ノンタイトルおばさん〜勇者でも聖女でもなく〜

天三津空らげ

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22 ただそれだけ

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 キトキトコンビが引く馬車は、ふわりと空をかける。

 「リガルさんって、アシャールさんの叔父さんっていうより、弟さんって感じでしたよね」

 ずっとブンブン手を振って見送ってくれたリガルさんを思い出して、奈々美さんはくすりと笑った。
 新しく買った磁器のマグカップを撫で、その裏底に書かれた工房名と自分の名前、そして、ささっと描かれた可愛いシロとクロの絵に気持ちがほっこりしているようだ。
 因みにアシャールさんの分にはピホの、わたしのカップにはミケ子とムウが描き足されていた。

 「ちょっと目を離した隙に、こんな可愛い絵を描いてくれてたのにもびっくりよね。流石職人さんだわ。ね、ね、アシャールさん、このカップが割れないよう保護魔法を付与することってできる?」
 「できますが必要ありませんよ。既にその落書きが、その役割をしていますので」

 ぽかんとしたわたしと奈々美さんを見て、アシャールさんはくすりと笑った。

 「叔父はああ見えて、現存するフェイ族の中では二番目に魔力が強いのですよ。もちろん、一番は私です」
 「まあ、魔力が枯渇する前はってことよね」

 釘を刺しつつ、わたしは早速新しいカップにパナマ草茶を注いで渡す。最近暑くなってきたので、アイスティーにしてみた。

 こてん。と、わたしの肩にアシャールさんの額が乗せられて、わたしは挙動不審になりつつ無言で奈々美さんに助けを求めた。が、奈々美さんは頬を染めてそっと視線を逸らすのだ。

 「私はとても傲慢で、主の加護を持つ自分なら、父母を犠牲にしたあの魔導具にも上手く対応できると思っていました。私がグランヒュームに行かなければ、必ずあの国のフェイ族狩りが始まる……だが現実は私の予想をこえて遥かに厳しかった」

 捕まって檻の中にいましたもんね。

 「私は誰かを助けることはあっても、誰かに助けられたのは、初めてだったのですよ……」

 ――そんな風に宝物のように大切に、私に触れる人はいなかった……

 以前そう言っていたのを思い出して、わたしはアシャールさんの頭から髪を手で撫でるように梳いた。随分と肌触りの良い髪だわ。

 「香子が自分の身も顧みず、私を拘束した魔導具を壊してくれたこと……しかも私にとって、最高に相性の良い魔力で……あの一瞬で、私の心と覚悟が決まったのです」
 「うん。でもいいの? わたしかなりアシャールさんを頼りにしてるけど」
 「ええ、香子に頼りにされるのは、私の喜びです。もっと頼りにしてください。そして時々、今のように私を受け入れてください。私の望みは、ただそれだけ、」
 「……うん」

 それはちょっと、あまりにも孤独が当然になっている人の、儚い夢のような望みだわ……。
 この美しく強く、そしてとても困った性格のひとがそう望むなら、ずっと側にいても良いかなと思う。せめてわたし達の側では、さみしくならないくらいには。

 ん、奈々美さんまだこっちを見ないようにしてますな。では。

 わたしはアシャールさんの額をよっこいしょと肩から剥がして、そっとその額に唇を落とした。

 「…………!!」

 アシャールさんが何か言う前に、その薄い唇を指で封じて、ふふっと笑う。

 「ささ、せっかく冷え冷えにしたんですから、温む前に飲んで」
 「……香子は私を弄ぶのが上手い。いけないひとです」

 アシャールさんは、一気にパナマ草アイスティーを飲み干した。
 なんでよ。どこがよ。わたし割と優しくないかしら? 解せぬ。
 わたしは抱えたミケ子の手をとって、そのままアシャールさんへ届かぬ猫パンチを繰り出した。



 「なんだこの馬車。貴族だってこんなの作らないぞ」

 翌早朝、さっそく眼鏡のギルド長さんは、うちのキャンピング馬車の内装を見て呆れた。

 「夫たるもの妻の望みを叶えてこそですので」
 「そんな我儘で奢侈にふける悪妻が、このわたし!」

 ちょっと調子に乗って言ってみました。

 「いや、そこまで思ってないし。あくまで利便性と快適性を追求しただけだろ。冒険者は身体が資本だから、奢侈品ってほどじゃねえが、普通はここまでできないな。まあでもアシャール神官を動かしてんだから、あんたたいした女だよ」

