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第一部 四季姫覚醒の巻
第二章 伝記進展 11
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十一
待ち合わせ場所である廃寺の境内に到着した榎は、辺りを見渡した。建物は人が手を入れなくなってから、かなりの年数が経っている様子だったが、構造はしっかりしていて、頑丈そうだ。
人の往来は時々あるらしく、足元に広がった落ち葉は道に沿って踏み荒らされていたが、それでも静かで物寂しかった。
木々に遮られて太陽の光も届かず、薄暗い。時々、風で木の葉が揺れる音や、鳥の鳴き声が不気味に響いた。
「麿も奏さんも、まだ来ていないのか」
少し遅刻したと思っていたので、ちょっと安心した。
「お待たせいたしましたわね、榎さん!」
榎がやって来た道とは別の山道から、奏の声が聞こえた。視線を向けた榎は、唖然として固まった。
「奏さん!? 何ですか、その格好は!」
目の前に立っていた奏は、神社の巫女さんみたいな赤い袴と、赤い縫い代のある白い着物を身に着けていた。着物だけならば、四季姫の衣装に似通った部分もあった。だが、首からぶら下げている、きらびやかで過剰な装飾品や、頭にかぶった烏帽子、手に持った数珠や扇子は何だろうか。よく分からない装備だと、榎は反応に困った。
仏教でも神道でもない、いろんなものがごちゃ混ぜになった、奇妙な格好だ。顔には、一瞬、奏だと分からないほど、どぎつい化粧も施されていた。
「伝師エレオノール奏の正装ですわ! 昭和時代の怪しげな祈祷師をイメージしてありますの。 ……榎さん、あなた、普段着でお戦いになるの? いけませんわよ、オカルト好きの客を引き込むためにも、普段から説得力のあるコスプレをなさらないと!」
「コスプレですか……。別の意味で本格的だなぁ」
全ては商売繁盛のためなのかと、一応、榎は納得した。だが、榎が変身して戦う装備とは、かなり違う気がした。
「では、お仕事の話に入りましょうか。こちらの無人寺の周辺で度々、近所の農家や林業の作業をなさる方々が襲われる被害が出ていますの。人を襲う、得体の知れないものの正体――恐らく妖怪ですが――を突き止めて、退治する作業が、本日のミッションですわ」
奏は榎に手早く説明し、大きな手荷物の中から三脚と、デジタルビデオカメラを取り出して、セットしはじめた。
「奏さん、ビデオなんて、どうするつもりですか?」
何となく予想はついたが、予想を真実だと確信する勇気が持てずに、榎は尋ねた。
「もちろん、わたくしたちの勇姿をビデオに納めて、動画をインターネットで公開するのですわ! よりたくさんの人々に見ていただいて、少しでも多く、仕事の依頼をもらうのです」
「本気ですか!? インターネットで公開なんて、世界中の人が見るんですよね!?」
予想以上の返事に、榎は驚きを通り越して焦った。榎は機械ものは詳しくなく、パソコンなどもほとんど触った経験がなかった。だが、インターネットの情報の広さは、理解していた。
世界中に、榎が夏姫に変身して戦う姿を公表するなんて、絶対に嫌だった。想像すると、ものすごく拒否感を覚えた。
「ですけど、妖怪の姿は一般の人には見えませんし、ビデオにも映らないのでは……?」
奏を思い止まらせようと、榎は必死で言い訳を考えた。
「安心なさい。妖怪が映らない不具合は、把握済みですわ。ちゃんと後で編集して、CG加工で妖怪を付け加えますから、問題ありません。映ったら映ったで、心霊映像としての売り出しもできますしね」
奏は余裕の笑みを浮かべていた。必死の抵抗の甲斐なく、さらりと言い返されて、榎は言葉を失った。
CG加工だなんて、この人はいったい何者だろうか。奏の妙な教養の広さに怯えた。
「さあ、準備万端ですわ。妖怪が現れる時を待ちましょう!」
腕を組み、奏はカメラの前に仁王立ちして、周囲を睨みつけていた。奏の背後で、榎は身を縮めて、カメラの撮影範囲から外れて待機していた。
しばらく待っていると、廃寺の建造物の脇にある茂みが激しく動いた。
