あえない天使

ハルキ

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Day6

22.たすけて

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 原 俊樹

 あれからどれくらい経っただろうか。
 真っ暗闇の中、部屋を照らすのはパソコンの明かりだけだ。思えば、この部屋にはルイを入れたことがなかった。いや、親父が帰ってきた日に一度だけ入れたことがあるが、ルイの反応を見ると覚えていないと思う。
 この部屋の壁には写真がいくつも飾られており、その中にはルイの写真もあった。それは初めてルイと出会った時に撮ったものだった。だが、それは後ろ向きで顔は映っていなかった。ルイがいなくなったら、俺はこの写真を眺め続けるのだろうか。
 昨日の昼休みのことを思い出す。いつも通りルイを追いかけ、芝が生い茂る場所でルイは独り言を話していた。今日も何も収穫がないと思っていた。しかし突然、ルイは俺の耳にしっかり届くほど大声で話したのである。
 「お願いします。もう少しだけ時間をください。もう少しだけ、人間界にいさせてください」
 そう聞こえた時、俺の頭が真っ白に塗りつぶされた。視界がだんだんルイから遠のいていく。俺の足が無意識に後ずさりしているのだ。意識が戻ると俺はトイレの個室に駆け込んだ。トイレの中には誰もおらず、ひとりでいることができた。
 ルイがいなくなる?
 にわかには信じられない話だった。今週の月曜日に転校してきたばかりなのにそんなことがありえるのか。しかし、あれは冗談には聞こえなかった。それに人間界がとか言っていた。もしかして、ルイはこの世界のものとは違う存在なのか。
 俺はあの時から同じことを考えていた。答えに一生たどり着けないような問題に何時間もかけ考えた。今もこの静寂が漂うこの部屋の中にひとりで考えていた。
 ピンポーン。
 玄関のインターホンが鳴る音が聞こえてきた。ルイは葵の誕生日会の準備に行ったのだろう。そのため、誰かがこの家に来れば俺が玄関を開けるしかなかった。しかし、体がだるく感じたためできればここから動きたくなかった。
 ピンポーン。
 俺の願望を打ち砕くかのように2度目のインターホンが鳴る。3度目、4度目のインターホンが鳴り、さらに、誤作動を起こしてしまったかのように何度も鳴り響く。俺は耐えられなくなり、椅子から立ち上がった。久しぶりに部屋の外に出ると、無意識に目を細めてしまった。
 俺が部屋を出てもインターホンは壊れたように鳴り続けた。俺は急いで玄関に向かった。早くこの音を止めようとしたのではなく、なにかのっぴきならない事態が起こってしまったのではないかと思ったからだった。
 玄関の扉を勢いよく開けた。目の前には驚いた顔をした小さな男の子が立っていた。恵くんだった。恵くんはすぐに両手で俺の腕を掴んできた。
 「助けて」
 恵くんはひどく息を荒らしながら、俺の腕を揺さぶった。俺は恵くんの肩に手を置いた。
 「落ち着いてくれ、いったい何があった?」
 「師匠が、ゆうかい、されたんです」
 思わず「は?」と聞き返してしまった。ルイが誘拐された?
 俺は恵くんを疑いたくなった。ルイが誘拐されるわけがないと思い込んだからだ。だが、恵くんはこういう状況で嘘を言うような子ではないし、今、真剣な眼差しでこちらを見つめてきている。とても冗談とは思えない。
 恵くんの言葉を飲み込めずにいると、リビングから電話が鳴る音が聞こえてきた。俺は状況がいまだにつかめていないが、とりあえず恵くんを家に上がらせ、リビングにある固定電話を手に取った。番号は非通知だった。
 「もしもし」
 「あぁ、もしもし」
 よくドラマで聴くようなとても低い声だった。それでも、電話の向こうで不敵な笑みを浮かべているのがわかる。
 「何の用だ?」
 すると、電話の相手は高らかに笑った。それは隣にいる恵くんにも聞こえているだろう。見ると、体が震え、拳を握りしめていた。俺は何も言わず、相手の声に耳を傾けた。
 「いいか、よく聞け。お前の大事な人を誘拐した。返して欲しいなら1000万用意しろ」
 俺はルイが誘拐されたことをようやく理解することができた。信じたくなかった事実だ。呼吸のリズムが崩れた。いや、呼吸しているかどうかも怪しい。
 「金を、渡せば、ルイは、元気な状態で、返してくれるのか?」
 言葉がうまく出てこなかった。
 「あぁ、だが、警察には連絡するなよ。もし、そんなことしたら、こんなかわいい顔がぐちゃぐちゃになっちゃうぜぇ」
 俺はむごたらしいルイの顔を想像した。あざや切り傷、土がついたルイの顔を想像した。その姿からルイを助けなければとはやる気持ちを抑えきれなかった。
 「あぁ、わかった。で、場所は、どこだ?」
 相手は鼻で笑った後、取引となる場所を指定した。どうやら工場の跡地のようだ。ここからタクシーで30分ほどだ。アタッシュケースを持っていくことを考えると自転車は使えない。
 俺は電話を一方的に切った。相手は時間制限をしてきたが、そんなことを聞いている暇はない。
 「なんて言っていました?」
 恵が聞いてきた。俺は携帯を操作しながら、
 「1000万用意しろって」
 と言った。恵は驚いたように「1000万」と繰り返した。続けて、「警察には?」と聞いてきた。
 「警察には連絡しない」
 「なんでですか?」
 恵は珍しく声を張り上げていた。
 「俺が助けに行く」
 「じゃあ、僕も行きます」
 恵は執念を感じるような目でこちらを見つめている。俺は少し迷ったが、その目を見て断ることができず「あぁ」とうなずいた。
 俺は1000万を用意するため親父に電話した。しかし、なかなか繋がらず地団駄を踏んでいた。およそ30秒でつながったが、時間がありえないほど遅く感じた。
 「あぁ、俊樹としき。どうした?」
 電話がつながると、俺はルイが誘拐されたことと1000万が必要なことを話した。親父はそのことを聞いて驚いたが「わかった」と了承してくれた。
親父は「警察には言ったのか?」と聞いた。俺は「それがバレたら,ルイがどうなるかわからない」と答えた。親父は「お金はお前の口座に振り込む」と言った。俺は久しぶりに親父に「ありがとう」とつぶやいた。
 俺と恵くんはアタッシュケースを持ち、銀行に向かう。途中でタクシーを捕まえた。運転手に銀行とルイが誘拐されているであろう場所のあたりを伝えた。
 しばらくすると、タクシーは銀行につき、すぐさま俺は引き落としを済ませた。それをアタッシュケースの中に入れる。周りの人から見られたが、そんなことは関係ない。俺は急いでタクシーに戻った。
 再びタクシーは出発し、30分ほどで目的地に着いた。運転手に料金を払い、俺と恵くんはタクシーを出た。
 外は昔は発展していたのだろうが、今は廃れて汚れてしまった町があった。そこをしばらく歩くと、建物が少なくなっていった。すると、『安全第一』という看板が斜めになっている工場の跡地を見つけた。周りは背の低い草が生えているだけで障害物はほとんど見当たらない。警察を呼ばなくて正解だった。
 すると、工場の入り口から歩いてくる人影を見つけた。
 

 
 
 
 
 

 
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