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コンコンボシボシ、店に現る
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――まどろみ市、コロン・マートにて
天気の良い午後だった。
空は白く、影が短かった。コロン・マートの自動ドアが、ゆっくりと開く。
女の子・旭日 光は、入り口に立ち止まった。
白いワンピース。黒い髪。サンダルのつま先が、敷居のぎりぎりに揃っている。店の中から冷気が流れてきた。食品の匂いと、蛍光灯の白さと、棚の棚の棚が続く、終わりの見えない広さ。
コロン・マートはでかかった。もしかしたら体育館より、でかかった。天井は高く、フロアは果てしなく、どこかの売り場では試食のおばさんが何かを呼びかけていた。普通の、広いだけのコンビニだった。
光は、一歩踏み込んだ。
そのとき、始まった。
コンコンコン、コンコンコ コンコン——
どこからともなく、音楽が鳴りだした。
ハイハットが細かく刻んで、シンセが上がっていく。
ユーロビートとトランスをぐちゃぐちゃに混ぜたような、パラパラのような——1990年代の夏がそのまま音になったような、アッパーなトランスビートが、コロン・マートの天井いっぱいに響き渡った。
コンコンコン コンコンコ コンコン ボーシ♪
ビビッドなオレンジ色が、脳裏にちらついた。
光は、立ち止まった。なぜかわからなかった。でも、体が知っていた。この音楽は、楽しくない。楽しそうなだけで、楽しくない。
足が、少し震えた。
そこへ。
通路の向こうから、のっそりと、それが現れた。キリンだった。
正確には、キリンの形をした乗り物だった。
丸々とした胴体にコックピットが埋め込まれ、四本の機械の脚が、床をゆっくりと踏んでいた。首は本物のキリンみたいに長く、耳はやわらかく、目は穏やかで、しっぽの先が葉っぱのかたちをしていた。
画像
キリーンコローン、キリーンコローン——
キリンコロンは、鼻歌みたいな声でそう言いながら、優雅に歩いていた。
コックピットの窓の中に、お姉さんがいた。ポニーテールに、ピンクのフリルのブラウス。ピアスが揺れていた。光と目が合うと、ジラフ姉さんはにっこりと笑った。
📀✋ ジャッ!
謎の効果音とともに、キリンコロンが止まった。
「乗るー?」
やさしい声だった。お姉さんの声は、あの怖い音楽をちょっとだけ遠ざけてくれた。
光は、こくん、とうなずいた。「……うん!」
コックピットに乗り込もうと、手を伸ばした。
そのとき。
右の奥から、聞こえてきた。
コンコンココンコン……コンコンココンコン……
遠かった。でも確かに、近づいていた。あの音楽が、急に大きくなった。
コンコンコン コンコンコ コンコンココンコン——!
それは、棚と棚の間から現れた。オレンジ色だった。丸く、楕円形で、表面はつるつるしていた。小さな白い点が目のようについていた。
顔のようで、顔じゃなかった。口のようで、口じゃなかった。それなのに、正面の大きな穴が、こちらを向いていた。
コンコンボシボシ。
音楽が最高潮に達した。
シュバァァァァァァァ——ッ!!
