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しおりを挟むいつからだろう。音梨君が俺に向ける目が、被写体に対するそれとは、どこか違うように感じ始めたのは。
「いつもの事ながら、早速で申し訳ないんですけど」
「……大丈夫だよ」
今日もアトリエに足を踏み入れると、待っていたと言わんばかりに、音梨君は早々に準備をして描き始めた。
俺は上半身裸で、いつもの定位置に腰を下ろす。
始めてから10分と経たず、俺はまたあの感覚を覚えて身体を震わせた。
ああ、まただ。
また、この感じ。
布越しなのに、布があるのを感じさせない、この感覚。
鉛筆を持つ手が俺の身体をなぞっていく。音梨君の指が、触れていないのに俺の身体に触れている気がして、体温が僅かに上がった。
これはモデルとして見られているのであって、それ以外の感情はそこには存在しない筈だ。
なのに、何で、その眼に欲望にも似た感情を見てしまうのだろう。
その視線は、ねっとりと、俺の身体を下から上へなぞった。そう、ねっとりと。絡み付いてくるのだ。俺の身体を這うようにして。
例えるならば……全身を、舌で丁寧に愛撫されてるみたいな。欲を孕んだ手で、身体の隅々まで触れられてるみたいな。
真剣に描いているその表情を見ても尚、音梨君から向けられる視線をそんな風に捉えてしまった俺は、後ろめたさを感じて唇を噛み締めた。
こんな事を考えるなんておかしい。あり得ない。もう何も考えるな。そう、思うのに。
「榊さん、もう少し頭を上げてください。それから、前、隠さないで」
冷たく、命令とも取れる口調で。
それがどこか、もっと曝け出せと言ってるように聞こえて動揺を隠せない。
前、とは、上半身の事であればいい。
俺はおずおずと身体を開く。音梨君に、見えやすいように。
瞬間、羞恥心が心に宿る。
下半身を隠す布が、唯一俺の心を繋ぎ止めている。そんな眼で見ないでくれと、何度も心の中で叫んだ。
その眼に見られると、視姦されてるようで、どうしようもなく居心地が悪いんだ。
「今日はここまでにしましょう」
「……」
「どうかしましたか」
「え……あ、ああ。すまない」
終わった、のか。
その場から一向に動こうとしない俺に、心配そうな声がかかる。その声を聞いて、握り締めていた布からそっと手を離す。
「……すまない。足が痺れてしまって」
「ずっと同じ体勢でしたもんね。座っててください。お茶取ってきますね」
一人になった部屋で、一度大きく深呼吸をした。
よかった。いつもの、音梨君だ。あれは気のせいだったか。
「榊さんって、涙脆い方ですか」
帰りがけ、不意に音梨君がそんな事を聞いてきた。
それを聞かれた理由がわからなかった俺は、無意識に首を横に傾ける。
「えーっと、感動系のDVDとか観たりして泣いたりするかなって」
「いや。そもそも映画やテレビなんかは観ないんだ」
元々、煩いのはあまり好きではない。どちらかというと、本を読んだりするのが好きだ。小説でも、ビジネス本でも。
テレビを観る時間がないというのもある。仕事の日は朝が早く帰りが遅いし、休日はこうして音梨君の家に来る事が多いから。
「観ないって事は、泣くかどうか自分でもわからないって事ですよね」
「まあ、そうとも取れるな」
「じゃあ……今度、一緒にDVD観ませんか。とっておきのがあるんです」
「構わないが……俺は今、泣かせたいと言われてるのかな」
「はい」
「否定しないのか」
「榊さんの泣き顔、見たいなあ……絶対、いい絵になる」
大の男の泣き顔がいい絵になるとは思えないが、音梨君の感性は俺では到底測りきれないから好きにするといいと言って溜息をついた。音梨君は言い出したら自分の意思を曲げないし、抵抗するだけ無駄だ。
それよりも。
「音梨君、ちょっと、距離が近くないか」
身体と身体の距離もそうなのだが、特に、顔が。
先程から音梨君は俺の顔を覗き込んで、瞳の奥をジッと見つめてくる。その間、僅か数センチ。
俺が身体を後ろへ引いても、その距離を一瞬で詰めてきて視界を奪われる。この行動は、俺の表情をもっと見たいという気持ちの現れなのだろうか。
今の音梨君には、創作をしている時の、あの顔が見え隠れしている。音梨君が持つ、もう一つの、顔。
「焦ってる表情も、いいですね」
極上の至福を得たような笑みが、なんだか、怖いと思った。
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