61 / 93
第二章
2 みづがきの
しおりを挟む
海斗は「意地でも治す」と言い切った自分の言葉に忠実だった。
その後もしっかりとリハビリを続け、年が変わるころにはほとんど松葉杖には頼らなくてもいいようになり、その後も「とにかくしっかり歩くように」という主治医の勧めに素直にしたがって、時間を見つけては近くの川の河川敷などを長時間歩いていたらしい。
律と会う約束をした日にも、本来であれば電車やバスを使うところ、少し遠い駅で降りて歩いてくるなどということも多かった。
その努力の賜物と、もちろん若さもあってのことか、彼の足はどんどんもとに戻っていった。
最初のころは「自分では懸命に歩いているつもりでも、周囲の人々の足の速さに追いつけないのが口惜しい限りです」と珍しくぼやいていたのだったが、そのあたりもほとんど一般の人と遜色なくなってきている。
クリスマスにはまだ松葉杖を使っていたが、年が明けて和歌愛好会のみんなや鷲尾たちと初詣にいくときにはもう、杖なしで歩けるようになっていた。
夜になってから、約束の場所だった神社の境内に現れた海斗を見て、律の胸はいっぱいになった。
思わず一番に駆け寄っていく律を、周囲の人たちは気を遣ってくれたのか、先にひとりで行かせてくれた。
「もう……松葉杖、いらないんですか」
「はい。ご心配をおかけしました。まだ歩くのはゆっくりですが、どうにか」
「よかったよかった。これでも律ちゃんも泣かずに済むわなあ!」
「鷲尾さんっ。な、なに言うんですか。泣いてませんよっ!」
「ふひゃひゃひゃ! その目じゃぜ~んぜん、説得力がねえべ~」
言って鷲尾が大笑いするものだから、律はひたすら真っ赤になってうつむくしかなかった。彼に指摘されるまでもなく、律の視界はだいぶ熱くぼやけてしまっていたからだ。
友森たち愛好会のみんなも、それぞれに温かく「おめでとう」と海斗に声をかけてくれている。大体はそれに続いて「よかったね律くん」というセリフがくっついてくるのが、恥ずかしくてしょうがなかった。穴があったら入りたいとはまさにこれだ。
そんなこんなだったが、見知らぬ人々で埋まった境内で、みんなと一緒に年明けのカウントダウンを経験し、初詣の長い列の後ろに並んだ。
数十分も並んでようやく自分たちの番が回ってくるまで、みんなは温かい飲み物を飲んだり手や口をすすいだりしつつ待った。
いよいよ自分の番がきて、二礼二拍手。昨年のお礼と今年もお守りいただけるようにとお願いし、最後に一礼。
現代の人々は初詣をするとたくさんの「お願い」があるのが普通のようだが、本来、神社には「昨年お守りくださったことへの御礼」と「本年もどうぞよろしく」の意味でお参りするものだった。
だから律も、実朝としての記憶が戻ってからは多大なお願いを並べるというようなことはしない。
基本的に、武士たちは「人事を尽くして天命を待つ」のが本来なのだ。
ましてや人の心は、その人のもの。
海斗の心が今後どのように動くのだとしても、それは海斗の自由である。
ましてやそれを神に頼んで自分に都合よく動かそうなど、とんでもない望みなのだ、本来は。
だというのに、例によって鷲尾にはしっかりと後で揶揄われた。
「律ちゃん、ちゃ~んとお願いしといたかい? 『海斗とうまくいくように』ってさあ」
もちろん小声で耳元にささやかれただけだ。が、律は一瞬で茹で上がった。
「なっ……なな、そんなことっ、お願いするわけないでしょうっ!」
「ええ~? せっかくの初詣だぜえ? みいんな勝手なお願いしまくるタイミングじゃねえの。いいじゃん、そのぐらいのささやかなお願いぐらいさあ」
言って鷲尾がまた大笑いしているうちに、海斗が戻ってきて変な顔をした。
「なんだ? またなにか言って律くんを困らせてるな? アキ」
「ええ? いや全然? 俺は単純に、律ちゃんの応援をしてるだけだって。な? 律ちゃん」
「本当にそうならいいんだがな。と言うかその『律ちゃん』はやめろと言ってるだろう」
「ええ~? もうこれで慣れちまったもーん」
「まったく……」
海斗はもうそういうことには慣れっこなのか、苦笑しただけで聞き流した。
「悔しかったら海斗もそう呼んだらいいじゃん。なあ? 律ちゃん」
「えっ? い、いや、俺はええと……」
いきなり話を振られてもどぎまぎするばかりだ。ちらっと海斗を見上げるが、彼はなんとなく憮然とした表情になったようだった。
「やかましい。困らせるなと言ってるだろう。行こう、律くん。愛好会のみんなはもうあっちに行っていますよ」
「あ、はい……」
