紅い花

ニャロック

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紅い花

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 その女は喫茶店の入口に立ち、店内を見まわし目的の相手を探した。奥の方で片手を挙げて、ここにいることをアピールしている男を見つけると、まっすぐその席へ向かった。

「悪いね、君だけが頼りなんだ。家賃を滞納して、出てくれって言われているだ」
「私はATMじゃないのよ」
 どうせ、他の女にプレゼントを買ってやるに決まってる。そのことが分かっているのに、お金を渡してしまう。厚みのある封筒を男の前に差し出す。

「助かる」

 男はすぐにそれをポケットにしまい込む。そんな仕草を女は黙って見ている。
何の会話もない。男はコーヒーを飲み終えると立ち上がり、女は伝票を手に男の後を追った。

 男は店を出ると当たり前のように、ラブホテルの立ち並ぶ一画を目指して歩き出し、女はその後をついて行く。そして、とあるホテルの中に二人は消えた。

 そんな二人を喫茶店から、まるで探偵のようにずっと尾行している女の影があった。二人がホテルに入るのを確認すると足早に立ち去った。





 玲奈はテレビを見て凍りついた。ラブホテルでカップルの無理心中事件。発見場所は浴室で、二人とも全裸だった。加害者の女性は、ナイフで男性の頚動脈を切り、その後めった切りにし、自らも手首を切り死亡。女性の名前は平田つぐみ。

 その名前は玲奈の恋人と同性同名。彼女の恋人は女性だった。急いでスマホを手に取るとコールした。呼び出し音がしばらく続き、留守電のメッセージに変わった。つながらない。

 どうしてと言う思い。男と無理心中なんて考えられない。バイプレーヤーで二股かけられていたのか?それも何か信じられない。玲奈の頭は混乱した。

 玲奈は墓前に花をたむけることもできず、つぐみの両親にも会えなかった。私はつぐみさんと付き合っていました。つぐみさんを愛していました。と言うことは躊躇ためらわれた。性の多様性だとか世の中では言っているが、実際それは受け入れられるはずもないことだ。友達を装うのも、彼女を侮辱しているようで出来なかった。


 玲奈は小さなライブハウスで、時折り
歌を歌っていた。気心の知れた人が聴きに来てくれる。つぐみを皆んなに紹介したのは玲奈だった。愛らしいつぐみはすぐにみんなのマスコット的な存在となった。二人の関係は秘密にした。彼女が奇異の目で見られるのは耐えられない。

 みんなのたっての願いで、つぐみへの鎮魂歌レクイエムを作った。
 ギターをつま弾きなから歌いだす。
        


 この花の紅い色は
 私の心 あなたをこうる色

 遠い昔から歌い継がれた
 悲しき恋の歌
 絶えることなく歌い継がれてゆく
 次に歌うはこの私

 今あなたの抱いてる女は
 私じゃなくて他の女
 愚かな女と笑わば笑え
 それでもあなたを忘れられない

 あなたを想う気持ちが
 熱く焦がれてこの身を焼き尽くす
 この炎であなたを包んであげようか
 それともあなたの胸に赤い血の花
 咲かせてあげようか

 あなたのその胸に咲いた血の花
 私を染めてゆく
 私の流す血と混じって
 あなたと一つに結ばれてゆく

 あなたをもう二度と離しはしない
 私の腕の中で安らかに眠れ


 玲奈は自分で作った歌でありながら、何か違和感を感じられずにはいられない。


 つぐみとの出会いはほんの偶然だった。ドーナツのチェーン店のカウンター席。玲奈が椅子に座った時、隣の席のコーヒーカップを倒してしまい、トレイの中をコーヒーで溢れさせてしまった。

「ごめんなさい、服は大丈夫ですか」
「大丈夫よ、気になさらないで」
 色白でまるで人形のような顔立ち。可愛い。年齢は自分と同じ位だろうか。それが出会いだった。
 
 知り合って間もない頃、二人で公園のベンチに座り池を眺めていた。白鳥がえさをを獲るために、頭を水中に潜らせ、そのまま逆立ちするように魚を追う。水面には白鳥のお尻と水かきだけが突き出す。