ついに妖怪が現れたか。奏と榎は素早く反応し、身構えた。
「むっ! 現れましたわね、諸悪の根源。わたくし、伝師エレオノール奏が、成敗して差し上げますわっ!」
奏は鋭く目を光らせ、非常に見栄えのするポーズをとって、戦いに備えた。
「かっこいいー! 漫画のヒロインみたい……」
榎は思わず、奏に見とれた。
「おお、榎よ。待たせたでおじゃるなー。少し道に迷って、遅くなったでごじゃるよ」
落ち葉を盛大に踏み抜く音を立てながらやって来た者は、妖怪ではなく月麿だった。
奏は手に持った扇子を折りたたみ、能を舞うが如く、優雅かつ、素早い動きを見せた。
「覚悟なさい、妖怪! とりゃあっ!」
奏の扇子が振り下ろされた。
「おじゃー! 麿は妖怪では、ないでごじゃる!」
扇子は月麿の頭に直撃した。月麿は大きな悲鳴を上げた。
「奏さん、違うよ! 妖怪は……上だ!」
別の気配を感じ、榎は頭上を見た。寺の周囲には、背の高い黒松が覆い茂っていた。松の枝に、黒い影が留まっている姿を、視界に捉えた。
奏も、榎と同じ場所を凝視した。高い松の木の上から榎たちを見下ろしていた者は、白い山伏の衣装を身にまとった、烏だった。
「我らの領地に、土足で踏み込む愚か者ども! 許さぬぞ!」
烏は榎たちを睨んで見下ろし、嘴から大声を張り上げた。
「喋った! あの烏、足が三本もあるよ……!」
「八咫烏ですわ。神話の時代から、一部の地域では崇拝の対象にもなっている、神格化された妖怪ですわね。現代では、日本サッカー協会のシンボルマークに使われていてよ!」
驚くばかりの榎の隣で、奏は当たり前の如く、妖怪の情報を披露した。
「すごいや奏さん、妖怪に詳しいんですね!」
「妖怪退治に関わる者ならば、知識として持っていて当然ですわ」
さらりと言われた。榎は知識不足を指摘された気がして、思わずぐっと言葉を詰まらせた。
「ふむ、八咫烏は宵月夜の一番の側近でおじゃる。この辺り一帯は、奴の縄張りなのであろうな。すなわち、宵月夜の縄張りでもあるのでごじゃる」
月麿も、殴られた部分をさすりながら、冷静に八咫烏を観察していた。
「こいつが、縄張りを通った人を、次々と襲っていたんだな」
榎が呟くと、奏は鼻を鳴らした。
「どんな理由があれ、人々を襲う危険な妖怪は、即刻、退治せねばなりませんわ!」
奏が扇子を構えると、八咫烏も警戒心を顕わにした。
「宵月夜さまの領地を侵すものは、何人たりとも八咫が許さぬ! 覚悟せよ、人間!」
八咫烏の八咫も負けじと、翼を広げて威嚇してきた。普通の烏よりもかなり大きい黒い体が、さらに大きく見えた。
「人間に害を成す妖怪、成敗してくれますわ! 食らいなさい、百匹以上の妖怪の血によって染め上げた、黒き退魔の護符(¥19800)の力を!」
奏は八咫に臆する素振りもなく、果敢に立ち向かった。懐から黒地に白い梵字の書かれた札を取りだし、八咫に向かってかざした。
精神を集中して、口の中で呪文を唱え始めた。
榎は、奏が戦う様子を、息を飲んで見守っていた。だが、反して八咫は、きょとんとした顔で、奏の頭を見下ろしていた。
「……さっきから、何をしておる、人間」
八咫が冷めた口調で、問うてきた。集中を乱された奏の表情が、曇った。
「わたくしの護符が、まるで効きませんわ! なかなか強い妖怪ですわね。ならばこの、太陽の光を百年浴びて聖なる力を宿した、神の短刀(¥58000)の力を受けなさい!」
奏は再び懐に手を伸ばし、真っ白な鞘におさまった短刀を取りだし、八咫にかざした。
「やかましい! そんなまがいもの、我には効かぬわ!」
八咫にはまったく効果がないらしく、逆に怒らせた。八咫は大きく広げた翼を激しく羽ばたかせ、風を興した。風は小さな竜巻になり、渦を描きながら、奏めがけてとんできた。
強風に吹き飛ばされ、奏は悲鳴をあげ、よろめいて地面に倒れ込んだ。ついでにカメラも、三脚ごと横転した。
「なんて力なの。初めてですわ、こんな妖怪」
「奏さん、大丈夫ですか!?」
榎は慌てて、奏に駆け寄った。奏は力を振り絞って起き上がったが、表情は引きつり、少し怯えも見てとれた。
