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君がいない六年間
ふわふわでかわいくて
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龍臣はその後も、拓海の受験が終わるころまで拓海の家に暮らしていた。時々うなされては飛び起きるたびに拓海は龍臣の手を握って眠り、時間が経つにつれてあの男の影は龍臣の中で薄くなっていった。
桜が芽吹くころ、諸々にようやく区切りがついた辰子が千鶴と卯花を連れて帰ってきた。家はばれてしまったため念のために引っ越しはしたが、転校することにはならず龍臣は内心ほっとした。
その頃には龍臣も、拓海への気持ちが単なる強い友情ではないことを自覚していた。けれどそれを拓海に打ち明けることはなかった。自惚れていた?いや、まだ五年生の龍臣には想像もできなかっただけだ。
子供にとって六歳離れていることがどれほどの障壁か、龍臣はしばらくして思い知ることになる。
下校途中、龍臣はいつも駐車場の前を通り過ぎる。引っ越してから通学路が少し変わり、拓海の家向かいにある駐車場を挟んだ道を通っていて、その時はいつもそこから拓海の家を横目で見つつ歩いていた。
高校生になり、拓海はバレー部に入部した。片道一時間かかる高校に入学したこともあり、朝も時間が被らない。時々駐車場を挟んで声をかけられ、少し会話することはあれど以前のようにお互いの家に上がり込んで遊ぶことはなくなった。
寂しいなあ、と思いながらも学校や部活で忙しいだろうと自分から遊びに誘うことはできず、龍臣はこの日も駐車場をちらと見やった。
「え…」
思わず呼吸が止まったようだった。
拓海は普段会うときのように家の前にいた。同じ制服を着た女子高生と一緒に。
手を握りながら、向かい合って、楽しそうに談笑していた。龍臣は無意識に一歩後ずさった。これまでの人生で感じたこともないどす黒い感情が、真っ白な半紙に墨を垂らしたように龍臣の中に広がっていく。
拓海が、いつか悪夢にうなされた俺を救ってくれたその手で、自分以外の手を握っている。自分以外にあんなに楽しそうに笑いかけている。
「あ、龍臣だ。元気かーー?」
いつもと同じように、いつもと同じ笑顔でこちらに気付いて手を振る拓海。隣にいた彼女も恥ずかしそうにこっちに小さく手を振っていた。彼女が拓海の耳に口を寄せる。内緒話をするように「かわいいね」と彼女が言って、拓海が「だろ、幼馴染なんだ」と言っているのがわかった。
その拓海の表情を見た瞬間、龍臣は二人に背を向けて走り出した。彼女が自分に向ける目、拓海が彼女に向けている顔。
龍臣は年下の近所の子供としか思われていなかった。拓海が彼女に向けている笑顔は自分がいつも向けられているものと違って、言葉に出したくない親密さが表れていて、その意味を理解したくないと顔をそむけた。
そのまま龍臣は、走って走って息を切らしたまま家に飛び込んだ。ランドセルを投げ捨て、両手を床について息を整える。汗が一筋顎を伝って床に落ちた。もうなにもしたくない気分だったが、体は習慣的に手を洗うためのろのろと洗面台へと向かう。
洗面台の前で顔を上げると、今にも泣きそうな顔をした自分が写っていた。龍臣はにこっと口角を上げてみた。鏡に映る自分は、顎下まで伸ばしたストレートな黒髪で目は大きくまつげも長く、拓海にも事あるごとに「可愛い」と言われてきた。まだ女の子にだって間違えられるのに…。
拓海の隣にいた彼女を思い浮かべる。顔はぼんやりとして思い出せなかったが髪はブラウンで全体的にふわふわしていた。自分も彼女みたいにもう少しふわふわした、可愛い態度をとっていたら拓海は自分のことを見てくれたのかと想像して、そうじゃないよなと勝手に項垂れる。
彼女は拓海と同じ高校生で女だ。対して自分は六歳も年下の小学生で男。立っている土俵があまりにも違う。
ふわふわで可愛くて女の子で、拓海の隣に彼女としていられることが羨ましかった。自分がそこに立てないことがとても悔しかった。
