四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

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第一部 四季姫覚醒の巻

第四章 悪鬼邂逅 9

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 歩き始めて、どのくらい時間が経っただろうか。
 正直、同じ雰囲気の道と、薄暗さのせいで、どこへ向かって進んでいるかも分からなかった。
 前方に出口がある保障はない。明かりも、宵月夜がぶらされている首飾りがぼんやりと光っているだけで、心許なかった。
 宵月夜は夜目が利くらしく、暗闇の中でも周囲の様子を把握していた。榎は、宵月夜の指示を受けながら、亀の歩みで前進した。
 坑道はそうとう、入り組んでいるみたいで、あちこちに脇道が存在している。全てがどこかの出口に通じていれば、一本に絞ってまっすぐ進めば良かった。
 だが山が崩れたせいで、土砂で埋まった道が多く、無計画に進むとすぐに行き詰まった。坑道の道順が滅茶苦茶になっているせいで、榎よりも慣れているはずの宵月夜にも、正確な順路が分からなくなっているらしい。進めなくなる度に、一歩手前の分岐点まで引き返す羽目になった。
 人を一人、支えながら歩き続けると、かなりの体力を消耗した。空気も澱んで、息苦しい。宵月夜は翼を軽く広げて浮力を作り、榎の負担を軽減させてくれていた。それでも、榎の歩みは徐々に、遅くなっていた。
「俺を置いていけ。この辺りは、俺も知らない道だ。連れていっても、足手まといになるだけだぞ」
 限界を感じたのか、諦めた口調で、宵月夜は言った。榎の肩から、腕を振り解こうとした。
「前へ進んでいけば、知っている道に出るかもしれないだろう。あたしなんかに助けられても、嬉しくないだろうけどさ。外に出るまでは、付き合ってくれよ」
 投げやりになっている宵月夜を説得して、榎は再び、宵月夜を掴んで前進しようとした。
「だったら、少し休め。もう満足に歩けないだろう」
 宵月夜に促され、榎も素直に、休憩しようと決めた。榎は宵月夜と並んで、坑道の壁に背を預けて、座り込んだ。
 薄暗がりの中、榎は悪鬼によって住処を壊されて追い出された、妖怪たちの心境を思い描いていた。
 人気のない静かな場所を選んで住み着く妖怪たちについて、知らなかった一面が見えてきた気がした。
 妖怪たちが山奥などに隠れ住む理由は、人間に住処を追いやられたせいだと、榎は山の獣と同じ感覚で、考えていた。
 だが、一番の理由は、悪鬼という最大の敵から、身を隠すためだったのではないだろうか。
「聞いてもいいか? 悪鬼っていうのは、妖怪達にとって、どういう存在なんだ?」
 榎は訊ねた。宵月夜はしばらく黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。
「悪鬼は、妖怪の天敵だ。人間には大して影響を及ぼさない存在だが、妖怪を好んで喰らう習性を持っている」
「妖怪を、食うのか?」
 榎が驚いた声を上げると、宵月夜は短く肯定の返事をした。
「特に、強い妖気に敏感に反応して、狙って来る。下等妖怪には大して興味も向けないが、俺みたいに妖力の強い存在を見つけると、悪鬼どもは力を察知して、襲いにくる。一度暴れ始めれば、下等妖怪もみんな、奴の餌食になる」
「だから、手下に戦わせて、お前はいっつも背後で、傍観していたわけか」
 本気を出せば、悪鬼に気付かれて、襲われるから。
 だから宵月夜は、本気を出したくても出せなかったのか。かつて、椿がストレートに質問していた疑問の答が、ようやく分かった。
「悪鬼がいなければ、この国など、とうの昔に妖怪の天下だ。人間どもが繁栄できるはずもなかった」
