アポリアの林

千年砂漠

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43  久住晴彦  その2

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 玄関から出た晴彦は防風林の方へ足を向けた。
 風が思ったよりも強く寒かったため家に戻ってまた読書をしてもよかったのだが、せっかくカメラを借りたので何か一枚でも撮ってみたかった。
 イジメが始まる前は、よくスマホで風景などを撮っていた。
 家出してカバンは捨ててもスマホは捨てなかったのは、撮った写真の一部のデータがまだバックアップできていなかったからだ。
 もし自分が家出の果てにどこかでのたれ死んだとしても、唯一の趣味だった写真だけは残したかったのだ。
 それは自分が確かにこの世にいた事の証明でもあるから。


 防風林の中に入ると、その名の通り風が格段に和らいだ。
 頭上の木々はざわめくように揺れているが、晴彦の背丈ほどの高さではさほど強い風ではない。
 手入れはされてないが今の時期は草が殆ど枯れているし獣道のような細い道があるため、思っていたよりは歩きやすかった。
 ただ、林の中は暗かった。
 天気がよければもっと明るいのだろうが、あいにく今日は曇りだ。どんよりと重たい灰色の雲が木々の間から見え隠れしていた。
 晴彦が歩いている道に沿うように海側にあるフェンスが続いている。
 こちらのフェンスも大人の身長の倍くらいの高さだった。
 黄色い葉の蔓が絡まるフェンスが何となく気に入ったので、近くまで歩いて行って写真を撮った。
 カメラのシャッターを切る感触が気持ちいい。
 自分はスマホで写真を撮るよりカメラで撮る方が好きなのだと実感した。
 もう少し近づいて、フェンス越しに見える海の写真を撮る。
 強風に煽られて荒れた海はいつか夢で見たように美しかった。

 あの海を鯨になって泳げたら良いのに。
 荒波に負けない大きな体で広く冷たい海を悠々と泳ぎたい。

 何故人間に生まれてしまったのだろう。
 何故あの夫婦の子供に産まれてしまったのだろう。
 何故あいつらのようにくだらない人間と同じクラスになってしまったのだろう。

 苦悩ばかりが波のように打ち寄せる。
 もう少し海を眺めていたかったが、強い風を受けて体がすっかり冷えてしまったので、もう家に戻ってココアでも飲もうかと振り向くと。

 千代子が立っていた。すぐ傍に。

 驚いた晴彦は思わず短い悲鳴を上げた。

 いつからそこにいたのか。気配を全く感じなかった。
 どこから来たのか。フェンスに近づこうと歩いている間、どこにも千代子の姿はなかったのに。
 驚愕する晴彦を暫し見つめて、千代子は踵を返す。
 子供の足とは思えない速さで歩き去り、木の陰に入るとそれきり姿が見えなくなった。
 呆然と千代子を見送っていた晴彦はハッと我に返り、千代子の姿が消えた木の辺りまで走って行ったが、千代子はどこにもいなかった。

 あの短時間で姿を隠せそうな所はどこにもない。
 では、さっきまでいた千代子は幻覚だったのか。

 自分の目が信じられない。見たものが実在するとは限らないなんて、自分は狂ってしまっているのか。

 晴彦はカメラを構えて林の中を何枚も撮った。
 写真に撮った風景は、自分の目で見ている風景と同じだった。
 安堵してホッと息をついた。が、最後の一枚に。

 暗い林の中央に赤い色彩が小さく写っていた。

 晴彦はそれが何か確かめることなく写真を消去し、カメラをダウンジャケットのポケットにしまうと家に向かって駆け出した。
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