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7.ペットショップにて
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学校を出て、真っ先に米斗が向かった先は、町の商店街の一角にあるペットショップだった。
小学生の頃から動物を見るためだけにひたすら通っている、馴染みの店だ。店主とは悩みや愚痴をぶちまけられるまでに仲良しになった。長期休みには、バイトもさせてもらっている。
「俺、この店だけど、千具良はどうする?」
「ペットショップかぁ。急ぎじゃないし、私も少し見ていこうかな」
「見れる状態じゃないかもな。……まあ、いいか。じゃあ、銀行にも、後で付いていってやるよ」
店の外にまで、中の犬の鳴き声が聞こえてくる。ガラスの押し戸を開き、店の中に入った。
やはり、中はゆっくり、ペットを見ていられる状態ではなかった。大量のゲージや水槽が床に落ちて、足場もないくらい散乱していた。
逃げ出した犬や猫、その他の謎めいた生き物たちがパニック状態を起こして、走り回っている。壁の端のほうでは、隠居ウサギのミッピーがプルプル怯えていた。
「キャー! 駄目よ、今ドア開けちゃ! みんなが逃げちゃうわ!」
店主らしき人物の悲鳴が聞こえた。米斗が開けたドアの隙間から、一匹のチワワが飛び出そうとした。米斗は素早く、慣れた手つきでチワワを掴み、店の中へ戻した。
「あらあ、誰かと思ったら、コメちゃんじゃないの!」
店の奥から、巨大な影が姿を現した。狭い店内には不釣合いな、露出度の高い筋肉質な肢体の、丸刈りで長身の男。そのムキムキの腕には数匹の犬猫が脇に挟まれた状態で担がれている。男の汗が放つ、むさくるしい湿気と体臭に包まれた犬猫たちはパニック症状を起こし、男の腕から逃れようと必死にもがいていた。
「おっす、店長。久しぶり」
「ホーント、春休み以来ねえ。元気してた~? なんて、和んでる場合じゃないのよね。遊びに来てくれたところ悪いんだけれど、この子たちを檻に入れるから、手伝ってくれないかしら? アタシだけじゃ手に負えなくて……」
「そうみたいっすね」
女言葉を流暢に使う、たらこ唇がチャーミングなマッチョ店長を助けるべく、米斗は荷物を邪魔にならない場所に置いて、腕捲りをする。檻を拾ってショーウィンドウに並べなおし、素早くペットたちを中へ入れた。
ペットたちも米斗にはずいぶん懐いていて、引っ掴まれても大人しくしていた。ペットの配置も並べる順番も全て完璧だと、店長は米斗の仕事っぷりを絶賛した。
「私も手伝います!」
片付いていく店内を呆然と見ているだけの千具良だったが、何か手伝わなければと思い立ったらしく、足元を徘徊していた九官鳥を掴んで持ち上げた。
「ああ、グレートボイスはその奥の棚の上。籠はそこに落ちてる大きいの。とりあえず中に入れといて」
米斗がテキパキ的確に指示を送る。「流石だわ」と店長は号泣した。
「ぐ、ぐれーと? 棚? 籠?」
グレートボイスとは、この九官鳥の名前だ。混乱しながらも、千具良は足元の大きな鳥籠を拾って棚の上に置き、その中に九官鳥を放り込んだ。ふう、と達成感に溢れた息をついていた。
止まり木に落ち着いた九官鳥が、一声鳴いた。
「オレニホレルト、ヤケドスルゼェ!」
「ぐ、グレートボイス!」
☆彡 ☆彡 ☆彡
一時間後。店の動乱は収まりがつき、いつもの静寂な午後のひと時が訪れた。
「ホントに助かっちゃったわぁ、ありがとうね。一休みしていってちょうだいな」
店長が紅茶を運んできてくれた。お言葉に甘えて、米斗と千具良は店の奥の椅子に腰掛け、休憩する。
「みんな、いつもはとっても良い子なんだけれど、こう毎日毎日、地震が続いちゃあねえ。アタシに似てデリケートだから、すっかり怯えちゃって」
店長も紅茶を啜り、憂鬱な息を吐く。
「魚の容態は?」
米斗は訊ねた。動物たちも気の毒だが、水から飛び出てしまえば命に関わる魚たちの安否が、特に気になった。
店長は切なげに肩を落とした。
