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5 表現の自由ってなあに その2

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「で? それってどんな絵だったの」

 パパはそこでしっかり時間を置きました。タケシ君に聞かせられる範囲がどこからどこまでなのかを考えたようです。

「えーとね。まず、絵柄は最近よく見かける、いわゆる『萌え絵』で、アニメのキャラクターのような美少女のもの。顔立ちや骨格からして、成人ではなく未成年に見える少女の絵だった」
「あ~……」

 タケシ君、なんとなく頭の中にそのイメージを浮かべます。最近はああいう女の子の絵を「ロリ絵」なんて言うことも実はすでに知っています。もとはロリータから来ている言葉であるということも。
 そしてアニメやマンガが好きなパパが、そうした女の子の絵が決してきらいではないこともです。

「ちなみに、描いている人は女性らしいけど。パパは個人的に、こういう問題で作者の性別は特に関係ないなと思ってるけどね」
「ふーん。それで?」

 パパ、ここでも少し言い澱みました。

「問題になりそうだと思われる絵の少女は、まともに服を着ていなかった」
「えええ?」

 服を着ていない!?
 タケシ君、びっくりです。それって実際どんな絵だったのでしょう。

「うまく表現するのが難しいんだけど、そうだなあ……R18になる絵っていうのは、いわゆる性的なものっていう話はしたよね?」
「うん」
「つまり、女の子の体で性的とされる部分、普通は水着などで隠されているはずの部分、つまり──」
「ああ、プライベートゾーンだ! そうでしょ?」

 タケシ君、性教育に関連する本やなにかで得た知識を早速披露します。これは、実はもっと小さいときにママが買ってきてくれた絵本による知識です。
 女の子と男の子ではちょっと場所に差がありますが、基本的にそういう部分は本人と親の許可なしに他人が触れてはいけない場所だと言われているのです。たとえ医者でも、学校の先生でも、です。

「そうそう。今回の絵ではさらにその……つまり乳首と性器がギリギリ隠れるぐらいに、裸の体にリボンが巻き付いたようなイラストだったわけ」
「うわあ……」

 想像するだけで、なんだか耳が熱くなってきてしまいます。
 とてもエッチな感じがします。俗に「エロい」と言われるやつです。つまりそれが「性的」と言われる作品の特徴ということなのでしょう。
 そんなのを堂々と子どもにも見える状態で掲示していたのでしょうか?
 そんなことをしてしまって、いいのでしょうか。

「それってやっぱり……問題があるってお客さんに言われないの? 女の人とか、小さい子も一緒に歩いてるママとかパパとかさ──」
「そう。まさに今回、それが起こった」

 パパの話によると、こうでした。
 その店で展示会が始まって十日以上もたってから、店の客として普通にやってきたとある人が、その絵を見つけて驚いて写真に撮り、「こんなのが普通に見える場所に掲示されている」とSNSにアップしてしまったのです。
 そこから、いわゆる「炎上」が始まりました。

「店側は、実はその炎上がはじまってからその日のうちか翌日には、SNSでも『ご不快な思いをさせて申し訳ありませんでした』という謝罪文を流し、それらの絵が見えないようにパネルの間にカーテンを下ろして、中に入らなければ見えない状態にしたんだ」
「へー。じゃあ、それで問題は解決だね?」
「そう思うよね。実際、それより前に最初からそういう状態で展示会をやっていた他の店では問題は起こらなかったわけだし。……ところが、SNS上ではそうもいかなかった」
「え? どうして」
「まず、この絵を撮影してSNSにアップした人にも問題があったから。どういう問題かわかるかな?」
「え~? いや、よくわかんないけど……」
「まずは、著作権の問題がある。ほかの人の作品は、本でも絵でも写真でも音楽そのほかでも、作者や出版社の許可なしに勝手にSNSなどに流しちゃいけないことになってるんだ」
「ええ、そうなの?」

 正直、「へんなの」とタケシ君は思いました。
 だってSNSにはそういう写真がけっこう載せられて流れていることを、タケシ君だって知っているからです。
 他人が描いたマンガの一部のページをコピーしてセリフだけを入れ替えた、いわゆる「コラージュ」もさかんに流されています。友達のお兄さんが「これ面白いぞ」と言って見せてくれたことがあるから知っているのです。実際、思わずふきだすぐらい面白かったものです。

「博物館や美術館での作品の撮影は、ほとんどの場合で禁止されている。でもその展示会自体は、作品の撮影を許可していたんだ。最近ではそういうゆるやかな決まりごとだけでおこなわれる展示会も少なくない。だから、その作品の撮影そのものは問題なかった」
「ふんふん」
「でも、それはあとで個人で見て楽しむためだけのものだ。不特定多数の人が見るSNSに流すことまで許可しているわけじゃない。その違いが分かっていない人はまだまだ多いようだけどね」
「つまり撮影はしてもいいけど、SNSで流しちゃいけないってこと?」
「そう。もちろんそれをコピーして人に配布したり、ましてやお金を取って売ったりしちゃいけない。それははっきりと犯罪になる。本来、それで利益を得るはずだった作者や出版社の権利をおかしたとみなされるからだ。他人の作品を撮影してSNSで流すことは『コピーを頒布はんぷする』にあたるんじゃないかと思われるし、かなり危ないことでもある。もしも作者や出版社から訴えられたとしたら、ほぼ間違いなく負けるしね」
「うわあ……そうなんだ」

 そう言われると、なんだか身がひきしまる思いです。
 そのわりには、スマホでずいぶん簡単に写真が撮れますし、それを簡単にSNSなどに流せてしまうので、そちらは問題じゃないのかな? なんて思ってしまいました。

 まあそのうち、AIが判断して自動的に「これはあなたがつくった作品ですか? この写真を掲載するにあたって著作者や出版社の許可を得ていますか?」なんて質問が出てきて「はい/いいえ」で答えてから流す……なんて形になるのかもしれませんけれど。
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