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12 狂気の男

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人質となっていた女性は、解放された安堵よりも、自分が何かの舞台の真っ只中に、突然投げ出されたような感覚に陥った•••

あまりの驚きに、身体のこわばりがなかなか解けない•••

床には血まみれの男が倒れているというのに、目の前の銀髪の男性は、非現実的なほど美しく見えた。

その美しさは、彼から放たれる獲物を狙う狼のような獰猛さを、より冷酷に見せた。

笑みさえ浮かべたその顔には、美しいブラウンと水色のオッドアイ。


まさか、、、この方は!?


誰もが知る。

カイラス国の王族には、ある特徴がある。
戦闘時、普段は制御している能力が、感情の高まりと共に顕れるというオッドアイ。


中でも「銀の野獣」の異名を持つ第一王子エドゥアルトの瞳は、「国の至宝」とも讃えられるほど、その変化(へんげ)の色の濃さで有名だった!!


「ラッセン」

ごろつき共が一瞬怯んだ隙に、王子が口の動きで合図をすると、ラッセンはすぐさま店の店主を助けに、カウンターの後ろに向かった。

輩たちが次々と王子に襲いかかる。


前から剣で切り付けてくる男たちの攻撃を俊敏に避けながら、彼等の剣を奪い取りとどめを刺す。

図体の大きな輩どもが、次々に倒れるその上を、血しぶきを浴びた王子が踏みつける。

その間も、飛んでくるナイフを、奪った剣で器用に叩き落とす。

「こんな安物のナイフでは、オレにかすり傷一つつけることはできない。」

王子は丁寧な礼をするように、落ちているナイフの何本かを拾ったかと思うと、次の瞬間には、店内のあちらこちらで、ごろつきが血を流し倒れた。


王子が背中を向けたのを見計らい、中年男が銃で狙いを定める!

引き金に指をかけた途端、王子が振り返りざま、ナイフを中年男の手首に命中させ、その銃を落とす。

「いいか、こういう時は、殺気をしまっておくんだ。」

冷たい声で言い放つ。

すごい!強い。
でも恐ろしいわ。

彼女の若草色のワンピースは、すでにボロボロだった。それにも気づかない様子で、女性は、茫然と目の前の戦闘を眺める••そしてそんな彼女を少し離れた位置から見つめる目があった•••


店内の客たちは、外へ逃げ出そうとする者、、恐怖で動けなくなった者、、騎士たちを呼びにいこうと出ていった者、、とちょっとしたパニック状態を起こしている。

「結局、こうなるんだな。」

ラッセンは、血しぶきが飛び散る中で闘う、自らの従兄弟でありかつ主(あるじ)、そして「銀の野獣」の呼び名を持つ王子エドゥアルトを見る。

「一応、俺、護衛なんだけどな•••まあ、、俺には俺のやることがある。」

ラッセンは、動けなくなった者たちに声を掛け、安全なところに誘導し始める。

そして一人佇む、先ほど自分たちを助けようとしてくれた金髪の女性に声をかけた。

「お嬢さん、そこは危険だ。こちらへどうぞ。」

彼女の肩までしかない髪は、肌に張り付き、ワンピース はところどころ破け、現場の凄まじまさを物語っていた。

女性がハッと我にかえり、ラッセンの方へ視線を向けた時だった!



「振り出しに戻ったなあ。いや、オレを倒せばこの爆弾が爆発するから、もっと悪くなったなあ。」


一瞬の隙を突き女性の背後をとった男の手には、衝撃で爆発する小型爆弾が握られている。

再び人質にとられた彼女は、男の異常な様子に言葉を失い、なすすべもなく抵抗が無駄だと悟った。



エドゥアルトは、爆弾を握る男を視界にとらえる。

こんな男、いただろうか。

店内にいた人物は、客も含め全員把握していたはずだ。

どこに潜んでいた?

「少しでも動けば、お前ら木っ端微塵だ。」

まだ若い男は、薬物を吸っていたのだろう。
目が狂気を孕み、手の中のモノをおもちゃのように扱っている。


厄介だな。

こういう輩は、自分も爆発に巻き込まれ、死ぬのを何とも思わない。

「おい、てめえら、こいつらを縛り上げろ。」


男の命令で、まだ何人か残っていたごろつきたちが、エドゥアルトたちを拘束していく。

イカれた様子の男は、人質の女性を掴む手を緩めることなく、今にも手の中のソレを爆発させそうな勢いである。

そもそもあの薬物は誰がここに持ち込んだのだ?

袋を置いたあの男は、オレたちのことを知っていたようだったが、、、

手引きした者が、必ずどこかにいるはずだ。


やはり、戦は避けられないのか。

エドゥアルトの端正な顔が、苦痛に満ちた。
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