 アシャールさんを動かすなんて、あらなんだかやっぱり悪事の黒幕みたいだわ。
 そうよねぇ、そもそも今日のアイアンリザードの討伐も、わたしの我儘なんだから。

 現在朝の六時すぎ。普通の馬車や歩きなら現場まで半日程。うちのキトキト号なら一時間程で着くだろうと言うのがアシャールさんの見たて。
 うちのピホさんは天候を読むスキルがあるみたいで「ピホ(今日ずっと晴れで暑い)」って言ってたので、パナマ草茶に果実の皮で爽やかな香り付けしたものを配る。果汁のほうは、冷たいスポーツドリンクになって、空間収納のなかでちゃんと待機してるのよ。

 「奥さんやっぱ貴族の出だったりすんの。こういう洒落たお茶飲んだり、手もさ、肌荒れひとつないし、仕事してない人のそれだよね」

 眼鏡のギルド長さんはそういうけど、若い奈々美さんの方が綺麗なお手手よ。まあ、わたしの手の方がふっくらしてるから、尚更そう見えるのかもしれない。でも重たいものが持てない手というのは、紛れもない事実だ。

 「わたし実は迷い人なんですよ。それでアシャールさんのお世話になってます。それにハンドクリームを作って毎日お手入れしてますよ。アシャールさんの手もすべすべなので、ぜひ触ってみてください」
 「いや、アシャール神官の手を撫でんのはちょっと……だがなるほど、迷い人ねぇ。だったらそっちのお嬢さんが男装してまで冒険者やってんのも納得いった。迷い人が普通に生活していくのは難しいからな。あんたら運が良かったよ。アシャール神官は鬼畜だけど一応神に仕える身だ。人買いに売られたり、変な組織に囚われなくてよかったな」

 わたしと奈々美さんは、激しく首を縦に振った。

 「いやだからって、どうやってワイバーン五千体倒したのかわかんねぇ。勇者のスキルだと周辺地域に影響が出るほどの大魔法だっていうし、ワイバーン出現の報告は来てもフェイルは至って平穏だ」

 眼鏡のギルド長さんは頭を抱えた。

 「香子さん、私も何体か倒してみたいんですけど、良いですか?」
 「そうよね。奈々美さんのレベル上げ大事だものね」

 アシャールさんが、奈々美さんに助言をする。

 「アイアンリザードの武器は牙と爪、そして尾です。動きは遅いですが、力はかなり強いので気をつけて下さい。奈々美さんのスキルなら、攻撃範囲外から奴等の口内を狙うことも可能でしょう」
 「でも、そんなに都合よく口を開けてくれるでしょうか……」

 わたしはミケ子達にムウの生乳の入ったお皿を配る。ミケ子は気がつけばムウに吸い付いてモミモミしていることもあるし、たまご出身者もパナマ草以外にこの乳製品が食せることが判明した。本魔物も、ミルクティーにしたりチーズにしたりと、手を加えたものなら食べれるよう。鑑定の結果、このスラビカーマという特殊ドラゴンの乳が嫌いな生物はいないらしい。
 最近ムウは自力で飛べるようにもなってきたの。背中の羽根は飾りじゃなかったんだなぁ。

 「香子、今回はムウに手伝っていただきたいのですが……」
 「アイアンリザードの上空を飛びながら、ぽたぽたお乳を落としていくの? お口を開けながらお空を見上げるくらい。ムウちゃんできそう?」
 「ムきゅう!」

 本魔物はやる気だが、わたしはちょっと気になることがあった。

 「大丈夫かしら? 飲んだアイアンリザードが強くなったりしない?」
 「そうなれば得られる経験値も多くなるので僥倖ですよ」

 アシャールさんはそういう人よね。

 「奈々美さんは?」
 「頑張ります! 最近スキルさんがうるさいので。あ、どうしよう……多分お肉とか素材にできないですよね……」
 「わたしが欲しいのは金属素材だから、奈々美さんが全て倒してくれても大丈夫よ」

 錆びない鉄、ステンレス~。きっとアイアンリザードの鱗はステンレスかそれに類似した素材に違いない。わたしとスキルちゃんは期待に胸躍らせていた。
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