ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ

文字の大きさ
206 / 285
十章 マグダリーナとエリック

206. オーズリーの舞踊

しおりを挟む
 ひとまずファーストダンスの役目を終えて、マグダリーナ達は安心してダーモット達の元に戻る。

「ライアン兄さんすごい汗よ。何か飲んで水分補給したほうがいいわ」

 マグダリーナはアルコールと間違えないよう、しっかり鑑定して果実水を選び、ライアンに渡して、ととのえるの魔法をかける。

「ありがとうリーナ。まさかドロシー王女があんなに激しく踊る人だとは思わなかった……ついてくだけで精一杯だったよ」
「そうなの? エリック王子も感心してたわよ。ドロシー王女を本気で踊らせてるって」

 ライアンは果実水を一気に飲み干す。
 ふとマグダリーナは、その顎から喉の輪郭を意識して、そういえば男の子が声変わりするのはいつ頃からだろうかと考えた。

 その頃になるときっと、マグダリーナやレベッカといるより、ヴェリタスや友人との付き合いが増えて来るだろう。

 うかうかしてたら、確実に社交面ではライアンとレベッカには敵わない気がして来た。

 うっかり考え込んでる所に、オーズリー公爵の声が飛び込んでくる。

「立って! 立ちなさいよ、ダーモット・ショウネシー伯爵、アタクシのダンスの相手をさせてあげてよ」
「そういうのは、男性の私から申し込むものなのですよ、普通」
「何言ってるの? 君申し込みに来ないじゃあないの。だからアタクシが命じてあげててよ」

 ガツンとダーモットが座っている椅子の足に、踵の高いお靴を履いたおみ足で蹴りを入れ、公爵は言った。

 社交界出禁だっただけあって、初めて見るオーズリー公爵は強烈な方だった。

 因みに今回は、ショウネシー伯爵家と同盟を結んだので、ダーモットと一緒ならと特例で参加を認められたのだ。

 紫の髪をベリーショートカットにしているのに、女性らしさと色気、そして迫力のある美女だ。揺れる大きな耳飾りが良くお似合いだ。
 砂時計のような美しいボディラインを強調する紫のドレスは、背中が大胆に開いていて、そこには鬼人が宿っている……そう、キレッキレの筋肉をお持ちだった。
 そして金と星の工房で一緒にお風呂に入ったからマグダリーナは知っているが、公爵のお尻の上には綺麗なえくぼが出来ている。

 とてもカッコいい美女であるが、しかしながら王弟殿下の好みは、フリルが品良く似合う伝統的な清楚系なのだ。
 残念ながらマッチングしない。

 今も王弟殿下はそういうご令嬢に囲まれながら、珍獣でも見るような目でこちらを見ている。

「……娘達とも、まだ踊ってないのに」
 ダーモットがため息をついてそういうと、公爵は艶やかな大輪の花のように微笑んだ。

「なんだ、そういうことですの。クレメンティーンとしか踊らないなんてぬかしやがったら、何がなんでも踊らせてやるところでしたわ」

 公爵はくるりとダーモットに背を向けると、淑女……ではなく、猫のような優雅さで、一際目立つ集団の所へ行った。

「踊れるんでしょ?」
 挑戦的な目で、公爵はその集団の長を見た。

「くっははは、オーズリーの伝統舞踏か? ならコイツは邪魔だなぁ」

 エデンは立ち上がって、ローブを脱ぎ捨てると、細身のズボンと襟合わせの単衣の姿になった。
 エデンの脱ぎ捨てたローブは、アーベルが拾う。

 エステラが公爵に近づいた。
「この子達なら、ヴィオラさんの動きについて行けるわ」

 エステラが公爵の右手に触れると、エステラの腕に巻きついていた女神の闇花が、スルスルと公爵の腕に移動する。
 闇花達は、エステラをそうしているように、公爵も己達の茎葉、そして花で飾りたてた。

「おそろいね、ありがとう」
 公爵はエステラの頬に口づけた。

 曲が終わるとエデンが片腕を広げ手を差し出し、同じように公爵も手を重ねて、ダンスホールの中心に向かう。

 贅沢な空間の使い方をしてやって来る二人に、並んで踊ろうという猛者は居なかった。

「マゴー、演奏を代わってくれ」
 エデンが指を鳴らしてマゴーに命令すると、瞬時にマゴー達が楽器を持って並ぶ。
 マゴー達は様々な琴に鈴に笛、そして打楽器を装備していた。

 エデンが、その艶のある声で説明する。
「これから俺たちが踊るのは、オーズリー領に伝わる精霊の森と金鉱の精霊に捧げる舞踊だ。俺は創世の女神の為に捧げよう。ナカナカお目にかかることの出来ない、生命の喜びと、精霊と世界に繋がることの官能を表した聖なる舞踊だ」

 エデンとオーズリー公爵は、お互いに背中合わせになると、エデンは片手を腰に当て、もう片手は真っ直ぐ前に。公爵は片手を胸に、反対の手は横にすっと、親指と中指を付けて構える。

 ドドドドと太鼓の音が鳴り始め、二人は踊り出した。


 マグダリーナも会場の人達も、目が釘付けになる。
 なるほど、エデンがわざわざローブを脱いだわけだ。踊りはとんでもない難易度のステップから始まった。

 ドロシー王女とライアンが競技ダンスだったなら、こちらはプロダンサーのショウだ。

 ステップの合間に、太ももを動かして骨盤を細かく揺らしたりしている。そして何気に上半身の動きも難易度が高そうだった。

 気がつけば背中合わせだった二人は向かいあい、骨盤を揺らしながら、近づいたり離れたりしている。

 エステラが興奮した顔で、小走りに近づいて来た。
「リーナ、あれは魔法だわ!」
「え? 魔法?」
「そう、身体を使った魔法よ! もうすぐ生まれるわ!」
「何が?!」

「小精霊ですよ」
 答えてくれたのは、公爵代理だった。

「あの踊りは、決してパートナー同士が触れ合ってはいけないのです。ああして男女の二人が身体を揺らすことで、お互いの間に魔力の《場》を作り、精霊様と感応するのです。精霊様がお応えになると、あのように小精霊が生まれます」

 踊るエデンと公爵の周りは、すでに小精霊が舞い、幻想的な様子を見せていた。

「我が領では、この踊りが踊れないと、まず恋愛の舞台に立つことはできません。残念ながら、うちの娘は……」
 ヴィヴィアンが「ひどいですわぁぁ」とぼやく。

「まあ、じゃあ他の領地の相手選べばいいじゃん……職人としての腕は良いんだから」
 ヴェリタスがちょっと慰める。

「普通のおダンスも、上手く行かないのですわぁぁぁ」

(……あ――――)

 以前ライアンにいい位置に蹴られたラムちゃんを、ヴィヴィアンが受け止められなかった記憶が、マグダリーナの中に蘇った。

 気がつけば会場に、美しい花々も舞っている。
 これは女神様が捧げものに返しくれる祝福の花だ。


 踊りが終わると、公爵は倒れ込むように、床に伏した。

 公爵の背後には、高位精霊が姿を顕していたのだ。


『リィンの民よ。じきに時が至り、迷宮に神の御座位が現れる。我らが王、精霊王が座し、新たな神となり、創世の女神と並び立つ時が。油断せずに備えよ。その為に、我は新たな鉱脈を与えよう……金、銀、そして銅……』

 高位精霊の言葉は最後には途切れ、姿は霧のようにかき消えた。

「大丈夫か? 魔力をゴッソリ持っていかれたぞ」

 高位精霊は顕現するのに、公爵の魔力を使用していたのだ。
 エデンは公爵を支え、立ち上がらせる。
「平気よ。オーズリーの女は、このくらい慣れててよ……それより、今の預言は……」

 エデンは公爵の唇に指をあてた。
「ここではしゃべるなってことね」

 エデンとオーズリー公爵の周囲一面には、親指の爪程の金塊が床を埋め尽くすように散らばっている。

 ヴィオラ・オーズリー公爵は顔を上げ、高らかに宣言した。

「これがオーズリーの金ですわ! そして公爵家からの祝いの品でしてよ」

 セドリック王は満足気に頷く。
「素晴らしい舞踊と素晴らしい奇跡を見せてくれた。礼を言おう、オーズリー公爵」
 そして従者に金塊の回収を命じる。
 エリック王子も頷いた。
「私からも礼を言う。そしてこの度のショウネシー伯爵家との同盟、めでたく思う。これからも、王国の発展に協力して欲しい」

 王と王子の言葉に、拍手と喝采が鳴り響いた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

小さな貴族は色々最強!?

谷 優
ファンタジー
神様の手違いによって、別の世界の人間として生まれた清水 尊。 本来存在しない世界の異物を排除しようと見えざる者の手が働き、不運にも9歳という若さで息を引き取った。 神様はお詫びとして、記憶を持ったままの転生、そして加護を授けることを約束した。 その結果、異世界の貴族、侯爵家ウィリアム・ヴェスターとして生まれ変ることに。 転生先は優しい両親と、ちょっぴり愛の強い兄のいるとっても幸せな家庭であった。 魔法属性検査の日、ウィリアムは自分の属性に驚愕して__。 ウィリアムは、もふもふな友達と共に神様から貰った加護で皆を癒していく。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“  瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  だが、死亡する原因には不可解な点が…  数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、 神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

処理中です...