ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

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四章 死の狼と神獣

70. ヒラの涙

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 王の承認を得、書類関係にはシャロンが全てダーモットの代理で署名する。そして無事、ライアンとレベッカは正式にショウネシー伯爵家の子となった。

 先日のベンソンの暴行とオーブリー家の事情を報告し、ダーモットとシャロンは急いで王宮を出ようとする。

 茶マゴーがおかしな気配を感じると警戒しだしたからだ。


 案の定、ベンソンが現れた。

「……私の娘を返せ」

 ダーモットははっきりと、否定の意思を示した。
「できない。レベッカはもう、うちの子だ」

「黙れ、伯爵風情めが! あの子は公爵家の血を引く高貴な娘だ。王妃となる娘だ。貴様らには、渡さん」

 ヘンリーから娘が生きていると聞いた。
 しかも追い出したと。

 ベンソンが必死で行方を探していたところ、宮廷魔法師団長をしている次男から、ショウネシー伯爵家の養女になったと連絡が入る。

 ――ショウネシー、元子爵家の取るに足らん存在のくせに。シャロンと共に私の邪魔をするのか……!

 ダーモットは冷静に、首を横に振る。
「次の王妃を決めるのは、王家であって貴方ではないよ。貴方にそんな権限はない」

「はっ、これだから田舎育ちの下級貴族はものを知らん。宮廷魔法師団も、優秀な貴族魔法使いも、全て我がオーブリーのものだ。いずれこの国も」

「国家に反逆するおつもりですの?」
 シャロンが身構えた。

 ベンソンが指を鳴らすと、三人は突然別の場所にいた。

「ウシュ帝国の魔導具か?!」
 ダーモットはシャロンを庇って前にでる。その前では茶マゴーが周囲を警戒していた。

「多少はものを知っているようだな。ではこれはわかるかな?」

 ベンソンの後ろの柱の影から、真っ黒な靄を纏った、禍々しい狼が現れた。

「教国から手に入れた、穢毒を撒き散らす死の狼だ。私の可愛い従魔だよ。分かるかい? 三年前に手に入れた時の私の喜びが! ほんの少し檻から出してやっただけで、王国中ひどい病いが流行った」

「「!!」」

 ダーモットが眉を顰めた。
「まさか冬に第一王子が病に罹ったのも……」

「そうとも。せっかく魔る蜂を利用して王子を誘い込んだのに、そのまま王族を皆殺しにするどころかすっかり回復してるときた。シャロン、お前のせいだと知った時から、絶対殺そうと思っていたぞ!」
「……っ」

「さてそろそろ穢毒が回って……ないな。何故だ」

 茶マゴーが周囲を防御結界で包み、二人を守っていた。しかし。

「すみません、シャロン様、ダーモット様。私一人ではこの穢毒を相殺しつつ魔獣の相手をするのは無理そうです。しかもここは亜空間なので、他のマゴーに連絡を取るのも難しそうです。仲間が気づいてくれるのを待つしか無さそうです」