手袋をした海斗の手がぎゅっと自分の手首をつかんで、社務所の方へひっぱっていく。
胸がまた急に高鳴って、周囲の寒さをすっかり忘れた。
彼の手が手首から手へ移動して、しっかりとつながれている。
うるさくはねまくる心臓の鼓動が、周囲の人みんなに聞こえてしまうのではないかと思った。
みづがきの 久しき世より ゆふすだき かけし心は 神ぞ知るらむ
『金槐和歌集』645
その後もしっかりとリハビリを続け、年が変わるころにはほとんど松葉杖には頼らなくてもいいようになり、その後も「とにかくしっかり歩くように」という主治医の勧めに素直にしたがって、時間を見つけては近くの川の河川敷などを長時間歩いていたらしい。
律と会う約束をした日にも、本来であれば電車やバスを使うところ、少し遠い駅で降りて歩いてくるなどということも多かった。
その努力の賜物と、もちろん若さもあってのことか、彼の足はどんどんもとに戻っていった。
最初のころは「自分では懸命に歩いているつもりでも、周囲の人々の足の速さに追いつけないのが口惜しい限りです」と珍しくぼやいていたのだったが、そのあたりもほとんど一般の人と遜色なくなってきている。
クリスマスにはまだ松葉杖を使っていたが、年が明けて和歌愛好会のみんなや鷲尾たちと初詣にいくときにはもう、杖なしで歩けるようになっていた。
夜になってから、約束の場所だった神社の境内に現れた海斗を見て、律の胸はいっぱいになった。
思わず一番に駆け寄っていく律を、周囲の人たちは気を遣ってくれたのか、先にひとりで行かせてくれた。
「もう……松葉杖、いらないんですか」
「はい。ご心配をおかけしました。まだ歩くのはゆっくりですが、どうにか」
「よかったよかった。これでも律ちゃんも泣かずに済むわなあ!」
「鷲尾さんっ。な、なに言うんですか。泣いてませんよっ!」
「ふひゃひゃひゃ! その目じゃぜ~んぜん、説得力がねえべ~」
言って鷲尾が大笑いするものだから、律はひたすら真っ赤になってうつむくしかなかった。彼に指摘されるまでもなく、律の視界はだいぶ熱くぼやけてしまっていたからだ。
友森たち愛好会のみんなも、それぞれに温かく「おめでとう」と海斗に声をかけてくれている。大体はそれに続いて「よかったね律くん」というセリフがくっついてくるのが、恥ずかしくてしょうがなかった。穴があったら入りたいとはまさにこれだ。
そんなこんなだったが、見知らぬ人々で埋まった境内で、みんなと一緒に年明けのカウントダウンを経験し、初詣の長い列の後ろに並んだ。
数十分も並んでようやく自分たちの番が回ってくるまで、みんなは温かい飲み物を飲んだり手や口をすすいだりしつつ待った。
いよいよ自分の番がきて、二礼二拍手。昨年のお礼と今年もお守りいただけるようにとお願いし、最後に一礼。
現代の人々は初詣をするとたくさんの「お願い」があるのが普通のようだが、本来、神社には「昨年お守りくださったことへの御礼」と「本年もどうぞよろしく」の意味でお参りするものだった。
だから律も、実朝としての記憶が戻ってからは多大なお願いを並べるというようなことはしない。
基本的に、武士たちは「人事を尽くして天命を待つ」のが本来なのだ。
ましてや人の心は、その人のもの。
海斗の心が今後どのように動くのだとしても、それは海斗の自由である。
ましてやそれを神に頼んで自分に都合よく動かそうなど、とんでもない望みなのだ、本来は。
だというのに、例によって鷲尾にはしっかりと後で揶揄われた。
「律ちゃん、ちゃ~んとお願いしといたかい? 『海斗とうまくいくように』ってさあ」
もちろん小声で耳元にささやかれただけだ。が、律は一瞬で茹で上がった。
「なっ……なな、そんなことっ、お願いするわけないでしょうっ!」
「ええ~? せっかくの初詣だぜえ? みいんな勝手なお願いしまくるタイミングじゃねえの。いいじゃん、そのぐらいのささやかなお願いぐらいさあ」
言って鷲尾がまた大笑いしているうちに、海斗が戻ってきて変な顔をした。
「なんだ? またなにか言って律くんを困らせてるな? アキ」
「ええ? いや全然? 俺は単純に、律ちゃんの応援をしてるだけだって。な? 律ちゃん」
「本当にそうならいいんだがな。と言うかその『律ちゃん』はやめろと言ってるだろう」
「ええ~? もうこれで慣れちまったもーん」
「まったく……」
海斗はもうそういうことには慣れっこなのか、苦笑しただけで聞き流した。
「悔しかったら海斗もそう呼んだらいいじゃん。なあ? 律ちゃん」
「えっ? い、いや、俺はええと……」
