四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

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第二部 四季姫進化の巻

第十五章 夏姫鬼化 1

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 一
 十一月初旬。
 四季が丘を含む京都の山々は紅葉に彩られ、見頃になってきた。木々の枝に広がる、色付いた木の葉も見事だが、既に散って地面を覆う落ち葉もまた、風情があって美しい。
 水曜日の放課後。
 色とりどりの落ち葉を舞い上がらせながら、四季姫たちは山の奥で戦いを繰り広げていた。
 相手は、今までに戦ってきた妖怪とは規模が違う。
 伝説にも語り継がれる上等妖怪――くだんだ。
 見た目は牛の体を持ち、顔は人間という奇妙な姿をしている。
「人面犬とか人面魚は、昔からよう聞きますけどな。今回は牛どすか」
「いまいち、個性に欠ける妖怪やな。何でもかんでも、動物の体に人間の頭つけりゃ不気味になる、とか思って、ふざけとるんと違うやろうな?」
 柊の嫌味が気に障った、かどうかは分からないが、件は体に似合わない細い足で、落ち葉が敷き詰められた地面を踏み付けた。
 直後、件の足元を中心に、地面を軽い波動が走った。地面が軽く揺れ、榎たちは少しよろめいた。
「件は、大うなぎと同じで、地震を引き起こす妖怪やと言われておるどす。住宅地で暴れでもしたら、大惨事になります」
「何でも、阪神淡路大震災で地震引き起こした原因がこいつや、とか言われとるらしいで」
「まあ、都市伝説どすけど。実際に、何か影響を与えた可能性は、ありますな」
「地震を起こすために、人里に現れる時もあるんですってね。大きな災害の元凶になっては大変だわ。倒すか、山に追い返すかしなくちゃ」
 榎たちは件を取り囲み、武器を構えた。
 警戒した件は身を竦め、再び前足を持ち上げて、地面を踏み付けた。
 振動の波が起こり、榎たちの足元を揺らす。激しい横揺れに堪えられず、榎は剣を支えに膝を突いた。
「くそっ、地面が揺れて、バランスが取れない!」
 それでも諦めず、揺れが治まった瞬間を狙って、素早く斬りかかった。
 榎が放った一撃は、件の脳天を直撃した。
 なのに、件には傷一つ付かない。
 榎の攻撃は、件の立派な角に、あっけなく跳ね返された。反動で、榎の体も後ろに吹き飛ばされる。
「やっぱり、攻撃が上手く通じない」
 体勢を整え直し、榎は苛立つ。
 日に日に、実感が強くなっていく。相手にする妖怪が強くなるに従って、夏姫の力が通用しなくなっていた。
 実力の問題もあるが、大きな要因は、夏姫の武器である剣だ。この剣がおかしな色に変色しはじめてから、徐々に使い勝手が悪くなってきた。
 上等妖怪の実力も、伊達ではない。今の中途半端な実力しか出せない榎では、件に近付きすらできなかった。
 榎が苦戦する中、椿、楸、柊は何事もなく、件を包囲して武器を構えた。
 椿が、笛を口に当てて鋭い音色を奏でた。切れのある音響が周囲の空間を震わせる。件はその音に反応して、動きを止めた。
 楸の放つ至近距離からの矢が、件の膝に突き刺さった。強い神通力の篭った矢先は、件に激しい激痛をもたらした。件の苦しそうな鳴き声が、周囲に響く。
 動きを封じられた件の胴体を、柊の薙刀が横に薙ぎ、深い斬り傷をつけた。件は激しい呻き声を上げて、地面に倒れ込んだ。激しい揺れが、周囲を襲う。
榎が身動きすら取れない中、三人は倒れる様子もなく、バランスをとって立っていた。
「上等妖怪っちゅうくらいやから、相当強かったはずやけど」
「三人でかかれば、大した相手じゃなかったわね!」
「私たちの実力が、上がっておるんでしょうな。格段に、レベルアップした実感があるどす」
 四季姫としての成長に手応えを感じた三人は、満足そうな表情だ。
 やりがいのある戦いを満喫する仲間たちの姿を遠目に見ていた榎は、完全に取り残されていた。
 現状に我慢できなくなって、肩を激しく震わせた。
「何でだ。何で何で何で――!!」
 貯まりに貯まった鬱憤を、大声に変換して、思いっきり吐き出す。
