これで終わりじゃないよね?

もとむげ

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物語が動き始める章

第十六話 「尽きることのない疑問」

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教室で待っていると言っていた神川を迎えに、俺は三組へ向かった。

誰かと一緒に帰ること自体久しぶりのことだ。

男子ならまだしも、女子と一緒に帰るのは初めてのことだった。

だから帰りの道中に何を話せばいいのか見当がつかない。

しかしこれはチャンス。

神川と会話することの出来る絶好のチャンスだ。

神川に関して言えば、聞きたいことがいっぱいある。

きっと時間があっという間に過ぎてしまうに違いない――。

三組の中を覗き込むように見てみると、左奥。ちょうど俺のいる反対側の入り口の真ん前に神川が座っていた。

保健室で会った時とは違い、彼女は白いブラウスにスカートというスタンダードな制服姿に身を包んでいた。

ブレザーを肩に掛け、机に置いた鞄を枕にして突っ伏すような体勢を取っていた。

教室内にはすでに人がほとんど残っておらず、教卓を囲んで雑談をしている生徒が数名と、まばらに残って勉強をしている生徒がいるだけだった。

俺は反対側の入り口に回り、後ろからポンッ!と神川の肩を軽く叩いて声を掛けた。

「神川っ、来たよ」

ただ後ろから軽く肩を叩き、呼ぶ。

こんな些細な行為だろうと、彼女にとっては十分吃驚に値するものだったらしい。

神川は話しかけた俺でさえも、思わず一歩後ずさってしまう程の勢いでバッと立ち上がった。

この時、彼女が肩に掛けていたブレザーがするりと床に落ちた。

「おっと!――迎えに来たよ、驚いた?」

「た、高月くん!?」

俺のほうを向き、目をぱちくりさせている神川。

口が軽く開いたままの間抜けな表情だったが、それがどことなく可愛らしく思える。

そして先程まで比較的静穏だった教室内にいきなり大きい声が響き渡ったので、居合わせていたクラスの連中が一斉にこっち側に顔を向けた。

でもどうせ一瞬だけ気を向けたらまたすぐに各々の話に戻るだろうと思っていたが、何やら連中はこちらをチラチラ見ながらヒソヒソ話を始めた……ように感じる。

「もう、ビックリさせないでよね!それに亜希って呼んでって言ったでしょ?」

腰に手を当てて、若干むくれた様子で真正面から言ってくる神川……じゃなくて亜希。

思わずたじろぎそうになるくらいの威圧感を放っている。 

「そ、そうだったね。ごめんごめん」

――ここでふと気付いたのだが、一瞬見えた亜希の白いシャツの背中が若干黒ずんでいるのが気になった。

「まあいいわ。高月くん、行こっ」

亜希は床に落ちたブレザーを拾い、豪快に埃を振り払う動作を見せて着用した。

埃とともに、亜希の香りが俺の鼻を通る。

――美術室で初めて会ったときと同じ匂いがした。

そして鞄を手に取ると颯爽と教室から出て行く。

俺もそれに続いた。

廊下に出ると亜希は真っ直ぐ、俺を待たずにズンズンと人混みをかきわけ、生徒玄関へ向かっていく。

俺は比較的大股で、歩くのは早いほうだが、亜希はそれよりも一歩早いペースで歩いていく。

歩くというか早足と呼ぶのが相応しいかもしれない。

その後ろ姿はどこか急いでいるようも見受けられる。

――一緒に並んで歩くのが嫌なのかな?

「……確か亜希の家って学校から近いんだよね?」

生徒玄関で指定靴を履き替えながら亜希に尋ねた。

すでに靴を履き替え終わっていた亜希は、腰に手を当てて言った。

「うん。大通り方面とは逆方向なんだけど、学校を回って少し行くと消防駐在所があるでしょ?あそこの近く」 

「あー、あの辺りね。それじゃやっぱ結構近くなんだ」

「でもさ、真っ直ぐ帰るんじゃつまらないし、ちょっと遠回りしていかない?」

「良いよ。どっか寄ってこうか」

亜希がどんな思惑を持って俺との帰宅を望んだのかは知らないが、そのまま自宅へ直行というのも寂しいものだ。

俺も色々話したいし、大通りのアーケードでもふらついてみるか。

俺たちは手を繋ぐわけでもなく、かと言って二~三メートルくらい大きな距離を取るわけでもなく、微妙な距離を保ったまま玄関を後にした。

――今日も夕焼けが綺麗だった。

揺らめく炎のように空に映える赤橙色。

風景を色付けるそれは、一日を通して得た充足感を引き出し、際立たせてくれる。

たとえ嫌なことや辛いことがあったとしても、この暖かな空を見ているだけで気分が落ち着く。

気温もそんなに低いものではなく、上着を脱いでも心地良い具合だ。

窮屈な学校が終わり、とてもゆったりした時間が流れて行く……。

「あのさ、亜希。いきなりこんなこと聞くのもどうかと思うけどさ、学校…………楽しい?」

後ろ手に鞄を持ち、前方で一歩一歩ゆっくりと歩を進める亜希に聞いた。

「何でそんなこと聞くの?」

振り返ることなく返事をする亜希。

「俺さ、学校に通うことに意味があるのかな?って思うんだ」

「ふぅん、それはどうして?」

「毎日同じことの繰り返し。朝起きて学校行くだろ?そして授業聞いたり、クラスの奴らと他愛の無い話をしたり……。時間になったらあとはそそくさと帰るだけ。何でこんなことしてんだろう、何の意味があるんだろうってずっと疑問なんだ」

