白黒 柿のご挨拶

つづれ しういち

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白黒 柿のご挨拶

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 久しぶりに届いた大きな段ボール箱の中身を見て、洋介が目を輝かせた。

「わあっ、柿だね! にいちゃん!」
「うん。今年も送ってくれたんだな。お礼の手紙、また書こうな。洋介」
「うんっ。うわあ、ぴかぴかだね。きれいだね~」
「ん、そうだな」

 実は父さんの学生時代の友達の家が、柿農園をやっている。その家から毎年、うちに箱ごとの柿が届くんだ。
 どれもずっしり重くて、皮がつやつや光ってほんとうに美味しそうだ。実際とても甘くて美味しい。

「ええと……じゃあこれとこれはこっち、と」

 俺は早速、毎年のように両隣の家におすそ分けするぶんを数個ずつ取り分けて紙袋へ入れる。母さんがいたころからそうしていたけど、今はその袋がひとつ多い。もちろん、あいつに渡す分だ。
 そのまま適当に時間をみはからって洋介と一緒にお隣へ行き、門柱のインターフォンを押す。

『はい、どちらさま』
「あっ、こんにちは。えと、隣の内藤です」
『あらあら。ちょっと待ってね』

 応対に出たのは優しそうな、ちょっとしわがれた声だ。お隣の吉崎さんは、七十代ぐらいのご夫婦で二人暮らし。息子さん夫婦は、子供たちと遠くで暮らしている。白くなった髪にウェーブをかけ、短くした品のいいおばあちゃんだ。

「あの、これ……。毎年のです。お裾分けです」

 ぺこりと頭を下げて洋介を前に押し出す。洋介もちょっと緊張しながらぺこっと頭を下げて、「どうぞ」と紙袋を前に出した。吉崎さんがにこにこ笑った。

「あらあらあら。そう。毎年ありがとうね、祐哉くん、洋介ちゃん。こちら様の柿、とっても美味しくて主人も私も大好きなのよ~」
 洋介から紙袋を受け取りながら、吉崎さんは本当に嬉しそうだ。
「洋介ちゃんも、本当におおきくなったわねえ。学校はどう? 楽しい?」
「うんっ」

 そんな感じでちょっと話をしたら、すぐにおいとまして反対側のお隣へ。まあ、晩ご飯どきだしね。
 反対隣はまだ若いご夫婦の家族で、保育園に通っている女の子がいる。でも、思った通りまだ帰ってきていなかった。共働き家庭だからね、仕方ないよね。

「やっぱり留守だなあ。また明日にしようか」
「うん。……あっ! さたけさんっ!」

 と、ぱっと通りの向こうを見た洋介がにこにこした。
 竹刀の入った袋とスクールバッグを肩にかけた見慣れた姿。うちの高校の制服を着た長身の男が大股にこちらに歩いてくるところだった。

「あ、佐竹。もう部活終わったの?」
「ああ。お前から電話を貰って、少し早く切り上げた」
「そうかあ。そんな、急がなくてよかったのに」
「洋介もいるんだ、あまり暗くなってからじゃない方がいいだろう」
「ま、そうだけどさ」

 秋の日は釣瓶落つるべおとしだ。あっというまに日が落ちる。窓の外の暗さを見て「もうこんな時間?」って慌てるけれど、実際はまだ五時半とか、そんなものだったりするし。
 たしか季語なんだよな、これ。まあ、佐竹に教えてもらったんだけどさ。
 佐竹は剣道部の部員……というより、実質になって一年と数か月だ。試合やなんかは道場のほうからエントリーするから、部での参加のときには基本的に自分はエントリーしない。そうしないと、ほかの部員の試合参加の機会を奪ってしまうからなんだって。
 佐竹が出れば全国大会に行くのも夢じゃなくなるんだろうけど、そこは部員と顧問の先生に相談して、そう決まったんだそうだ。とはいえもう三年生は引退して、出番はほぼないけどね。

「ま、あがってよ。柿剥くし」
「ああ。では、お邪魔させていただく」

 本当はもう晩ご飯の準備の時間だけど、俺は今日、少しだけ一緒に食べて、佐竹にもいくつかお裾分けをすることにしたんだ。晩ご飯の前に洋介にあんまり食べさせないほうがいいんだけど、今日はまあ、無礼講。

「ねえねえにいちゃん、もう食べていい?」
「いいから、あんまり近くに来るなよ。包丁使ってるんだから」

 キッチンで柿を剥いている俺のそばで、洋介が目をきらきらさせている。二つの皿にとりわけたのをダイニングへ持って行かせた。ひとつはもちろん、佐竹のだ。

「うん! あまーい。おいしいよ、にいちゃん! ね、おいしいよね、佐竹さんっ」
「ああ、そうだな」

 佐竹が静かに目線を落とす。これで多分、こいつにとっては「微笑む」ぐらいのイメージなのかなと思うけど、他の人には見分けられないんだろうなあ。相変わらずきりっと姿勢よくテーブルについて、うちのフォークに刺した柿を品よく食べている。

