四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

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第二部 四季姫進化の巻

第十五章 夏姫鬼化 13

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 十三
 その次の、休日。
 榎は気持ちを引き締めて、如月家の玄関から外に足を踏み出した。
 気合いを入れて前進する榎の背後から、椿が追い掛けてきた。
「えのちゃん、本当に、一人で行くつもり? やっぱり、みんなも呼んで一緒に行ったほうが……」
 椿の心配する声に呼び止められて、一旦は足を止めた。振り返って、軽く笑って見せる。
「ありがとう。でも、警戒されたら、また話がややこしくなるし。誠意を見せるためにも、悪鬼のところには、あたしひとりで行くべきだ」
 榎は今日まで、父――樫男から受けた助言を、何度も何度も頭の中で反芻し続けた。
 この先どんな行動をとればいいのか、榎なりに一生懸命、考えた。
 悩み抜いた結果、もう一度、響と接触して、今までの不可解な行動の理由と意味を問い質そうと決めた。
 もちろん、響が素直に話してくれる確証もないし、油断したところを襲われる危険だってある。無謀な駆け引きだとは、重々承知していた。
 だが、どんな結果になろうとも、覚悟の上だ。
 椿にも猛反対されたが、榎は決定を覆すつもりはなかった。
「万が一の危険があるかもしれないから、椿に話していくんだよ。必要な時にはちゃんと連絡を取るから、楸と柊にも知らせて欲しい」
 もし、談合が決裂して最悪の事態に陥った時には、恥を忍んでみんな力を借りるしかないだろう。
 榎の強固な意志を覆せないと悟った椿は、それ以上しつこく引き止めようとはしなかった。いざという時に、きちんとみんなに危険を知らせられるようにと、桜の髪飾りを強く握り締めていた。
「本当に、本当に気を付けてね。無茶、しないでね」
 榎は笑って頷いた。
 椿に見送られ、早足で山を下った。

 ***

 妙霊山の側にある、オートキャンプ場。
 敷地の外れにある小路をさらに山奥に進んでいくと、建設途中の響の家が見えてくる。父の会社の支部の人達が、黙々と一軒家の建設に取り掛かっていた。
 その様子を遠目に眺めながら、榎は茂美の中を抜けて、さらに奥へ向かった。
 薄暗い視界が急に開け、日の当たる場所に出た。道は行き止まりで、前方は崖になっている場所だ。崖からは、四季が丘の小さな町並みが一望できた。
 崖と森との間の小さな広場に、大きめのテントが張られている。そのテントの入口の側で、丸太に腰掛けるひとりの青年がいた。
 傘崎 響だ。
「おや、意外なお客さんが来たな。あなたには近付かないようにと、おじさんからは念を押されているんですがね」
 榎の姿に気づいた響の表情は、少し迷惑そうに感じた。榎は招かれざる客だから、拒まれても文句は言えないが。
「あたしが勝手にきたんだ。もう、お父さんは怒らないよ。名古屋に帰ったし」
「一人で来たのですか? 随分と無謀だな」
 周囲を見渡し、他に誰の気配もないと分かると、響は呆れた。
「あたしなりの、誠意だ。戦う意志がないと、分かってもらいたいから」
「……ご丁寧に、どうも。その誠意は、有り難く受け取っておきましょう」
 榎なりに、精一杯、穏便に話しを進めようと、言葉を選んで頑張った。その気持ちは、いちおう響にも伝わったらしく、警戒を緩めてくれた。
「で、戦うわけではないのなら、どんなご用事で? 小父さんにどやされてから、ちょっと体調を崩し気味なんで、手短にお願いしますよ」
 響の顔色は、青白かった。本当に、具合が悪そうだ。樫男に相当、こってり絞られたのだろうか。
 榎も別に、長々と居座るつもりはない。単刀直入に尋ねた。
「お前が――響さんが、なぜ綴さんと接触したがっているのか、理由が知りたい。綴さんに、何を望んでいるのか、会って、何をするつもりだったのか」
 響の口は、すぐには開かない。目を細めて、榎に視線を向けてきた。
 だが、今回は怒りも焦りもしない。冷静に、榎の気持ちを伝えた。
「あたしは、あなたが悪鬼だから、きっと悪い企みを持っているんだと、勝手に決めつけていた。今だって、その考えを完全に変えたわけじゃないけれど、理由を聞いてからでも、考え直すくらいはできると思って。もし、どうしても必要な理由なら、あたしから綴さんに事情を話して、穏便に解決できるかもしれないし」
「要するに、私を見定めにきたわけですね。私の目的が、人道的で利に叶ったものなのか、そうでないのか」
 榎の意図が伝わると同時に、響の態度が和らいだ。ゆっくりと、口を開いて少しずつ、言葉を紬ぎ始める。
 榎は一言一句、聞き逃すまいと、集中力をフルに働かせた。
「あなたは、悪鬼は全て悪い存在だと思っている。あらゆるものの諸悪の根源であると。そう思い始めた、きっかけは何ですか?」
「きっかけ……?」
 響の問いに、榎の頭は一瞬、固まる。
「わが父、鬼閻との戦いの中で、あの悍ましい邪気を直接受けて、凶悪性を認識したのだろうと思います。ですが、それ以前に、悪鬼の残虐さ、冷酷さを目の当たりにしていたから、悪鬼を悪と考える先入観があなたの中に芽生えたのではないですか?」
 榎の脳裏に、記憶の残像が浮かび上がってきた。
 まるで古い映画でも見ているように、ピントがはっきりしない、ぶれた映像。
 山の中でひとり佇み、邪悪な笑みを浮かべる一人の少女の姿を、はっきりと再現していた。
 榎の様子を観察しながら、響は続ける。
「私が伝師の人間と接触したい理由が、あなたの中にある悪鬼を嫌う感情を払拭できるものとは、とうてい思えないのですが。それでも、聞きたいですか?」
「答は、あたし自身が出すよ」
 少し掠れ気味だったが、榎は決意を揺るがせず、気持ちを持ち直した。
 榎の意志を確認した響は、ようやく、本題に入るべく口を開いた。
 その直後。
 誰かがテントの中から勢いよく飛び出して、響に飛びついた。踏ん張りがきかず、響はそのまま押し倒された。
「もう、お目覚めですか。大丈夫ですよ、どこにも行かない、って言ったでしょう?」
 響は優しい表情と口調で、その少女の頭を撫でた。初めて見る、人間らしい表情に、榎は呆然と立ち尽くした。
 榎は無言で、少女に視線を向ける。
 肩まで伸びた、黒いサラサラの髪。華奢な体を、薄手のワンピースが包んでいた。響に甘える仕種で、がっしりと張り付いている。響をとても信頼いているのだと思えた。
 守りたい大切な人がいる、と響は以前から言っていた。
 この少女が、その〝大切な人〟なのだろうか。
「榎さん、この少女が、全ての答ですよ」
 不意に、響が榎に視線を向けてきた。
 響は少女の肩を掴んで引き剥がし、榎のほうに向き直させる。
 その顔を見た途端、榎の思考が停止しかかった。
 真っ白な肌。切れ長の目。日本人形に似た、美しい容姿。
 初めて見る顔ではない。だが、こんな場所で見るとは、思ってもいなかった顔だ。
「――神無月 萩……?」
 何とか、口が動いた。
 榎の口の中から、無意識に、少女の名が吐き出された。
「水無月 榎……!」
 榎を視界に捕らえた途端、少女――萩の表情が怒りに歪み、殺気が迸った。
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