いきなり話を振られてもどぎまぎするばかりだ。ちらっと海斗を見上げるが、彼はなんとなく憮然とした表情になったようだった。
「やかましい。困らせるなと言ってるだろう。行こう、律くん。愛好会のみんなはもうあっちに行っていますよ」
「あ、はい……」
手袋をした海斗の手がぎゅっと自分の手首をつかんで、社務所の方へひっぱっていく。
胸がまた急に高鳴って、周囲の寒さをすっかり忘れた。
彼の手が手首から手へ移動して、しっかりとつながれている。
うるさくはねまくる心臓の鼓動が、周囲の人みんなに聞こえてしまうのではないかと思った。
みづがきの 久しき世より ゆふすだき かけし心は 神ぞ知るらむ
『金槐和歌集』645
0
あなたにおすすめの小説
【完結】だから俺は主人公じゃない!
美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。
しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!?
でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。
そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。
主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱!
だから、…俺は主人公じゃないんだってば!
この恋は決して叶わない
一ノ清たつみ_引退騎士
BL
元勇者のおっさんが、ただの何でも屋だと偽って現役の勇者達と旅に出るお話。
???×おっさん
異世界から連れて来られたいたいけな勇者や生意気な騎士達の面倒を見させられてうっかり好かれてしまうし、昔の仲間やペット、宿敵にまでにちょっかいをかけられたりしておっさんも大変です。
ダメ親父を気取ってはいますが、本当はかっこよかったのです。
※8万字程度
※ぐいぐい来る若者(?)にたじろぐおっさん
※タイトル回収は最後、メリバ気味ですので本当にご注意ください
※ライト気味なBLでストーリー重視
※pixivやムーンライトノベルズ様にも掲載中
※執筆が前すぎて一人称
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
【完結】青春は嘘から始める
虎ノ威きよひ
BL
4組の高校生カップル誕生までの物語。
光安、桜田、梅木、杏山の4人は教師に聞いた「告白ゲーム」を実行することにした。
それは、罰ゲームで告白するという罰当たりなゲームである。
「冗談でした」で済ませられるよう女子にモテモテの同学年のイケメンたちにそれぞれ告白する。
しかし、なんと全員OKを貰ってしまった!
※1組ずつ嘘の告白からその後の展開を描いていきます。
※3組完結、4組目公開中。
※1組2万字程度の予定。
※本当に一言二言ですが、どんなキャラクター同士が組み合わさるのかを知りたい方は「登場人物」を確認してください。
晴れの日は嫌い。
うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。
叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。
お互いを利用した関係が始まる?
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
きっと、君は知らない
mahiro
BL
前世、というのだろうか。
俺は前、日本という国で暮らしていて、あの日は中学時代にお世話になった先輩の結婚式に参列していた。
大人になった先輩と綺麗な女性の幸せそうな姿に胸を痛めながら見つめていると二人の間に産まれたという女の子がひとりで車道に向かい歩いている姿が目に入った。
皆が主役の二人に夢中で子供の存在に気付いておらず、俺は慌ててその子供のもとへと向かった。
あと少しで追い付くというタイミングで大型の車がこちらに向かってくるのが見え、慌ててその子供の手を掴み、彼らのいる方へと突き飛ばした。
次の瞬間、俺は驚く先輩の目と合ったような気がするが、俺の意識はそこで途絶えてしまった。
次に目が覚めたのは見知らぬ世界で、聞いたことのない言葉が行き交っていた。
それから暫く様子を見ていたが、どうやら俺は異世界に転生したらしく………?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる