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第二部 四季姫進化の巻
十一章Interval~新たに深淵に染まるもの~
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深い深い、山の中。
木材を得るために植林された、杉林。
かつては上質な杉材が飛ぶように売れた時代だった。伐るだけ伐って禿山と化した山に、新たに苗木が植えられ、長い時間をかけて今の姿となった。
バブルが崩壊すると共に、安価な輸入木に需要が移り、国内の木材は次第に捨て置かれた。
現在では、ろくに手入れもされていない薄暗い山が、日本の多くを占めている。
金がかかるからと放置し続けているのに、山の持ち主は頑なに所有権を振りかざし、無断で侵入する者を許さない。
本当に、責任感のかけらもないくせに、独占欲ばかりが強い。
人間とは、面白い生き物だ。
そんな身勝手な人間のお陰で、深淵の者は住処に困らずに済んでいるのだから、嘲るよりも感謝すべきか。
伸び放題の杉の枝を見上げながら、傘崎 響は笑った。
「カメラの望遠レンズで見えた場所は、この辺りのはずだが……」
四季姫の少女――榎と出会ったとき、響は今いるこの杉山を、写真に収めていた。
その際に偶然、奇妙な被写体を発見した。
気になって、四季姫への復讐どころではなくなった。
ぜひ、間近で観察したい。正体を確かめたい。
響の好奇心が、胸を躍らせ続けていた。
夕日が暮れかけ、薄暗くなった杉山。しつこく歩き続け、ようやく見つけた。
杉の尖った細い葉が敷き詰められた地面。その一角に、少女が横たわっていた。
細身の体、白い肌。肩上までの切り揃えられた髪が、乱れて首筋に貼り付いている。左肩を、鋭利な凶器で袈裟切りにされた傷口が痛々しかった。
特筆すべきは、その姿だ。千切れてボロボロになっているが、黄色を貴重とした十二単に身を包んでいた。
咄嗟に、四季姫を連想した。
だが、深淵の悪鬼たちに捕らえられていた四季姫は、三人。榎を加えれば、四人。
四季姫は、既に揃っている。
なら、目の前で倒れている少女は、何者なのだろうか。
響は少女に近寄った。衰弱しているが、息はあった。
いつからこの場所で横たわっているのかは、分からない。ただ、一つだけ確信できた。
「やはり、普通の人間ではないな」
こんな致命傷を負って、長く生きていられるはずがない。少女が放つ気配は、響がよく知るものだった。
悪鬼の邪気。だからこそ、こんなところで倒れていていても、生きていられた。
なぜ悪鬼が、四季姫の姿に紛しているのか。
妙な組み合わせだ。何の意味や目的があるのか。知欲が尽きない。
血の気の失せた顔に、手を伸ばす。瞬間、少女の目が一気に開き、凄まじい殺気を放ってきた。
「何だ、お前は。アタシに、触れるな!」
一瞬、怯んだ。意識があったとは、驚きだった。
手足もろくに動かせないのに、いかにも悪鬼らしい、心地いい敵意を向けてくれる。なんとも、可愛い姿だった。
響は少女に愛着を持った。
「動かないで。酷く消耗している。悪鬼とはいえ、その傷では命に関わる」
優しく頭を撫でる。少女は強がり、威嚇しながらも、怯えた表情で響を観察していた。
少女の大きな瞳に、響は笑顔を焼き付けさせた。
「安心なさい。私も悪鬼だ。同じ仲間として、あなたをお助けする」
山篭り用に持ち歩いている大荷物の中から、救命道具を取り出して、傷の手当を始めた。
山の事故など無縁の響だが、万が一、困っている人間と出会ったときに役に立てばと用意しておいたものが、活用できた。
「私は、鬼蛇。表では、傘崎 響と名乗っています。あなたは?」
「……神無月 萩」
意外と素直に、名乗ってくれた。
傷に指が触れると、少女――萩は、痛みに顔を歪ませる。
悪鬼が体に傷を受けるなんて、余程の事態に陥らなければ有り得ない。しかも、傷の治りが異常に遅い。
相当の手練に傷を負わされたか。若しくは、自然治癒力が著しく低い体質なのかもしれない。妖怪を食わせて体力を戻せば、傷も塞がるだろう。
手当を施す響に、萩は終始、物珍しそうな視線を向けていた。
少しは、敵意も失せたか。萩は、大人しく響に身を預けていた。
「長い間、食事も摂っていないみたいだね。環境の整った場所で、体を休めねば」
自力では動けないだろう。響はすぐに必要のない荷物を分けて、木の影に隠した。代わりに、萩をそっと、抱き上げる。
よく宿泊地に使う無料のキャンプ場が、近くにある。整備された場所のほうが、休養もしやすい。
本当は、落ち着いた宿にでも泊めたいところだが、万年貧乏だ。それ以前に、この娘が人の眼に触れる技術を習得していない。
体力が戻るまでは、人の多い場所は避けるべきだ。
響は萩を連れて、山を降り始めた。
「私は普段、人間の世界でカメラマンをしています。あなたは、何を?」
「アタシは、秋姫だ」
「ほう」
萩の言葉に、さらに興味が増した。
おそらく、萩は本物の秋姫ではない。でも、嘘はついていない。
何者かによって、秋姫に「させられて」いる。
強烈な命令や暗示、刷り込みが、萩の意思を操作している。
誰が、何の目的で、偽の秋姫など作り出したのか。興味は尽きない。
萩の頭を縛っている、秋姫の呪縛を、解き放ってやりたいと思った。
