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第二部 四季姫進化の巻
十六章Interval~去りゆく姫君たちの背は~
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四季が丘の外れにある、妙霊山了封寺。
寺の住職――了海は、訪れてきた四人の少女たちの話を聞きながら、黙々と相槌を打っていた。
「なるほど。それでは、皆様が転生されて、果たすべき使命は、ようやく終わりを迎えるのですな」
「はい。今まで、ありがとうございました。あたしたちは、その力の全てを伝師に返し、普通の生活に戻ります」
夏姫――水無月榎を先頭にして、四人は深々と頭を下げてきた。
了海もさらに深く、頭を下げて礼を返す。
少女たちは、四季姫として覚醒し、この時代で成すべき行いを全て終えたと、報告をしに来てくれた。
突然ではあったが、四人の決意が固まった表情を見ていると、口出しする気にはなれなかった。
了海は、この場にいる誰よりも早く、四季姫たちの転生の予兆を感じ取り、戦いの手助けをするために陰ながら調査を続けてきた。
時には、サボって息子の了生に全て押し付けて温泉旅行に出掛けたりもしたが、結果的には良い結果に持って行けたと自負はしている。
四季姫たちは、その力の全てを伝師一族に譲り渡すことで、この時代での役目に終止符を打つ道を選んだ。
その決断に対して、敢えて意見をするつもりはない。
思っていた以上に、厳しく大変な戦いだった。右も左も分からなかった少女たちが、命の危険も顧みず、妖怪や悪鬼とよく、今まで戦ってこれた。四季姫たちの行いは、賞賛に値する。
今後、願うべくは、四季姫たちの仕合せ。
「御勤め、ご苦労さまでございました」
手を併せ、今までの苦心をねぎらった。
「こちらこそ、とても助けられてきました。了海はんや了生はんが助けてくれなんだら、きっと、まともに戦ってこれませんでした」
「了生にも、聴かせてやりたかった。きっと、喜ぶでしょう」
冬姫――師走柊が、静かに恩赦を返してきた。笑顔を浮かべているが、その瞳は儚げに潤んでいる。気の強い性格だが、優しい心を持つ良い娘だ。
了生とも、仲良くやってくれている。心を乱しがちだった一人息子を、正常な道へと導いてくれた。
その感謝は、一生忘れない。
「陰陽師の力がもたらす繋がりは消えようとも、人の縁は消えぬもの。どうかぜひ、今後も寺に遊びに来てくだされ」
「また、お邪魔してもええんですか?」
柊は驚いた表情を浮かべた。四季姫でなくなれば、もうこの寺に出入りもできなくなると思っていたのだろう。
他の三人も、似た顔をして了海を見ていた。
「もちろん。この、男しかおらん堅苦しい寺が、皆さんのおかげで一気に華やぐ」
笑いかけると、少女たちの表情にも、安堵と笑顔が浮かんだ。
「朝も宵もいるしな」
「また、いつでも来ます!」
顔を見合わせて、少女たちは楽しげに笑った。
使命が終わろうとも、日常の営みは変わらない。
明日からも変わらず、この寺は賑やかだろう。
了海は、去っていく四人の少女たちを、じっと見つめていた。
その背中に負っていた重荷を捨て、幸ある人生を歩めるようにと、願いを込めて。
* * *
「そうか、四季姫さまたちが、お礼に」
大学から戻った了生は、留守中にあった出来事を了海から聞き、感慨深そうに息を吐いた。
その表情は嬉しそうであり、満足そうだ。
「もっと早く、使命なんて終わるべきやったんや。あんな辛くて危険な戦い、女の子には厳しすぎる」
今まで、了海たちが関わってきた、四季姫の過酷な戦いや修行の日々を思い出したのか、了生の瞳には少し涙が滲んでいた。
この優しすぎる馬鹿息子は、いつも四季姫たちが敵との戦いに身を投じていく度に、その運命の残酷さに心を痛めていたのだろう。
「今までの四季姫さまたちの使命を、悲観する必要はない。未知なる体験が、あの娘たちを間違いなく、大きゅう成長させた。わしらにとっても、ええ修行になった」