 もっともな意見だと言えた。世の中には、人間などには太刀打ちできない、強力な妖怪たちがたくさん存在しているはずだ。その妖怪たちに屈せずに人間が文明を築いてこられた理由が、悪鬼なのだろう。
 全ては、悪鬼がいたから。言い換えると、人間は、悪鬼のお陰で、妖怪たちから守られてきた、と考えてもいいのだろうか。
 だが、悪鬼は人間も襲うと、木蓮から聞いていた。だから決して、味方とは言えない。
 何人たりとも手を出してはならない、禁忌の生命体――とでも言うべきか。
「俺が封印されてから千年が経ち、人間の世は、ずいぶんと変化した。同様に、悪鬼も昔に比べて、恐ろしいほど力を付けている。力のある妖怪たちは皆、悪鬼の襲撃を恐れて、息を殺して生活している状態だ」
 今と昔では、悪鬼が周囲に与える影響が、まったく違うという。宵月夜は忌々しげに、舌を打った。
「さっきの悪鬼は、四季山から宵月夜の強い気配を察知して、やってきたんだな。山ごと崩して急襲なんて、やりすぎだけれど」
 強大な力を内に秘める宵月夜は、悪鬼にとっては極上のご馳走なのだろう。妖気を嗅ぎつけて、すっ飛んできたに違いない。
「俺が、もっと気をつけなければいけなかった。少しくらいならば、悪鬼には気付かれないだろうと、油断しすぎた。皆、無事だといいが……」
 宵月夜は、後悔していた。怒りに任せて妖力を解放したせいで、悪鬼の襲撃を受けた。住処を追われ、多くの下等妖怪たちを路頭に迷わせる結果になった。
 妖怪たちを統べる存在としては、大きな痛手だった。
 落ち込む宵月夜に、榎は何と声を掛けていいか、迷った。同情しても、軽い励ましの言葉を掛けても、意味がない気がした。
 ふと、坑道の向こうから、誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。小さく軽快で、複雑な足音。人間ではないと、すぐに分かった。
 近付いていた足音の主は、狸の妖怪、狸宇だった。
「宵月夜さま! やっと会えた!」
「狸宇! 無事だったか」
 榎は狸宇にまで注意が向いていなかったが、宵月夜は狸宇の姿が見えなくて、ずっと気を揉んでいた。宵月夜が初めて、安堵の表情を浮かべた。
「宵月夜さまから離れろ、人間!」
 駆け寄ってきた狸宇は、宵月夜の隣にいる榎を威嚇してきた。いい加減、敵視され続ける状態に、うんざりしてきた。榎は目を細めて狸宇を見た。
「だからさぁ、いちいち突っ掛かって来るなよ。お互い非常事態なんだから、いがみ合っている場合じゃないだろう」
「うるさい! さっきの怖い人間さえいなければ、おいらだって戦えるんだぞ! お前なんか、やっつけてやる!」
 狸宇の中では、一番怖い人間は周で、陰陽師である榎たちは格下らしい。
 恐れも知らずに、狸宇は榎に飛び掛ってきた。
「やっつけてみろよ。委員長にできて、あたしにできないことなんて、勉強くらいしかないんだからな! 狸一匹、取っ捕まえるくらい、簡単だ」
 榎は飛んできた狸宇の首根っこを掴んで、地面に押し付けた。動きを封じられた狸宇は、しばらく恐怖の悲鳴をあげていたが、榎にも敵わないと気付き、大人しくなった。
「ごめんなしゃい、もうしましぇん……」
 耳を垂れて、素直に謝ってきた。
「狸宇、いきりたたなくてもいい。癪だが、こいつは俺たちの命の恩人だ。受けた恩を仇で返す真似はするな。妖怪として、恥じない態度で接するんだ」
「はい、わかりました、宵月夜さま!」
 宵月夜が説教すると、狸宇は耳を立てて、元気になった。
「意外と、律儀なんだな。妖怪って……」
 榎が勝手に、お節介を焼いているだけだと思っていたが、妖怪たちは多少、恩義を感じてくれているみたいだった。榎は少し、照れくさく感じた。
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