マッハだった。一瞬だった。キリンコロンが、ジラフ姉さんが、丸ごと——
飲み込まれた。
口は、動いていなかった。
沈黙。
音楽だけが、変わらず鳴り続けていた。
コンコンコン コンコンコ コンコンココンコン ボーシ♪
光は、その場に立ち尽くした。さっきまでそこにあったもの——キリンの長い首も、ジラフ姉さんのピアスも、📀✋の謎の効果音も——何もかも、消えていた。空気だけが残っていた。
コンコンボシボシは、ゆっくりと向きを変えた。
白い点が、光の方を向いた。
光は、走った。
サンダルが床を叩く音も、自分の息も、何も聞こえなかった。聞こえるのは音楽だけだった。明るくて、速くて、楽しそうで、恐ろしいあの音楽だけが、コロン・マートの天井いっぱいに鳴り響いていた。
棚の角を曲がった。菓子パンの棚、缶詰の棚、日用品の棚——全部が飛ぶように後ろへ流れていった。
背後から、聞こえる。
コンコンコン、コンコンコ、コンコンココンコン——
冷蔵ケースの前を駆け抜けた。ガラスに、オレンジ色の影が映っていた。
奥へ、奥へ。
バックヤードへの扉を、体ごとぶち当たって開けた。
在庫室だった。
蛍光灯が白く、ダンボール箱が高く積まれていた。通路は細く、折れ曲がり、どこへ続いているかわからなかった。光は走った。走り続けた。
ダンボールの山を抜けて、棚の列をすり抜けて、知らない曲がり角をいくつも曲がった。
コンコンココンコン——
音が、増えた。一つじゃなかった。二つ、三つ——気づいたとき、それは五つになっていた。
コンコンコン コンコンコ——
コンコンコン コンコンコ——
コンコンコン コンコンコ——
左右の通路から、後ろから、頭上の暗がりから、五体のコンコンボシボシが光を取り囲むように迫ってきた。
どれも同じオレンジ色で、どれも同じ白い点で、どれも口は動いていなかった。
光は、前だけを見た。前にしか、進めなかった。
先に、扉があった。鉄でできた、重そうな、裏口の扉だった。
光は全速力で体当たりした——バン、と鈍い音がして、扉は外へ向かって開いた。
駐車場だった。すっかり夜になっていた。
街灯が一本、ぽつんと立っていた。その下に、誰かが忘れていったショッピングカートが、ひとつ。
空には星が出ていた。
光は駐車場の真ん中で立ち止まり、振り返った。
裏口の扉は、ゆっくりと閉まっていった。
扉の向こうから——
コンコンコン コンコンコ……
音楽が聞こえていた。でも、扉は閉まった。完全に、閉まった。
しばらく、何もなかった。
街灯の光の中で、ショッピングカートが静かに揺れていた。
それから。
ドォォォン——!!
くぐもった爆発音が、扉の向こうで響いた。一度だけ。
それきり、音楽は止んだ。
完全な沈黙の中で、光は駐車場に立っていた。白いワンピース。黒い髪。星空の下、一人で。
コンコンボシボシは、いなくなった。
翌朝、まどろみ市のコロン・マートは何事もなく開店した。入り口には💪の腕のロゴが輝き、試食のおばさんが何かを呼びかけていた。昨夜のことを覚えている人間は、一人もいなかった。
天気の良い午後だった。
空は白く、影が短かった。コロン・マートの自動ドアが、ゆっくりと開く。
女の子・旭日 光は、入り口に立ち止まった。
白いワンピース。黒い髪。サンダルのつま先が、敷居のぎりぎりに揃っている。店の中から冷気が流れてきた。食品の匂いと、蛍光灯の白さと、棚の棚の棚が続く、終わりの見えない広さ。
コロン・マートはでかかった。もしかしたら体育館より、でかかった。天井は高く、フロアは果てしなく、どこかの売り場では試食のおばさんが何かを呼びかけていた。普通の、広いだけのコンビニだった。
光は、一歩踏み込んだ。
そのとき、始まった。
コンコンコン、コンコンコ コンコン——
どこからともなく、音楽が鳴りだした。
ハイハットが細かく刻んで、シンセが上がっていく。
ユーロビートとトランスをぐちゃぐちゃに混ぜたような、パラパラのような——1990年代の夏がそのまま音になったような、アッパーなトランスビートが、コロン・マートの天井いっぱいに響き渡った。
コンコンコン コンコンコ コンコン ボーシ♪
ビビッドなオレンジ色が、脳裏にちらついた。
光は、立ち止まった。なぜかわからなかった。でも、体が知っていた。この音楽は、楽しくない。楽しそうなだけで、楽しくない。
足が、少し震えた。
そこへ。
通路の向こうから、のっそりと、それが現れた。キリンだった。
正確には、キリンの形をした乗り物だった。
丸々とした胴体にコックピットが埋め込まれ、四本の機械の脚が、床をゆっくりと踏んでいた。首は本物のキリンみたいに長く、耳はやわらかく、目は穏やかで、しっぽの先が葉っぱのかたちをしていた。
画像
キリーンコローン、キリーンコローン——
キリンコロンは、鼻歌みたいな声でそう言いながら、優雅に歩いていた。
コックピットの窓の中に、お姉さんがいた。ポニーテールに、ピンクのフリルのブラウス。ピアスが揺れていた。光と目が合うと、ジラフ姉さんはにっこりと笑った。
📀✋ ジャッ!