「今日の大きな地震。あれで半数、やられちゃったわ」
水は振動をよく伝うため、激しい波動が来ると魚は逃げようと、一斉に水面に飛び上がる。そのまま水槽の外に飛び出して戻れなくなり、死んでしまうケースが多いらしい。
後ろの棚の上に、死んだ熱帯魚たちがビニール袋に詰められていた。米斗は棚に歩み寄り、魚たちに手を併せ黙祷。
側においてあった鐘を鳴らした。チーン。
「明日、埋葬してあげるわ。可愛そうだけれど、ずっと置いておくわけにもいかないしね」
千具良も目を閉じ、魚たちの冥福を祈った。それを見た店長が、目を輝かせて千具良に詰め寄る。
「それはそうと、あなた! ひょっとして、コメちゃんの彼女!?」
「えっ? あっ、はい。有栖千具良と申します。米斗くんにはお世話になりっぱなしで……」
まるで米斗のお父様に挨拶をするかの如き勢いで、千具良は深く会釈した。その姿を見て、店長はいやらしく笑う。
「んふー! や~だもう可愛いわねー。若いって素敵♪ コメちゃん、よくこんな娘ゲットしたわね~。でも残念。彼女がいるんじゃ、もうコメちゃんがお手伝いに来てくれても、あんなことやこんなことやそんなことも、できなくなっちゃうわね~」
「人の誤解を招く発言は、しないでください」
さすがの米斗も否定する。千具良の顔が微妙に引きつった。
「やーだ、もう照れちゃってー。冗談よ、冗談。にょほほのほ♪」
店長は珍奇に笑った。千具良も、ぎこちない笑いを返す。そんな千具良に、店長は耳元でぽそりと囁いた。
「でもチグラちゃん、アタシよりコメちゃんと親密になりたかったら、最低でもBまでは行かなくちゃねぇ」
ズズン。
震度3強程度の地震が、町を震わせた。店長も千具良も動じる様子はない。さすがは町民、慣れたものだ。ペットたちだけが、この地震に驚き、暴れていた。
「や、やだな、もぉ。店長さんってばー」
「チグラちゃん、初心ねぇ」
「あはは」
「にょほほ」
「また、魚が死んだ……」
奇妙な笑い話で盛り上がる二人を尻目に、米斗は地震の揺れに驚いて暴れ、金魚鉢のガラスに激突して息絶えた、数匹の小魚を見つめて再び鐘を鳴らした。
チーン。
小学生の頃から動物を見るためだけにひたすら通っている、馴染みの店だ。店主とは悩みや愚痴をぶちまけられるまでに仲良しになった。長期休みには、バイトもさせてもらっている。
「俺、この店だけど、千具良はどうする?」
「ペットショップかぁ。急ぎじゃないし、私も少し見ていこうかな」
「見れる状態じゃないかもな。……まあ、いいか。じゃあ、銀行にも、後で付いていってやるよ」
店の外にまで、中の犬の鳴き声が聞こえてくる。ガラスの押し戸を開き、店の中に入った。
やはり、中はゆっくり、ペットを見ていられる状態ではなかった。大量のゲージや水槽が床に落ちて、足場もないくらい散乱していた。
逃げ出した犬や猫、その他の謎めいた生き物たちがパニック状態を起こして、走り回っている。壁の端のほうでは、隠居ウサギのミッピーがプルプル怯えていた。
「キャー! 駄目よ、今ドア開けちゃ! みんなが逃げちゃうわ!」
店主らしき人物の悲鳴が聞こえた。米斗が開けたドアの隙間から、一匹のチワワが飛び出そうとした。米斗は素早く、慣れた手つきでチワワを掴み、店の中へ戻した。
「あらあ、誰かと思ったら、コメちゃんじゃないの!」
店の奥から、巨大な影が姿を現した。狭い店内には不釣合いな、露出度の高い筋肉質な肢体の、丸刈りで長身の男。そのムキムキの腕には数匹の犬猫が脇に挟まれた状態で担がれている。男の汗が放つ、むさくるしい湿気と体臭に包まれた犬猫たちはパニック症状を起こし、男の腕から逃れようと必死にもがいていた。
「おっす、店長。久しぶり」
「ホーント、春休み以来ねえ。元気してた~? なんて、和んでる場合じゃないのよね。遊びに来てくれたところ悪いんだけれど、この子たちを檻に入れるから、手伝ってくれないかしら? アタシだけじゃ手に負えなくて……」
「そうみたいっすね」
女言葉を流暢に使う、たらこ唇がチャーミングなマッチョ店長を助けるべく、米斗は荷物を邪魔にならない場所に置いて、腕捲りをする。檻を拾ってショーウィンドウに並べなおし、素早くペットたちを中へ入れた。
ペットたちも米斗にはずいぶん懐いていて、引っ掴まれても大人しくしていた。ペットの配置も並べる順番も全て完璧だと、店長は米斗の仕事っぷりを絶賛した。
「私も手伝います!」
片付いていく店内を呆然と見ているだけの千具良だったが、何か手伝わなければと思い立ったらしく、足元を徘徊していた九官鳥を掴んで持ち上げた。
「ああ、グレートボイスはその奥の棚の上。籠はそこに落ちてる大きいの。とりあえず中に入れといて」
米斗がテキパキ的確に指示を送る。「流石だわ」と店長は号泣した。
「ぐ、ぐれーと? 棚? 籠?」
グレートボイスとは、この九官鳥の名前だ。混乱しながらも、千具良は足元の大きな鳥籠を拾って棚の上に置き、その中に九官鳥を放り込んだ。ふう、と達成感に溢れた息をついていた。
止まり木に落ち着いた九官鳥が、一声鳴いた。
「オレニホレルト、ヤケドスルゼェ!」
「ぐ、グレートボイス!」
☆彡 ☆彡 ☆彡
一時間後。店の動乱は収まりがつき、いつもの静寂な午後のひと時が訪れた。
「ホントに助かっちゃったわぁ、ありがとうね。一休みしていってちょうだいな」
店長が紅茶を運んできてくれた。お言葉に甘えて、米斗と千具良は店の奥の椅子に腰掛け、休憩する。
「みんな、いつもはとっても良い子なんだけれど、こう毎日毎日、地震が続いちゃあねえ。アタシに似てデリケートだから、すっかり怯えちゃって」
店長も紅茶を啜り、憂鬱な息を吐く。
「魚の容態は?」
米斗は訊ねた。動物たちも気の毒だが、水から飛び出てしまえば命に関わる魚たちの安否が、特に気になった。
店長は切なげに肩を落とした。
「今日の大きな地震。あれで半数、やられちゃったわ」
水は振動をよく伝うため、激しい波動が来ると魚は逃げようと、一斉に水面に飛び上がる。そのまま水槽の外に飛び出して戻れなくなり、死んでしまうケースが多いらしい。
後ろの棚の上に、死んだ熱帯魚たちがビニール袋に詰められていた。米斗は棚に歩み寄り、魚たちに手を併せ黙祷。
側においてあった鐘を鳴らした。チーン。
「明日、埋葬してあげるわ。可愛そうだけれど、ずっと置いておくわけにもいかないしね」
千具良も目を閉じ、魚たちの冥福を祈った。それを見た店長が、目を輝かせて千具良に詰め寄る。
「それはそうと、あなた! ひょっとして、コメちゃんの彼女!?」
「えっ? あっ、はい。有栖千具良と申します。米斗くんにはお世話になりっぱなしで……」
まるで米斗のお父様に挨拶をするかの如き勢いで、千具良は深く会釈した。その姿を見て、店長はいやらしく笑う。
「んふー! や~だもう可愛いわねー。若いって素敵♪ コメちゃん、よくこんな娘ゲットしたわね~。でも残念。彼女がいるんじゃ、もうコメちゃんがお手伝いに来てくれても、あんなことやこんなことやそんなことも、できなくなっちゃうわね~」
「人の誤解を招く発言は、しないでください」
さすがの米斗も否定する。千具良の顔が微妙に引きつった。
「やーだ、もう照れちゃってー。冗談よ、冗談。にょほほのほ♪」
店長は珍奇に笑った。千具良も、ぎこちない笑いを返す。そんな千具良に、店長は耳元でぽそりと囁いた。
「でもチグラちゃん、アタシよりコメちゃんと親密になりたかったら、最低でもBまでは行かなくちゃねぇ」
ズズン。
震度3強程度の地震が、町を震わせた。店長も千具良も動じる様子はない。さすがは町民、慣れたものだ。ペットたちだけが、この地震に驚き、暴れていた。
「や、やだな、もぉ。店長さんってばー」
「チグラちゃん、初心ねぇ」
「あはは」
「にょほほ」
「また、魚が死んだ……」
奇妙な笑い話で盛り上がる二人を尻目に、米斗は地震の揺れに驚いて暴れ、金魚鉢のガラスに激突して息絶えた、数匹の小魚を見つめて再び鐘を鳴らした。
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