「そうか、では攻撃は我々の役目だね」
「そうね、今後は私もヴェリタス達の魔獣討伐に参加することにしますわ」
「ご冗談でしょう」
「あら、本気ですわ、よ」

 シャロンは影を操って、ベンソンを縛り上げる。

「くっ、行け狼! あの女を殺せ!!」

 飛びかかる狼を、ダーモットの風が退けた。


 しばらく攻防が続いたが、とうとう狼の前脚が茶マゴーを吹き飛ばす。
 シャロンを庇って、ダーモットが狼の吐き出す穢毒を浴びて倒れた。

「伯爵!!」

 ぼろぼろになった茶マゴーが、急いで結界を張り直す。だが結界を破って狼の爪がシャロンを掠め裂く。

 茶マゴーがシャロンを庇って、再度吹き飛ばされた。

「おかしなほど防御できると思ったら、やはりこの変な魔獣のせいだったか」

 そう言って、真っ黒く枯れ果てた茶マゴーが放り出された。
 シャロンの美しい顔が歪む。

「ベンソン……っ」

「ふん、どうだ? もうお前を守るものはないぞ。お前を殺して、その後はヴェリタスを殺して、ショウネシー領を滅ぼして、そうして私の娘を迎えに行こう」

「本当にそんなことができると思って?」

 ショウネシー領にはハイエルフ達がいる。この男に滅ぼされることは、決してないとシャロンは信じた。
 彼らやハンフリーが、きっと子供達を守ってくれる。

 でも。

(ダーモットを巻き込んだのは、クレメンティーンに怒られてしまうわね)

「殺せ!」

 狼の牙がシャロンに迫ったその時。

 青白い転移の光が現れ、青白い流星が狼の鼻面を弾き飛ばした。

 続いてもう一つ。

「ハラが相手するから、ヒラは二人の回復をなの」
「わかったぁ」

 エステラのスライムが、シャロンの前に現れた。


「シャン、ダモ先にしていい?」
「ええ、お願い!!」
 ヒラはダーモットの側に行った。

 そして。
「貴女の治療は私が」

 シャロンの目の前に、最愛の異母妹と同じ顔のハイエルフが舞い降りて来る。
「イラナ……」

 ササミ(メス)と一緒に。

「な……スライム?! それにエルフ……だと……」

 呼ばれなかったササミ(メス)がササミ(オス)になって、狼の腹に蹴りを入れ、火焔を吐く。

 完全にササミ(オス)に形勢が傾いた。

「くそっ」

 ベンソンは魔法陣を出して、死の狼の首に付いている、封印の首輪を外した。


オオオオオオオォォン


 死の狼の身体が膨れ、穢毒がさらに強く、全身から溢れ出した。

 ベンソンはその隙に、亜空間から逃げ出した。


◇◇◇


 ダーモットは全身穢毒に侵され、既に虫の息だった。

 ヒラは急いで丁寧に、まず傷口を癒す。毒も解毒する。
 完璧だった。ヒラは出来るスライムなので。

 だがダーモットは目を覚さない。

 穢れが深く染み込んで、どんどん広がっていく。

 このままでは、ダーモットの身体から溢れて、ダーモットの身体ごと、それどころかここにいる全員、穢れに取り込まれてしまう。これはそういう穢れだった。

「このままだとダモ、死んじゃうぅぅ、死んじゃだめぇぇ」

 ダーモットが死ぬと言うことは、マグダリーナとアンソニーに親が居なくなるという事だ。
 ディオンヌとスーリヤが死んだ時、エステラは泣いていた。それはとても悲しくて痛くて辛いことだった。

 ヒラもエステラが居なくなるとか、絶対に考えたくない。ぎゅぎゅっと真ん中が縮んで苦しくなる。

 だからダーモットは、死んではいけない。

 ヒラは今度は浄化魔法をかけた。何度も。

 何度も。何度も。

 だが穢れは消えない。

 その時、ダーモットの胸ポケットの中から、女神の精石が転がり落ちた。

「!」

(ヒラ出来るかも知れない。ヒラは出来るスライムなのでぇ)

 ヒラは女神の精石をダーモットの口の中に入れ、飲み込ませる。そして身体を大きくさせて、その中にダーモットを取り込んだ。

(ダモ助けるぅ。死んじゃだめぇ)

 ヒラはお互いの女神の精石を通して、ダーモットの中の穢れを、自分の中に吸い込み始めた。

 宝石のように透明でキラキラしていたヒラの身体が濁り始める。

(でも会いたいよぅ、一緒にいたいよぅ)

 身体が真っ黒に染まり始め、ヒラは目を瞑って涙を流した。

(会いたいよぅ、タラ……)

(だいすきぃだよぅ、タラ……)

(会いたいよぅ、タラ……)

 ヒラは「その時」が来るまで、その名を呼び続けた。
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