謎の効果音とともに、キリンコロンが止まった。
「乗るー?」
やさしい声だった。お姉さんの声は、あの怖い音楽をちょっとだけ遠ざけてくれた。
光は、こくん、とうなずいた。「……うん!」
コックピットに乗り込もうと、手を伸ばした。
そのとき。
右の奥から、聞こえてきた。
コンコンココンコン……コンコンココンコン……
遠かった。でも確かに、近づいていた。あの音楽が、急に大きくなった。
コンコンコン コンコンコ コンコンココンコン——!
それは、棚と棚の間から現れた。オレンジ色だった。丸く、楕円形で、表面はつるつるしていた。小さな白い点が目のようについていた。
顔のようで、顔じゃなかった。口のようで、口じゃなかった。それなのに、正面の大きな穴が、こちらを向いていた。
コンコンボシボシ。
音楽が最高潮に達した。
シュバァァァァァァァ——ッ!!
マッハだった。一瞬だった。キリンコロンが、ジラフ姉さんが、丸ごと——
飲み込まれた。
口は、動いていなかった。
沈黙。
音楽だけが、変わらず鳴り続けていた。
コンコンコン コンコンコ コンコンココンコン ボーシ♪
光は、その場に立ち尽くした。さっきまでそこにあったもの——キリンの長い首も、ジラフ姉さんのピアスも、📀✋の謎の効果音も——何もかも、消えていた。空気だけが残っていた。
コンコンボシボシは、ゆっくりと向きを変えた。
白い点が、光の方を向いた。
光は、走った。
サンダルが床を叩く音も、自分の息も、何も聞こえなかった。聞こえるのは音楽だけだった。明るくて、速くて、楽しそうで、恐ろしいあの音楽だけが、コロン・マートの天井いっぱいに鳴り響いていた。
棚の角を曲がった。菓子パンの棚、缶詰の棚、日用品の棚——全部が飛ぶように後ろへ流れていった。
背後から、聞こえる。
コンコンコン、コンコンコ、コンコンココンコン——
冷蔵ケースの前を駆け抜けた。ガラスに、オレンジ色の影が映っていた。
奥へ、奥へ。
バックヤードへの扉を、体ごとぶち当たって開けた。
在庫室だった。
蛍光灯が白く、ダンボール箱が高く積まれていた。通路は細く、折れ曲がり、どこへ続いているかわからなかった。光は走った。走り続けた。
ダンボールの山を抜けて、棚の列をすり抜けて、知らない曲がり角をいくつも曲がった。
コンコンココンコン——
音が、増えた。一つじゃなかった。二つ、三つ——気づいたとき、それは五つになっていた。
コンコンコン コンコンコ——
コンコンコン コンコンコ——
コンコンコン コンコンコ——
左右の通路から、後ろから、頭上の暗がりから、五体のコンコンボシボシが光を取り囲むように迫ってきた。
どれも同じオレンジ色で、どれも同じ白い点で、どれも口は動いていなかった。
光は、前だけを見た。前にしか、進めなかった。
先に、扉があった。鉄でできた、重そうな、裏口の扉だった。
光は全速力で体当たりした——バン、と鈍い音がして、扉は外へ向かって開いた。
駐車場だった。すっかり夜になっていた。
街灯が一本、ぽつんと立っていた。その下に、誰かが忘れていったショッピングカートが、ひとつ。
空には星が出ていた。
光は駐車場の真ん中で立ち止まり、振り返った。
裏口の扉は、ゆっくりと閉まっていった。
扉の向こうから——
コンコンコン コンコンコ……
音楽が聞こえていた。でも、扉は閉まった。完全に、閉まった。
しばらく、何もなかった。
街灯の光の中で、ショッピングカートが静かに揺れていた。
それから。
ドォォォン——!!
くぐもった爆発音が、扉の向こうで響いた。一度だけ。
それきり、音楽は止んだ。
完全な沈黙の中で、光は駐車場に立っていた。白いワンピース。黒い髪。星空の下、一人で。
コンコンボシボシは、いなくなった。
翌朝、まどろみ市のコロン・マートは何事もなく開店した。入り口には💪の腕のロゴが輝き、試食のおばさんが何かを呼びかけていた。昨夜のことを覚えている人間は、一人もいなかった。
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