四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

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第二部 四季姫進化の巻

第十五章 夏姫鬼化 2

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 二
「呪われとるのう」
 了封寺りょうふうじの応接間。
 剣を見せた途端に了海が放った一言に、榎は固まった。
「なんじゃい、この黴みたいな、どす黒い色は。なして、こないな状態になるまで黙っとったんじゃ」
 呆れた声色で説教を食らい、榎は落ち込んでうなだれた。
「というか、よう無事でしたな。こんなに根強う張った呪い、初めて見ました」
 隣で同じく剣を見ていた了生が、心配そうに榎を気遣ってきた。
「榎さん、お体は大丈夫ですか? 毎回、変身する度に、凄まじい邪気を浴びておったと想像できるんですが……」
 言われてみて初めて、榎は体の様子をチェックした。だが、具合が悪ければ、流石に鈍い榎でも、何らかの変化に気付いているはずだ。
「別に、体は平気ですが」
「頭は、おかしくなっとるかもな」
 茶化して馬鹿にしてくる柊に、榎は堂々と反論した。
「おかしくない! 昨日の漢字テストも二十点だった!」
「ほんなら、正常やな」
 榎たちのやり取りを、周囲は白けた目で眺めていた。
「この剣の異常は、いつ頃から始まったんじゃ?」
 剣を黙々と眺めながら、了海が訊ねた。
 榎は記憶を手繰り寄せてみるが、漠然としていて、よく思い出せない。
「いつだろうなぁ。夏休み明けくらいかな?」
「わしが思うに、鬼閻を倒した直後ではないかな?」
 言われてみると、了海の指摘通りかもしれない。
「その剣は、鬼閻に止めを刺すために使ったものじゃ。奴の放つ邪気を直接受けたために、呪いにかかったのかもしれん」
 了海の憶測を聞いていると、当時の記憶が徐々に思い出されてきた。
 三か月前、白神石の封印解除を行い、最恐の悪鬼を蘇らせて倒した時。
 榎が鬼閻の息の根を止めた瞬間に、悍ましい言葉を浴びせられた。

 ――<死なぬ。我は、永久に、呪い続ける……>

 あの言葉の意味が、今になって、ようやく理解できた気がする。
 鬼閻の肉体は滅んだが、強い恨みの意志が呪いとなって、今も夏姫の剣にとり憑いている。
 その現実に、榎は身震いした。
「悪鬼の怨念は、恐ろしく強い。四季姫に倒された恨みの心が、この剣の中で今でも息衝いておるのじゃ」
「怨念ってくらいだから、やっぱりえのちゃんに悪い効果をもたらしているのよね?」
 不安そうな椿の問いかけに、了海は大きく頷いた。
「まあ、身体や頭は大丈夫そうじゃが、夏姫として戦うにあたって、何らかの足枷になっておるはず。力がうまく使えんかったり、技一つ使うにしても、普段以上に疲弊するなど、心当たりはないかのう?」
「確かに。最近、何だか妖怪と戦っても、手応えがなくて」
 思い出してみれば、榎が意図する通りに体が動かない時が、よくあった。剣のせいだとは、微塵も思わなかったが。
「夏姫の力の一部を、剣の呪いが吸収しておるのじゃろう。剣に溜め込まれた邪念が夏姫の力を上回ったために、変身を解いた際に抑えきれんかったんじゃな」
「その剣の影響は、夏姫はんが禁術を会得できん理由とも、関係があると思いますか?」
 楸が意味深に問いかける。榎も、その可能性が気になった。体を緊張させ、返事を待つ。
 だが、了海から確実な返答は得られなかった。
「分からん。可能な限り、調べてはみるが。なんせ、人間が悪鬼を倒すなんて、今までに前例が皆無じゃったからのう」
 陰陽師の力で悪鬼を倒せる、新しい理は、もっと昔から存在していたのだろうが、その事実に、今まで人間側は気付いていなかった。悪鬼と深く関わりもしなかったため、知るきっかけさえなかっただろう。
 だから、悪鬼を倒した後遺症なんて、分かるわけがない。
「椿も、深淵の悪鬼を倒したけど、今のところ何ともないしな」
 柊に話を振られ、椿は頷く。
春姫の禁術によって、あっけなく倒された悪鬼が、椿に対して呪いをかける兆候はなかった。全ての悪鬼が邪念を残すわけではないらしい。
「やっぱり、悪鬼の親玉ともなると、一味も二味も、違うんでしょうな。榎はんはよっぽど、恐ろしい相手に目を付けられたんどすな」
 楸の言葉も、的を射ているのだろう。嫌な特別扱いだ。
「先日、深淵の悪鬼と戦った時、その剣が激しく光っていたぞ」
 居間の奥で、榎たちのやり取りを見ていた宵が、ポツリと口を挟んだ。
 了海が眉根を上げた。朝も、宵に同意して頷く。
「僕も、見ました。更に、その時に剣を見た悪鬼が、妙な反応を示していました」
「確かに、やたらと榎を狙ってきよったな」
 椿と朝を人質に取った時も、解放の条件に武器をよこせと言ってきた。
 悪鬼たちは、夏姫の剣に鬼閻の邪念が憑りついていると、気付いていたのか。
「悪鬼どもが、呪われた剣を欲していたのかどうか、さらに、なぜ手に入れたがっていたのか。関係を調べる必要がありそうやな。少し、時間をもらわんと」
「よろしくお願いします」
 一息吐いた了海に、榎は深々と頭を下げた。
 話は、一旦お開きになった。
 榎は呪われた剣を、寺でもらった風呂敷に包み、斜めに背負った。鞘もないし、流石にずっと手に持っていたり、腰に差しては目立つし、邪魔だ。
「榎はん、その剣、ずっと背負っておくつもりどすか? 銃刀法違反で捕まりますえ?」
「いや、それ以前に、呪われた物を常備するなんて、絶対に体に悪い影響が出るで」
「私服姿で武器を持ち歩くなんて、えのちゃん、ただの危ない子だわ」
「でも、この剣がなくちゃ、夏姫に変身した時に戦えないし。いつ何が起こるか分からないから、肌身話さず持っていないと」
 口々に剣の所持を批判されるが、手放すと不安だ。
「効果があるかは分かりませんけど、一応、お札を貼って様子を見ましょう」
 了生が榎から剣を取り上げ、剣身にペタペタと呪文の書かれたお札を巻いてくれた。
「お主らを覚醒させた、伝師の男はどこに行ったんや。あの、時を渡ってきたとかいう」
 一服して茶を飲んでいた了海が、ふと、思い出した様子で口を開いた。
「麿は今、東京にいるんです。元の時代に戻るための研究をしているとかで」
「距離が遠すぎて、通信もできないのよね」
「その男のほうが、悪鬼や四季姫の武器については知識が豊富じゃろう。可能なら、相談してみる価値はあるかもしれんが」
 月麿も、平安時代からやってきて日が浅いから、力の理が変化している事実は知らないはずだ。実際、悪鬼の存在をとても恐れていた。
 だが、悪鬼の呪いを解いてこの剣を正常に戻す方法なら、何か知っているかもしれない。奏に頼んで連絡をつけてもらおうかと考えていた矢先。
 了封寺に珍しい来客が訪れた。
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