 そんな白鳥の姿がおかしくて、二人して笑ってしまう。そして、沈黙。玲奈はつむぎのくちびるに自分のくちびるを重ねた。柔らかなくちびるの肉感。

「つむぎ、私の胸こんなにドキドキしてる」 
 玲奈はつむぎの手を取り、自分の胸のうえに押し付ける。
「本当ね。玲奈の鼓動が伝わってくるわ」
「私もドキドキしてる」
 つむぎもまた玲奈の手を取り、自分の胸にもってゆく。玲奈の手は、つむぎのふくよかな乳房を感じた。

 二人の待ち合わせ場所は、いつも決まっていた。ジャズがいつも流れている、洒落た喫茶店。ここで長々とおしゃべりをする。
 
 そんな二人の会話を邪魔するスマホの呼び出し音。玲奈はスマホの発信元を見て一瞬躊躇ったが、呼び出しに出ることにした。短い会話。
「分かったわ。いくらいるの?じゃーね」
玲奈はこの大切な時間を奪われたくなかった。

「まったく迷惑なのよね。お友達がお金を貸してくれだって」
つむぎはスマホから漏れ聞こえる声が、男性であることに気付いた。

 それから暫くして、玲奈とつむぎはいつもの喫茶店で待ち合わせをした。つむぎの手には紙袋が握られていた。

「今日は玲奈にプレゼントがあるの」
紙袋の中からクマのぬいぐるみを出すと、子供みたいな声色で話かける。
「こんにちは、名前はつむぎです」
「このクマさんも、あなたと同じ名前なの?」
「そうよ、よろしくね」

 玲奈は渡されたぬいぐるみを大事そうに抱いた。
「誕生日でもないのに、プレゼントなんてどうしたの」
「いいじゃない、私の手作りよ。大事にしてね」

「分かったわ、このつぐみクマちゃんを
抱いて、寝ることにするわ」
「ありがとう、ぬいぐるみの中にお手紙を入れておいたの、もし、別れることがあったら読んでね」
「変なこと言わないで、もう、つむぎたっら」
それがつむぎを見た最後だった。

 よりにもよって、なぜあの男と無理心中したの。かつて玲奈を弄んだ男。いつ出会った?どうして話をしてくれなかったの。そうしたら、あの男がどんなやつか教えてあげられたのに。

 そもそも私との関係はなんだったの。やはり、バイセクシャル?ただ私もバイセクシャルと言えば、バイセクシャルなのかもしれない。

 ライブハウスの仲間が集まると、すぐにつむぎの話になつてしまう。つむぎがいかに愛らしかったか。つむぎの笑顔にどれだけ救われたか。そんな話を何度も何度も繰り返す。

 つむぎのことを、妹のように可愛いがっていた女性が一つの提案をした。
「今度、つむぎとのお別れの会開いてあげようよ」
 その提案にみんな飛びついた。
                  
 玲奈は一人呟いていた。
「お別れの会、お別れの会、お別れ...」
つむぎが言ったのだ、別れることがあれば読んでね、と。

 つむぎの死に動揺してすっかり忘れていた。玲奈はライブハウスから駆け出していた。息を切らして自分の部屋にたどり着くと、クマのぬいぐるみのお腹をハサミで切り裂いた。中から可愛い便箋に
見覚えある文字で、文章が書き綴られていた。

 手紙の上にポタポタと涙が落ちる。
読み終えた玲奈は、喉が裂けよと言わんばかりに叫び声をあげ、泣き崩れた。



最初に言っておきます。私は嫉妬深い女です。
あなたがあの男にお金を渡し、ホテルに入って行くのを見ました。

あなたがまだあの男につながれていることを確信しました。それは、あなたがお金を渡したからでも、ホテルに行ったからでもありません。あなたの目を見て確信しました。あなたはまだあの男の呪縛から、解き放たれていません。

あなたは肉体的に、彼から捨てられた寂しさを私で満たしていただけです。それはそれでいいのです。私があなたを愛していたのですから。

ただ私は、私の愛する人を縛り続ける
あの男を許せなかった。だからあなたを解き放つことにしました。

あなたは女性を愛することはできません。それは、そのように生まれてきた訳ではないのですから。
 
私のあなたへの最後のお願いです。
普通に結婚して子供を沢山産んで下さい。幸せな家庭をつくってください。

もう一つお願いを聞いて。クマのつぐみも可愛いがって下さいね(笑)。


 玲奈は悟った。紅い花は私だ。
 
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