ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

文字の大きさ
207 / 285
十章 マグダリーナとエリック

207. 新しい曲

しおりを挟む
「異教の王よ、ついでに私共の発言をお許し頂けるでしょうか」

 ――――ついに来たか。
 マグダリーナは内心頭を抱えた。

「異教……ふむ、確かに我が国は世界で唯一、国教が違うな。聖エルフェーラ教国の使者よ。発言を許そう」

「永きに渡る聖エルフェーラ教の教えを捨てて立ち上がらせた女神教とやらが、どれほどの物かと思えば、女神エルフェーラを精霊などと貶め、動画などという大衆を惑わす物を利用して、まやかしの創世の女神などを擁立する詐欺のような行為ではありませんか。これは悪です」

 会場が、ざわつく。
 セドリック王は目を細めた。
「他所の国がどんな神を崇めておろうが、其方たちが干渉することではあるまい。女神教は別に、他教を否定はせん。神に祈る心は等しく神聖で尊いものであろう。其方らのように女子供を攫って、売り渡すこともしておらん。何が悪か?」

 教国の使者は、真っ赤になって激昂した。
「なんという無礼な!!」
「無礼は其方であろう。他国の祝いの場にわざわざ水を刺しに来たのだからな」

 教国の使者は各国の客人に向き合った。
「ご覧下さい皆様、やはり女神教は悪しきものです!! 一国の王をこれほど無能にした!!」
 国賓達は、強く同意する者と、関わりたくないといった様子のものと、華麗にスルーしているもの、興味深く見物するもの様々だ。

 だが、一国の王をその国で、堂々と無能呼ばわりしたのだ。これは敵対するぞと言ったも同然。

 エリック王子は大袈裟にため息を吐いた。
「教国では長年、信仰を政治に利用して来たのでそれが当然と思っているのでしょうが、我が国相手にそれはやめた方が宜しいでしょう。話が長引くだけだ。本題をどうぞ。簡潔に。ああ、国王を侮辱した貴方は、もう王と直接話すことは出来ません。私がお相手致します」

(――――やめて。これ以上余計なこと言わずに、さっさとお帰りになって)
 マグダリーナは、心の中で必死に祈った。

 教国の使者は勝ち誇った顔をした。

「女神エルフェーラの恩恵を否定する蛮族には、今後貨幣を売ることなど出来ませんな。ただし、我が国の聖女を貴方の妃に迎え、セドリック王から貴方に譲位が行われるなら、女神もお許しになるでしょう」

「は! いやらしい言い方ですこと」
 オーズリー公爵がこれみよがしに言った。
 多くの貴族達が内心頷いていた。
 多分この時、マグダリーナは淑女にあるまじき表情をしていただろう。

 エリックは立ち上がって、宣言した。

「断る。私の妃は、私の腹心たるマグダリーナ・ショウネシー子爵が選定する」

 会場中の視線が、マグダリーナに集まった。

(――そんなの聞いてない――!!!!)

 マグダリーナは心の中で絶叫を上げた。
 泣きたい。

「では今後、リーン王国は貨幣を使えなくなりますなぁ」
 教国の使者はいやらしく笑った。

「そんなことはない」
 エリック王子は、落ち着いていて、自信に溢れていた。
 そして従者に、ハイエルフが祝いの品だと渡した銀の箱を持って来させた。

 蓋を開け、皆に見えるよう、中から一枚取り出す。

「これは、今後我が国で造幣し、我が国で使用する新たな貨幣だ。このリーン王国の貨幣だ! 単位はレピとする。今私が持っているのは小銀貨、百レピだ。大きさや単位等は混乱せぬよう、従来のエルと同様にしてある。エルがレピに変わると思えばいい。そして造幣を担うのは、ハイエルフ殿達の商会、ディオンヌ商会だ。レピは何者にも偽造出来ぬ貨幣だ。魔魚の鱗を加工して、純度の高い金銀銅で特殊象嵌してある」

 おお、と、貴族達から感嘆の声が上がる。

「国内のエルは、今後一年かけてレピに変えていく計画だ。諸侯らには明日、詳しい説明会を設ける」

 そして教国の使者を振り返った。
「そういう訳ですので」
「しかしながら、国内はそれでいいとして、国外との取引はどうするつもりですかな?」

「既に教国と他数国の国は、我が国への輸出を禁じていますよね。取引のない国には、関係のないことです」

 エリック王子は、柔和に微笑んだ。



◇◇◇



 舞踏会はひとまず何事も無かったかのように、再会した。

「リーナお姉様、どうして王太子妃選定役になんてなってしまったの?!」
 レベッカが驚いて聞いてくる。他の家族やヴェリタスも頷く。

「私の方が知りたいわ……!!」
 マグダリーナが聞いていて、任せられたのは、明日のレピ説明会だけだったはずだ。だけだったはずなんだ……!!



 そこへ、意外な方がやって来て、これまた意外な方をダンスに誘った。

「オーズリー公爵、私と一曲踊っていただけませんか」
「…………アルバート殿下……」

 ヴィオラ・オーズリー公爵は、意を決して、社交界出禁の原因になった、王弟殿下の手を取った。



 エデンと踊った舞踊と違い、公爵は今度はしっかりと相手の肩に手を回し、音楽に合わせて身体を動かす。

「先程の舞踊は素晴らしかった。一族に伝わる神秘に触れさせてくれた事を、感謝するよ」
 踊りながら王弟殿下はそう言って微笑んだ。
 ヴィオラの瞳には、硝子の様に涙が張り付いている。今にも溢れ落ちそうだった。

 アルバートは、学園時代に彼女が自分を慕ってやらかしたことを、その時ようやく思い出した。

「違うわ……アナタはもう、アタクシの愛した殿下ではないのね……」

 アルバートは苦笑いした。彼女の時間は止まっていたのだろう、少し前の自分のように。
「それは……私も公爵も、もうすっかり大人になってしまったからね」

 ヴィオラはアルバートから視線を外さぬまま、静かに涙を流した。

「アタクシはアナタを守って差し上げたかった……アタクシの婿にして、王家の檻から解き放って、精霊の森で美しいドレスを着せて、木漏れ日の中で自由にさせてあげたかった……」
「…………っ、」
 アルバートは声を失い、ヴィオラを見た。


「アタクシが魂から愛した、不自由で壊れそうな少女は、もう何処にも居なくなってしまったのだわ……」


 とうとう堪えきれず、ヴィオラはアルバートから離れて走り出した。

「待ってくれ!!」
 アルバートは咄嗟に追いかけて、ヴィオラの肩を掴んだ。
 そして、はっとして手を離す。

「すまない……かける言葉が思いつかないんだ……でも……せめてこの曲が終わるまで……」

 アルバートは跪いて、ヴィオラに手を伸ばした。
 ヴィオラはそっと手を重ね、呟いた。


「莫迦ね。もう曲は終わってるわ。でも、もう一曲……付き合ってあげてもよろしくてよ」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します

burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。 その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。

転生したので、今世こそは楽しく生きます!~大好きな家族に囲まれて第2の人生を謳歌する~

結笑-yue-
ファンタジー
『可愛いわね』 『小さいな』 『…やっと…逢えた』 『我らの愛しい姫。パレスの愛し子よ』 『『『『『『『『『『我ら、原初の精霊の祝福を』』』』』』』』』』 地球とは別の世界、異世界“パレス”。 ここに生まれてくるはずだった世界に愛された愛し子。 しかし、神たちによって大切にされていた魂が突然できた輪廻の輪の歪みに吸い込まれてしまった。 神たちや精霊王、神獣や聖獣たちが必死に探したが、終ぞ見つけられず、時間ばかりが過ぎてしまっていた。 その頃その魂は、地球の日本で産声をあげ誕生していた。 しかし異世界とはいえ、神たちに大切にされていた魂、そして魔力などのない地球で生まれたため、体はひどく病弱。 原因不明の病気をいくつも抱え、病院のベッドの上でのみ生活ができる状態だった。 その子の名は、如月結笑《キサラギユエ》ーーー。 生まれた時に余命宣告されながらも、必死に生きてきたが、命の燈が消えそうな時ようやく愛し子の魂を見つけた神たち。 初めての人生が壮絶なものだったことを知り、激怒し、嘆き悲しみ、憂い……。 阿鼻叫喚のパレスの神界。 次の生では、健康で幸せに満ち溢れた暮らしを約束し、愛し子の魂を送り出した。 これはそんな愛し子が、第2の人生を楽しく幸せに暮らしていくお話。 家族に、精霊、聖獣や神獣、神たちに愛され、仲間を、友達をたくさん作り、困難に立ち向かいながらも成長していく姿を乞うご期待! *:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈ 小説家になろう様でも連載中です。 第1章無事に完走したので、アルファポリス様でも連載を始めます! よろしくお願い致します( . .)" *:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈*:;;;;;:*◈

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...