ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

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三章 女神教

61. 女神の杖

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 翌日の朝練に、ニレルとエデンが帰って来た。

「あっ、お帰りなさいニレル、エデン」
 走り終わって身体を伸ばしていたエステラは、彼らに気づいて声をかけた。

 ニレルがエステラに駆け寄って、そのまま抱きしめる。

(あっ朝から……なんていちゃいちゃを……!!)

 普段そんな素振りを見せないニレルが、エステラの小さな身体を宝物のように包みこんでいる。

「足はやっ」

 ときめいてたマグダリーナだったが、ヴェリタスの一言でスンと現実に戻った。


「出来たよ、エステラ」
「え? 私の子? ニレルが産むの」

 ぶほっとアーベルとグレイが咽せた。

「くっはははは! 流石おれの娘だ、楽しいことを云う」

 笑っていたエデンが、真顔になった。

「そんな事が可能なら、俺がディオンヌの子を産んでたよ」
「やめて、冗談に恐ろしい本気で返さないで」


 ニレルはそっとエステラから離れると、その手に真珠光沢の白い杖を乗せる。

 エステラの身長程もある、美しい長杖だった。

 天頂の大きな女神の精石を白、黒、金の三つの爪が支え、金の爪にはもう一つ澄んだ青の中に金色の星が輝いているような石が嵌め込んであった。

 杖のボディはシンプルで滑らかな機能美重視のシルエットで、女神の精石の透明な美しさを際立たせている。そして握るのに邪魔にならないよう、小さな女神の精石が星のように埋め込んで散りばめてあった。

「きれい……それにとても手に馴染む」

 エステラが杖を握ると、まるで杖が息をしているかのように、杖から天頂の石へ、そして石からまた杖を通ってエステラへと、細かいキラキラした光が流れていく。

「この杖、芯に女神の名が刻まれてる……ん!?」

 うっとりと目を瞑り杖を堪能してたエステラが、ふいに真剣な顔でニレルをガン見した。

「芯材……っていうか、これ、素材がおかしくない?」
「おかしいのは君のせいだよ、エステラ。僕とエデンは、現存しているハイドラゴンに交渉して鱗とブレスの炎を頂いたけど、君は神界のハイドラゴンの鱗とブレスの炎を頂いちゃったから。せっかくだから僕が持ってたエルフェーラの精石も使ったんだ」

 エステラとアーベルが、口を開けたまま固まった。

 エデンがドヤ顔でエステラの頬をぷにぷにつつく。
「どーだ、創世の女神とハイエルフとハイドラゴンで出来た神物級の杖だ! 参ったか、んははは、は?」

 エステラがエデンにぎゅっと抱きついて、すぐに離れた。

「ありがとう! これがあればあの計画が上手くいく!! ごめん、私最後の魔法の設計見直して来るから!」
 エステラは軽い足取りで杖を抱えて走り出した。


「エデンさん?」

 カッチカチに固まってるエデンに、一応マグダリーナは声をかけた。
 ギギと音が鳴りそうなぎこちない動作でマグダリーナを見るエデン。

「娘って、良くない?」
「えっと、そこら辺はうちの父に聞いて下さい!」

(こわいこわい、エデンの目がこわい)

 マグダリーナは全力でダーモットに押しつけた。


 朝食後のショウネシー邸のサロンでは、エデンとニレルがマゴーから昨日の件を聞いていた。

「まあそうだなぁ、エルロンドが直接ちょっかいかけて来たんなら、仕方ない。イラナの心配もありえない話じゃあないしな」

 過去にエデンとイラナはエルフのフリをしてエルロンド王国を見に行ってことがあったらしいが、イラナを女性と間違えたエルフ達の、壮絶な奪い合いがあったそうだ。  

 転移で逃げたけど。


「リーン王国は奴隷も人身売買も禁止してるし、エルロンドも今まで大ぴらに手を出さない方が得策だと思ってたんだろうけど、流石に王家に縁談とは大胆だな。リーン王国で魔法が発達したのも、国を出たエルフやハーフ達を積極的に受け入れて来たからだし、他国より『花嫁』になれる女性の確率も多いだろう。この機にガンガン連れ去るつもりかね」

 エデンの言葉に、ニレルもため息をついた。
「スーリヤの事があるから、エステラにはエルロンド王国とは関わらせたくなかったんだけどな……」

「スーリヤってエステラの産みの母か?」
 エデンの問いに、ニレルが頷く。

 皆んな気になったのか、ニレルに注目した。

「スーリヤ……彼女は教会のない小さな国の生まれでね、その国独自のやり方で……そうとは知らずに創世の女神を信仰していた。まるで女神の加護を一身に受けてきたかのような奇跡で、エステラをお腹に抱えて叔母上の前に現れたんだ」
 
 エステラの母スーリヤは、穏やかな小国で女神に祈りを捧げながら、養父母と共に慎ましく暮らしていた。
 だがその国と海を挟んで向かい側にエルロンド王国があり、やがて一人のエルフに『エルフの花嫁』だと見出され、連れ去られてしまう。

 そして孕ったスーリヤは毎日女神に祈りながら考えたそうだ。このお腹の子がハーフだったら……純血だとしても、この国で幸せになれるわけがないと。

 ある月夜、臨月よりかなりはやく、スーリアは破水した。

 流産の恐怖に、月光を眺めながら女神に祈った時、館の下に女神の光花が輪になって咲いてるのを見た。スーリヤは、そのまま館の窓から飛び降りて、妖精のいたずらに身を任せた。

 そうして女神の森で、ハイエルフのディオンヌと出会ったのだ。


「無茶苦茶だろう? でも彼女を助けて一緒に暮らす叔母上は、今まで見た中で一番楽しそうだったよ。スーリヤ自身も太陽みたいに明るい人だったからね」

 出産経験のあるシャロンが、額に手を当ててソファに寄りかかる。

「身重のお腹を抱えて窓から飛び降りるなんて、相当な無茶よ。想像しただけで、目眩がするわ。エステラが無事に産まれて、本当に良かったこと」

「まあだからね、この件はさっさと片付けてしまおう。エステラは女神像に大掛かりな仕掛けをするみたいだから、神殿建設は僕がするかな……辺境伯領の神殿と同じでいいか確認してくるよ」
「だったら俺は教会の掃除でも担当しようかね、若造には荷が重いだろうから」

 ニレルはエデンに「任せる」と一言告げて、エステラのいる自宅の工房へ向かった。

「僕もそろそろ、いつも通り図書館に言って、しっかり勉強してきます」

 ちらっとアンソニーは落ち着かないダーモットを見た。

「お父さまも一緒に行きませんか? ディオンヌ図書館の書籍は一般の書籍以外にも、ディオンヌさんが生涯かけて集めたり記したりしたものや、他のハイエルフの皆さんが持ってた貴重な本がたくさんありますよ」
「そうだな、うん、たまには他所の図書館もいいだろう」

 ケーレブがダーモットの外出の準備を始める。


(きっと王様のそばに居てあげたいのに、妖精のいたずらがあるから遠慮しちゃうのね)

「私がお父さまの分も、力になって来ますね!」
「頼むよ、リーナ」
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