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時計好き
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コンビニのアルバイト。
今は21:53。
もう後7分すれば、僕は業務を引き継いで上がれる。
やることはあらかた終わらせたし、引き継ぐこともまぁ、特にないし。
僕はもう退勤しているかのごとくボケーッと、客のいないレジに突っ立って、向こうの壁に吊るされている時計を眺めていた。
アナログの、針がカチカチするタイプの時計。
デジタルじゃないところが悪くない。
上がり時間の直前は、少しだけ1秒が長いんだ。
それも別に、嫌いじゃない。
今から確か、4年くらい前の話だった気がする。
不況の煽りを受けて、父の営む時計屋が潰れた。
いとも容易く、簡単に。
なんとかウイルスっていうのが海外で大流行して、日本経済まで影響を及ぼした。
職を失った父はそれから飲み歩くようになった。
強くもない酒を浴びるように飲んで、帰ってきたら死んだように寝た。
大好きだった時計いじりも、途中のまま放ったらかしだ。
優しげだった顔付きは、やつれてギラギラしていて、もう父は居なくなってしまったんだ、と僕は思った。
しばらくすると母は家を出ていった。
僕を、置いて。
僕の大好きだった時計屋は、無くなってしまった。
「水本さーん?水本命さーん!」
「あ、ごめんなさい、なんですか?」
「なんですかじゃないっすよー、上がりの時間っすおつかれさまっすー」
店長が僕を呼ぶ声にはっとして、時計を見ると22:02を指していた。
ボケーッとし過ぎていたようだ。
店長に簡単に引き継ぎを行い、僕はタイムカードを切った。
「ねぇ、店長」
「おぉ、水本さんどーしたんすか?廃棄のおにぎりなら勝手に好きなの持ってっていいっすよ」
「あ、いや、おにぎりじゃなくて...」
退勤後、なんの気まぐれか、僕は店長に話しかけていた。
自分でもなんで話しかけたのかわからない。
それどころか話題も特に考えてなかった。
余計なことをボケーッと考えていた弊害か、ボケーッとしていた事へのちょっとした後ろめたさか。
なんにしろ、今の行動にモヤっとした違和感を感じている。
「お惣菜っすか?」
「あっお惣菜は勝手にもらいました」
「ははは、おにぎりはいらないんすか?」
店長はパソコンに向かいカタカタと事務作業を続けながら返事を返してくれる。
「おにぎりも、もらいました」
「そーっすか、若い子は沢山食べなきゃダメっすもんねー」
そう言うと振り返り、ニカッと笑って見せた。
年齢は、父とだいたい同じくらいだろうか。
歳の割には若いような拙い敬語で話す。
ふと、聞いてみたいことが思い付いた。
「何年か前に、なんとかウイルスって流行ったじゃないですか。覚えてますか?」
「あぁ、コロニャウイルスっすねー、覚えてるっすよ。あれのお陰でマスクとかアルコール消毒とか飛ぶように売れて、ウハウハでしたよ!」
よほど儲けたのだろうか、嬉しそうにそう答えてくれた。
「...あぁ、ははは、そうなんですね...」
その嬉しそうな店長の顔が、なんとも気持ちが悪くて、僕は早々に話を切り上げて店を出た。
悪いのは店長じゃない。
誰も悪くない。
強いて言うのなら、あんなことを聞いた僕が悪い。
「はぁ...。気分悪い...」
誰もが不幸になっていると思っていた。
だって僕はあんなにも不幸になったのに。
足早に店を後にした僕は、そのまま家に帰る気にもならず近くの公園で時間を潰していた。
ブランコに腰掛けて、足は地面から離さず緩く揺られて、時間が過ぎるのを待った。
濁った感情を、この薄暗闇に溶かしていこうと思ったのだ。
「もう23:00になるのか...」
ブランコから見える背の高い時計台は、デジタルの時計。
少し光っていて、時刻が見やすくなっている。
約1年前にアナログの、針がヌルーって動くタイプの時計台が取り壊され、新しく建てられたものだ。
僕はアナログタイプの時計が好きだが、デジタルも嫌いなわけじゃない。
特にここの時計台はスタイリッシュで、嫌なことがあると見に来る程度には気に入っていた。
あと5分だけ、そう決めて、今度はブランコから足を離して思い切り漕ぎ出した。
時折地面を強く蹴る。
小さい頃ブランコで遊んでいた時より、いくらか漕ぎにくい。
体が大きくなって、ブランコが小さく感じる。
昔も、幸せだったあの頃もよくこうやってブランコで遊んでいた。
優しい父、きれいな母、幼馴染とその家族もよく遊んでもらっていた。
「もうすべて、ないけれど…」
声に出した途端、視界がにじむ。
ブランコを漕ぐ力ももうない。
滴る涙は地面に落ちて、闇にまぎれた。
気が付けばもう10分も経っていた。
「帰ろう…」
家に帰るのはあまり好きじゃない。
年中アルコール臭いし、いくら片付けても散らかすやつがいるし。
たまに怒鳴られるし。
帰路に就くときは決まって気が重い。
足も重い。