了海は目を閉じ、今までの出来事を振り返る。初めて出会った時に比べれば、先刻、挨拶にやってきた少女たちの表情は、とても逞しく感じた。
「ほんまやな。学ばされることが、多かった」
了生も納得して、頷く。
全ては、そつなく終わりを迎える。何の不幸も悲しみもなく、時間の流れが正常に戻っていく。
安堵すべき時なのだろうが、了海はなんだか胃の腑がウズウズして、落ち着かなかった。
昼食後のおやつに、みんなに内緒でこっそり食べた贅沢プリンが腹に中(あた)ったのだろか。
いや、そんな痛みではない。もっと深い部分に潜む、了生の中の直感を司る何かが、警鐘を鳴らしている気がした。
「何や、目出度い話やのに、浮かん顔やな」
了海の反応が良くないと気付き、了生は眉を顰めてきた。
「……あの娘たちが望んだとおりにさせてやるんが本望じゃとは思うが。お前はほんまに、陰陽師の持つ神通力のみを体か抜き取る術など、あると思うか?」
了海は静かに、心の奥で引っ掛かっていた疑問を了生にぶつけた。
四季姫たちが色々と説明してくれた話を、とりあえず鵜呑みにして聞いてはいたが、時間を掛けて考えてみれば、根拠も何もなく、怪しさを漂わせる。
「さあな。せやけど、陰陽師の親元である伝師の人間が言うとるんや、俺らには与り知らぬ秘術を隠しておった可能性はある」
「果たして、あの伝師が四季姫の身の安全まで保障する気があるかどうか。時代が変わっておるとはいえ、わしはやはり、あの一族は好かん」
了生は軽い感じで捉えているが、了海は素直に受け入れられない。
そもそも、伝師家と嚥下家は犬猿の仲であり、千年の昔から価値観の違いによってぶつかり合ってきた因縁ある一族だ。世代が変わったからと言って、易々と相手の考えを理解できるものでもない。
嚥下家はそれだけの代償を、伝師によって負わされてきたのだから。
「それに、伝師の者どもが四季姫の力を手中に収めたとて、その力をほんまに使いこなせるんか。禁術をも制するあの強靭な力は、姫さまたちの強き魂の賜物やないんか。四季姫の、陰陽師の力が弱体化するきっかけになりかねん。その事実を、もし悪鬼共が知れば……」
どうにも、嫌な予感が治まらない。考えれば考えるほど、四季姫たちの決断が危険なのではと思えてきた。
「いくら悪鬼が脅威や言うても、世の理は変わって、陰陽師でも悪鬼が倒せるようになっとるんやろう? 鬼閻ほどの化け物が再び現れん限りは、大丈夫や」
のうのうと構えている馬鹿息子の頭を靴べらで殴り、了海は喝を入れた。
「阿呆か、お前は。夏姫様の、呪いを受けた剣を忘れたか。既にこの世から消え去った存在が、あれほどの恨みを残しておるなど、在り得ん」
以前から、了海が危惧していた事態だ。了生の表情も、次第に硬くなっていった。
「……まさか、鬼閻はまだ、完全には倒されておらんのか? どこかで、息を潜めておると?」
了海は、頷く。
「あの四季姫たちとの戦いでは、止めを刺すには至っておらんかった。それでも弱体は極まっておった故、放っておいても消滅するじゃろうと高を括っておったが、意外としぶとかったのう」
今すぐに、鬼閻が力を取り戻して、何らかの行動を起こす心配はないだろうが、後々に怒り得る災厄を考えるならば、今のうちに根源を完全に絶っておくべきかもしれない。
四季姫たちの力、手放すにはまだ時期尚早ではないだろうか――。
しばらく、黙って考え込んでいると、朝が部屋に駆け込んでいた。
「爺さま、兄上さま。庭の様子がおかしいです」
了海たちは身を引き締め直し、朝と共に縁側に飛び出した。
寺の周囲に住み着いて暮らしていた下等妖怪たちが、怯えて逃げまどったり、失神しているものもいた。
裸足のまま庭に飛び出した宵が、倒れた烏の妖怪――八咫を抱きしめて必死で声を掛けている。
「八咫! しっかりしろ! 何だってんだ、この邪気の塊は……」
了海は、目を凝らす。庭の一箇所から、ただならぬ邪気が地面から湧き上がっていた。
その場所に敷いてある庭石には、不気味に光を放つ、緑色の苔がこびりついていた。
