終わりなき理想郷

空高く、天を仰ぐ

第48話 我ら、罪の果実を食べた者

「使えないって...どういう？」
「言葉通りだ。存在は知っているが修得はしていないからな。ツテもないことはないが今呼んでも間に合うとは到底思えないしな。」
　鈍重な空気に押しつぶされそうになる。いい提案が思い浮かばず喉の奥から吐き出そうとした言葉でさえ出ることを拒んだ。
　そんな中、静寂を割いたのは遼太郎りょうたろうさんだった。
「一人だけ。心当たりがある。」
　その一言に全員の視線が集まる。
「津雲つくもさん。俺たちを逃がしてくれたあの人ならそのアイホートの雛の追放とかいう魔術を扱えると思う。」
「それってもしかして、赤髪の男性？」
　文野ふみのが震えた声で尋ねると、遼太郎りょうたろうさんは驚いた表情をするが、しっかりと静かに頷いた。
「だったら、それも難しいかも...しれない。最後に見た時、彼は...警察署内に連れていかれたから。桧ひのきさんが死ぬまでに連れ出すのは、ほぼ、不可能だとおもう。」

「死ぬまでにと言う時間制限であれば、何とかなるかもしれないです。」
　静寂を切り裂くように俺はそう言う。その言葉に全員が視線を向ける。俺はポケットをまさぐり、それを取り出す。
「この懐・中・時・計・は、坂下さかしたさんの家の倉庫にあったものです。」
　殆どの人は坂下さかしたさんを知らないからか困惑の表情を浮かべていたが、一人だけ。その真実を知っている彼女はその瞳に光を取り戻した。
「つまり、それって...。」
「これは、魔具アーティファクトだよ。一回使うと大体1時間ぐらい巻き戻る。」
「つまり、他の奴らも助けられるってことか？」
「多分。やってみないと分からないけど、できると思う。」
「そう、なんだ。だったら、どうやって津雲つくもと言う人物を連れ出して魔術を使用するか。それを考えよう。」
「考えるも何も、戻ったら直接警察署から取り返せば...いや、無理だな。あの警官どもには勝てない。」
　希望が見えたからか、口々に解決案を提案しだす。
「奈穂なほさんに香苗かなえさん。伸二しんじさんはまあいいとしてその壱級二人が邪魔になりますかね？」
「それだけじゃない。あの蜘蛛野郎も邪魔をしてくるだろうな。」
「蜘蛛野郎...少なくとも俺は見ていないがそういう奴も居るのか。であれば、香苗かなえさんと蜘蛛の奴。それに伸二しんじさんを抑えながら誰かが津雲つくもさんのところに行ければいい。」
「奈穂なほさんはどうするのさ？無視するわけにはいかないでしょ。」
「・・・俺が一人で相手する。」
「はあ！？」
　その反応をするのは分かり切っていた。霞城かじょう奈穂なほ壱級職員。単純な攻撃力なら対神課の中でも最上位だ。普通なら奈穂なほさんとの一対一タイマンなんて自殺行為にも等しい。だが、俺には秘策がある。
「大丈夫だ、心配しなくても奈穂なほさんは俺を殺さない。ボコボコにはされるだろうが、奈穂なほさんのヘイトを買うぐらいであれば余裕だ。」
「・・・信じるからね。それじゃあ、私は香苗かなえとやらの相手でもしましょうかね。」
「おい、お前がわざわざ前に出なくてもドローンでサポートとかをしても「燈樫ひがしくん。」...なんだ。」
「ごめんだけど、今回それはできない。対神課の壱級って言うのは化け物の集団だ。呪まじない屋から逃げてきた君たちならよくわかるだろう？」
　遼太郎りょうたろうさんと波留はるさんの二人は黙って頷く。
「であれば、私が戦う。燈樫ひがしくんは雛を植え付けられている四人を呪まじない屋まで連れて行ってほしい。」
「待つのです。であれば私たちが連れて行くのです。」
　文野ふみのの言葉を遮ったのは彩花あやかだった。
「鴻おおとり君と私、それと波留はるさんの3人で呪まじない屋まで連れて行くのです。」
「お、おい。つまりそれって俺、警察署に行かなきならねえじゃねえか！」
「すまないが、君の力量も考えてだ。それに、光ひかりちゃんをそっちに連れて行くこともできない。であれば、なるべく戦闘だけを考える方に君を置くべきだと判断させてもらった。」
　そう言って鴻おおとりさんは遼太郎りょうたろうさんを丸め込んだ。
「というか、質問なんだがなんで呪まじない屋なんだ？べつにここでもいいんじゃないか？」
「それも考えはしたんだが、津雲つくもという存在の話を聞いたうえで断言できるが、彼は何かしらの細工があるはずだ。であれば、その着地点として彼自身の根城がセットされていてもおかしくはない。それに、何かあったときに呪まじない屋の方が対応しやすい可能性が高いからだね。」
　着々とアイホートの雛をどうにかする計画が立ち始めた。沈んでいた皆の気力も徐々に回復してきている。このまま、作戦決行までうまくいけばいいのだが。