「どうしてあたしだけ、強くなっていないんだ。新必殺技が発動しないんだ。リーダーなのにー!」
 未だに一人だけ禁術の習得に至っていない榎は、強い相手と戦うとなると、どんなに頑張っても決まって戦力外になる。
 あまりの情けなさに喚く榎を見て、三人は呆れた視線を向けてきた。
「最近、出番が少なかったどすからな。影が薄うなっとるどす」
「やっぱり、リーダーの器やなかったんと違うか?」
「嘘だー! あたしは駄目な子なんかじゃないぞ、やればできる子なんだぞ!」
「大丈夫よ。みんなだって、強くなれたんだもの。えのちゃんも、そのうち凄い禁術を使えるようになるわ。余り物には福があるっていうし」
「余り物……」
 ろくな声援もかけてもらえず、榎は落胆した。
「根気よく頑張るしかありまへんな。ただ、のんびりしとったら、必殺技を覚えても、戦う相手が既にいない、といった状況になっておるかもしれまへんが」
「まあ、悪い妖怪やら悪鬼やらは、うちらでみんな倒すから。榎は後ろで、指でも咥えとったらどないや」
 全然、榎について親身になってくれない仲間たちに、榎は更に文句を倍増させた。
「嫌だー!! あたしも戦うんだ! かっこいい強い技が欲しいんだー!」
「喧しいわ、駄々っ子か! 欲しい言うたかて、簡単に手に入るもんやないやろうが!」
 あまりのしつこさに、キレた柊が怒鳴り飛ばしてくるが、榎の鬱憤は収まらない。
「きっと、禁術を会得するために、榎はんにはまだ何か、足りんものがあるんかもしれまへん」
楸のフォローを受け、榎は喚き止んで、真剣に考える。
「あたしに足りないものって、なんだろう?」
「才能とか?」
「知識どすかな」
「体力以外の全てやろ」
「いじめか! あたし、どんだけ駄目な子なんだよ!」
 口々に飛んでくる批評の嵐に、榎の心は折れそうになった。
「まあ、答探しこそが、戦いや。日々修行して、見つけ出すしかないやろう」
 まだ不満が残り、声を出そうとした矢先。
 倒れたはずの件が、体を震わせながら頭を上げた。
「こいつ、まだ生きているぞ!」
 榎は素早く剣を構える、三人も、件に向き直った。
 件はもう、起き上がる力もない。只まっすぐに、榎たちを見ていた。黒い、大きな瞳に、榎の姿が映っていた。
『――もうすぐ、鬼の子等による饗宴が始まる。お前は呪いに翻弄され、大切なものを失うだろう』
 よく分からない言葉を呟き、件は息絶えて消滅した。
「何だよ、どういう意味だ?」
 意味が分からず、榎たちは困惑した。
「そういえば、件は死ぬときに、不吉な予言を残していくと伝えられておるどす」
 楸が思い出して、口を開いた。
「つまり、今の言葉は、うちらに対する予言か?」
「でも、〝お前〟って、誰かを限定した言い方だったわ」
 誰にむけての予言だったのだろう。
 大切なものを失う――。
 榎の脳裏に、大切な人達の姿が浮かび上がる。
 四季姫の仲間たち。奏や、了封寺の人達。お世話になった、京都で出会ったたくさんの人達。名古屋の家族。
 そして、―?綴。
 失うなんて、想像したくなかった。
「考えても分からないし、今日はひとまず、帰りましょう」
 椿の掛け声で、榎たちは変身を解き、普段の姿に戻る。
 一息吐いている榎に、柊が訝しい視線を向けてきた。
「……榎、手から剣が離れとらんで」
 言われて初めて、右手に夏姫の剣を握ったままだと気付いた。
「何だこりゃ!? どうして、消えないんだ!?」
 普段は、変身を解くと同時に勝手に消えるものだから意識はしていなかったが、いざ消そうと思っても方法が分からない。
 ここ最近、とにかく様子も調子も良くなかった剣だ。 柊に「抹茶剣」だの「妖刀苔まみれ」だのと罵倒される度に庇ってきたが、ここまでポンコツに成り下がると、フォローのしようもなくなってきた。
 刃を覆う妙な緑色の物質に、何か原因があるのだろうか。
「想像もつかへん力が作用しておるみたいどす。一度、了海はんにでも見てもらったほうが、よろしいどすな」
 楸の提案を受けて、榎は剣を担いだまま、了封寺に直行した。
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