ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

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十四章 契約と誓約

284. ダンジョン

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 「お仕事終わったなの!」
 『うむー、立ち退き期間やその他諸々のお知らせもしといたぞ』

 転移魔法の光と共に、ハラと仔竜姿に戻ったゼラが星惹苑に現れた。ゼラの背中には、見知らぬ漆黒スライムが乗っている。濡れたように光るその姿は、スライムながらに威厳がある。

 「えーと、黒のハイドラゴンさんです」
 エステラは一同に紹介した。

 「どうしてスライムの姿に……?」
 マグダリーナはゼラを見た。

 『うむ、元の姿では嵩張るからな。ハラに姿変えの魔法をかけてもらったんじゃよ』

 黒のハイドラゴンたる黒いスライムは、ゼラの上でぷりぷり跳ねた。

 『……ずるいわ。白のばっかりハイエルフ達や人の子にチヤホヤされて! 妾はもう、果ての地で時々来るエデンのおしゃべりに付き合うだけの竜生に厭気がさしたの。お互いの寿命を自覚したら、それだけでずーっとずーっと永遠に過ごすのかと気づいてしまって……あとはわかるでしょ?』

 わかりみしかない。気づいてはいけないことに気づいてしまったハイドラゴンは、自身の運命を切り開くことにしたのだ。

 『……という訳で、業務委託候補なんじゃよ』
 「え? 政治できるの?!」
 エステラはゼラを見た。

 『まあ、嬢ちゃんの魔法で伝授すれば、なんとかなるじゃろ』
 「それは……うんまあ、そうね……うん。その前にお名前をエデンに付けて貰いましょう」


 王族の皆さんは、元キルギス国王とスライムの籠を抱えた従者を連れて、王宮に帰られた。まあこの一件はこれにて終了で良いだろう……。
 星惹苑の入り口で彼らを見送り、マグダリーナが個室に戻ると、公爵にレンタルされていた秘書マゴーが、笑顔で迎えてくれた。
 上機嫌に口角の上がった、オーズリー公爵と目が合う。

 「あの……公爵、まさかギルギス国王を連れてくるために、うちの秘書マゴーを?」
 「ええ、そうよ。こういうのは有無を言わさず動くのが肝心なのよ。考える間なんて与えると、どんな抵抗してくるかわかったもんじゃないもの」

 確かにその通りかもしれないが、いざ実行できるかといえば、別だろう。マゴーが一緒とはいえ、女性一人の身で他国の王を攫って来るとは、やはりとんでもない人だ。

 「私達のために、ありがとうございます」
 マグダリーナは素直に感謝を述べた。

 「気にしないで。ショウネシーには、大きな借りがあるものね。それに女神……ふふ、アタクシもシグアキアグと呼ぼうかしら……精霊達が慕うシグアキアグを知ることができたのは、女神教のおかげだしね。スケベ心でシグアキアグのドレスの裾に手を差し入れて、そのお御足に無遠慮に触れようとしてくるような輩は嫌いなのよ」
 
 そこにすちゃっと秘書マゴー達が手を上げて、報告する。

 「誓約通り、ゼハト王子のご両親である、国王と第二王妃の所持品は、下着に至るまですべて回収してまいりました! 王城の中もあらため済みです。建築物の方はいかが致しますか?」
 「まず下着は要らないわ。本人に返してあげて」

 要らない……使用済みの下着は要らない……物価が高く、物が貴重な世界だけれど、要らない……。

 「建築物と魔導具に関しては、エステラ達に一任するわ。歴史とか文化的な価値とか、私には判断できないし……」

 「大丈夫。素材にして全部作り変えるわ」
 エステラがイイ笑顔で言った。

 「今回は地形もぉ、変えちゃうよぉ!」
 ヒラがエステラと手を繋いで、わくわくしながら言った。

 「待って、それ国民の皆さんは?!」
 「ちゃんとぉ、安全に配慮するよぉ! それにぃ女神教が嫌だぁって人にはぁ、期間限定で行きたいお国に転送されるようにぃ対応してあるのぉ」