それでも時計台が静かに背を押すものだから、僕はゆっくりと家の方へ足を向けた。
今は21:53。
もう後7分すれば、僕は業務を引き継いで上がれる。
やることはあらかた終わらせたし、引き継ぐこともまぁ、特にないし。
僕はもう退勤しているかのごとくボケーッと、客のいないレジに突っ立って、向こうの壁に吊るされている時計を眺めていた。
アナログの、針がカチカチするタイプの時計。
デジタルじゃないところが悪くない。
上がり時間の直前は、少しだけ1秒が長いんだ。
それも別に、嫌いじゃない。
今から確か、4年くらい前の話だった気がする。
不況の煽りを受けて、父の営む時計屋が潰れた。
いとも容易く、簡単に。
なんとかウイルスっていうのが海外で大流行して、日本経済まで影響を及ぼした。
職を失った父はそれから飲み歩くようになった。
強くもない酒を浴びるように飲んで、帰ってきたら死んだように寝た。
大好きだった時計いじりも、途中のまま放ったらかしだ。
優しげだった顔付きは、やつれてギラギラしていて、もう父は居なくなってしまったんだ、と僕は思った。
しばらくすると母は家を出ていった。
僕を、置いて。
僕の大好きだった時計屋は、無くなってしまった。
「水本さーん?水本命さーん!」
「あ、ごめんなさい、なんですか?」
「なんですかじゃないっすよー、上がりの時間っすおつかれさまっすー」
店長が僕を呼ぶ声にはっとして、時計を見ると22:02を指していた。
ボケーッとし過ぎていたようだ。
店長に簡単に引き継ぎを行い、僕はタイムカードを切った。
「ねぇ、店長」
「おぉ、水本さんどーしたんすか?廃棄のおにぎりなら勝手に好きなの持ってっていいっすよ」
「あ、いや、おにぎりじゃなくて...」
退勤後、なんの気まぐれか、僕は店長に話しかけていた。
自分でもなんで話しかけたのかわからない。
それどころか話題も特に考えてなかった。
余計なことをボケーッと考えていた弊害か、ボケーッとしていた事へのちょっとした後ろめたさか。
なんにしろ、今の行動にモヤっとした違和感を感じている。
「お惣菜っすか?」
「あっお惣菜は勝手にもらいました」
「ははは、おにぎりはいらないんすか?」
店長はパソコンに向かいカタカタと事務作業を続けながら返事を返してくれる。
「おにぎりも、もらいました」
「そーっすか、若い子は沢山食べなきゃダメっすもんねー」
そう言うと振り返り、ニカッと笑って見せた。
年齢は、父とだいたい同じくらいだろうか。
歳の割には若いような拙い敬語で話す。
ふと、聞いてみたいことが思い付いた。
「何年か前に、なんとかウイルスって流行ったじゃないですか。覚えてますか?」
「あぁ、コロニャウイルスっすねー、覚えてるっすよ。あれのお陰でマスクとかアルコール消毒とか飛ぶように売れて、ウハウハでしたよ!」
よほど儲けたのだろうか、嬉しそうにそう答えてくれた。
「...あぁ、ははは、そうなんですね...」
その嬉しそうな店長の顔が、なんとも気持ちが悪くて、僕は早々に話を切り上げて店を出た。
悪いのは店長じゃない。
誰も悪くない。
強いて言うのなら、あんなことを聞いた僕が悪い。
「はぁ...。気分悪い...」
誰もが不幸になっていると思っていた。
だって僕はあんなにも不幸になったのに。
足早に店を後にした僕は、そのまま家に帰る気にもならず近くの公園で時間を潰していた。
ブランコに腰掛けて、足は地面から離さず緩く揺られて、時間が過ぎるのを待った。
濁った感情を、この薄暗闇に溶かしていこうと思ったのだ。
「もう23:00になるのか...」
ブランコから見える背の高い時計台は、デジタルの時計。
少し光っていて、時刻が見やすくなっている。
約1年前にアナログの、針がヌルーって動くタイプの時計台が取り壊され、新しく建てられたものだ。
僕はアナログタイプの時計が好きだが、デジタルも嫌いなわけじゃない。
特にここの時計台はスタイリッシュで、嫌なことがあると見に来る程度には気に入っていた。
あと5分だけ、そう決めて、今度はブランコから足を離して思い切り漕ぎ出した。
時折地面を強く蹴る。
小さい頃ブランコで遊んでいた時より、いくらか漕ぎにくい。
体が大きくなって、ブランコが小さく感じる。
昔も、幸せだったあの頃もよくこうやってブランコで遊んでいた。
優しい父、きれいな母、幼馴染とその家族もよく遊んでもらっていた。
「もうすべて、ないけれど…」
声に出した途端、視界がにじむ。
ブランコを漕ぐ力ももうない。
滴る涙は地面に落ちて、闇にまぎれた。
気が付けばもう10分も経っていた。
「帰ろう…」
家に帰るのはあまり好きじゃない。
年中アルコール臭いし、いくら片付けても散らかすやつがいるし。
たまに怒鳴られるし。
帰路に就くときは決まって気が重い。
足も重い。
それでも時計台が静かに背を押すものだから、僕はゆっくりと家の方へ足を向けた。
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