43 / 64
43 久住晴彦 その2
しおりを挟む
玄関から出た晴彦は防風林の方へ足を向けた。
風が思ったよりも強く寒かったため家に戻ってまた読書をしてもよかったのだが、せっかくカメラを借りたので何か一枚でも撮ってみたかった。
イジメが始まる前は、よくスマホで風景などを撮っていた。
家出してカバンは捨ててもスマホは捨てなかったのは、撮った写真の一部のデータがまだバックアップできていなかったからだ。
もし自分が家出の果てにどこかでのたれ死んだとしても、唯一の趣味だった写真だけは残したかったのだ。
それは自分が確かにこの世にいた事の証明でもあるから。
防風林の中に入ると、その名の通り風が格段に和らいだ。
頭上の木々はざわめくように揺れているが、晴彦の背丈ほどの高さではさほど強い風ではない。
手入れはされてないが今の時期は草が殆ど枯れているし獣道のような細い道があるため、思っていたよりは歩きやすかった。
ただ、林の中は暗かった。
天気がよければもっと明るいのだろうが、あいにく今日は曇りだ。どんよりと重たい灰色の雲が木々の間から見え隠れしていた。
晴彦が歩いている道に沿うように海側にあるフェンスが続いている。
こちらのフェンスも大人の身長の倍くらいの高さだった。
黄色い葉の蔓が絡まるフェンスが何となく気に入ったので、近くまで歩いて行って写真を撮った。
カメラのシャッターを切る感触が気持ちいい。
自分はスマホで写真を撮るよりカメラで撮る方が好きなのだと実感した。
もう少し近づいて、フェンス越しに見える海の写真を撮る。
強風に煽られて荒れた海はいつか夢で見たように美しかった。
あの海を鯨になって泳げたら良いのに。
荒波に負けない大きな体で広く冷たい海を悠々と泳ぎたい。
何故人間に生まれてしまったのだろう。
何故あの夫婦の子供に産まれてしまったのだろう。
何故あいつらのようにくだらない人間と同じクラスになってしまったのだろう。
苦悩ばかりが波のように打ち寄せる。
もう少し海を眺めていたかったが、強い風を受けて体がすっかり冷えてしまったので、もう家に戻ってココアでも飲もうかと振り向くと。
千代子が立っていた。すぐ傍に。
驚いた晴彦は思わず短い悲鳴を上げた。
いつからそこにいたのか。気配を全く感じなかった。
どこから来たのか。フェンスに近づこうと歩いている間、どこにも千代子の姿はなかったのに。
驚愕する晴彦を暫し見つめて、千代子は踵を返す。
子供の足とは思えない速さで歩き去り、木の陰に入るとそれきり姿が見えなくなった。
呆然と千代子を見送っていた晴彦はハッと我に返り、千代子の姿が消えた木の辺りまで走って行ったが、千代子はどこにもいなかった。
あの短時間で姿を隠せそうな所はどこにもない。
では、さっきまでいた千代子は幻覚だったのか。
自分の目が信じられない。見たものが実在するとは限らないなんて、自分は狂ってしまっているのか。
晴彦はカメラを構えて林の中を何枚も撮った。
写真に撮った風景は、自分の目で見ている風景と同じだった。
安堵してホッと息をついた。が、最後の一枚に。
暗い林の中央に赤い色彩が小さく写っていた。
晴彦はそれが何か確かめることなく写真を消去し、カメラをダウンジャケットのポケットにしまうと家に向かって駆け出した。
風が思ったよりも強く寒かったため家に戻ってまた読書をしてもよかったのだが、せっかくカメラを借りたので何か一枚でも撮ってみたかった。
イジメが始まる前は、よくスマホで風景などを撮っていた。
家出してカバンは捨ててもスマホは捨てなかったのは、撮った写真の一部のデータがまだバックアップできていなかったからだ。
もし自分が家出の果てにどこかでのたれ死んだとしても、唯一の趣味だった写真だけは残したかったのだ。
それは自分が確かにこの世にいた事の証明でもあるから。
防風林の中に入ると、その名の通り風が格段に和らいだ。
頭上の木々はざわめくように揺れているが、晴彦の背丈ほどの高さではさほど強い風ではない。
手入れはされてないが今の時期は草が殆ど枯れているし獣道のような細い道があるため、思っていたよりは歩きやすかった。
ただ、林の中は暗かった。
天気がよければもっと明るいのだろうが、あいにく今日は曇りだ。どんよりと重たい灰色の雲が木々の間から見え隠れしていた。
晴彦が歩いている道に沿うように海側にあるフェンスが続いている。
こちらのフェンスも大人の身長の倍くらいの高さだった。
黄色い葉の蔓が絡まるフェンスが何となく気に入ったので、近くまで歩いて行って写真を撮った。
カメラのシャッターを切る感触が気持ちいい。
自分はスマホで写真を撮るよりカメラで撮る方が好きなのだと実感した。
もう少し近づいて、フェンス越しに見える海の写真を撮る。
強風に煽られて荒れた海はいつか夢で見たように美しかった。
あの海を鯨になって泳げたら良いのに。
荒波に負けない大きな体で広く冷たい海を悠々と泳ぎたい。
何故人間に生まれてしまったのだろう。
何故あの夫婦の子供に産まれてしまったのだろう。
何故あいつらのようにくだらない人間と同じクラスになってしまったのだろう。
苦悩ばかりが波のように打ち寄せる。
もう少し海を眺めていたかったが、強い風を受けて体がすっかり冷えてしまったので、もう家に戻ってココアでも飲もうかと振り向くと。
千代子が立っていた。すぐ傍に。
驚いた晴彦は思わず短い悲鳴を上げた。
いつからそこにいたのか。気配を全く感じなかった。
どこから来たのか。フェンスに近づこうと歩いている間、どこにも千代子の姿はなかったのに。
驚愕する晴彦を暫し見つめて、千代子は踵を返す。
子供の足とは思えない速さで歩き去り、木の陰に入るとそれきり姿が見えなくなった。
呆然と千代子を見送っていた晴彦はハッと我に返り、千代子の姿が消えた木の辺りまで走って行ったが、千代子はどこにもいなかった。
あの短時間で姿を隠せそうな所はどこにもない。
では、さっきまでいた千代子は幻覚だったのか。
自分の目が信じられない。見たものが実在するとは限らないなんて、自分は狂ってしまっているのか。
晴彦はカメラを構えて林の中を何枚も撮った。
写真に撮った風景は、自分の目で見ている風景と同じだった。
安堵してホッと息をついた。が、最後の一枚に。
暗い林の中央に赤い色彩が小さく写っていた。
晴彦はそれが何か確かめることなく写真を消去し、カメラをダウンジャケットのポケットにしまうと家に向かって駆け出した。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる