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第一部 四季姫覚醒の巻

第二章 伝記進展 10

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 翌日、土曜日の午前中。
 榎は少し寝不足の頭に活を入れながら、顔を洗っていた。
「えのちゃん。今日は部活、お休みでしょう? どこかへお出かけ?」
 休みなのに出かける支度をしている榎を見て、椿が興味深そうに尋ねてきた。
「福祉部の活動で知り合った人と、会う約束をしているんだ」
 返答すると、椿は納得して、感嘆の息を漏らした。
「えのちゃん、さっちゃんに誘われて、福祉部にも入ったのよね。剣道部だけでも大変そうなのに、すごいわ」
 椿は周をさっちゃん、と呼んでいた。周からすると、あまり嬉しくない呼び名らしいが、拒むともっと変なあだ名を付けられそうになったために、妥協したと言っていた。
「別に、大変ではないよ。月に一回だけだし、新しい出会いがあって、楽しいし」
 やたらと感心してくる椿に、榎は照れながら言った。椿は榎の顔を覗き込んで、微笑んだ。
「えのちゃん、本当に楽しそう。椿も入ろうかなぁ、福祉部」
 椿は本気で、考えている様子だった。
「だけど、一人で患者さんとお話とか、しないといけないのよねぇ。ちょっと重荷かな。椿には、向いていないかも」
 人見知りが激しく、あまり落ち着きのない椿には、病院の雰囲気は肌に合わないのではと、榎も思っていた。なので、あえて勧誘もしなかった。
 椿も自身の性格は把握しているらしく、あっさりと諦めた。
「ねえ、知り合った人って、どんな人なの? 男の人、女の人? 年上なの?」
 榎の会う相手が妙に気になるらしく、椿は榎にしつこく食いついて尋ねてきた。
 椿には、榎が陰陽師として戦っている事実は、内緒にしていた。むやみに話して、椿を危険に巻き込んではいけないと考えたからだった。
 だから、榎は奏についても、あまり詳しく話せなかった。
 榎は困って時計を見た。運よく、そろそろ出かける時間が迫っていた。
「ごめん、椿。もうすぐ、待ち合わせの時間だから」
 榎は謝り、慌てて顔を拭いた。椿はつまらなさそうな顔をしたが、笑顔で手を振った。
「引き止めちゃって、ごめんね。また今度、椿にも紹介してね! いってらっしゃい」
 榎は勢いよく寺を飛び出し、坂道を駆け降りた。
 待ち合わせ場所になっている廃寺に向かう道中、妙な気配を感じて、立ち止まった。素早く振り返ったが、人気のない田舎道は、閑散としていた。
「……気のせいかな。誰かの視線を感じたんだけれど」
 変な気分だったが、今は早く目的地へ向かおうと、榎は再び前を向いて駆け出した。
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