四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

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第二部 四季姫進化の巻

第十五章 夏姫鬼化 7

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 七
 試合が終わった日の夜。
 樫男は挨拶も兼ねて、榎たちと一緒に花春寺に赴いた。如月家の人々に歓迎されて、一緒に夕飯を食べた。
 如月家に来てから、一度もお目にかかった例のない、山盛りの唐揚げが食卓に上った。その皿を、樫男はほとんど一人でペロリと食べ尽くしてしまった。
「いやあ、お義兄さんがいらっしゃると、寺が賑やかになって、よろしいですわ!」
 普段はお酒なんて一滴も飲まない椿の父――木蓮だが、酒豪である樫男に合わせて、酔っぱらいながらも頑張って日本酒を呷っていた。
「いえいえ、娘ともども、すっかりお世話になってしまって。何のお礼もできずに、申し訳ない」
 樫男もかなりの量の酒をかっ食らっていたが、全然酔った様子がない。榎も生まれてこのかた、樫男が酔い潰れた姿はおろか、顔を赤くした姿さえ見た記憶がない。
「今度は梢も連れてきますんで、またよろしくお願いします」
「せやったら、ご家族みんなでいらしてくださいな。いつでも、歓迎しますさかい」
 ものすごいスピードで空になっていく、料理が盛られた皿を新しいものと取り換えながら、椿の母――桜が笑顔で応対する。
 だが、さすがに不味い気がして、榎は口を挟んだ。
「叔母さん、兄ちゃんたちなんて呼んだら、イナゴの大群が通り過ぎるよりも酷い大惨事になるかもしれないよ」
 如月家の人々は、水無月家の連中の恐ろしいまでの食欲を知らない。樫男一人でも物凄い食欲なのだから、一堂に揃おうものなら、大変な事態になるだろう。
「なるほど、イナゴか! 上手い喩だな、榎!」
 榎の話を聞いて、樫男が大声で爆笑する。樫男が笑うと、心なしか家屋の柱まで震えている気がした。
「いや、笑い話じゃ済まないって! 一瞬で冷蔵庫の中が空っぽになるよ。庭木や池の鯉まで食い尽くされるかも」
 水無月家の通常の食卓の悲惨さを思い出し、榎は身震いする。
 以前は、大量の料理を大人数で奪い合う食事風景が普通だと思っていた榎だが、如月家の静かで大人しい食事の様子を初めて見た時には、これが一般家庭の食事なのかと、とんでもないショックを受けた。最近では、榎の家の、意地汚く見苦しい食料の奪い合いが恥ずかしいとさえ思うようになってきていた。
 あの地獄の光景を、椿たちには絶対に見せたくない。
「奴らも、余所での礼儀くらい、わきまえとる。大丈夫だ!」
「本当かなぁ……」
 いくら父親の言葉でも、榎の不安は、拭い去れなかった。

 * * *

 翌日は、祝日の振替え休日だった。
 榎は樫男に町を案内するついでに、仕事現場についていくことにした。
「ところで、お父さんの仕事って? 京都の依頼なのに、わざわざ出張してきたの?」
 町の中を、樫男が乗ってきたトラックで走る。樫男の好きな演歌を聴きながら助手席で揺られていた榎は、気になって仕事について訊ねた。
 樫男が経営する不動産会社は、様々な同業者や工務店と提携を結んでいて、全国各地に支部があり、賃貸から建設まで幅広く営業している。京都には京都の支部があるはずだから、樫男が出てくる必要はなさそうなものだが。
「四季が丘町に定住したいから、小さな一軒家を建てて欲しいと、要望を受けてな。京都の支部に任せても良かったんだが、依頼者が顔馴染みの相手だから、挨拶をしておこうと思ってな。榎の様子も見ておきたかったし、まあ、ちょうどいいと思ったんだ」
 照れ臭そうに笑いながら、樫男は説明する。いちおう、たった一人の娘だし、普段から連絡もなかなか取れないから、元気でやっているか心配してくれていたのだろう。兄弟が多いため、父親に構ってもらう機会なんて滅多にないから、榎は嬉しかった。
 やってきた仕事現場は、四季が丘の外れ、妙霊山にほど近い山地だった。市街地からは大きく外れた、民家のほとんどない、静かな場所だ。道路は整備されているが、バスは一日二本しか通らない、とにかく田舎の中の田舎だ。
 こんな不便で辺鄙な場所に、家を建てるのだろうか。依頼者は、どんな人物なのかと、榎は逆に興味が湧いた。
「やあ、お久しぶりです、小父さん!」
 想像を巡らせていると、その依頼者らしき人物がやってきた。
 のんびりと歩いてきた、テンガロンハットを被った長髪の男。
「あんたは……!?」
 その男の姿を見た途端、榎の表情が歪んだ。
 傘崎 響。
 榎たちが倒した悪鬼の長、鬼閻の息子――鬼蛇だ。
 現在は人間社会の生活に溶け込んで、フリーのカメラマンをしている。
 だが、その悪鬼としての地位も力も健在で、度々榎たちの周囲に現れては、意味不明な行動を見せてくる。得体の知れない相手だ。
「よお、響くん! 相変わらず、西へ東へフラフラと放浪しているのか」
「人を遊び人みたいに、いわないでくださいよ。いちおう、ちゃんと仕事もしているんですから」
 警戒する榎を脇目に、樫男は何とも親しげに、響に挨拶を返す。響も、馴れ馴れしいほどに親密に、樫男と会話を弾ませていた。
「何であんたが、お父さんと仲良さそうに話しているんだ!」
 我慢できなくなって、榎は声を張り上げて威嚇した。
 榎の憤りなど、ものともせず、響は飄々と肩を竦めた。
「私と君のお父さん、遠い親戚同士なんですよ。水無月って、どっかで聞いた苗字だと思ってたんですよねぇ」
 突然の告白に、榎は驚愕する。
「本当なの!? お父さん」
 もちろん、簡単には信じられない。榎は樫男に問い質した。嘘だと言ってほしい。
「ああ。かーなり遠縁だから、家族ぐるみの付き合いはなかったし、榎は知らないだろうな。だが、まさか響くんと知り合いだったとは。世間は狭いなぁ」
 樫男の返答は、榎の期待を大きく裏切った。
 愕然とする。遠縁とはいえ、悪鬼の一族と親戚とは、いったいどういう意味なのだろう。
 わけがわからなくなった。
 放心する榎を尻目に、二人は黙々と仕事の話を始めた。
「君の要望を踏まえて、作った設計図だ。どうかね?」
 樫男が見せた製図を眺めた響は、満足そうに笑っていた。
「素晴らしいです。ぜひ、このデザインでよろしくお願いします」
 話は意外と早く纏まり、二人は道路わきの岩に腰掛けて、世間話を始めた。
 榎は車の陰に隠れながら、二人の様子を伺った。樫男に不思議がられながらも、夏姫の剣もしっかり常備してきた。
 もし、響が樫男に妙な真似をしたら、すぐにでも斬り倒してやる。
「だが、意外だったな。永遠の風来坊かと思っていた響くんが、家を建てて定住するなんて。しかも、この間取りから察するに、一人で暮らすのではないのだろう? いい女性でも見つけたか!」
 樫男が茶化すと、響はまんざらでもない様子で、少し照れていた。
「いやあ、相変わらず、お察しが良いですね。……一生護りたい、かけがえのない人を見つけました。叶うなら、ずっと一緒に暮らしたいと思っているんですよ」
 幸せそうな顔。いったい、誰と暮らすつもりなのだろう。まさか、悪鬼が人間の女性と暮らす、なんてあり得るのだろうか。
 響の考えは、榎にはさっぱり分からない。
 榎は微妙な気持ちに囚われつつ、二人のやり取りを観察し続けた。

