金槐の君へ

つづれ しういち

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第一章

1 世の中は

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「なんなんだよ、これは……」

 こんな風に、泣きながら目を覚ましたのははじめてかもしれなかった。いや子どものころならあったかもしれない。でも、今の自分はもう十八だ。こんな年をした大学生の男が、夢を見て泣きながら目を覚ます。そんなことが普通にあるとは思えない。
 自分で自分が信じられない気持ちで、青柳律あおやぎ りつはむくりとベッドから起き上がった。いつもの自室。会社員の父と母と兄、そして高校生の妹とともに住む一戸建て住宅の二階。
 窓の外はすでに明るくなりかけており、遠くから小鳥の声やら朝刊や牛乳などを届けるらしいバイクのエンジン音がしている。

「はあ……。なんなんだよ」

 異様にリアリティのある夢だった。
 いや、夢ではなかったのかもしれない。
 でもそれは、どうも昨夜のテレビドラマに酷似していたような気がする。

(たかがドラマじゃないか。影響うけすぎだろ、まったく)

 歴史ものだとはいえフィクションのエンターテインメントにすぎないそういう番組に、母と妹がどハマりするのはいつものことだ。特に、若くてイケメンの俳優が多く出ているドラマなら。
「今回のあたしの推しは彼」「あたしは彼かなあ」なんて楽しそうに言い合いながら、それはもう毎度かしましいといったらない。そういう楽しみ方をわざわざディスりこそしないものの(そんなことをした日には大変な目に遭う)、遠目に眺めてやりすごしているのがいつもの自分だというのに。

(昨夜のあれは……なんだったんだろう)

 由緒正しい寺の門前。雪の積もった長い階段。そしてちらつく白い粉。
 黒い衣冠束帯いかんそくたいを身につけた男たちの長い列。そこに並んだ自分。
 みなの肩には降る雪が少しずつ降り積もり。
 静謐な空気を乱す、唐突な叫び。
 そして、白刃──。

「うう……」

 思い出しただけでひどい頭痛と吐き気が襲ってきた。こめかみを両手でおさえてしばらく我慢していたが、結局たまらずベッドを飛び出し、一階へおりて洗面所へ向かう。キッチンでは、すでに母、麻沙子が朝食と妹の弁当を作っていた。

「あら早いのね、律」
「ん……。おはよ」
「珍しい。今日は一限からなの?」
「ええと、二限から」
「あらそう」

 いつもは寝坊ばかりしていて、何度も目覚ましに起こされている自分だ。しかし、急ぐわけでもないのにこんなに早く起きた自分を特に変な目で見ることもなく、麻沙子はすぐに視線を手元に戻した。朝の主婦は忙しい。

 ──マサコ。

 不思議な既視感がよみがえってきて、また胸のむかつきが揺り戻しを起こした。
 字こそちがうけれど、同じおとの名。
 自分はかつて、その名を持つひとを母に持っていた。
 もし、あの夢が現実で……自分の「前世」であったなら。

「顔あらったら、みんな起こしてね。お父さんもそろそろだから」
「ん。わかった」

 足早に洗面所へとびこんで、しばらく呼吸を整え、口をすすいだ。
 心臓がずっと変な鼓動をきざんでいる。
 これはなんだ。いったい、自分になにが起こっている……?

 はげしく水を出して顔をあらい、そっと鏡をのぞいた。
 いつもより幾分青ざめた自分の顔が映っているだけだった。やや茶色みの強いくせ毛の髪。細い顎に、あまり筋肉もなくひょろひょろと背ばかり高い姿。そこには衣冠束帯姿の、何百年も昔の幕府の第三代将軍の面影など、どこにもありはしない。

(まさか、そんなはずはない)

 昨夜のドラマは、鎌倉幕府を題材にしたものだった。
 鶴岡八幡宮の前階段。そこで、数えで二十八の若さで凶刃に倒れた将軍。
 家臣たちからは「鎌倉殿」と呼ばれていたその青年の名。

みなもとの……実朝さねとも

 吐息とともに流れ出たその名が、まるでそれが当然であるかのように自分の脳にしみこんでいくのがわかった。


 世の中は 鏡にうつる影にあれや あるにもあらず無きにもあらず
                       『金槐和歌集』416
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