何者かの支配から逃れたとき、この少女は〝誰〟になるのだろう。
響の体は、好奇心でうずうずしていた。
木材を得るために植林された、杉林。
かつては上質な杉材が飛ぶように売れた時代だった。伐るだけ伐って禿山と化した山に、新たに苗木が植えられ、長い時間をかけて今の姿となった。
バブルが崩壊すると共に、安価な輸入木に需要が移り、国内の木材は次第に捨て置かれた。
現在では、ろくに手入れもされていない薄暗い山が、日本の多くを占めている。
金がかかるからと放置し続けているのに、山の持ち主は頑なに所有権を振りかざし、無断で侵入する者を許さない。
本当に、責任感のかけらもないくせに、独占欲ばかりが強い。
人間とは、面白い生き物だ。
そんな身勝手な人間のお陰で、深淵の者は住処に困らずに済んでいるのだから、嘲るよりも感謝すべきか。
伸び放題の杉の枝を見上げながら、傘崎 響は笑った。
「カメラの望遠レンズで見えた場所は、この辺りのはずだが……」
四季姫の少女――榎と出会ったとき、響は今いるこの杉山を、写真に収めていた。
その際に偶然、奇妙な被写体を発見した。
気になって、四季姫への復讐どころではなくなった。
ぜひ、間近で観察したい。正体を確かめたい。
響の好奇心が、胸を躍らせ続けていた。
夕日が暮れかけ、薄暗くなった杉山。しつこく歩き続け、ようやく見つけた。
杉の尖った細い葉が敷き詰められた地面。その一角に、少女が横たわっていた。
細身の体、白い肌。肩上までの切り揃えられた髪が、乱れて首筋に貼り付いている。左肩を、鋭利な凶器で袈裟切りにされた傷口が痛々しかった。
特筆すべきは、その姿だ。千切れてボロボロになっているが、黄色を貴重とした十二単に身を包んでいた。
咄嗟に、四季姫を連想した。
だが、深淵の悪鬼たちに捕らえられていた四季姫は、三人。榎を加えれば、四人。
四季姫は、既に揃っている。
なら、目の前で倒れている少女は、何者なのだろうか。
響は少女に近寄った。衰弱しているが、息はあった。
いつからこの場所で横たわっているのかは、分からない。ただ、一つだけ確信できた。
「やはり、普通の人間ではないな」
こんな致命傷を負って、長く生きていられるはずがない。少女が放つ気配は、響がよく知るものだった。
悪鬼の邪気。だからこそ、こんなところで倒れていていても、生きていられた。
なぜ悪鬼が、四季姫の姿に紛しているのか。
妙な組み合わせだ。何の意味や目的があるのか。知欲が尽きない。
血の気の失せた顔に、手を伸ばす。瞬間、少女の目が一気に開き、凄まじい殺気を放ってきた。
「何だ、お前は。アタシに、触れるな!」
一瞬、怯んだ。意識があったとは、驚きだった。
手足もろくに動かせないのに、いかにも悪鬼らしい、心地いい敵意を向けてくれる。なんとも、可愛い姿だった。
響は少女に愛着を持った。
「動かないで。酷く消耗している。悪鬼とはいえ、その傷では命に関わる」
優しく頭を撫でる。少女は強がり、威嚇しながらも、怯えた表情で響を観察していた。
少女の大きな瞳に、響は笑顔を焼き付けさせた。
「安心なさい。私も悪鬼だ。同じ仲間として、あなたをお助けする」
山篭り用に持ち歩いている大荷物の中から、救命道具を取り出して、傷の手当を始めた。
山の事故など無縁の響だが、万が一、困っている人間と出会ったときに役に立てばと用意しておいたものが、活用できた。
「私は、鬼蛇。表では、傘崎 響と名乗っています。あなたは?」
「……神無月 萩」
意外と素直に、名乗ってくれた。
傷に指が触れると、少女――萩は、痛みに顔を歪ませる。
悪鬼が体に傷を受けるなんて、余程の事態に陥らなければ有り得ない。しかも、傷の治りが異常に遅い。
相当の手練に傷を負わされたか。若しくは、自然治癒力が著しく低い体質なのかもしれない。妖怪を食わせて体力を戻せば、傷も塞がるだろう。
手当を施す響に、萩は終始、物珍しそうな視線を向けていた。
少しは、敵意も失せたか。萩は、大人しく響に身を預けていた。
「長い間、食事も摂っていないみたいだね。環境の整った場所で、体を休めねば」
自力では動けないだろう。響はすぐに必要のない荷物を分けて、木の影に隠した。代わりに、萩をそっと、抱き上げる。
よく宿泊地に使う無料のキャンプ場が、近くにある。整備された場所のほうが、休養もしやすい。
本当は、落ち着いた宿にでも泊めたいところだが、万年貧乏だ。それ以前に、この娘が人の眼に触れる技術を習得していない。
体力が戻るまでは、人の多い場所は避けるべきだ。
響は萩を連れて、山を降り始めた。
「私は普段、人間の世界でカメラマンをしています。あなたは、何を?」
「アタシは、秋姫だ」
「ほう」
萩の言葉に、さらに興味が増した。
おそらく、萩は本物の秋姫ではない。でも、嘘はついていない。
何者かによって、秋姫に「させられて」いる。
強烈な命令や暗示、刷り込みが、萩の意思を操作している。
誰が、何の目的で、偽の秋姫など作り出したのか。興味は尽きない。
萩の頭を縛っている、秋姫の呪縛を、解き放ってやりたいと思った。
何者かの支配から逃れたとき、この少女は〝誰〟になるのだろう。
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