていなかったのでしょうね。あなたへの本気の想いに気付いてしまったから、今のままではいけないと、考えを改めたようです」
榎は、黙って奏の話に耳を傾けた。嬉しいことを言われている気もしたが、いまいち実感が湧かない。
「兄は不器用です。人を愛したことなんて微塵もなかった人ですから、他に良い方法が思いつかなかったんでしょう。その気遣いが、逆にあなたを苦しめてしまった。許してやって欲しいとは言えませんが……」
榎は、首を横に振った。どんなに冷たい言葉を吐かれても、理由が分からなくて怒ったことはあっても、綴を憎んだことは、一度もなかった。
意味が分からなくても、分からない部分も含めて綴なのだと、最近では納得していた。強引に理解しようとしなくたって、ありのままの綴の姿を把握していればいいのではないかと、少し思えるようになってきていた。
考えたって、きっと榎には、分かるはずもないのだから。
「まだ、お兄様に愛想を尽かしていなければ、お兄様からの伝言を、聞いてくださいますか」
榎は顔を上げた。今までの話は全て、奏が見てきた綴の姿だ。だから実感がなかったのかもしれない。
だが、綴自身の言葉と聞くと、急に心が引きよせられ、高鳴った。
「『今は、まだ会えない。次に会う時には、自分の足で、必ず君を迎えに行く』と」
榎は唖然とした。想像もしていなかった言葉に、どう反応していいのか分からない。
そんな榎を見て、奏は微かに笑った。
「以前、榎さんのお父さまに、足には異常がないとアドバイスを頂いたでしょう? そのお陰で、下肢の筋肉を鍛えるトレーニングに前向きに取り組むようになりましたの。時間はかかるかもしれませんが、必ず立てるようになると、主治医も言っています。兄は自分の足で歩けるようになって、対等な状態で、あなたと向き合いたいと考えているようです。兄の意を汲んで、もう少し、待っていただけませんか? 齟齬が起こらないよう、兄の様子は、私が責任をもって報告させていただきますので」
「いえ、大丈夫です。……待ってます、いつまでも」
意外ではあったが、とてもうれしい報告だった。
綴が、生きるために前向きになっている。必死で自身の過去と向き合って、乗り越えて、未来を変えようとしている。
そんな意志を保つために、榎が支えになれるのなら、これ以上嬉しいことはなかった。
「綴さんに、無理しないように伝えてください。会える日を、楽しみにしています、と」
「承知いたしましたわ。わたくしも、次に会える時を、楽しみにしております」
「奏さんも、お体に気をつけて」
穏やかに笑いあい、榎は奏と別れた。
京都の冷たい風に吹かれながらも、榎は足元に生え始めた小さな花を目に留めて、季節が流れる姿を感じ取った。
止まったままの時間なんて、ない。もう、凍り付いた呪いも、過去の柵(しがらみ)もない。
綴が前に進むなら、榎も前に進まなければ。この時代で、生きていくために。
澄んだ青い空を見上げて、榎は強く決意した。
数日後。
榎は思い出の詰まった京都に別れを告げた。
近い将来の、様々な再会を約束して――。
とても長く感じた過去での戦いは、この時代では、ほんの数時間の出来事だったらしい。
戻ってきた榎たちは何事もなかったの如く、日々の生活を営んでいる。
だが、そうはいかない人たちも、大勢いた。
紬姫の死は、榎たちにも大きなショックを与えた。平安時代での出来事を踏まえて、ようやく一つに繋がった記憶を共有して、この先の未来について話ができると思っていたのに。
伝師の表の長・護は、紬姫殺害、及び監禁傷害容疑で逮捕。更に息子である綴に対する虐待容疑もかけられ、世間の驚きと批判の目を向けられることになった。
綴は榎たちが戻ってきた後、再び意識を失った。語と共に再び病院に送られ、集中治療室で治療に専念している。
超一流の企業である伝師コーポレーションは、社長の逮捕によって混乱を極めた。下手をすると倒産の憂き目を見る羽目になりそうだったが、それを何とか支えて、踏みとどまらせたのは奏だ。
内部の役員との様々な確執もあり、分散して随分と小さな会社になってしまったという。それでも諦めずに、奏を信じてついてきてくれる人たちと共に、伝師を立て直していくと意気込んでいた。月麿も奏のバックについて、裏で色々と活動をしているらしい。
最初の頃こそマスコミに囲まれて、テレビでもよくその姿を見かけていたが、最近は少し落ち着いてきたらしく、世間の話題に上ることは少なくなった。
* * *
榎たちが現代に戻ってから、四ヶ月の時が流れた。
榎が京都に来て、もうすぐ一年だ。
四季姫としての使命も終えたし、学校での大事な行事も一通りこなした。一年ならキリがいいということもあって、榎は春休みに入ると同時に、名古屋に戻ると話が決まった。
無事に帰還した日以来、榎は一度も、綴に会っていない。
綴は命に別状はなかったが、衰弱が酷く、しばらく面会謝絶の期間が続いた。容体を持ち直して普通の病室に移った後も、何度か会いに行ったが、榎との面談は、ずっと断られた。
忙しい時間を割いて、奏が色々と間を取り持とうとしてくれたが、綴の拒む意思は強いらしく、無理だった。
榎もあえて、そんな綴の行動を深く詮索しようとはしなかった。榎だって実際、また綴に会えたところで、何を話せばいいのか分からない。
綴が楽しみにしてくれていた、四季姫の物語はもう終わった。伝師の過去の清算も済み、今は妖怪たちとの均衡も保たれて、四季姫の力を必要とする事件も起こらない。