「ねえねえ、どうして柿ってこんなにおいしいの? 佐竹さん」

 洋介が訊く。
 って、おいおい。なに訊いてるんだよ。そんなこと、答えられるもんなのか?
 だけど、佐竹はほとんど表情も変えずに言った。

「色んな人の努力の賜物たまものだな。昔から、色々な人がおいしく作ろうと努力してきた結果だ。農家のかたはもちろん、ずっと昔から何百年、何千年もかけて、人間は食べ物を自分たちの好みのもの、食べやすいものに変えてきた。そういう歴史があるからな」
 洋介がこてんと首をかしげる。
「タマモノ……? レキシなの?」
「そうだ」

 持っていたフォークを置いて、佐竹は洋介に向き直った。

「トマトやバナナでもそうだ。もとは種が多くて食べられる部分が少なかったり、味がよくなかったりしたものを、品種改良して少しずつ食べやすいものに変えてきた。稲……ご飯になる米もそうだ」
「お米もそうなの?」
「ああ」

 話を聞きながら、俺も自分の皿を持ってテーブルについた。

「もとは、今みたいに秋に一度に収穫できる植物じゃなかったそうだ。できた米も、少ない上にすぐにぽろぽろ地面に落ちて傷んでしまいやすくてな。今のようにたわわに実って落ちず、穂の先が頭を傾けることはなかったらしい」
「あっ。テレビで見たことあるよ! お米は金色のホがこう、おじぎするんだよね」
「そうだ。そういう収穫しやすい形にするまで、昔の人たちが何百年もかけて改良してきた。それでいまの米があるんだ。もちろん、今の農家の人たちの努力だって非常に大きいが」
「ふーん……」

 洋介は自分のフォークに刺さった柿をしげしげと見ながら、感慨深そうな顔になっている。
 すっげえなあ。俺じゃこんなこと、洋介に教えてやれないよ。
 要は、ちゃんと知って、ちゃんと感謝して、味わって食べなくちゃいけないぞってことなんだろうな。
 俺は感心しつつ、柿のひとつを口に運んだ。

「あ。ほんと、美味いなあ。佐竹も何個か持って帰ってな。せっかくだから」
 佐竹が目を上げる。
「いいのか」
「当然でしょ? ちかぢか馨子かおるこさんが戻って来るんだったら、あの人にも食べさせてあげてよ。せっかくだし」
 途端に佐竹は半眼になった。
「あの女の予定は、基本わからんな。神出鬼没とは、まさにあれだ」
 しれっと答える。俺は苦笑した。
「なに言ってんの。お母さんだろ。そんな風に言うなっての」

 佐竹は遠慮していたけど、俺はそのままあいつを夕食に誘った。「ちょうど、今やってるところの数学がわかんないし。ついでに教えてよ」と言って。嘘じゃないけど、全部が本当のことでもない。

 夕食が終わって、父さんが帰宅してからちょっと勉強を教えてもらい、その日はお開きになった。
 俺は柿の入った紙袋を持って、いつものように大通りに出る交差点のところまで佐竹を送っていった。
 夜風はだいぶ冷たくなっている。俺はパーカーの上にコートを着てマフラーを引っかけているけど、佐竹はまだ制服のブレザーのままだ。なんだかちょっと寒そうに見えた。

「じゃ、これな」
「ああ。ありがとう」
「ん。食べてな」

 俺が笑って見せると、佐竹はちょっと不思議な目の色になって俺をじっと見た。
 ん? なんだろう。
 なんかそんな風に見られたら、胸のあたりが騒ぎ出すんだけど。

「な、……なに?」
「いや。なんでもない」

 佐竹がふっと目を逸らす。
 なんだろう。
 いつもだったら、そこの影にちょっと入ってちゅ、チューとかする流れなんだけど。
 って、なに考えてんだ、俺!

「あっ……あのさ。これ」
 俺はふと思いついて、自分の首からマフラーを抜き取った。
「使えよ。夜はもう冷えるから」
 言いながら、佐竹の首に勝手にくるくるっと巻き付ける。
「って、おい!?」

 そのまんま、ぐいと腰を抱き寄せられて抱きしめられた。
 一瞬だけ、ちゅ、と音を立てて唇を吸われる。
 鼓動がばくんと跳ね上がった。
 俺は慌てて佐竹の胸を押し戻した。

「ふっ……不意討ちが多すぎるだろ! バカ!」
「そうだな。すまん」

 ふ、と口の端がひきあがって、佐竹が薄い笑みをつくった。
 最近こいつ、かなり笑う頻度が上がっている。ついでにが上がってる気がするけど、気のせいだよな、うん。
 笑顔が増えてる理由がなんなのかは、なんとなーくわかるけど。想像すると体の芯が火照りだしてどうしようもなくなるから、俺は深くは考えない。敢えて、考えない。

「じゃ……じゃな。また明日」
「ああ。おやすみ」

 秋も深まる、満月の夜。
 俺はしばらく、遠ざかるあいつの背中を見送っていた。

                 了
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