龍臣は上げたまま攣りそうになっていた口角を下げ、手を洗ってついでに顔も洗った。
顔をうつむけてこぼれたものは、水と混じって排水溝に吸い込まれていった。
桜が芽吹くころ、諸々にようやく区切りがついた辰子が千鶴と卯花を連れて帰ってきた。家はばれてしまったため念のために引っ越しはしたが、転校することにはならず龍臣は内心ほっとした。
その頃には龍臣も、拓海への気持ちが単なる強い友情ではないことを自覚していた。けれどそれを拓海に打ち明けることはなかった。自惚れていた?いや、まだ五年生の龍臣には想像もできなかっただけだ。
子供にとって六歳離れていることがどれほどの障壁か、龍臣はしばらくして思い知ることになる。
下校途中、龍臣はいつも駐車場の前を通り過ぎる。引っ越してから通学路が少し変わり、拓海の家向かいにある駐車場を挟んだ道を通っていて、その時はいつもそこから拓海の家を横目で見つつ歩いていた。
高校生になり、拓海はバレー部に入部した。片道一時間かかる高校に入学したこともあり、朝も時間が被らない。時々駐車場を挟んで声をかけられ、少し会話することはあれど以前のようにお互いの家に上がり込んで遊ぶことはなくなった。
寂しいなあ、と思いながらも学校や部活で忙しいだろうと自分から遊びに誘うことはできず、龍臣はこの日も駐車場をちらと見やった。
「え…」
思わず呼吸が止まったようだった。
拓海は普段会うときのように家の前にいた。同じ制服を着た女子高生と一緒に。
手を握りながら、向かい合って、楽しそうに談笑していた。龍臣は無意識に一歩後ずさった。これまでの人生で感じたこともないどす黒い感情が、真っ白な半紙に墨を垂らしたように龍臣の中に広がっていく。
拓海が、いつか悪夢にうなされた俺を救ってくれたその手で、自分以外の手を握っている。自分以外にあんなに楽しそうに笑いかけている。
「あ、龍臣だ。元気かーー?」
いつもと同じように、いつもと同じ笑顔でこちらに気付いて手を振る拓海。隣にいた彼女も恥ずかしそうにこっちに小さく手を振っていた。彼女が拓海の耳に口を寄せる。内緒話をするように「かわいいね」と彼女が言って、拓海が「だろ、幼馴染なんだ」と言っているのがわかった。
その拓海の表情を見た瞬間、龍臣は二人に背を向けて走り出した。彼女が自分に向ける目、拓海が彼女に向けている顔。
龍臣は年下の近所の子供としか思われていなかった。拓海が彼女に向けている笑顔は自分がいつも向けられているものと違って、言葉に出したくない親密さが表れていて、その意味を理解したくないと顔をそむけた。
そのまま龍臣は、走って走って息を切らしたまま家に飛び込んだ。ランドセルを投げ捨て、両手を床について息を整える。汗が一筋顎を伝って床に落ちた。もうなにもしたくない気分だったが、体は習慣的に手を洗うためのろのろと洗面台へと向かう。
洗面台の前で顔を上げると、今にも泣きそうな顔をした自分が写っていた。龍臣はにこっと口角を上げてみた。鏡に映る自分は、顎下まで伸ばしたストレートな黒髪で目は大きくまつげも長く、拓海にも事あるごとに「可愛い」と言われてきた。まだ女の子にだって間違えられるのに…。
拓海の隣にいた彼女を思い浮かべる。顔はぼんやりとして思い出せなかったが髪はブラウンで全体的にふわふわしていた。自分も彼女みたいにもう少しふわふわした、可愛い態度をとっていたら拓海は自分のことを見てくれたのかと想像して、そうじゃないよなと勝手に項垂れる。
彼女は拓海と同じ高校生で女だ。対して自分は六歳も年下の小学生で男。立っている土俵があまりにも違う。
ふわふわで可愛くて女の子で、拓海の隣に彼女としていられることが羨ましかった。自分がそこに立てないことがとても悔しかった。
龍臣は上げたまま攣りそうになっていた口角を下げ、手を洗ってついでに顔も洗った。
顔をうつむけてこぼれたものは、水と混じって排水溝に吸い込まれていった。
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