 給仕マンドラゴン達が、紅茶のお代わりを注いでいく。

 ふいにマグダリーナは、所在なげな冒険者ギルド本部長レイモットと目が合う。彼はもう解放されるのだが、冒険者ギルドはどうなるんだろう……。

 「エステラ、冒険者ギルドはどうなるの?」
 冒険者ギルドは、聖エルフェーラ教に並ぶ世界規模の組織だ。

 「えーと、レイモットさん、本部をエルロンド領に引っ越して貰えますか? 必要なお手伝いはこちらでもしますから」

 エステラはレイモットに頭を下げた。
 彼は少し驚いた顔をした。

 「……この国の王都ではなく、エルロンドですか? あそこには今まで冒険者ギルドなどなかったのに」
 「だからです。エルフ達は血の気が多いし、フィスフィア王国で魔物の氾濫が起こった場合、対応し易いので」
 「フィスフィア王国で魔物の氾濫!?」

 驚くレイモットにエステラは頷いた。

 「ギルギス王国は元々地脈……地の霊脈が多く集まっていたの。本来ならもっと恵み豊かな土地のはずなのよ。まあそういうところは、魔獣も活発なんだけど。だけど国内のダンジョンが、地脈から魔力を吸い上げて、教国と、フィスフィア王国のダンジョンに流れる仕組みが施されてたの」

 以前エデンが、ダンジョンの発生は女神の想定外と言っていたのを思い出しながら、ライアンが難しい顔をした。

 「……それって、各国のダンジョンは、教国が作ったってこと? その、他の国の魔力を利用するために」
 「多分そう。取り急ぎ元キルギス王国内のダンジョンは全部破壊してきたから、すぐではなくとも何かしら影響は出ると思う。魔物の氾濫が起こる時期を引き延ばすとか」

 国なんて興味なさそうだったエステラが、マグダリーナにギルギス王国が欲しいとお願いしてきたのは、それが理由だったんだろう。
 そうなればもういっそ、国を作り変えるよね。地形もまだ変えたことないって言ってたし。

 「何年後かにフェスフィアで魔物の氾濫が起こると言うことは、今から飢饉に備えておかないといけないわね」
 公爵のお顔が険しくなった。

 「飢饉……」
 マグダリーナはダーモットを見ると、彼は娘の視線を受けて頷いた。

 「そこは後でハンフリーやジョゼフにも相談して、米の備蓄や麦の買付を増やすようにしよう」

 そこでマグダリーナもやっと気づいた。フィスフィア王国は大陸の食糧庫と言われる程に大地の実りに恵まれ、各国に麦や衣類用の綿布など、大量に生産して輸出している。
 その国が魔物の氾濫で蹂躙されて、作物が育たなくなると、世界規模での飢饉になってしまうのか……。

 「魔物の氾濫自体を防ぐことはできないの?」
 『無理じゃ』

 テーブルの上で、紅茶の入ったカップを珍しそうに眺めながら、黒いスライムな黒のハイドラゴンが答えた。果ての地からここにやってくる間に、既にフィスフィア国のダンジョンの下見をしてきたようだった。

 『永い時をかけて少しずつ、エデンや妾達に気づかれぬよう、じっくり熟成させるように魔力を溜め込んであった。アレはもう今更どうにもできぬもの……』

 「でもちょっとは時間稼ぎになったはずだから、少しでもできる準備をしていきましょう。ヒラ、スススではいっぱい美味しいもの作るわよ」
 「その為にはぁ、まず地形だよねぇ」
 「そうね、地形ねぇ」

 エステラとヒラはやる気に満ちている。

 とんでもない話を聞いた筈だが、エステラ達を見ていると、なんだかなんとかなるような気がしてくるので不思議だ。


 ふとマグダリーナは、渡そうと思いつつ忘れていた妖精の粉のことを思い出して、エステラに渡した。

 「そうだこれ。ずっとエステラにあげようと思っていたの。どうぞ」
 「わぁ! 妖精の粉だ! 嬉しいっ。リーナありがとう」

 エステラがとてもとても、嬉しそうな笑顔を見せてくれたので、マグダリーナは大変だった今日一日も許せる気がした。
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