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十二章 悪女
243. なにもしナイ
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クレメンティーンにかけられた呪いは、あまりにも複雑に絡み合い、強固過ぎて、ゲインズ領の大魔法使いでも完全に解くことは出来なかった。
《王となるものと婚姻する》呪いはなんとか消えたものの、代償に本来の寿命の半分近くを必要とした。
「そして一番厄介な《婚姻を結んだ相手の家門を、必ず滅ぼす》呪いだけが残りました。この呪いの厄介なところは、もし奥様が自死を選んだ場合、この国から出ようとした場合、そして二十五歳になっても独身だった場合、自動的に奥様が死の穢れを生み出す魔獣となり、この国を滅ぼす仕掛けが組み込まれていたことです。奥様もそこまではご存じありませんでした」
「魔獣に……なる……?! オリガという人は、自分の娘を魔獣にまでしてしまうというの……!?」
マグダリーナの声は震えた。
「はい。奥様は使命さえこなせば、あとは教国に帰れると思っておられました。望む場所ではないが、帰れる場所がある、と。ですが、奥様の産みの母親は、完全に自分娘をただの道具としておられました」
ケーレブの語る、クレメンティーンの悲惨な運命に、子供達は皆、怒りと悲しみで、胸を重くした。
「……つまり、王族以外の誰かを、滅びの呪いの犠牲にするしかなかったと」
呟くライアンの声が、掠れていた。
「その通りですが、たとえそうしても、その家門が滅亡した後、そこから徐々に王国全土に滅びの運命が降り注ぐ仕様でした」
「え……打つ手なしじゃないの」
愕然とするマグダリーナを、レベッカが励ます。
「で……でも、こうして今現在、この国もショウネシーも無事ですわ!」
ケーレブは頷いた。
「そこで大魔法使いは、奥様の呪いの影響を最小限にし、徐々に解く方法を教えて下さいました。それは、奥様の配偶者になられる方に全てがかかっていました」
こほん、とケーレブは咳払いをする。
「大魔法使いは、奥様の記憶から、配偶者に相応しい男性を選別しました。それが旦那様です。そうしてとうとう先日、旦那様は奥様の呪いから完全に解放されました」
「その……呪いを解く方法とは?」
アンソニーが前のめりになって聞いた。
「なにもしないことです」
「なにも、しない……?」
「この呪いの性質は、もがけばもがくほど、強い反応で進行するものでした。ですから、家門の当主は時が来るまで、決して自ら動かず、呪いが解消するまで忍耐強く、衰退の運命を受け止め続けなければなりません」
マグダリーナは目を見開いた。
「子爵位をいただいたショウネシー家の初代は辺境伯騎士団の出でした。学問・研究での功績で爵位を得ましたが、ショウネシー家の家訓は『文武両道』でして、代々当主となる者は、剣術の研究と研鑽も欠かせてはいけませんでした。もちろん旦那様も、奥様がいなければ《王の剣》として、今頃セドリック王の背後に控えていた事でしょう」
《王の剣》は騎士の最高称号だ。
「お父さま、そんなにお強いんですか……」
アンソニーも呆然と聞き返した。
「かつては。奥様に事情を聞かされ、婚姻を受け入れた後は、剣をお捨てになられたので……」
「事情を聞いたのに、受け入れちゃったの?!」
マグダリーナは驚いた。
「ええ、俺も驚きました。ですが『他に方法がないなら仕方ない』とおっしゃって」
「それにどうして、お父さまは剣を捨ててしまったの?」
「うっかり空腹に負けて、魔獣を狩りにいかない為です」
(そんな、理由で……?!?)
「お母さまとお父さまは、熱烈な恋愛結婚だったと……」
「高貴なお方から求婚されていたのです。そういう事にでもしないと、高貴なお方は納得なさらなかったでしょう。幸い旦那様はそれが許されるほど、高貴なお方の信頼を得ておられましたから」
マグダリーナは、テーブルに突っ伏した。働かないダメダメ父だと、心のなかで腐していたが、全て事情があったのだ……
「奥様と旦那様は……恋愛したわけではありませんが、良い関係でしたよ。旦那様は奥様の呪いのことで、奥様を責めることは一切なさいませんでした。ただの政略結婚と同じ、普通の夫婦で、家族だと。それがどれだけ、奥様の救いになっていたことか……」
「ダーモット父さんらしいね……」
ライアンは微かな笑みを浮かべる。
帰る場所をなくしたライアンとレベッカ。
帰る場所がなかったクレメンティーン。
そして、彼らに帰る場所を与えたダーモット。
「そうね……」
マグダリーナも静かに微笑んだ。
ダーモットのことを、ダメダメだが嫌いになれないと思っていたが、誇らしいと思ったのは、この時が初めてだった。
《王となるものと婚姻する》呪いはなんとか消えたものの、代償に本来の寿命の半分近くを必要とした。
「そして一番厄介な《婚姻を結んだ相手の家門を、必ず滅ぼす》呪いだけが残りました。この呪いの厄介なところは、もし奥様が自死を選んだ場合、この国から出ようとした場合、そして二十五歳になっても独身だった場合、自動的に奥様が死の穢れを生み出す魔獣となり、この国を滅ぼす仕掛けが組み込まれていたことです。奥様もそこまではご存じありませんでした」
「魔獣に……なる……?! オリガという人は、自分の娘を魔獣にまでしてしまうというの……!?」
マグダリーナの声は震えた。
「はい。奥様は使命さえこなせば、あとは教国に帰れると思っておられました。望む場所ではないが、帰れる場所がある、と。ですが、奥様の産みの母親は、完全に自分娘をただの道具としておられました」
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「……つまり、王族以外の誰かを、滅びの呪いの犠牲にするしかなかったと」
呟くライアンの声が、掠れていた。
「その通りですが、たとえそうしても、その家門が滅亡した後、そこから徐々に王国全土に滅びの運命が降り注ぐ仕様でした」
「え……打つ手なしじゃないの」
愕然とするマグダリーナを、レベッカが励ます。
「で……でも、こうして今現在、この国もショウネシーも無事ですわ!」
ケーレブは頷いた。
「そこで大魔法使いは、奥様の呪いの影響を最小限にし、徐々に解く方法を教えて下さいました。それは、奥様の配偶者になられる方に全てがかかっていました」
こほん、とケーレブは咳払いをする。
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「なにもしないことです」
「なにも、しない……?」
「この呪いの性質は、もがけばもがくほど、強い反応で進行するものでした。ですから、家門の当主は時が来るまで、決して自ら動かず、呪いが解消するまで忍耐強く、衰退の運命を受け止め続けなければなりません」
マグダリーナは目を見開いた。
「子爵位をいただいたショウネシー家の初代は辺境伯騎士団の出でした。学問・研究での功績で爵位を得ましたが、ショウネシー家の家訓は『文武両道』でして、代々当主となる者は、剣術の研究と研鑽も欠かせてはいけませんでした。もちろん旦那様も、奥様がいなければ《王の剣》として、今頃セドリック王の背後に控えていた事でしょう」
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「お父さま、そんなにお強いんですか……」
アンソニーも呆然と聞き返した。
「かつては。奥様に事情を聞かされ、婚姻を受け入れた後は、剣をお捨てになられたので……」
「事情を聞いたのに、受け入れちゃったの?!」
マグダリーナは驚いた。
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