 * * *

 響が家を建てる土地は、更に山の奥に入ったところにあった。そこそこ広い土地で、平屋の家を一件建てて、更に広い庭も整備できそうだ。
「……本当に、家を建てるんだ」
 土地の簡単な測量を行っている樫男を観察しながら、榎はポツリと呟いた。
 響は単純に、家を建てたくて樫男を呼んだにすぎないのだろうか。何かを企んでいる様子は、今のところは見られない。
「もちろん。だから、腕のいい、知り合いのおじさんに頼んだわけですよ」
 突然、隣で声がした。驚いて身構える。すぐ側に、いつの間にか響がいた。気配も何も感じさせない。本当に、不気味な男だ。
 榎の中で、気持ちが揺らぐ。響を信用していいのかどうか、答が出ない。
 だが、悪鬼に対して何の根拠もなく心を許すなんて、危険な行為だ。
 榎の判断の正しさは、すぐに証明された。
「だけど、単純に家を建てるためだけに、わざわざ君のお父さんを呼び出した訳でも、ないんですよ。――私の家を建てている間、君のお父さんは、完全に私の手中にいる。要するに、人質です」
 響が突然放った言葉に、榎は体を強張らせる。
「人質!? 何のために……!」
「もちろん、君に無駄な抵抗をさせないためです。まあ、保険みたいなものですが」
 やっぱり、響は何かを企んでいた。知り合いの樫男を呼び出した理由は、榎と縁があると知った上の行動だったのか。
 榎は響に、強い敵意を向ける。
「お父さんに、何かしてみろ。ただじゃ済まさないぞ」
「何か、するかしないかは、君の返答次第だよ、夏姫さん。下手に私に抵抗すれば、おじさんの命は、保証しかねる」
 響の冷たい視線が突き刺さる。本気の目だと、瞬時に判断した。いくら、人間として強くてタフな樫男でも、悪鬼の力で攻撃されれば、ただではすまない。
 今の、禁術さえ会得できない榎では、鬼蛇相手にどこまで太刀打ちできるかも分からない。父親を盾に取られれば、尚更立場は悪くなる。
 今までの気迫が、急に萎んでしまった。
 なんとか、樫男を無傷で開放しなければ。無事に、名古屋に帰ってもらわなくては。
「何が目的だ? あたしに、何をさせたいんだ」
 榎は心を押し殺し、響に話の続きを促した。榎が大人しく従うと判断した響は、嬉しそうな表情を浮かべた。
「君はよく、四季が丘の病院に通っているね? ある人物の、お見舞いのために」
 想像もしていなかった指摘に、榎の顔から血の気が引く。
 この男は、榎の周辺情報や人間関係について、詳しく知っていそうだ。
「その人物は、伝師に縁のある青年のはずだ。違うかい?」
「だったら、どうだって言うんだ!」
「その青年――伝師綴くんと、コンタクトをとりたいんだ」
 綴の名前まで知っているのか。益々、響の思惑が分からなくなってきた。
「先日、面会に出向いてきたが、術を使える何者かに結界を張られていてね。病室に入れなかった。だから、君に私と彼の仲介人になってもらいたいんですよ」
 榎も、悪鬼の呪いに憑りつかれた剣を持ったままでは、病室に入れなかった。響も、同じ状況に陥って、接触できなかったらしい。
 病室から外に出なければ、少なくとも綴が響に危害を加えられる心配はない。だが、響がずっと接触する機会を伺っているのなら、油断はできない。
 そんなに必死になって、接触を図りたい理由とは、何だろう。
「綴さんに、何の用事が……」
 尋ねようとしたが、喉元に鋭い爪を向けられて、言葉を制止された。
「それ以上の詮索は、認めない。私には、あまり時間がないんだ。焦らすなら、小父さんの身の安全も、保証できなくなりますよ」
 さらに脅されて、榎はぐっと息をのんで言葉を殺した。
「……仲介人って、あたしに、何をさせるつもりなんだ」
「別に、難しい要求をするつもりはありません」
 響はダウンベストのポケットから、一通の白い便箋を取り出し、榎に差し出してきた。
「この手紙を、綴くんに渡して欲しい」
 榎は、黙って手紙を受け取った。宛先も、差出人の名前も書かれていない。
 悪鬼が、綴にどんな手紙を書くのだろう。もし、今の榎みたいに、脅すための内容だったら、渡すわけにはいかない。
 あとでこっそり、中を確認しようかと考えた。
「中身を読もうとしても、無駄ですよ。強い封印を施しているから、絶対に開けられない。綴くんが手にした瞬間に、解ける仕掛けになっている」
 榎の考えなんてお見通しだったのか、素早く注意されて、榎は息を詰まらせた。
「手紙の中には、返事が欲しいと催促も記載してあるから、ちゃんと応答をしてくれるはずだ。綴くんからの返事を受け取って、私のところに戻ってきてください」
 やむを得ない。とりあえず、綴に手紙を渡すしか、今の榎にはできそうにない。
「お使いが終われば、お父さんは解放してくれるんだな」
 念を押すと、響は笑顔で穏やかに頷いた。
「家さえ完成すれば、すぐにでも」
 その言葉を、信じるしかなかった。
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