「面妖な格好をしておるゆえ、どんな恐ろしい術を使うかと思いきや。クワックワッ、大した実力も無い人間が、粋がっておっただけか!」
八咫は腹を翼で抱えて、盛大に嘲笑った。
「おかしな噂を聞いた憶えがあるぞ。妖怪を倒す力もないのに、妖怪を倒すふりをして何も知らぬ人間をたばかって金をせしめる、くだらぬ詐欺師がおるとな。興味を持った妖怪たちは、そやつの前に現れて、軽くちょっかいを吹っかけ、倒された風に見せかけて去っていくそうじゃ。その去り姿を、滑稽にも己の力で倒したのだと勘違いする様もまた、面白くてたまらんとな」
「詐欺師ですって!? 失礼な! 悔しいですわ、わたくしが鳥類ごときに、笑いものにされるなんて!」
奏は八咫を憎らしげに見上げて、歯を食いしばった。
榎は奏の様子をじっと観察していた。本当に奏は、四季姫なのだろうかと、ふいに疑問が頭を過ぎった。
「麿、どうかな? 奏さんから、何か力を感じる?」
今朝までの、迷いのなかった自信が崩れ、榎は思わず月麿に尋ねていた。
「難しいのう。このあたりの土地は気配が乱れていて、うまく感じ取れぬでおじゃる」
月麿に訊いても、はっきりした解答はでなかった。
「妖怪は、見えているみたいなのにな。退魔の術っぽいものも使えるみたいだけれど、全然効いていないし」
「はっきりとした結論付けは、難しいでおじゃる。じゃが、力を秘めておれば、妖怪と深く関われば関わるほど、確実に陰陽師として目覚めていくでおじゃる。常に妖怪と対峙しておって、未だに力の覚醒がないのならば……」
「四季姫では、ないんだな。……ねえ、奏さん。急に体が熱くなったりした経験、ありませんか? 頭の中に、聞き覚えのない、不思議な言葉が浮かんできたり」
最後の確認にと、榎自身が覚醒したときの状況を、奏に尋ねてみた。奏は目を細めて、訝しげに榎を見つめた。
「ありませんわ。どういう意味ですの? わたくしにはさっばり……」
「そっか。やっぱり奏さんは、あたしの仲間とは、違うんだ……。ごめんなさい、奏さん、危ない目にあわせて」
とても残念だった。初めて、同じ境遇で一緒に戦える仲間に出会えたと思ったのに。
榎は少し、気持ちを沈ませた。
待ち合わせ場所である廃寺の境内に到着した榎は、辺りを見渡した。建物は人が手を入れなくなってから、かなりの年数が経っている様子だったが、構造はしっかりしていて、頑丈そうだ。
人の往来は時々あるらしく、足元に広がった落ち葉は道に沿って踏み荒らされていたが、それでも静かで物寂しかった。
木々に遮られて太陽の光も届かず、薄暗い。時々、風で木の葉が揺れる音や、鳥の鳴き声が不気味に響いた。
「麿も奏さんも、まだ来ていないのか」
少し遅刻したと思っていたので、ちょっと安心した。
「お待たせいたしましたわね、榎さん!」
榎がやって来た道とは別の山道から、奏の声が聞こえた。視線を向けた榎は、唖然として固まった。
「奏さん!? 何ですか、その格好は!」
目の前に立っていた奏は、神社の巫女さんみたいな赤い袴と、赤い縫い代のある白い着物を身に着けていた。着物だけならば、四季姫の衣装に似通った部分もあった。だが、首からぶら下げている、きらびやかで過剰な装飾品や、頭にかぶった烏帽子、手に持った数珠や扇子は何だろうか。よく分からない装備だと、榎は反応に困った。
仏教でも神道でもない、いろんなものがごちゃ混ぜになった、奇妙な格好だ。顔には、一瞬、奏だと分からないほど、どぎつい化粧も施されていた。
「伝師エレオノール奏の正装ですわ! 昭和時代の怪しげな祈祷師をイメージしてありますの。 ……榎さん、あなた、普段着でお戦いになるの? いけませんわよ、オカルト好きの客を引き込むためにも、普段から説得力のあるコスプレをなさらないと!」
「コスプレですか……。別の意味で本格的だなぁ」
全ては商売繁盛のためなのかと、一応、榎は納得した。だが、榎が変身して戦う装備とは、かなり違う気がした。
「では、お仕事の話に入りましょうか。こちらの無人寺の周辺で度々、近所の農家や林業の作業をなさる方々が襲われる被害が出ていますの。人を襲う、得体の知れないものの正体――恐らく妖怪ですが――を突き止めて、退治する作業が、本日のミッションですわ」