それはきっと、榎と綴の接点も、失くなってしまったのだということなのかもしれない、と、判断していた。
地脈の中では、綴と会えないのなら戻っても意味がないと、マイナス思考に考えていたが、いざ戻って冷静に考えれば、愚かな考えだったと思う。
綴はいなくても、榎には明るくて賑やかな家族がいる。共に戦って、絆を強めてきた親友たちがいる。そんな人たちと過ごしていく日常がある。
だから、いい。綴に会えなくても。
無事に、生きていてくれれば。
そう言い聞かせて、榎は時が止まったような、平和な日々の生活に溶け込んでいった。
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三月下旬。
学年末試験も終わり、もうじき春休みに入る。
休みに入れば、榎はすぐに名古屋に帰省する。
その話を耳にした奏が、最後に一度だけ、二人で会いたいと申し出てきた。
待ち合わせの場所は、四季が丘病院の近くのバス停。奏と初めて、色々な積もる話をした場所だ。
「お久しぶりです、榎さん」
本当に久しぶりに会った奏は、少し窶れて見えた。会社の立て直しのために高校を中退して、今は多方面に支援を求めるために奔走しているらしい。
何か力になれることがあればいいのだが、榎にとっては雲の上の出来事すぎて、話を聞くことすらできない。
「奏さん。お忙しいのに、時間をとらせてしまって、すみません」
「いいえ、私がぜひ、お会いしたかったのです。たまには、息抜きもしないとね」
奏は榎の顔を見て、嬉しそうに微笑んでくれた。
奏の目的は、ただ一つ。綴についての話がしたかったらしい。
もう、構わないと断ろうかとも思ったが、どうしてもと押しが強かったので、聞くことにした。
「お兄様は、決してあなたを嫌いになって、面会を拒んでいるのではないのです。ただ、あんな大変な目に遭わせておいて、今更どんな顔であなたと会えばいいのか、分からなくなっているだけなのですわ」
「そんなの、綴さんのせいじゃないですし、全部、あたしが決めたことですから」
「そうであったとしても、そのきっかけを作ったのは、やはり兄です。兄にとって、榎さんという存在は、まったく想定外の人物だったのでしょう。きっと、お兄様自身、あれほどあなたに入れ込むことになるとは、思っていなかったのでしょうね。あなたへの本気の想いに気付いてしまったから、今のままではいけないと、考えを改めたようです」
榎は、黙って奏の話に耳を傾けた。嬉しいことを言われている気もしたが、いまいち実感が湧かない。
「兄は不器用です。人を愛したことなんて微塵もなかった人ですから、他に良い方法が思いつかなかったんでしょう。その気遣いが、逆にあなたを苦しめてしまった。許してやって欲しいとは言えませんが……」
榎は、首を横に振った。どんなに冷たい言葉を吐かれても、理由が分からなくて怒ったことはあっても、綴を憎んだことは、一度もなかった。
意味が分からなくても、分からない部分も含めて綴なのだと、最近では納得していた。強引に理解しようとしなくたって、ありのままの綴の姿を把握していればいいのではないかと、少し思えるようになってきていた。
考えたって、きっと榎には、分かるはずもないのだから。
「まだ、お兄様に愛想を尽かしていなければ、お兄様からの伝言を、聞いてくださいますか」
榎は顔を上げた。今までの話は全て、奏が見てきた綴の姿だ。だから実感がなかったのかもしれない。
だが、綴自身の言葉と聞くと、急に心が引きよせられ、高鳴った。
「『今は、まだ会えない。次に会う時には、自分の足で、必ず君を迎えに行く』と」
榎は唖然とした。想像もしていなかった言葉に、どう反応していいのか分からない。
そんな榎を見て、奏は微かに笑った。
「以前、榎さんのお父さまに、足には異常がないとアドバイスを頂いたでしょう? そのお陰で、下肢の筋肉を鍛えるトレーニングに前向きに取り組むようになりましたの。時間はかかるかもしれませんが、必ず立てるようになると、主治医も言っています。兄は自分の足で歩けるようになって、対等な状態で、あなたと向き合いたいと考えているようです。兄の意を汲んで、もう少し、待っていただけませんか? 齟齬が起こらないよう、兄の様子は、私が責任をもって報告させていただきますので」
「いえ、大丈夫です。……待ってます、いつまでも」
意外ではあったが、とてもうれしい報告だった。
綴が、生きるために前向きになっている。必死で自身の過去と向き合って、乗り越えて、未来を変えようとしている。
そんな意志を保つために、榎が支えになれるのなら、これ以上嬉しいことはなかった。
「綴さんに、無理しないように伝えてください。会える日を、楽しみにしています、と」
「承知いたしましたわ。わたくしも、次に会える時を、楽しみにしております」
「奏さんも、お体に気をつけて」
穏やかに笑いあい、榎は奏と別れた。
京都の冷たい風に吹かれながらも、榎は足元に生え始めた小さな花を目に留めて、季節が流れる姿を感じ取った。
止まったままの時間なんて、ない。もう、凍り付いた呪いも、過去の柵(しがらみ)もない。
綴が前に進むなら、榎も前に進まなければ。この時代で、生きていくために。
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