これで終わりじゃないよね?

もとむげ

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物語が動き始める章

第十二話 「ごめんなさい、君の名前を呼びます」

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時間は正午を回り、とうとう俺のお待ちかねである昼休みが始まった。

この時間になると、大多数の生徒は一斉に教室から思い思いの場所へ散っていく。

過ごし方も人それぞれだ。

おしゃべりでもしながら気の合う友人と昼食を摂ったり、最愛の彼氏、彼女に会いに行ったりする人もいる。

この学校は比較的活発な生徒が多いのか、体育館でバスケ、校庭でサッカー、などに講じる人も多い。

でもやはり俺のような高校三年生で、しかも秋期ともなると話は違う。

将来へのステップが順調に運べていない人は、遊んでいる時間すら惜しいはずだ。

今も教室に残り、いそいそと勉強に励むクラスメイトたちの姿が目に付く。

そんな人に「何かして遊ぼうぜ?」と誘っても、恐らくお断り発生率は高い数値を記録するだろう。

そんな具合の中、肝心の俺はというと、流されるまま。なるようになればいいと思っているので、危機感も何も無く気楽に過ごしている。

しかし今日はボケッと時間が経つのを待っているわけにはいかないのだ。

――ポケットから、スッと荻原に渡されたメモを取り出す。

荻原自慢の、カラフルな手帳から炙り出されたこの七人の中に、目的の「彼女」が含まれているのかは実際眉唾ものではある。

荻原のデータは信用出来るもので間違いないはず。

だが俺自身が信用出来ないのだ。

なぜかというと「本当にあの時美術室であった彼女は実在するのか?」という懸念があるからだ。

一昨日……一昨日だったか?

その日床に就いたら、いつの間にか真っ暗な空間にいて……。

全てを知る者という得体の知れない人物に会って……。

昨日……そうだ、昨日話したんだ彼女と。

今思えば、かなり遠い日のことのようにも思えてしまう。

もうすでに一昨日の出来事であったか、昨日の出来事であったかも定かではない。

定かではないが、彼女は実在するかもしれないし、実在しないかもしれない。

もしかしたら彼女は俺が見た夢。

俺が作り出した存在なのかもしれない。

――いや、結局存在するかしないかなんてことはどうでもいいのかもな。

記憶なんてものは曖昧なものだし。

何よりも大事なのは、過去ではなく今なんだ。

今は動くが、過去が動くことは無い。

動かない過去を振り返っても、今が変わることは無い。 

だから動くことの出来る今だけを見ていればいいんだ……。

ある未来の一時に辿り着けば、きっと過去も知れるはず。

何もかもが答えを明示してくる時が来るはず……。

彼女のことだって、このメモにある人物に会っていけばいつか必ず存在するかしないかが確認出来る時が来る。

今は深く考えずに、このメモにある七人に会うだけで十分だ。きっとそれだけでいいんだ。

――この時、俺の中で少しだけ違和感を覚えたが、また「あの声」が聞こえてきそうだったので、「気にするな」と自分に強く言い聞かせた。

「まずは一組の工藤と荒井か……」

昼食であるチョコチップスティックパンとコーヒー牛乳は、すでにゼリー飲料の如く腹に流し込んでおいた。

後はただ、このメモを頼りに調査するのみ。

早くも彼女の可愛げのある笑顔ばかりが頭に浮かんでくるが、脳内で彼女に会ってもしょうがない。

直に彼女の笑顔をこの眼に焼き付け、他愛のない話でもして、その後は……まあいいや。

とにかく、まず教室を出よう!

このしけた空気にいつまでも触れていては、ため息しか出てこないからな!

俺のポジティブな胸の内とは裏腹に、我が三年六組の教室は、まるで終電さながらのどんより加減。

――一人一人の悩みで部屋全体が埋め尽くされているみたいだ。

それを蹴り、俺は教室を後にした。
 
「あーもう最悪だし。マジウザイあの石アタマ」

ブツブツと文句を言いながら、仕返しだとばかりに思いっきり扉を閉めてやる。

扉の向こうから微かに聞こえてくる怒鳴り声など微塵も気にならない。

とりあえず今は早くこの場を離れないと。

ガリガリと頭を掻きむしりつつ、教務室から出てきたのは黒川美紗だった。

厳格な教師として知られる鈴田に、三十分近く説教を聞かされ、ようやく開放されたところだった。

鈴田の説教はやたらデカイ声で怒鳴りつけるだけ。

うるさくてウザったいものでしかない。

三十分も我慢するのは容易ではなかったが、そこでとうとうキレてしまい突っかかっていけば更に面倒なことになってしまう。

でも由美と梨香ときたら……。

余計なこと言うからあの石アタマもっと怒っちゃったじゃん。

大人しく聞いてるフリしてれば良かったのに……。

「今日はもうサボっちゃおうかな……」

 今日、二人の昼休みは鈴田との言い争いで終わってしまうんだろうな……。

そう思うと急に気持ちが萎えてしまう。

いつも一緒の由美たちがいないと何もすることがないのだ。

でもそんな時は大抵保健室に行く。

多分、由美と梨香も説教が終わったらやる気なくして保健室に来るはず。

三人でいる時も、何かあるとすぐ保健室直行なので、自然とそうなることは間違いない。

それまで薬臭いベッドでゴロゴロして、由美たちが来たら学校抜けてカラオケでも行こう。

……うん、それがいい。

「まっ、保健室にでも行っとこ」

黒川は、由美と梨香の健闘を祈りつつ保健室へと向かった。 

「神川さん?神川さんに用があるの?」

「はい。神川さんは保健室にいると聞いたので……」

「あら、それは残念ね。神川さんならほんのちょっと前に出て行きましたよ。あなたとすれ違いになっちゃったのね」

「すれ違い……ですか。どこに行くとか何か言ってました?」

「うーん。特に何も言わずに出て行っちゃったから……」 

「そうですか……」

一組の工藤、荒井、二組の橋本にはもう会うことが出来た。

確かにショートでヘアピンも付けていたが、三人とも俺が探している「彼女」ではなかった。

続く三組。

神川の居場所を聞いて回ったところ、クラスの連中は皆一様に「神川さんは保健室にいる」と口を揃えて言ってきた。

なのでその通りに保健室にやってきたはいいものの……これだ。

「それよりも私、今から教務室に行かなきゃいけないんだけど、もし神川さんに会ったらあなたが探してたってこと伝えてあげましょうか?」

この優しい優しい養護教諭の浜咲先生は、例え仮病を使ったとしても本気で心配してくれるような人だ。

昔、俺が本当に体調が悪くてちょっと休ませてもらっていた時、わざとらしく「先生ぇー、アタマ痛いよぅー、苦しいよぅー」と言いながら具合悪そうに入ってきたやつがいた。

俺から見ると、彼の具合悪そうな体を装いベッドで寝させてもらおうという魂胆は口調からしてバレバレだが、浜咲先生は本気だ。

具合悪そうな様子を見ると、いつから? 頭が痛いだけ?のどは痛くない?吐き気する?昨日の夕食は何食べた?お腹は痛い?最近眠れる?何か悩んでることある? など実に色々なことを聞くのだ。

彼は予想以上に質問されて返答に困っていたが、俺のようにベッドで休む……こいつの場合はサボることになった。

しかしこれまた浜咲先生。次のチャイムが鳴るまでゆっくりさせてればいいのに、何度も何度も様子を見にやってくる。

大人しく寝ているつもりもないのに、何度も「シャー!」とカーテンを開けられるのは堪ったもんじゃない……。

しばらくして、そいつは耐え切れずに保健室を出て行ってしまった。

浜咲先生は、彼が仮病を使っていることを見抜いてて、わざといやがらせをしているじゃないか?と思ったが、あくまでも先生は本気なだけだ。

仮病を使った彼は、本気で接してもらおうと思っていないので鬱陶しく感じたまで。

その時、俺も同じように質問攻めにあったのだが、俺は全て返答し終えたあとの先生に「答えてくれてありがとう。必ず何とかしますね」と言われて、頼もしく感じた覚えがある。

受け手の捉え方一つで、好意にも映るし、悪意にも映るんだなということを身を持って知れた良い機会だったと思う。

――まあでも、仮病を使った彼も甘い。

バレバレの演技でも本気になってくれるということは、先生が素直だからだよ。

ということはだ。ただ普通に「具合悪いんでちょっと寝させてもらいます」と告げてベッドへ行けば「そうですか。では何かあったら言ってくださいね」だけで済むかもしれない。

これを実際にやってみたことがあるが、思った通り実に快適な時間を過ごすことが出来たぞ?

先生は俺が寝るということを信じていたので邪魔をしないようにしてくれていたんだ。

でも彼の場合、先生から見て眠れるかどうかを心配させるほど具合が悪そうにして見せたから、何度も様子を見に来られたんだろう。

何事も周囲に「そう思わせて」しまえば楽なんだ。

「あの人は○○なんだ」と思われるような行動を取り続け、固定観念を持たせてやれば良いんだ。

そうすればある程度許容されるものも多くなり、その範囲内では自由になれる――。

「どうしますか?高月君。……高月君?」

ふと浜咲先生に顔をマジマジと見られていることに気付く。

「え?……あ、本当ですか?ありがとうございます!じゃあ会ったらでいいので、良ければお願いします」

「ええ、伝えておきますね」

浜咲先生は、長い黒髪をふわっとなびかせながら俺の横を過ぎていった。

薬品などから発せられる鼻に残るようなにおいが、若干香水の混じる大人の自然な良い香りにふわっと打ち消された。

「さてと。教室に戻ったのかもしれないし、また三組に行ってみるか」

時計を見てみると、昼休みも後十分ちょいしかない。

これくらいの時間になれば、大抵皆教室に戻る頃だろう。 

「すれ違いになるんならずっと三組で待ってたほうが良かったかもな」 

三組の連中に、口を揃えて神川さんは保健室にいますよーと言われて保健室に来たのに、ちょうど神川さんは出て行ったところでしたーなんて……。

「俺ってあいつらにハメられたのかな?」

そう思わざるを得なかったが、人には会いたくない時に会ってしまう。

だけど、会いたい時には会えない。

実際そんなもんだろう。

「まあいいや。とにかく戻って……」 

「――あっ!!」 

「えっ?」

ドッ!!!

踵を返して保健室から出ようとした時、誰かとまともにぶつかってしまった。

――これはぶつかるというより「体当たりされた」という表現が適切だろうか。

左足のシューズの踵部分が右足に引っ掛かり、バランスを崩して俺が尻餅をつく格好となった。

「痛たたた……」

結構な衝撃だったので、一瞬何が起きたか把握出来なかったが、俺は実に冷静さを保っていた。

とりあえず立ち上がって相手に謝ろう。

謝罪の弁もすんなりと頭に浮かんできた。

「……あ、あの…………ごめんなさい!えっと…………大丈……夫……ですか?」

今にも消え入ってしまいそうなロウソクみたいにか弱く、オドオドと怯えるような声。

そして何だかぎこちない気遣いの言葉……が聞こえたような気がした。

「俺は大丈夫だ。気にしなくて良いよ」

「で、でも……」

「いやホントに、君は気にしなくて良いと思うよ。むしろ謝らなきゃいけないのは俺のほうだから……」

尾てい骨を強打したのかは知らないが、若干腰が痛い。

生まれたての小鹿よろしく、やっとのことで立ち上がった。

「……あの。ぶつかって本当にごめんなさい!」

「いや、こっちこそ。ホント謝ります。すみませんでした」

 ぶつかってしまったことに対し、頭を下げて謝った。

だが、まだ謝ることがある。

「そして、やっと思い出しました。遅くなってごめんなさい、神川さん!」
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