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第二部 四季姫進化の巻
十五章 Interval ~とある日の散髪談義~
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とある晩秋の、妙霊山了封寺。
榎たちは寺の居間に集まって、束の間の休日を楽しんでいた。
開け放たれた障子の外。風流な裏庭に面した縁側で、シャキン、シャキンと金属が擦れる音が小気味良く聞こえてくる。
了生が、握ったハサミを手早く動かす音だった。縁側には、敷かれた新聞紙の上に朝と宵が腰掛け、首にポリ袋を巻き付けられた状態で庭のほうを見ていた。了生は、二人の長く伸びた髪を、一心不乱に短く切り揃えていた。
「君らの髪は、切っても切っても伸びてくるなぁ。兄ちゃん、ちょっと嫌になってきたで」
少し疲れた口調で、了生が息を吐く。
学校に通い始める前に綺麗にカットしたはずの二人の髪は、まだ三ヶ月程度しか経っていないにも関わらず、かつて妖怪だった頃と変わらない長さにまで伸びきっていた。
普通の人間の髪が伸びる速さの比ではない。あまり頻繁に床屋に行っても不気味がられるし、散髪代がかかるからと、了生が自らハサミを握ってカットに勤しんだ。だが、短期間に何度も何度も慣れない散髪作業を繰り返す羽目になり、だんだん疲労の色も濃くなってきていた。
「すみません。妖怪の力を使うと、本来の姿を維持するために、体が変異するみたいです」
古来から、長い髪は体内の霊力や妖力を溜め込む役割を果たしてきたらしい。
朝や宵が持っている、妖怪や悪鬼の力を封じている間は問題なかったが、一度力を開放して妖怪の姿に戻ると、その度に体の作りが妖怪化してしまうそうだ。
再び自力で力を抑え込めば、背中の翼や牙は収縮するが、伸びた爪や髪の毛の長さまでは、自力では調整できない。
些細な変化だが、人間として暮らしていくには厄介だった。
「まあ、頑張って切ってくれよ、了生の兄ちゃん!」
了生自身で、責任をもって切ると言ったのだから、今更弱音を吐いても誰も相手にしてくれない。
周囲に愚痴を軽く流されながら、了生は半ば諦めた様子で、黙々とハサミを動かしていた。
「せやけど、毎度毎度切っとると、かなりの量の髪の毛やな。ゴミとして捨てるには、勿体ない気がするわ」
切り終えた後、足元に広げた新聞紙に散乱していく大量の髪の毛に目を向けて、了生がポツリと呟く。
二人とも、かつては腰近くまで長い髪を生やしていた。特に朝の髪は、量が多い。切り落とした髪が、山みたいに、こんもりと摘み上がっている。
「何かに使えませんかねぇ、この髪の毛」
貧乏性の了生は、切った髪をかき集めながら本気で模索していた。
お店で散髪した髪の毛は、基本、廃棄されるだけだが、長い物や状態の良いものは再利用されている場合もあるという。現在でも、長い纏まった髪は売ればお金に変わる。だから、了生の発想もあながち、間違ってはいない。
「猪避けに、山に撒くとか。来年は筍、豊作よ!」
「ぬいぐるみの毛皮に、使ってもらうとか」
「髪の毛に含まれるメラニンを使って、電気が作れるらしいどす」
「無難に、鬘でも作ったらどないや?」
榎たちが、口々に案を出す。意外と常套な方法だったり、初めて聞く珍しい使用法まで様々だった。
だがどれも、寺で一介の坊主が行うには少し無理のある方法ばかりで、了生は複雑な表情をして考え込んでいた。
結局、髪の毛の再利用は諦めたらしく、黙々とゴミ袋に突っ込んでいった。燃えるゴミ行き決定だ。
髪を切ってもらって、さっぱりした朝と宵は、縁側から外に出て、凝り固まった体を伸ばして解していた。
そんな様子を眺めながら、温かなお茶を啜っている榎に、椿が声を掛けてきた。
「えのちゃんも、髪が伸びてきたよね。伸ばすの?」
榎の横顔を眺め、椿は微笑む。
誰も話題にしてこないから、気付かれていないのかと思っていたが、周囲の目は鋭かった。
初めて榎が京都にやってきた頃は、どこからどう見ても男の子としか形容できないくらいのショートヘアだった。
京都での生活が始まってからも、一度や二度は近所の美容院に行って、短く切り揃えてもらっていたが、夏の終わり頃からは通わなくなっていた。
そのため、榎の髪は随分と長くなった。椿たちとは比べるまでもなく短いが、耳や首筋が隠れるほど髪が伸びるなんて、榎には初めての経験だ。
