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【第三章】君と色づく世界
僕の心を照らす君
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東京にいた頃の僕は、時計ばかりを気にしていた。
決まった時間に家を出て、いつもの時刻の電車に乗り、始業時間の十分前にデスクに座る。
昼休みになればご飯を食べて、一時から再び仕事を始める。
終業時刻になれば勤怠システムを打刻して、駅のホームでは次の電車の時刻を確認する。
そこから自宅に帰る時間を予想して――。
そんな毎日を、ただ、繰り返す。
挫折もなければ、大きな苦労もない。
出会った人たちはみな親切だった。だけど、深い関係になるような間柄には一度もなれなかった。
こんな状況で不満を言ったらバチが当たるだろう。
僕は、ただ惰性で生きていた。
生きる目的も理由も見つからないまま、淡々とした日々を。
けれど、可琳と再会してから――。
胸の奥に灯った、久しぶりの高揚感。
可琳は、雲間から突然現れた太陽のように眩しく輝いて、僕の灰色だった日常に色を差し始めた。
目の前でキラキラと輝く笑顔をふりまく可琳。
まるで、この世界に彼女だけが持っている光の粒子があるみたいだ。
こんなふうに笑っている彼女と、ずっと一緒にいられたら――。
そう考えた瞬間、胸の奥がきゅっと苦しくなった。
「あんまりはしゃいだら、魚、全部逃げちゃうかな」
そんなふうに言いながら、可琳は気持ちよさそうに空を仰ぐと、くるりと僕に振り返る。あの頃と同じ、天真爛漫な笑顔が浮かんでいた。
「ねぇハチ、この場所、覚えてる?」
「ああ……」
可琳にそう訊かれて、僕は即答した。昨日ここを訪れた時、鮮明に甦った記憶。夏の夜、涼しい風に包まれて、僕達はここで――。
「花火。この場所から二人で見たよね」
この町で毎年、夏に行われる花火大会。規模は小さいけれど、辺りには高い建物がなくて、空一面に花火が広がる。あの夜、可琳と二人で見た花火は、今でも目を閉じれば思い出せるほど美しかった。
「また二人で見たいね。花火」
可琳は静かに微笑む。
「うん。また二人で見よう」
僕も微笑みを返した。
「じゃ、釣り竿持ってくるねー!」
少し照れたように背中を向けた可琳は、ひょいひょいと石の上を軽やかに渡る。その姿が、あの頃と変わらず愛らしくて、つい笑みが溢れてしまう。
魚釣りなんて久しぶりだ。釣れそうで逃げられてしまったり、網を持って必死に追いかけたり。僕たちは夢中になって、まるで子どもの頃に戻ったみたいに、声を上げながら遊んだ。
澄んだ川の水しぶきが太陽にきらめき、緑の木々が風にそよぐ音が耳に心地いい。この瞬間を切り取って、永遠にしてしまいたい――そんな気持ちすら湧いてくる。
でも、ふと、僕の心を曇らせる現実が顔を出す。
――明日、僕は東京に帰る。
その事実が、こんなにも苦しく感じられたのは初めてだった。
この感覚は、まるであの夏休みに戻ったみたいだ。
家の中が不穏な空気に包まれ、僕は何も言えずただ息を潜めていた――あの夏。
小さな僕に、その変化はあまりに急で、ただ混乱するしかなかった。
そして、父さんは突然、僕を置いて家を出ていった。
どうしてなのかと考えれば考えるほど、胸の奥に鉛のような重さが積もっていく。
母さんから「父さんはもう、家に戻ってこない」と言われても、僕は信じられなかった。
どこかで、父さんがいつか帰ってくることを願っていた。
でも……父さんは、あの日以来、一度も僕の前に現れることはなかった。
会いたいと思うのは僕だけで、父さんにとって僕は、会わなくても平気な存在なんだ――そう気づいたとき、悲しくて、寂しくて、どうしようもなくなって、たくさん泣いた。
僕は――父さんに捨てられたんだ。
その現実は、小さかった僕には重すぎて、心の中に暗い影を落とした。
けれど、その夏、僕の隣にはいつも、可琳がいてくれた。
「ハチ!」と彼女の声が明るく響くだけで、不思議と胸が軽くなる。
嫌なことなんて全部忘れて、ただ夢中で遊べたのは、可琳がそばにいてくれたからだ。
可琳は、太陽みたいに僕の心を明るく、暖かく、照らしてくれた。
そして今も。
こうして可琳と一緒にいると、あの頃と同じように胸の奥に暖かい光が灯っていくのを感じる。
