157 / 285
八章 エステラの真珠
157. 父と子
しおりを挟む
「エステラ……」
エステラとルシン、二人の血の繋がった父であり、エルフ族の国だった元エルロンド王国の王弟だったセレンは、エステラの名を聞いて、改めてその姿を見た。
「《エステラ》、なんと尊く美しい名か。そなたはスーリヤにとって、創世の女神の輝きなのだな……」
セレンは跪いたままそっと、エステラに手を伸ばす。
エステラがおずおずとセレンの手のひらに、自分の小さなその手の指先だけで触れる。
セレンも少し曲げた指先で、エステラの指先を迎えると、もう片方の手も添えて首を垂れ、エステラの手の甲に額を当てた。
癖のないセレンの長い黒髪がサラサラと流れて、露わになった首の白さに、その光景の美しさに、周囲で見ていたもの達も釘付けになる。
それは以前、高熱で苦しむエステラをマグダリーナが落ち着かせた時に、ニレルがマグダリーナへ行った、ハイエルフの最上級の礼の仕種と同じだった。
だが、マグダリーナは思った。あのエデンの声を聞いて、完全にその存在を無視してるなんて、このセレンというエルフは並の神経ではないと。
セレンは顔を上げて「スーリヤは?」と聞いた。
エステラが泣きそうな顔で、ぎゅっと口元を引き結ぶのを見て、セレンはその死を悟った。
「……そうか……」
そしてセレンはエステラがエルフではない事にも、気づいた。
「私とスーリヤの子が、なぜハイエルフなのだ……それにその権能は、」
我慢の限界を迎えたエデンは、転移魔法で邪魔だった物理距離を一気に詰めると、エステラの両脇を掴んでセレンから引き離した。そうしてエステラを抱き抱える。
「何度でも云おう、俺の、娘だ」
その時初めて、セレンの意識がエデンに向かった。セレンはエデンを認めると、目を見開き、両膝を付いて姿勢を正し、両手を重ねて胸元に置いて身を屈めた。
「偉大なるハイエルフの長、黒の神官たる一番目のハイエルフ、エデン様。セレン・エルロンドが拝謁の喜びを申し上げます」
次にセレンは長い漆黒の髪を片側にまとめて流して首を晒し、そのまま床に手も額も付け、エデンに懇願した。
「どうかエデン様、その御手にてこのまま私の首を刎ねていただきたく存じます」
「絶対、ダメよ!!!!」
マグダリーナは叫んだ。
「ひとのうちの団欒の場を、何しれっと勝手に血腥くしようとするのよ!?」
やっぱり油断ならない図太い神経の持ち主だった。マグダリーナはこの手のエルフには即行動、即説教だと畳み掛ける。
ぶっぶーとカーバンクル達も鳴いた。
「だいたい貴方は、まだエステラとルシンに謝ってもいないのよ?! それにこんなことになってる状況も説明しなきゃダメよ! それなのにさっさと死んで終わらせようなんて無責任にも程があるわ! しかも、よその家の、団欒の、場で!!」
『ぴよんっ』
珍しいマグダリーナ剣幕に、その肩でいつも寝ているマグダリーナの人工精霊エアも、驚いて飛び上がった。
「くっは、んははは!」
エデンは上機嫌に笑った。
「マグダリーナの言う通りだ。まずは親としての責任を放棄していたことを、エヴァの息子に謝るんだなぁアディム。……ああ、今はセレンか。エステラに謝罪は不要だ。俺の娘だ、お前は関係ない。しかしスーリヤという女には、お前は謝罪が必要だろう」
「私とエヴァの最後の息子が……生きて……」
セレンの瞳に、力が戻る。
「ケント……君が守ってくれたのか、私から」
「出来ることしか、できなかったがな……」
静かにケントは言った。
エデンは厳かに言った。
「さあ、お前の息子ルシンは、あそこにいるぞ」
セレンは呆然と。
「なぜ、ルシンなどと不吉な名を……」
「不吉……?」
エステラはエデンの腕の中で、首を傾げた。
「恐ろしい『白の死神』の名ではないか」
そう言いながら、セレンは息子の姿を探す。
褐色の肌のルシンは、全く我関せずとモモと一緒に桃を食べていた。
セレンの顔に喜色が浮かぶ。
「そのエヴァと同じ褐色の肌、其方が私とエヴァの、最後の息子か……!!」