奏は榎に手早く説明し、大きな手荷物の中から三脚と、デジタルビデオカメラを取り出して、セットしはじめた。
「奏さん、ビデオなんて、どうするつもりですか?」
何となく予想はついたが、予想を真実だと確信する勇気が持てずに、榎は尋ねた。
「もちろん、わたくしたちの勇姿をビデオに納めて、動画をインターネットで公開するのですわ! よりたくさんの人々に見ていただいて、少しでも多く、仕事の依頼をもらうのです」
「本気ですか!? インターネットで公開なんて、世界中の人が見るんですよね!?」
予想以上の返事に、榎は驚きを通り越して焦った。榎は機械ものは詳しくなく、パソコンなどもほとんど触った経験がなかった。だが、インターネットの情報の広さは、理解していた。
世界中に、榎が夏姫に変身して戦う姿を公表するなんて、絶対に嫌だった。想像すると、ものすごく拒否感を覚えた。
「ですけど、妖怪の姿は一般の人には見えませんし、ビデオにも映らないのでは……?」
奏を思い止まらせようと、榎は必死で言い訳を考えた。
「安心なさい。妖怪が映らない不具合は、把握済みですわ。ちゃんと後で編集して、CG加工で妖怪を付け加えますから、問題ありません。映ったら映ったで、心霊映像としての売り出しもできますしね」
奏は余裕の笑みを浮かべていた。必死の抵抗の甲斐なく、さらりと言い返されて、榎は言葉を失った。
CG加工だなんて、この人はいったい何者だろうか。奏の妙な教養の広さに怯えた。
「さあ、準備万端ですわ。妖怪が現れる時を待ちましょう!」
腕を組み、奏はカメラの前に仁王立ちして、周囲を睨みつけていた。奏の背後で、榎は身を縮めて、カメラの撮影範囲から外れて待機していた。
しばらく待っていると、廃寺の建造物の脇にある茂みが激しく動いた。
ついに妖怪が現れたか。奏と榎は素早く反応し、身構えた。
「むっ! 現れましたわね、諸悪の根源。わたくし、伝師エレオノール奏が、成敗して差し上げますわっ!」
奏は鋭く目を光らせ、非常に見栄えのするポーズをとって、戦いに備えた。
「かっこいいー! 漫画のヒロインみたい……」
榎は思わず、奏に見とれた。
「おお、榎よ。待たせたでおじゃるなー。少し道に迷って、遅くなったでごじゃるよ」
落ち葉を盛大に踏み抜く音を立てながらやって来た者は、妖怪ではなく月麿だった。
奏は手に持った扇子を折りたたみ、能を舞うが如く、優雅かつ、素早い動きを見せた。
「覚悟なさい、妖怪! とりゃあっ!」
奏の扇子が振り下ろされた。
「おじゃー! 麿は妖怪では、ないでごじゃる!」
扇子は月麿の頭に直撃した。月麿は大きな悲鳴を上げた。
「奏さん、違うよ! 妖怪は……上だ!」
別の気配を感じ、榎は頭上を見た。寺の周囲には、背の高い黒松が覆い茂っていた。松の枝に、黒い影が留まっている姿を、視界に捉えた。
奏も、榎と同じ場所を凝視した。高い松の木の上から榎たちを見下ろしていた者は、白い山伏の衣装を身にまとった、烏だった。
「我らの領地に、土足で踏み込む愚か者ども! 許さぬぞ!」
烏は榎たちを睨んで見下ろし、嘴から大声を張り上げた。
「喋った! あの烏、足が三本もあるよ……!」
「八咫烏ですわ。神話の時代から、一部の地域では崇拝の対象にもなっている、神格化された妖怪ですわね。現代では、日本サッカー協会のシンボルマークに使われていてよ!」
驚くばかりの榎の隣で、奏は当たり前の如く、妖怪の情報を披露した。
「すごいや奏さん、妖怪に詳しいんですね!」
「妖怪退治に関わる者ならば、知識として持っていて当然ですわ」
さらりと言われた。榎は知識不足を指摘された気がして、思わずぐっと言葉を詰まらせた。
「ふむ、八咫烏は宵月夜の一番の側近でおじゃる。この辺り一帯は、奴の縄張りなのであろうな。すなわち、宵月夜の縄張りでもあるのでごじゃる」
月麿も、殴られた部分をさすりながら、冷静に八咫烏を観察していた。
「こいつが、縄張りを通った人を、次々と襲っていたんだな」
榎が呟くと、奏は鼻を鳴らした。
「どんな理由があれ、人々を襲う危険な妖怪は、即刻、退治せねばなりませんわ!」
奏が扇子を構えると、八咫烏も警戒心を顕わにした。
「宵月夜さまの領地を侵すものは、何人たりとも八咫が許さぬ! 覚悟せよ、人間!」
八咫烏の八咫も負けじと、翼を広げて威嚇してきた。普通の烏よりもかなり大きい黒い体が、さらに大きく見えた。
「人間に害を成す妖怪、成敗してくれますわ! 食らいなさい、百匹以上の妖怪の血によって染め上げた、黒き退魔の護符(¥19800)の力を!」
奏は八咫に臆する素振りもなく、果敢に立ち向かった。懐から黒地に白い梵字の書かれた札を取りだし、八咫に向かってかざした。
精神を集中して、口の中で呪文を唱え始めた。
榎は、奏が戦う様子を、息を飲んで見守っていた。だが、反して八咫は、きょとんとした顔で、奏の頭を見下ろしていた。
「……さっきから、何をしておる、人間」
八咫が冷めた口調で、問うてきた。集中を乱された奏の表情が、曇った。
「わたくしの護符が、まるで効きませんわ! なかなか強い妖怪ですわね。ならばこの、太陽の光を百年浴びて聖なる力を宿した、神の短刀(¥58000)の力を受けなさい!」
奏は再び懐に手を伸ばし、真っ白な鞘におさまった短刀を取りだし、八咫にかざした。
「やかましい! そんなまがいもの、我には効かぬわ!」
八咫にはまったく効果がないらしく、逆に怒らせた。八咫は大きく広げた翼を激しく羽ばたかせ、風を興した。風は小さな竜巻になり、渦を描きながら、奏めがけてとんできた。
強風に吹き飛ばされ、奏は悲鳴をあげ、よろめいて地面に倒れ込んだ。ついでにカメラも、三脚ごと横転した。
「なんて力なの。初めてですわ、こんな妖怪」
「奏さん、大丈夫ですか!?」
榎は慌てて、奏に駆け寄った。奏は力を振り絞って起き上がったが、表情は引きつり、少し怯えも見てとれた。
「面妖な格好をしておるゆえ、どんな恐ろしい術を使うかと思いきや。クワックワッ、大した実力も無い人間が、粋がっておっただけか!」
八咫は腹を翼で抱えて、盛大に嘲笑った。
「おかしな噂を聞いた憶えがあるぞ。妖怪を倒す力もないのに、妖怪を倒すふりをして何も知らぬ人間をたばかって金をせしめる、くだらぬ詐欺師がおるとな。興味を持った妖怪たちは、そやつの前に現れて、軽くちょっかいを吹っかけ、倒された風に見せかけて去っていくそうじゃ。その去り姿を、滑稽にも己の力で倒したのだと勘違いする様もまた、面白くてたまらんとな」
「詐欺師ですって!? 失礼な! 悔しいですわ、わたくしが鳥類ごときに、笑いものにされるなんて!」
奏は八咫を憎らしげに見上げて、歯を食いしばった。
榎は奏の様子をじっと観察していた。本当に奏は、四季姫なのだろうかと、ふいに疑問が頭を過ぎった。
「麿、どうかな? 奏さんから、何か力を感じる?」
今朝までの、迷いのなかった自信が崩れ、榎は思わず月麿に尋ねていた。
「難しいのう。このあたりの土地は気配が乱れていて、うまく感じ取れぬでおじゃる」
月麿に訊いても、はっきりした解答はでなかった。
「妖怪は、見えているみたいなのにな。退魔の術っぽいものも使えるみたいだけれど、全然効いていないし」
「はっきりとした結論付けは、難しいでおじゃる。じゃが、力を秘めておれば、妖怪と深く関われば関わるほど、確実に陰陽師として目覚めていくでおじゃる。常に妖怪と対峙しておって、未だに力の覚醒がないのならば……」
「四季姫では、ないんだな。……ねえ、奏さん。急に体が熱くなったりした経験、ありませんか? 頭の中に、聞き覚えのない、不思議な言葉が浮かんできたり」
最後の確認にと、榎自身が覚醒したときの状況を、奏に尋ねてみた。奏は目を細めて、訝しげに榎を見つめた。
「ありませんわ。どういう意味ですの? わたくしにはさっばり……」
「そっか。やっぱり奏さんは、あたしの仲間とは、違うんだ……。ごめんなさい、奏さん、危ない目にあわせて」
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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