いつまでも――ずっとこんな夢のような時間が続けばいいのに。
そう願わずにはいられない。
決まった時間に家を出て、いつもの時刻の電車に乗り、始業時間の十分前にデスクに座る。
昼休みになればご飯を食べて、一時から再び仕事を始める。
終業時刻になれば勤怠システムを打刻して、駅のホームでは次の電車の時刻を確認する。
そこから自宅に帰る時間を予想して――。
そんな毎日を、ただ、繰り返す。
挫折もなければ、大きな苦労もない。
出会った人たちはみな親切だった。だけど、深い関係になるような間柄には一度もなれなかった。
こんな状況で不満を言ったらバチが当たるだろう。
僕は、ただ惰性で生きていた。
生きる目的も理由も見つからないまま、淡々とした日々を。
けれど、可琳と再会してから――。
胸の奥に灯った、久しぶりの高揚感。
可琳は、雲間から突然現れた太陽のように眩しく輝いて、僕の灰色だった日常に色を差し始めた。
目の前でキラキラと輝く笑顔をふりまく可琳。
まるで、この世界に彼女だけが持っている光の粒子があるみたいだ。
こんなふうに笑っている彼女と、ずっと一緒にいられたら――。
そう考えた瞬間、胸の奥がきゅっと苦しくなった。
「あんまりはしゃいだら、魚、全部逃げちゃうかな」
そんなふうに言いながら、可琳は気持ちよさそうに空を仰ぐと、くるりと僕に振り返る。あの頃と同じ、天真爛漫な笑顔が浮かんでいた。
「ねぇハチ、この場所、覚えてる?」
「ああ……」
可琳にそう訊かれて、僕は即答した。昨日ここを訪れた時、鮮明に甦った記憶。夏の夜、涼しい風に包まれて、僕達はここで――。
「花火。この場所から二人で見たよね」
この町で毎年、夏に行われる花火大会。規模は小さいけれど、辺りには高い建物がなくて、空一面に花火が広がる。あの夜、可琳と二人で見た花火は、今でも目を閉じれば思い出せるほど美しかった。
「また二人で見たいね。花火」
可琳は静かに微笑む。
「うん。また二人で見よう」
僕も微笑みを返した。
「じゃ、釣り竿持ってくるねー!」
少し照れたように背中を向けた可琳は、ひょいひょいと石の上を軽やかに渡る。その姿が、あの頃と変わらず愛らしくて、つい笑みが溢れてしまう。
魚釣りなんて久しぶりだ。釣れそうで逃げられてしまったり、網を持って必死に追いかけたり。僕たちは夢中になって、まるで子どもの頃に戻ったみたいに、声を上げながら遊んだ。
澄んだ川の水しぶきが太陽にきらめき、緑の木々が風にそよぐ音が耳に心地いい。この瞬間を切り取って、永遠にしてしまいたい――そんな気持ちすら湧いてくる。
でも、ふと、僕の心を曇らせる現実が顔を出す。
――明日、僕は東京に帰る。
その事実が、こんなにも苦しく感じられたのは初めてだった。
この感覚は、まるであの夏休みに戻ったみたいだ。
家の中が不穏な空気に包まれ、僕は何も言えずただ息を潜めていた――あの夏。
小さな僕に、その変化はあまりに急で、ただ混乱するしかなかった。
そして、父さんは突然、僕を置いて家を出ていった。
どうしてなのかと考えれば考えるほど、胸の奥に鉛のような重さが積もっていく。
母さんから「父さんはもう、家に戻ってこない」と言われても、僕は信じられなかった。
どこかで、父さんがいつか帰ってくることを願っていた。
でも……父さんは、あの日以来、一度も僕の前に現れることはなかった。
会いたいと思うのは僕だけで、父さんにとって僕は、会わなくても平気な存在なんだ――そう気づいたとき、悲しくて、寂しくて、どうしようもなくなって、たくさん泣いた。
僕は――父さんに捨てられたんだ。
その現実は、小さかった僕には重すぎて、心の中に暗い影を落とした。
けれど、その夏、僕の隣にはいつも、可琳がいてくれた。
「ハチ!」と彼女の声が明るく響くだけで、不思議と胸が軽くなる。
嫌なことなんて全部忘れて、ただ夢中で遊べたのは、可琳がそばにいてくれたからだ。
可琳は、太陽みたいに僕の心を明るく、暖かく、照らしてくれた。
そして今も。
こうして可琳と一緒にいると、あの頃と同じように胸の奥に暖かい光が灯っていくのを感じる。
いつまでも――ずっとこんな夢のような時間が続けばいいのに。
そう願わずにはいられない。
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