セレンが床から膝を浮かせ立ちあがろうとする。その時、ルシンがチラリとセレンを見た。
セレンとルシン、二人の視線が束の間絡み合う。
セレンの顔色はみるみる青ざめ、ガタガタ震えだすと、再度床に平伏した。
「お……おおおいなるハイエルフ、白のしにがっ……んん神官んん、三番目のハイエルフ、ルシンさまががが、我が息子としして降誕くださるとは……余りにも恐れ多くく……申し訳ございません申し訳ございません不甲斐ない父で申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません」
なんだこれ。
マグダリーナをはじめ、その場の多くがそう思った。そして視線をセレンから、ルシンに移す。
ルシンは何度も床に額を打ちつけて謝罪をするセレンには、目もくれない。
黙って冷えた桃の紅茶炭酸水を、スライム素材を特殊加工して作った吸い筒ですすっている。
潰した果肉も詰まらない太めの吸い筒は、この夏のディオンヌ商会の新商品だった。
ルシンがセレンに何か言葉をかけない限り、セレンは永遠に床打ち謝罪をやめてくれないように思えた。
なんとかしてやれよと、当事者のルシンとセレン、そしてドミニク以外の視線が、エステラに注がれた。
エステラはため息をついて「ルシンお兄ちゃん」と声をかける。
「ん?」
ルシンは無防備な顔で、エステラを見た。咥えた吸い筒の先から、雫が滴り落ちる。雫はグラスの中の紅茶炭酸水で受け止められて、その中では細かな泡が踊っていた。
エステラはセレンを指差した。
「謝罪してるんだから、何か声をかけてあげて」
ルシンはセレンに向かって、鼻で笑った。
「ハーフ奴隷だった俺が、元王族に声を?」
「奴隷……っ」
セレンはルシンの言葉を聞いて、ばたんと倒れこむ。
「おい、気を失ってるんじゃない。ったく、面倒な」
エデンはセレンの両頬を、パシパシ叩いた。結構強めに。
エステラとルシン、二人の血の繋がった父であり、エルフ族の国だった元エルロンド王国の王弟だったセレンは、エステラの名を聞いて、改めてその姿を見た。
「《エステラ》、なんと尊く美しい名か。そなたはスーリヤにとって、創世の女神の輝きなのだな……」
セレンは跪いたままそっと、エステラに手を伸ばす。
エステラがおずおずとセレンの手のひらに、自分の小さなその手の指先だけで触れる。
セレンも少し曲げた指先で、エステラの指先を迎えると、もう片方の手も添えて首を垂れ、エステラの手の甲に額を当てた。
癖のないセレンの長い黒髪がサラサラと流れて、露わになった首の白さに、その光景の美しさに、周囲で見ていたもの達も釘付けになる。
それは以前、高熱で苦しむエステラをマグダリーナが落ち着かせた時に、ニレルがマグダリーナへ行った、ハイエルフの最上級の礼の仕種と同じだった。
だが、マグダリーナは思った。あのエデンの声を聞いて、完全にその存在を無視してるなんて、このセレンというエルフは並の神経ではないと。
セレンは顔を上げて「スーリヤは?」と聞いた。
エステラが泣きそうな顔で、ぎゅっと口元を引き結ぶのを見て、セレンはその死を悟った。
「……そうか……」
そしてセレンはエステラがエルフではない事にも、気づいた。
「私とスーリヤの子が、なぜハイエルフなのだ……それにその権能は、」
我慢の限界を迎えたエデンは、転移魔法で邪魔だった物理距離を一気に詰めると、エステラの両脇を掴んでセレンから引き離した。そうしてエステラを抱き抱える。
「何度でも云おう、俺の、娘だ」
その時初めて、セレンの意識がエデンに向かった。セレンはエデンを認めると、目を見開き、両膝を付いて姿勢を正し、両手を重ねて胸元に置いて身を屈めた。
「偉大なるハイエルフの長、黒の神官たる一番目のハイエルフ、エデン様。セレン・エルロンドが拝謁の喜びを申し上げます」
次にセレンは長い漆黒の髪を片側にまとめて流して首を晒し、そのまま床に手も額も付け、エデンに懇願した。
「どうかエデン様、その御手にてこのまま私の首を刎ねていただきたく存じます」
「絶対、ダメよ!!!!」
マグダリーナは叫んだ。
「ひとのうちの団欒の場を、何しれっと勝手に血腥くしようとするのよ!?」
やっぱり油断ならない図太い神経の持ち主だった。マグダリーナはこの手のエルフには即行動、即説教だと畳み掛ける。
ぶっぶーとカーバンクル達も鳴いた。
「だいたい貴方は、まだエステラとルシンに謝ってもいないのよ?! それにこんなことになってる状況も説明しなきゃダメよ! それなのにさっさと死んで終わらせようなんて無責任にも程があるわ! しかも、よその家の、団欒の、場で!!」
『ぴよんっ』
珍しいマグダリーナ剣幕に、その肩でいつも寝ているマグダリーナの人工精霊エアも、驚いて飛び上がった。
「くっは、んははは!」
エデンは上機嫌に笑った。
「マグダリーナの言う通りだ。まずは親としての責任を放棄していたことを、エヴァの息子に謝るんだなぁアディム。……ああ、今はセレンか。エステラに謝罪は不要だ。俺の娘だ、お前は関係ない。しかしスーリヤという女には、お前は謝罪が必要だろう」
「私とエヴァの最後の息子が……生きて……」
セレンの瞳に、力が戻る。
「ケント……君が守ってくれたのか、私から」
「出来ることしか、できなかったがな……」
静かにケントは言った。
エデンは厳かに言った。
「さあ、お前の息子ルシンは、あそこにいるぞ」
セレンは呆然と。
「なぜ、ルシンなどと不吉な名を……」
「不吉……?」
エステラはエデンの腕の中で、首を傾げた。
「恐ろしい『白の死神』の名ではないか」
そう言いながら、セレンは息子の姿を探す。
褐色の肌のルシンは、全く我関せずとモモと一緒に桃を食べていた。
セレンの顔に喜色が浮かぶ。
「そのエヴァと同じ褐色の肌、其方が私とエヴァの、最後の息子か……!!」
セレンが床から膝を浮かせ立ちあがろうとする。その時、ルシンがチラリとセレンを見た。
セレンとルシン、二人の視線が束の間絡み合う。
セレンの顔色はみるみる青ざめ、ガタガタ震えだすと、再度床に平伏した。
「お……おおおいなるハイエルフ、白のしにがっ……んん神官んん、三番目のハイエルフ、ルシンさまががが、我が息子としして降誕くださるとは……余りにも恐れ多くく……申し訳ございません申し訳ございません不甲斐ない父で申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません」
なんだこれ。
マグダリーナをはじめ、その場の多くがそう思った。そして視線をセレンから、ルシンに移す。
ルシンは何度も床に額を打ちつけて謝罪をするセレンには、目もくれない。
黙って冷えた桃の紅茶炭酸水を、スライム素材を特殊加工して作った吸い筒ですすっている。
潰した果肉も詰まらない太めの吸い筒は、この夏のディオンヌ商会の新商品だった。
ルシンがセレンに何か言葉をかけない限り、セレンは永遠に床打ち謝罪をやめてくれないように思えた。
なんとかしてやれよと、当事者のルシンとセレン、そしてドミニク以外の視線が、エステラに注がれた。
エステラはため息をついて「ルシンお兄ちゃん」と声をかける。
「ん?」
ルシンは無防備な顔で、エステラを見た。咥えた吸い筒の先から、雫が滴り落ちる。雫はグラスの中の紅茶炭酸水で受け止められて、その中では細かな泡が踊っていた。
エステラはセレンを指差した。
「謝罪してるんだから、何か声をかけてあげて」
ルシンはセレンに向かって、鼻で笑った。
「ハーフ奴隷だった俺が、元王族に声を?」
「奴隷……っ」
セレンはルシンの言葉を聞いて、ばたんと倒れこむ。
「おい、気を失ってるんじゃない。ったく、面倒な」
エデンはセレンの両頬を、パシパシ叩いた。結構強めに。
131
あなたにおすすめの小説
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。
彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる