四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

文字の大きさ
140 / 336
第二部 四季姫進化の巻

第十一章 悪鬼奇襲 7

しおりを挟む
 七
 翌日。榎たちは了封寺に集まっていた。
 体の負傷は、春姫の治癒の力で治してもらえた。
 だが、心に受けた傷、折れた心までは、陰陽師の力でも癒せなかった。
「手も、足もでんかった! なんでうちは、あないに弱いんや!」
 卓袱台を、柊の拳が強く打ち付けた。湯飲みに注がれた緑茶が、左右に波打つ。
 椿も楸も、生気を失った顔で、呆然としていた。深淵の悪鬼たちに打ちのめされたショックが抜け切らない。
 榎も、同様だった。新たに出現した敵に対して、何の対抗策も見えてこない。ただ俯いて、卓袱台の木目を見つめるしか、できなかった。
「現代に生きる悪鬼。封印を解いて過去を清算した変わりに、とんでもないもんに目をつけられましたな」
 話を聞いた了生は、深刻な表情で唸っていた。
「申し訳ありません。全て、僕のせいです」
 榎たちと向き合って正座する朝が、青褪めた顔を歪めていた。
「僕がずっと、鬼閻を封じ続けてこれたなら、悪鬼達は動きはしなかったはずだ」
「朝ちゃんのせいではないわ。みんなで決めて、封印を解いたのだから」
「今更、済んだ話を蒸し返しても、何も変わりまへん。あなたに皆の意志を否定されたら、私たちは自信が持てなくなるどす」
 椿も楸も、過敏に反応する。
 八つ当たりに近かった。でも、朝の救出は、誰もが望んだ結果だ。悪い印象を根付かせたくなかった。
 朝も、みんなの気持ちを汲んで、「すみませんでした」と謝った。
 室内を、沈黙が襲う。
「ともかく、皆さんがご無事で何よりでした。宵も、生身の体で無理をしたらいかんぞ」
 了生が間を繋いだ。朝の隣で、ふてくされている宵を叱る。
 元々、治癒の力が効かない体質らしく、悪鬼に負わされた怪我は、春姫でも治しきれなかった。腕や首に巻かれた包帯が、痛々しい。
「兄(あん)ちゃん。俺たちの妖怪の力、元に戻せねえのか」
 宵は了生に訴えかけた。悪鬼相手に手も足も出なかった苛立ちが、全身から滲み出ている。
「朝の悪鬼殺しの力があれば、俺の力と併せて、悪鬼なんて一網打尽にできるはずだ」
「無理じゃよ。封じた力は、お主らの精進によってのみ解放される。修行を積んで力を取り戻せるように努力するのじゃな」
 廊下を歩いて来た了海が、やんわりと説教した。落ち着いた態度が頭にきたのか、宵は了海を睨みつける。
「そんな悠長な話をしていて、先に悪鬼が襲ってきたらどうするんだ!」
 噛み付く勢いの宵を、了海は竹棒で叩(はた)き、鎮めた。
「焦りこそが、敗北を生む。落ち着いて、今のお前がすべき使命を考えよ」
 了海の冷静な言葉は、榎の心にも強く響いた。
 ずっと悶々としていた心の迷いが晴れ、一つの答に辿りついた。
「――強くなろう。あたしたちが、もっと力をつけて、悪鬼を倒すんだ」
 朝や宵の力に頼りきるわけにもいかない。榎たちが蒔いた種なのだから、きちんと摘み取らなければ。
「強くなるって、どうすればいいの?」
 椿が不安そうな視線を向けてくる。
「具体的には、分からないけれど。今まで以上に、努力するしかない。あたしたちの中に、眠っている四季姫の力があると、信じるしかない」
 鬼蛇――響の言葉。なんの根拠も確信もないが、今はどんなものにでも縋りたい。
 怪しいからと、疑って避けてなんて、やっていられない。
「せやな。前世の四季姫はんの力を使って、一度は悪鬼を倒せたんや。二度目かて、うちら自身の力で、何とかできるはずや」
 柊も、榎に賛同した。やる気が湧いて、室内の雰囲気も明るくなってきた。
「せやけど、榎はんは名古屋に戻らんと……」
 一番、ネックになっているところだった。楸に指摘され、榎は言葉を詰まらせる。
「……なんとか理由つけて、滞在を伸ばしてもらう。あの悪鬼たちを放ったまま、帰れない」
 お別れ会までしてもらった手前、再び京都に居座るなんて、ばつが悪い。
 でも、事態が急転したのだから、みんなも分かってくれるはずだ。
「みんな。もう少しだけ、四季姫としての戦いに、付き合ってくれ」
「付き合うも何も、うちら全体の使命やろう」
「力を合わせて、頑張りましょう!」
「私も、全力で努力をするどす」
 全員の表情に、闘志が戻った。
 ようやく、悪鬼と戦う展望が見えてきた。

 * * *

 家に帰った榎は、畳の上に寝転がった。
 中途半端に荷造りの進んでいる、借り部屋。まとまりのない室内が、今の榎の心を表していた。
「残るといったものの、お母さんになんて言って、京都にいさせてもらおうか……」
 悪鬼退治をするために残りたい、なんて言えない。四季姫についても話さなくてはならないし、妖怪や悪鬼についてなんて、どう説明すればいいのか分からない。
 椿の家にも、さらに迷惑をかけるわけだから、くだらない理由を設定するわけにもいかない。
 しっくりくる言い訳が思い浮かばず、汗を滲ませながら悶々としていた。
 階下で、電話の音が聞こえた。止んでしばらくすると、部屋に桜がやってきた。
「榎さん、お電話がかかってますよ」
 驚いて、榎は飛び起きる。
「お母さんからですか!?」
 まだ、何も考えがまとまっていないのに。焦りと緊張で、さらに汗が吹き出した。
「いいえ、剣道部の部長さんて、いうてはったけど」
 予想外の相手に、榎は固まった。
「部長? なんだろう、わざわざ」
 部活には、それなりに顔を出しているし、電話で受けるほど大事な連絡なんて、下っ端の榎には、ないはずだが。
 不思議に思いながら、榎は受話器を握った。
 部長の話を聞いているうちに、頭の中を驚きに支配された。
「あたしが、秋冬の対抗試合の先鋒ですか!?」
 あまりに大声を出したため、如月家の人々が何事かと様子を伺ってきた。
 四季ヶ丘中学校の剣道部は、府内でも弱小のレベルだ。部員の実力差も然程ないため、年功序列で三年生から順番に、試合に参加できる。主に出られる学年は二年生以上で、どんなに強くても一年生は補欠扱いだった。
 だが、試合に参加予定だった二年生の先輩が交通事故に遭って入院したため、補欠から代理を補充するらしい。
 そこで、一年生で一番経験も実力もある榎に、白羽の矢が立った。
 剣道の試合に係わるとなると、京都に居残る格好の理由になった。両親も如月家の人達も、快く榎の残留を許可してくれるだろう。
 更に忙しさは増しそうだが、願ってもなかった。
「ぜひ、やらせていただきます。よろしくお願いします!」
 頭を下げて、受話器を戻す。榎の拳に、力が入った。
 再び受話器を取り上げ、黒電話のダイヤルを回す。
 名古屋にいる母へ、事情を話した。試合が全て終わるまでの間、京都に残る許可を得た。
 電話を桜にバトンタッチして、部屋に戻った。
 なんとか、舞台は整った。気合を込めて、榎は腹から声を吐き出した。
「四季姫の戦い、第二ラウンド開始だ!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!

虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん>< 面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...