奇妙な苔には、見覚えがある。
「夏姫様の剣についておった苔じゃ。呪いが落ちて辺り一帯に散らばっておったんじゃ。札持ってこい、早く!」
了海は了生に命じる。慌てて了生が持ってきた札に念を込め、苔の散らばっている場所に張り付けた。
なんとか、邪気の影響を結界の中に封じ込め、妖怪たちも落ち着きを取り戻した。
「こんな少量で、下等妖怪を憔悴させる影響を持っとるなんて、もし、復活でもしたら……」
大変な事態になる。ことの重大さが理解できたらしく、了生もこめかみに青筋を浮かせていた。
「なに、自力では無理じゃろう。邪気を祓っておけば、もう大丈夫じゃ」
みんなを安心させようと了海が説明した矢先。
庭先に、思いもよらぬ来客が訪れた。
「おや、こんな妙な場所にも、長どのはおられたか。探してみるものだ」
音も気配もなく表れた、真っ黒い生命体―?深淵の悪鬼。
あまりにも突然すぎて、誰も身動きすらできなかった。
鬼は体から長い触手を伸ばして札を弾き飛ばし、足元に散らばっていた苔を、砂利ごと掬い取って懐に仕舞いこんだ。
「人間に構っている暇はない。まだ痕跡が残っておらぬか、探さねば。ああ、忙しや、忙しや」
さも忙しそうに、鬼は了海たちには目もくれず、ものすごい速さで去っていった。
「何や、あいつは……?」
了生は茫然としていたが、了海は、さっきの悪鬼の行動を素早く理解した。
「鬼閻がまだ、この世に存在しておると、悪鬼共も気付いておるのじゃな。鬼閻の痕跡をかき集めておる。復活を、諦めておらんのじゃ」
そう結論を出すと同時に、全てが一本に繋がった。
同時に、考えが浅はか過ぎたと、後悔の念に襲われる。
「夏姫様の剣についておった錆のようなものは、鬼閻の呪いなどではない。鬼閻〝そのもの〟だったのじゃ。鬼閻は夏姫様の力を吸い取りながら、復活の機会を伺っておったに違いない」
夏姫が力を吸い取られていた期間を考慮すると、かなり危険な事態が迫っている可能性がある。
「お前ら、力を貸してもらうぞ。まだ、四季姫様たちの力を、伝師に取られるわけにはいかん!」
了海は靴べらを構えて、声を張り上げた。
了生たちも、その勢いに圧されて、顔に緊張を走らせた。
寺の住職――了海は、訪れてきた四人の少女たちの話を聞きながら、黙々と相槌を打っていた。
「なるほど。それでは、皆様が転生されて、果たすべき使命は、ようやく終わりを迎えるのですな」
「はい。今まで、ありがとうございました。あたしたちは、その力の全てを伝師に返し、普通の生活に戻ります」
夏姫――水無月榎を先頭にして、四人は深々と頭を下げてきた。
了海もさらに深く、頭を下げて礼を返す。
少女たちは、四季姫として覚醒し、この時代で成すべき行いを全て終えたと、報告をしに来てくれた。
突然ではあったが、四人の決意が固まった表情を見ていると、口出しする気にはなれなかった。
了海は、この場にいる誰よりも早く、四季姫たちの転生の予兆を感じ取り、戦いの手助けをするために陰ながら調査を続けてきた。
時には、サボって息子の了生に全て押し付けて温泉旅行に出掛けたりもしたが、結果的には良い結果に持って行けたと自負はしている。
四季姫たちは、その力の全てを伝師一族に譲り渡すことで、この時代での役目に終止符を打つ道を選んだ。
その決断に対して、敢えて意見をするつもりはない。
思っていた以上に、厳しく大変な戦いだった。右も左も分からなかった少女たちが、命の危険も顧みず、妖怪や悪鬼とよく、今まで戦ってこれた。四季姫たちの行いは、賞賛に値する。
今後、願うべくは、四季姫たちの仕合せ。
「御勤め、ご苦労さまでございました」
手を併せ、今までの苦心をねぎらった。
「こちらこそ、とても助けられてきました。了海はんや了生はんが助けてくれなんだら、きっと、まともに戦ってこれませんでした」
「了生にも、聴かせてやりたかった。きっと、喜ぶでしょう」
冬姫――師走柊が、静かに恩赦を返してきた。笑顔を浮かべているが、その瞳は儚げに潤んでいる。気の強い性格だが、優しい心を持つ良い娘だ。
