さよならイミテーション

坂元語

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第六話 並木道の死体

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「『脱皮計画』とはナイスネーミングですな。見事に的を得ている」
「はい。現在の我々の身体では焦死病に対抗することは不可能です。この身体は諦め、新しい身体に乗り換えるのが得策かと」
「しかし、クローンだなんて、一昔前じゃあSFの世界の話だったのに……」
「技術的にはかなり前から可能でした。倫理的な問題で、実行に移すまでに時間がかかったのです」
「なるほど……まあ確かに、こんな状況なら倫理もくそも無いでしょうな。ところで、そのクローン……イミテーションは上出来で?」

「……二年かけて作られた二百体のイミテーションのうち、百九十六体は『失敗作』となりました。彼らは高い免疫力と身体能力を得た代わりに理性を失い、その上人間への破壊衝動まで備えております」
「なんと……しかしそれは逆に言えば、四体のイミテーションの生成には成功したということですな?」
「はい。いずれも思春期の少年少女から作られたイミテーションです。彼らは原物の人間の記憶を引き継いでおり、理性を保ったまま免疫力、身体能力の強化に成功した『完全体』です」
「ほう……それは素晴らしい。四体だけでも大きな成果と捉えるべきでしょう。ところで、生まれてしまった『失敗作』はどうするおつもりで?」
「現在は地下に収容しております。一通りの実験が終わった後、近いうち処分されるでしょうね」
「それは……酷な話ですな」

その時だった。下の階から爆発音が聞こえた。ここは一階だ。つまり、地下から聞こえてきたということになる。相前後して火災報知器の耳障りな警報音が鳴り響く。
「何事ですか!?」
「まさか、爆発事故……!?」
二人の科学者が狼狽えていると、地下の階段を駆け登るたくさんの足音が聞こえてきた。 その音がこちらに近付いてくるのを聞いて、二人は廊下に飛び出す。
「皆さん、ご無事ですか……!」

 口をあんぐりと開ける二人の科学者。 そこにいたのは「皆さん」ではなかった。
「『失敗作』……何故ここに……?」
地下に収容されていたはずの「失敗作」。それらの視線が二人に集まり、彼らに向かって一斉に走ってくる。
「まさか、さっきの爆発事故で……!」
 言うが早いか、二人は我先にと襲い掛かる「失敗作」によってボロ雑巾のような姿になってしまった。


 休学二十五目の深夜、僕は屋敷を抜け出して新妻と木崎さんに会いに行くことになった。安斎さんが眠っている所を見計らい、忍び足で廊下を歩く。見事、屋敷からの脱出には成功した。もし彼に見つかっていたら、連れ戻された上で腕ひしぎを極められていただろう。
 僕は周囲に誰もいないことを再確認し、近所の公園に向かった。
 鶴頭公園(つるかしらこうえん)。都内最大級に広い公園で、人々の憩いの場として有名だ。
 屋敷の外に敵はいない。あとは真っ直ぐ公園に向かうだけだ。そう思っていた。
 しかし、屋敷の門を出てしばらく歩いたところで思いがけない人物に待ち伏せされていた。

「世音……どうして」
 僕は目が皿になる。
 一体なぜ? この脱走計画の事は誰にも話してないのに……
「銘君の考えそうなことぐらい、分かるよ」
 兄妹でしょ、と付け足し、彼女はにっこりと微笑む。いまいち腑に落ちないが、取り敢えず「そうか」と返した。彼女がどうやって脱走計画のことを知ったのかは問題ではない。これからどうするのかが問題なのだ。彼女はきっと、僕を連れ戻す気なのだろう。ならばなんとか説得して……

「一緒に行こ?」
「へ?」
 世音の口から出てきたのは、思いも寄らない言葉だった。
「怒られる時は、一緒。昔からそうだったじゃん」
 彼女はいたずらっ子のようにちろりと舌を出した。
「それに、銘君の初めての友達、私も会ってみたいし」
 そういえば世音にはまだ二人を紹介していなかった。世音ならきっと彼らともすぐに打ち解けられるはずだ。
「ね、いいでしょ?」
 思えば、世音がトートバッグを下げている時点で彼女の意図を察するべきだった。彼女は最初から僕に同行するつもりで待ち伏せしていたのだ。
「分かったよ、一緒に行こう」
「へへっ」

 夜道を、二人並んで歩いた。世音が鼻歌を歌う。昔よく二人で聴いていた曲だ。
「懐かしいでしょ?」
「うん……でもそれ、パパが死んじゃう曲だよな」
「あー、そうだった! もう、暗くなること言わないでよう」
 世音が頰を膨らます。そう、確か、世の中の混乱に耐えかねたパパが自殺したことを、その息子が比喩を用いて歌にしたものだと言われているんだ。
 世音が別の鼻歌に切り替える。今度は昔二人してハマっていたアニメのOPだ。僕は悪役が好きで、世音は主人公が好きだったため、その三十分間、僕らはテレビに張り付いて対抗していた。あれ、結局どっちが勝ったんだっけ。まあ、普通は正義が勝つか。幼い世音の得意顔が目に浮かぶ。
 
 ちょうど世音の鼻歌が終わった頃、公園に着いた。待ち合わせの噴水広場に二人はいた。
「久しぶりだな、銘人ッ!」
 新妻が抱きつこうとしてきたので、それをかわす。
「久しぶり、新妻」
 彼の肩をポンと叩く。
「よける事ないだろッ」
 木崎さんはその光景に一瞬呆れた顔をしたが、僕と目が合うとにこやかに笑った。
「よかった、元気そうで」
「木崎さんも、久しぶり」
 世音は僕の横に並んで二人と向かい合った。
「二人とも、初めましてだねー。七渡世音です。よろしく」 
「木崎唯よ。こちらこそよろしく」
 二人はフレンドリーに握手を交わす。
 一方、新妻は世音を前にすると急にかしこまった態度になった。
「に、新妻明と言います、どうぞよろしくっ……」
 顔は真っ赤、目は泳いでいる。
「よろしくね、新妻君」
 世音はそう言って緊張をほぐすような笑顔を新妻に向けた。新妻の顔がさらに赤くなる。
「まったく、私と話す時と態度変えすぎよ」
 木崎さんは腰に手を当ててため息を吐く。まったくだ。僕はお前を見損なったぞ、新妻。どんな相手にも臆さず接するのがお前じゃなかったのか。可愛い女の子を相手にした瞬間これか。

 その後は、広場のベンチに腰掛けて四人で駄弁った。案の定、世音はすぐに二人と打ち解けた。新妻も初めのうちこそ緊張していたが、話すうちに次第に馴れ馴れしくなり、最終的には「世音ちゃん」などと呼ぶようになっていた。見直したぞ、新妻。それでこそお前だよ。
 気付けば時刻は四時を過ぎていた。時計台に止まっていたカラスが飛び立ち、藍色の空を泳ぐ。
「さーて、そろそろ帰りますか」
 新妻の声で皆立ち上がり、公園の並木道を並んで歩いた。新妻は眠いのか足取りがふらついており、僕や木崎さんに何度もぶつかる。
「こいつ、きっと明日の授業は全部寝るわね」
「おう、睡眠学習王こと俺様を舐めるな」
「自慢げに言えることじゃないから。ってか誰も呼んでないし」
 ドヤ顔で寝言を言う新妻を、木崎さんがたしなめる。そんな二人のやり取りを見て、世音が可笑しそうに笑う。

 新妻の家は脇道にあるらしく、彼とは途中で別れた。両手に花状態になった僕は、どことなく気恥ずかしい。
 世音が例のアニメのOPの鼻歌を歌い、木崎さんが「世音、それ何の歌?」と尋ねたその時だった。

 僕らは、それを目にしてしまった。
 全員が呆気に取られて硬直する。木崎さんが悲鳴をあげるまで、五秒はかかった。
 並木道の端、土の上に横たわる、人間の死体。うつ伏せに倒れている筈が、顔はこちらを向いている。極限まで見開かれた目がこちらをじっと見ていた。首筋から現在進行形で流れ出る真っ赤な血液が土に大きな染みを作っている。それは、この死体がまだ新しいものであるということを物語っていた。
 最近流行りのワードが咄嗟に頭に浮かぶ。

「狂気のカマイタチ」
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