強引に髪を撫でつけて寄せ集めれば、ゴムで結うこともできる。風呂上りなどに時々結んでは、一人でこっそり、楽しんでいた。
「どうしようか、考え中。少し、長くてもいいかなって思ったんだけど、似合わないかなって思い始めて……」
顔の横にかかる髪を弄りながら、榎は煮え切らない返事をした。
本音を言うと、一度くらい、長く伸ばしてみたい。夏姫に変身した姿を見て、別に悪くないと、常々思っていた。
でも、夏姫だから似合うのかもしれないし、実際に榎が髪を伸ばしても、やっぱり違和感しかないのではないだろうかと、抵抗も大きかった。
何より、髪を伸ばして周囲に茶化されるのではないか、といった不安もあった。
綴なら、どんな反応を見せるだろう。綴に「似合わない」と言われでもしたら、立ち直れそうにない。
「やっぱり、切ろうかな。邪魔だし」
色々と考えて悩んだ末、榎は伸ばさない決心をした。
「長くても、似合うと思うけどなぁ」
椿は惜しそうに言ってくれるが、やっぱり榎には髪を伸ばす勇気はなかった。
了封寺からの帰りの足で、榎は近所の美容院に直行した。
* * *
後日。綴の見舞いにやってきた榎は、さっぱりした頭で、気分良く綴と談話をしていた。
ふと、綴が気付いた様子で、榎の頭を見て首を傾けた。
「榎ちゃん。髪、切った?」
「はい、切りました。綴さんと初めて会ったときくらいに戻りましたね」
榎は照れ笑いをする。切ったといっても、ほんの二、三センチ程度の長さだ。よく見ていなければ気付かないくらいの変化だった。
そんな些細な髪の長さの違いに気付いてくれるなんて、恥ずかしいながらも、とても嬉しかった。
榎の喜びとは対照的に、綴は少し残念そうな表情を浮かべていた。
「……僕は、榎ちゃんは髪が長いほうが似合うと思ったんだけれどな」
ボソリと放たれた綴の言葉に、榎はとてつもないショックを受けた。
綴は、長い髪のほうが好きだったのか。予想外の発言だった。
完全に考えが裏目に出た。今から伸ばすにしても、また半年くらいはかかる。
榎は肩を落とした。情けなくて、顔も上げられない。
「もちろん、短くても、よく似合っているよ」
落ち込む榎を見て、地雷を踏んだと気付いた綴は、慌ててフォローしてきた。
だが、さっきの言葉が綴の本音である事実は変わらない。
本気で、了生に鬘を作ってもらおうかと思った。
榎たちは寺の居間に集まって、束の間の休日を楽しんでいた。
開け放たれた障子の外。風流な裏庭に面した縁側で、シャキン、シャキンと金属が擦れる音が小気味良く聞こえてくる。
了生が、握ったハサミを手早く動かす音だった。縁側には、敷かれた新聞紙の上に朝と宵が腰掛け、首にポリ袋を巻き付けられた状態で庭のほうを見ていた。了生は、二人の長く伸びた髪を、一心不乱に短く切り揃えていた。
「君らの髪は、切っても切っても伸びてくるなぁ。兄ちゃん、ちょっと嫌になってきたで」
少し疲れた口調で、了生が息を吐く。
学校に通い始める前に綺麗にカットしたはずの二人の髪は、まだ三ヶ月程度しか経っていないにも関わらず、かつて妖怪だった頃と変わらない長さにまで伸びきっていた。
普通の人間の髪が伸びる速さの比ではない。あまり頻繁に床屋に行っても不気味がられるし、散髪代がかかるからと、了生が自らハサミを握ってカットに勤しんだ。だが、短期間に何度も何度も慣れない散髪作業を繰り返す羽目になり、だんだん疲労の色も濃くなってきていた。
「すみません。妖怪の力を使うと、本来の姿を維持するために、体が変異するみたいです」
古来から、長い髪は体内の霊力や妖力を溜め込む役割を果たしてきたらしい。
朝や宵が持っている、妖怪や悪鬼の力を封じている間は問題なかったが、一度力を開放して妖怪の姿に戻ると、その度に体の作りが妖怪化してしまうそうだ。
再び自力で力を抑え込めば、背中の翼や牙は収縮するが、伸びた爪や髪の毛の長さまでは、自力では調整できない。
些細な変化だが、人間として暮らしていくには厄介だった。
「まあ、頑張って切ってくれよ、了生の兄ちゃん!」
了生自身で、責任をもって切ると言ったのだから、今更弱音を吐いても誰も相手にしてくれない。
周囲に愚痴を軽く流されながら、了生は半ば諦めた様子で、黙々とハサミを動かしていた。
「せやけど、毎度毎度切っとると、かなりの量の髪の毛やな。ゴミとして捨てるには、勿体ない気がするわ」
切り終えた後、足元に広げた新聞紙に散乱していく大量の髪の毛に目を向けて、了生がポツリと呟く。
二人とも、かつては腰近くまで長い髪を生やしていた。特に朝の髪は、量が多い。切り落とした髪が、山みたいに、こんもりと摘み上がっている。
「何かに使えませんかねぇ、この髪の毛」
貧乏性の了生は、切った髪をかき集めながら本気で模索していた。
お店で散髪した髪の毛は、基本、廃棄されるだけだが、長い物や状態の良いものは再利用されている場合もあるという。現在でも、長い纏まった髪は売ればお金に変わる。だから、了生の発想もあながち、間違ってはいない。
「猪避けに、山に撒くとか。来年は筍、豊作よ!」
「ぬいぐるみの毛皮に、使ってもらうとか」
「髪の毛に含まれるメラニンを使って、電気が作れるらしいどす」
「無難に、鬘でも作ったらどないや?」
榎たちが、口々に案を出す。意外と常套な方法だったり、初めて聞く珍しい使用法まで様々だった。
だがどれも、寺で一介の坊主が行うには少し無理のある方法ばかりで、了生は複雑な表情をして考え込んでいた。
結局、髪の毛の再利用は諦めたらしく、黙々とゴミ袋に突っ込んでいった。燃えるゴミ行き決定だ。
髪を切ってもらって、さっぱりした朝と宵は、縁側から外に出て、凝り固まった体を伸ばして解していた。
そんな様子を眺めながら、温かなお茶を啜っている榎に、椿が声を掛けてきた。
「えのちゃんも、髪が伸びてきたよね。伸ばすの?」
榎の横顔を眺め、椿は微笑む。
誰も話題にしてこないから、気付かれていないのかと思っていたが、周囲の目は鋭かった。
初めて榎が京都にやってきた頃は、どこからどう見ても男の子としか形容できないくらいのショートヘアだった。
京都での生活が始まってからも、一度や二度は近所の美容院に行って、短く切り揃えてもらっていたが、夏の終わり頃からは通わなくなっていた。
そのため、榎の髪は随分と長くなった。椿たちとは比べるまでもなく短いが、耳や首筋が隠れるほど髪が伸びるなんて、榎には初めての経験だ。
強引に髪を撫でつけて寄せ集めれば、ゴムで結うこともできる。風呂上りなどに時々結んでは、一人でこっそり、楽しんでいた。
「どうしようか、考え中。少し、長くてもいいかなって思ったんだけど、似合わないかなって思い始めて……」
顔の横にかかる髪を弄りながら、榎は煮え切らない返事をした。
本音を言うと、一度くらい、長く伸ばしてみたい。夏姫に変身した姿を見て、別に悪くないと、常々思っていた。
でも、夏姫だから似合うのかもしれないし、実際に榎が髪を伸ばしても、やっぱり違和感しかないのではないだろうかと、抵抗も大きかった。
何より、髪を伸ばして周囲に茶化されるのではないか、といった不安もあった。
綴なら、どんな反応を見せるだろう。綴に「似合わない」と言われでもしたら、立ち直れそうにない。
「やっぱり、切ろうかな。邪魔だし」
色々と考えて悩んだ末、榎は伸ばさない決心をした。
「長くても、似合うと思うけどなぁ」
椿は惜しそうに言ってくれるが、やっぱり榎には髪を伸ばす勇気はなかった。
了封寺からの帰りの足で、榎は近所の美容院に直行した。
* * *
後日。綴の見舞いにやってきた榎は、さっぱりした頭で、気分良く綴と談話をしていた。
ふと、綴が気付いた様子で、榎の頭を見て首を傾けた。
「榎ちゃん。髪、切った?」
「はい、切りました。綴さんと初めて会ったときくらいに戻りましたね」
榎は照れ笑いをする。切ったといっても、ほんの二、三センチ程度の長さだ。よく見ていなければ気付かないくらいの変化だった。
そんな些細な髪の長さの違いに気付いてくれるなんて、恥ずかしいながらも、とても嬉しかった。
榎の喜びとは対照的に、綴は少し残念そうな表情を浮かべていた。
「……僕は、榎ちゃんは髪が長いほうが似合うと思ったんだけれどな」
ボソリと放たれた綴の言葉に、榎はとてつもないショックを受けた。
綴は、長い髪のほうが好きだったのか。予想外の発言だった。
完全に考えが裏目に出た。今から伸ばすにしても、また半年くらいはかかる。
榎は肩を落とした。情けなくて、顔も上げられない。
「もちろん、短くても、よく似合っているよ」
落ち込む榎を見て、地雷を踏んだと気付いた綴は、慌ててフォローしてきた。
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本気で、了生に鬘を作ってもらおうかと思った。
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