四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

文字の大きさ
211 / 336
第二部 四季姫進化の巻

十五章 Interval ~とある日の散髪談義~

しおりを挟む
 とある晩秋の、妙霊山了封寺。
 榎たちは寺の居間に集まって、束の間の休日を楽しんでいた。
 開け放たれた障子の外。風流な裏庭に面した縁側で、シャキン、シャキンと金属が擦れる音が小気味良く聞こえてくる。
 了生が、握ったハサミを手早く動かす音だった。縁側には、敷かれた新聞紙の上に朝と宵が腰掛け、首にポリ袋を巻き付けられた状態で庭のほうを見ていた。了生は、二人の長く伸びた髪を、一心不乱に短く切り揃えていた。
「君らの髪は、切っても切っても伸びてくるなぁ。兄ちゃん、ちょっと嫌になってきたで」
 少し疲れた口調で、了生が息を吐く。
 学校に通い始める前に綺麗にカットしたはずの二人の髪は、まだ三ヶ月程度しか経っていないにも関わらず、かつて妖怪だった頃と変わらない長さにまで伸びきっていた。
 普通の人間の髪が伸びる速さの比ではない。あまり頻繁に床屋に行っても不気味がられるし、散髪代がかかるからと、了生が自らハサミを握ってカットに勤しんだ。だが、短期間に何度も何度も慣れない散髪作業を繰り返す羽目になり、だんだん疲労の色も濃くなってきていた。
「すみません。妖怪の力を使うと、本来の姿を維持するために、体が変異するみたいです」
 古来から、長い髪は体内の霊力や妖力を溜め込む役割を果たしてきたらしい。
 朝や宵が持っている、妖怪や悪鬼の力を封じている間は問題なかったが、一度力を開放して妖怪の姿に戻ると、その度に体の作りが妖怪化してしまうそうだ。
 再び自力で力を抑え込めば、背中の翼や牙は収縮するが、伸びた爪や髪の毛の長さまでは、自力では調整できない。
 些細な変化だが、人間として暮らしていくには厄介だった。
「まあ、頑張って切ってくれよ、了生の兄ちゃん!」
 了生自身で、責任をもって切ると言ったのだから、今更弱音を吐いても誰も相手にしてくれない。
 周囲に愚痴を軽く流されながら、了生は半ば諦めた様子で、黙々とハサミを動かしていた。
「せやけど、毎度毎度切っとると、かなりの量の髪の毛やな。ゴミとして捨てるには、勿体ない気がするわ」
 切り終えた後、足元に広げた新聞紙に散乱していく大量の髪の毛に目を向けて、了生がポツリと呟く。
 二人とも、かつては腰近くまで長い髪を生やしていた。特に朝の髪は、量が多い。切り落とした髪が、山みたいに、こんもりと摘み上がっている。
「何かに使えませんかねぇ、この髪の毛」
 貧乏性の了生は、切った髪をかき集めながら本気で模索していた。
 お店で散髪した髪の毛は、基本、廃棄されるだけだが、長い物や状態の良いものは再利用されている場合もあるという。現在でも、長い纏まった髪は売ればお金に変わる。だから、了生の発想もあながち、間違ってはいない。
「猪避けに、山に撒くとか。来年は筍、豊作よ!」
「ぬいぐるみの毛皮に、使ってもらうとか」
「髪の毛に含まれるメラニンを使って、電気が作れるらしいどす」
「無難に、鬘でも作ったらどないや?」
 榎たちが、口々に案を出す。意外と常套な方法だったり、初めて聞く珍しい使用法まで様々だった。
 だがどれも、寺で一介の坊主が行うには少し無理のある方法ばかりで、了生は複雑な表情をして考え込んでいた。
 結局、髪の毛の再利用は諦めたらしく、黙々とゴミ袋に突っ込んでいった。燃えるゴミ行き決定だ。
 髪を切ってもらって、さっぱりした朝と宵は、縁側から外に出て、凝り固まった体を伸ばして解していた。
 そんな様子を眺めながら、温かなお茶を啜っている榎に、椿が声を掛けてきた。
「えのちゃんも、髪が伸びてきたよね。伸ばすの?」
 榎の横顔を眺め、椿は微笑む。
 誰も話題にしてこないから、気付かれていないのかと思っていたが、周囲の目は鋭かった。
 初めて榎が京都にやってきた頃は、どこからどう見ても男の子としか形容できないくらいのショートヘアだった。
 京都での生活が始まってからも、一度や二度は近所の美容院に行って、短く切り揃えてもらっていたが、夏の終わり頃からは通わなくなっていた。
 そのため、榎の髪は随分と長くなった。椿たちとは比べるまでもなく短いが、耳や首筋が隠れるほど髪が伸びるなんて、榎には初めての経験だ。
 強引に髪を撫でつけて寄せ集めれば、ゴムで結うこともできる。風呂上りなどに時々結んでは、一人でこっそり、楽しんでいた。
「どうしようか、考え中。少し、長くてもいいかなって思ったんだけど、似合わないかなって思い始めて……」
 顔の横にかかる髪を弄りながら、榎は煮え切らない返事をした。
 本音を言うと、一度くらい、長く伸ばしてみたい。夏姫に変身した姿を見て、別に悪くないと、常々思っていた。
 でも、夏姫だから似合うのかもしれないし、実際に榎が髪を伸ばしても、やっぱり違和感しかないのではないだろうかと、抵抗も大きかった。
 何より、髪を伸ばして周囲に茶化されるのではないか、といった不安もあった。
 綴なら、どんな反応を見せるだろう。綴に「似合わない」と言われでもしたら、立ち直れそうにない。
「やっぱり、切ろうかな。邪魔だし」
 色々と考えて悩んだ末、榎は伸ばさない決心をした。
「長くても、似合うと思うけどなぁ」
 椿は惜しそうに言ってくれるが、やっぱり榎には髪を伸ばす勇気はなかった。
 了封寺からの帰りの足で、榎は近所の美容院に直行した。

 * * *

 後日。綴の見舞いにやってきた榎は、さっぱりした頭で、気分良く綴と談話をしていた。
 ふと、綴が気付いた様子で、榎の頭を見て首を傾けた。
「榎ちゃん。髪、切った?」
「はい、切りました。綴さんと初めて会ったときくらいに戻りましたね」
 榎は照れ笑いをする。切ったといっても、ほんの二、三センチ程度の長さだ。よく見ていなければ気付かないくらいの変化だった。
 そんな些細な髪の長さの違いに気付いてくれるなんて、恥ずかしいながらも、とても嬉しかった。
 榎の喜びとは対照的に、綴は少し残念そうな表情を浮かべていた。
「……僕は、榎ちゃんは髪が長いほうが似合うと思ったんだけれどな」
 ボソリと放たれた綴の言葉に、榎はとてつもないショックを受けた。
 綴は、長い髪のほうが好きだったのか。予想外の発言だった。
 完全に考えが裏目に出た。今から伸ばすにしても、また半年くらいはかかる。
 榎は肩を落とした。情けなくて、顔も上げられない。
「もちろん、短くても、よく似合っているよ」
 落ち込む榎を見て、地雷を踏んだと気付いた綴は、慌ててフォローしてきた。
 だが、さっきの言葉が綴の本音である事実は変わらない。
 本気で、了生に鬘を作ってもらおうかと思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!

虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん>< 面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...