「うん。考えてみれば確かに同じことの繰り返しだよね……」

「学校だけじゃない。何で俺は生きてんだろうな……っていうのも良く思う。亜希は思ったりしない?何のために生きてんだろうって」

亜希は俺の問いかけに対して、穏やかに答えた。

「あたしも思うよ。生きるって何だろうって。あたしなんか必要とされてない、いなくなっても何の問題もないんだ、とかね」

「へえ、亜希もそんなこと思ったりするんだね。意外だなぁ」

「……そうかな?」

「ああ。俺からしたら、亜希は悩み事とかあってもへっちゃらだってタイプだと思う。そんな卑屈なこと考えないで、いつも明るくて笑顔、周りに元気を振りまいてて……。みんなに好かれてるイメージがあるな。まあ俺と亜希と会ったのってホント最近のことじゃない?でも俺はそう感じるよ」

――亜希と出会ったのはごく最近、昨日のことなのだ。

しかし美術室で彼女と出会った時のインパクトは、俺にとって少なからず衝撃を与えたのかもしれない。

もう遠い出来事のように感じるが、全てを知る者と称する人物が目の前に現れた瞬間、その時点で俺と亜希の出会いは決まっていたことなのかもしれない。

いや、全てを知る者が俺の望みを叶えるために神川亜希という存在に引き合わせてくれたのかもしれない。

それだけでなく、亜希と出会うことによっていつもと変わらない日常に変化が起きるかもしれないという期待、変わらない毎日に変化を加えたいという願望。

これらが相まって、俺は亜希に惹かれているのかもしれない――。

「高月くんがそう思ってくれてること。とっても嬉しいな……。高月くんと一緒なら、ずっとそんなあたしで居れるかな……」

亜希は急に立ち止まって淑やかに言った。

夕日に照らされた向こう側。

亜希は今どんな表情をしているのだろう。

「ねえ高月くん……」

亜希が振り返ると、一瞬夕日が目に射さり、目の前がぼやけた。

「何事も意味が無いとダメなのかな?」

「えっ?」 

呟くように俺に問いかけてくる亜希。

なぜか俺は亜希に返す言葉を見繕っていた。

何を言われても答えられるように……。

「生きる意味を一生懸命考える。考えて考えて、必死に悩み抜いたとしても答えが出るわけじゃないよね?たとえ答えが出たとしても、それは自分なりの答え。気休めだと思うの。でも一時しのぎの気休めだとしても、それを糧にして毎日を送っていけばそれが立派な答え、生きる理由や意味になるんじゃないかな?」

「……それはそうかもしれないけど、結局は自分なりの答えじゃないか。自分なりの理由、意味合いじゃなくて、それとは違った唯一のものがあると思う」

「決まっているただ一つの答えがあるってこと?」

そう言うと、亜希は俺のほうを向いたまま後進し始める。 

「ああ。例えば、指で一、二、三……と数えていく。すると、五の時点で指は五本ある。これに間違いがあるとは思えない。試しに自分の指で数えてみると良いよ。間違いなく指は五本あるはずだ。だから、手に指は五本ある。が唯一の答えになるんじゃないか?」

「うーん、そうかな?事故とかで指を無くしちゃった人は三本とか四本までしか数えられないかもよ?そしたら答えは違ってくると思うな」

「まあそれは……」

「それにそんなこと言ったら何で指は五本あるのかなって気にならない?五本ある意味は何?五本あるってどういうこと?そもそも指って何?ってまた考えちゃうよ」

「確かにな……」

俺は言葉に詰まってしまった。

物事の理由や意味を挙げていくときりが無い。

人に言って聞かされることで、そのことが嫌でも理解出来たからだ。

「高月くん。じゃあさ、あたしが高月くんの生きる理由になっちゃおうか?」

頭の中でクエスチョンマークが迷走している中、亜希が不意に突拍子のないことを言い出した。

「……亜希が俺の生きる理由に?」

「そっ。良い考えだと思わない?あたしは高月くんのことを生きる理由にしたいな」

亜希は両手を広げ、クルッと一回転してみせた。

――サラッと、とんでもないことを言ってくれる。

これを受け、またしても俺は言葉に詰まり、しばらく二人の間に沈黙が訪れた。

時間は午後五時過ぎ。もう帰ったほうが良いかな?
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