了生とも、仲良くやってくれている。心を乱しがちだった一人息子を、正常な道へと導いてくれた。
その感謝は、一生忘れない。
「陰陽師の力がもたらす繋がりは消えようとも、人の縁は消えぬもの。どうかぜひ、今後も寺に遊びに来てくだされ」
「また、お邪魔してもええんですか?」
柊は驚いた表情を浮かべた。四季姫でなくなれば、もうこの寺に出入りもできなくなると思っていたのだろう。
他の三人も、似た顔をして了海を見ていた。
「もちろん。この、男しかおらん堅苦しい寺が、皆さんのおかげで一気に華やぐ」
笑いかけると、少女たちの表情にも、安堵と笑顔が浮かんだ。
「朝も宵もいるしな」
「また、いつでも来ます!」
顔を見合わせて、少女たちは楽しげに笑った。
使命が終わろうとも、日常の営みは変わらない。
明日からも変わらず、この寺は賑やかだろう。
了海は、去っていく四人の少女たちを、じっと見つめていた。
その背中に負っていた重荷を捨て、幸ある人生を歩めるようにと、願いを込めて。
* * *
「そうか、四季姫さまたちが、お礼に」
大学から戻った了生は、留守中にあった出来事を了海から聞き、感慨深そうに息を吐いた。
その表情は嬉しそうであり、満足そうだ。
「もっと早く、使命なんて終わるべきやったんや。あんな辛くて危険な戦い、女の子には厳しすぎる」
今まで、了海たちが関わってきた、四季姫の過酷な戦いや修行の日々を思い出したのか、了生の瞳には少し涙が滲んでいた。
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「今までの四季姫さまたちの使命を、悲観する必要はない。未知なる体験が、あの娘たちを間違いなく、大きゅう成長させた。わしらにとっても、ええ修行になった」
了海は目を閉じ、今までの出来事を振り返る。初めて出会った時に比べれば、先刻、挨拶にやってきた少女たちの表情は、とても逞しく感じた。
「ほんまやな。学ばされることが、多かった」
了生も納得して、頷く。
全ては、そつなく終わりを迎える。何の不幸も悲しみもなく、時間の流れが正常に戻っていく。
安堵すべき時なのだろうが、了海はなんだか胃の腑がウズウズして、落ち着かなかった。
昼食後のおやつに、みんなに内緒でこっそり食べた贅沢プリンが腹に中(あた)ったのだろか。
いや、そんな痛みではない。もっと深い部分に潜む、了生の中の直感を司る何かが、警鐘を鳴らしている気がした。
「何や、目出度い話やのに、浮かん顔やな」
了海の反応が良くないと気付き、了生は眉を顰めてきた。
「……あの娘たちが望んだとおりにさせてやるんが本望じゃとは思うが。お前はほんまに、陰陽師の持つ神通力のみを体か抜き取る術など、あると思うか?」
了海は静かに、心の奥で引っ掛かっていた疑問を了生にぶつけた。
四季姫たちが色々と説明してくれた話を、とりあえず鵜呑みにして聞いてはいたが、時間を掛けて考えてみれば、根拠も何もなく、怪しさを漂わせる。
「さあな。せやけど、陰陽師の親元である伝師の人間が言うとるんや、俺らには与り知らぬ秘術を隠しておった可能性はある」
「果たして、あの伝師が四季姫の身の安全まで保障する気があるかどうか。時代が変わっておるとはいえ、わしはやはり、あの一族は好かん」
了生は軽い感じで捉えているが、了海は素直に受け入れられない。
そもそも、伝師家と嚥下家は犬猿の仲であり、千年の昔から価値観の違いによってぶつかり合ってきた因縁ある一族だ。世代が変わったからと言って、易々と相手の考えを理解できるものでもない。
嚥下家はそれだけの代償を、伝師によって負わされてきたのだから。
「それに、伝師の者どもが四季姫の力を手中に収めたとて、その力をほんまに使いこなせるんか。禁術をも制するあの強靭な力は、姫さまたちの強き魂の賜物やないんか。四季姫の、陰陽師の力が弱体化するきっかけになりかねん。その事実を、もし悪鬼共が知れば……」
どうにも、嫌な予感が治まらない。考えれば考えるほど、四季姫たちの決断が危険なのではと思えてきた。
「いくら悪鬼が脅威や言うても、世の理は変わって、陰陽師でも悪鬼が倒せるようになっとるんやろう? 鬼閻ほどの化け物が再び現れん限りは、大丈夫や」
のうのうと構えている馬鹿息子の頭を靴べらで殴り、了海は喝を入れた。
「阿呆か、お前は。夏姫様の、呪いを受けた剣を忘れたか。既にこの世から消え去った存在が、あれほどの恨みを残しておるなど、在り得ん」
以前から、了海が危惧していた事態だ。了生の表情も、次第に硬くなっていった。
「……まさか、鬼閻はまだ、完全には倒されておらんのか? どこかで、息を潜めておると?」
了海は、頷く。
「あの四季姫たちとの戦いでは、止めを刺すには至っておらんかった。それでも弱体は極まっておった故、放っておいても消滅するじゃろうと高を括っておったが、意外としぶとかったのう」
今すぐに、鬼閻が力を取り戻して、何らかの行動を起こす心配はないだろうが、後々に怒り得る災厄を考えるならば、今のうちに根源を完全に絶っておくべきかもしれない。
四季姫たちの力、手放すにはまだ時期尚早ではないだろうか――。
しばらく、黙って考え込んでいると、朝が部屋に駆け込んでいた。
「爺さま、兄上さま。庭の様子がおかしいです」
了海たちは身を引き締め直し、朝と共に縁側に飛び出した。
寺の周囲に住み着いて暮らしていた下等妖怪たちが、怯えて逃げまどったり、失神しているものもいた。
裸足のまま庭に飛び出した宵が、倒れた烏の妖怪――八咫を抱きしめて必死で声を掛けている。
「八咫! しっかりしろ! 何だってんだ、この邪気の塊は……」
了海は、目を凝らす。庭の一箇所から、ただならぬ邪気が地面から湧き上がっていた。
その場所に敷いてある庭石には、不気味に光を放つ、緑色の苔がこびりついていた。
奇妙な苔には、見覚えがある。
「夏姫様の剣についておった苔じゃ。呪いが落ちて辺り一帯に散らばっておったんじゃ。札持ってこい、早く!」
了海は了生に命じる。慌てて了生が持ってきた札に念を込め、苔の散らばっている場所に張り付けた。
なんとか、邪気の影響を結界の中に封じ込め、妖怪たちも落ち着きを取り戻した。
「こんな少量で、下等妖怪を憔悴させる影響を持っとるなんて、もし、復活でもしたら……」
大変な事態になる。ことの重大さが理解できたらしく、了生もこめかみに青筋を浮かせていた。
「なに、自力では無理じゃろう。邪気を祓っておけば、もう大丈夫じゃ」
みんなを安心させようと了海が説明した矢先。
庭先に、思いもよらぬ来客が訪れた。
「おや、こんな妙な場所にも、長どのはおられたか。探してみるものだ」
音も気配もなく表れた、真っ黒い生命体―?深淵の悪鬼。
あまりにも突然すぎて、誰も身動きすらできなかった。
鬼は体から長い触手を伸ばして札を弾き飛ばし、足元に散らばっていた苔を、砂利ごと掬い取って懐に仕舞いこんだ。
「人間に構っている暇はない。まだ痕跡が残っておらぬか、探さねば。ああ、忙しや、忙しや」
さも忙しそうに、鬼は了海たちには目もくれず、ものすごい速さで去っていった。
「何や、あいつは……?」
了生は茫然としていたが、了海は、さっきの悪鬼の行動を素早く理解した。
「鬼閻がまだ、この世に存在しておると、悪鬼共も気付いておるのじゃな。鬼閻の痕跡をかき集めておる。復活を、諦めておらんのじゃ」
そう結論を出すと同時に、全てが一本に繋がった。
同時に、考えが浅はか過ぎたと、後悔の念に襲われる。
「夏姫様の剣についておった錆のようなものは、鬼閻の呪いなどではない。鬼閻〝そのもの〟だったのじゃ。鬼閻は夏姫様の力を吸い取りながら、復活の機会を伺っておったに違いない」
夏姫が力を吸い取られていた期間を考慮すると、かなり危険な事態が迫っている可能性がある。
「お前ら、力を貸してもらうぞ。まだ、四季姫様たちの力を、伝師に取られるわけにはいかん!」
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