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第21話 一年目

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 『ゾンビ討伐』騒動以降、俺達は森での活動を続けた。
 三ヶ月目に、『低級増血薬』が『薬師』によって作れるようになったため、『大蛭』狩りは控えるようにしている。
 そして、少しずつ森の奥へと入って行く。
 ミミのやつは、炎魔法が思う存分使えない事に「ウッキー!!」となっていたが、それ以外は順調なものだった。
 この森で危険な『牙狼』と『マーダーベア』とも遭遇したが、『黒死鳥』戦を経験した俺達は冷静に対処できた。
 この森での活動を比較的楽にした要因は、三つの『魔法のウエストポーチ』の存在だ。
実は、『黒死鳥』が2万ダリで売れた。カルトさん的には「もう少し高値で売れると思ったんですが……」と不満げだったが、俺達四人は全くもって不満など無い。
 その日のうちに『アルヌス』で『魔法のウエストポーチ』を二つ買い、一つはミミが、もう一つは俺が使う事になった。
 ミミはともかく、なぜシェーラでなく俺なのかと言えば、『スティール』した品を即座に収納できるから、と言う事でだ。シェーラには申し訳ないが、もう少し待ってもらう事になる。
 この三つの収納のおかげで、大量の肉や採取物を持ち帰る事が出来た。
 『肉用』とまで言われる『ビッグボア』という猪型のモンスターなどになると、体長3㍍程ある。通常は、必要部位だけを切り取って持ち帰るのだが、それでも結構な容量になる。だが、さすがに三つ分の容量があれば全く問題ない。森の場合は、女性陣用の『用足し用衝立』も必要ないため、完全に三つ分の容量が空いた状態だ。
 俺値は、毎日のように三つの『魔法のウエストポーチ』を満タンにして帰った。
 一部の肉類は売却せずに、『熊々亭』へと持ち帰り、食堂の女将さんに渡して後日の一品として出してもらったりしている。
 そしてこの間、俺とシェーラの剣以外の武具全てを上位の物へと買い換えた。当然、それまでの武具はトマスさんに修理をしてもらった上で、ギルドへと返却。
「全部修理済みってのが、あんた達らしいね」
 返却時、ロミナスさんから若干あきれ顔で、そう言われた。ロミナスさんいわく、他の冒険者は、修理などせずにそのまま持ってくるらしい。
「そのままでも、持ってくるだけでも十分さね。大半はギリギリで買い換えるから、使い物にならなら状態になっていて、ギルドに持ってこられる状態じゃないのさね。まあ、状態が良くっても、売却してお金に換える者も多いさね」
 トルト達の状態を思い出すと、ロミナスさんの言う事もうなずける。
 俺達はいろいろと幸運だったのだろう。その幸運の切っ掛けがミミだという事だけが、若干引っ掛かってしまう所なのだが……。
 
 そして、成人後一年が経過した。
 新たな『託宣の儀』も執り行われ、南エリア孤児院からも5人が新成人となった。その5名の新成人のJOBは、『剣士』『雷魔法使い』『農夫』『裁縫士』『石工』で、一応戦闘職が二名おり、その中に攻撃魔法職までもがいるのは救いだ。
 通常は、俺達のように各自でやっていく訳だが、今回は俺達にある程度余裕がある事もあり、二週間限定ではあるが俺達がサポートに付いた。これは、ティアのたっての頼みだった。
 この事は、ミミとシェーラに相談したのだが、二人とも嬉しい事に快諾してくれた。
 ミミはともかく、シェーラの場合は自分がいた孤児院の事もあるので、と思ったのだが、どうも彼女のいた東エリア孤児院は、孤児による派閥的なものがあり、彼女的にはあまり良く思っていなかったらしい。それ故に、彼女は最初の段階で一人で、東ギルドでは無く真逆にある西ギルドへと来た訳だ。それは、彼女にとっては不幸な事なのだが、俺達に取っては複数の意味で幸運な事となった。
 この新成人に対するサポードだが、出来るだけ俺達は直接手を出さないようにし、細かなノウハウや注意点だけを教え、離れて守る形を取る。俺達がベッタリだと、いなくなったあとに問題が発生する可能性が高いからだ。
 基本は、彼らだけにやらせるのだが、一応最後に『角ウサギ』一匹はサービスしてやった。無論、いる場所だけ教えて、追い出しや狩る事自体は彼らにやらせたよ。当然の事さ。まあ、『雷魔法使い』がいるので、追い出すのは簡単だしね。
 そんな訳で彼らは、10日後には自力で雑魚寝が可能になった。一応、二週間でサポート自体は打ち切るが、その後も相談などは乗っている。
 出来れば、孤児院出の者によるサポートの輪が出来れば良いのだが、俺達の同期の現状を見ると二年目の者がサポートに入るのは無理そうだ。それでも、三年目の者がサポートする態勢が出来れば良い。来年までは俺達がサポートに入る必要がありそうだ。まあ、頑張るさ。ティアの願いだし、一応俺の願いでもあるしな。
 そんな感じで過ぎた、『ゾンビ討伐』からの半年間だったが、森のモンスターレベルの事もあって、レベルはほとんど上がっていない。
 
   ロウ  16歳
  盗賊  Lv.21
  MP   176
  力    9
  スタミナ 8
  素早さ  44
  器用さ  44
  精神   6
  運    13
  SP   ─
   スキル
    スティール Lv.9
    気配察知  Lv.18
    隠密    Lv.11

  ティア  16歳
  歌姫   Lv.21
  MP   480
  力    8
  スタミナ 23
  素早さ  16
  器用さ  7
  精神   70
  運    ─
  SP   ─
   スキル
    歌唱   Lv.7

  ミミ   16歳
  炎魔術師 Lv.21
  MP   630
  力    9
  スタミナ 9
  素早さ  24
  器用さ  7
  精神   69
  運    ─
  SP   ─
   スキル
    ファイヤーボール  Lv.12
    ファイヤーアロー  Lv.16
    ファイヤーストーム Lv.14

  シェーラ 16歳
  大剣士  Lv.21
  MP   168
  力    46 +8
  スタミナ 44
  素早さ  14
  器用さ  13
  精神   6
  運    ─
  SP   ─
   スキル
    強力ごうりき   Lv.18
    加重   Lv.11
    地裂斬  Lv.17
 
 その分スキルはかなり育った。
 上がりの悪い『スティール』や『歌唱』も3上がっている。
 俺の場合、『気配察知』が18まで上がっだ。この時点で、察知可能なエリアは85㍍程となり、一応十分に役立つ状態となった。森での活動中は、常時この『気配察知』を使い続けていた関係上、一番上がった。更に、『気配察知』で発見した獲物に奇襲を掛けるために『隠密』を多用した事によって、このスキルも大幅に上がっている。
 ティアの場合はどうしようも無いだろう。なにせ、スキルの特性が特性なので、上げたくても上がらない。
 ミミの場合は、森という炎魔法が思うように使えない中で、『ファイヤーアロー』を中心に育てつつ、森で使えない『ファイヤーストーム』『ファイヤーボール』は帰りがけの草原や外門側で育てた。『ファイヤーボール』に関しては、威力、使用可能場所共に中途半端なので、『ファイヤーストーム』の合間程度だが。
 シェーラの場合は、『地裂斬』の有効性が若干落ちるとは言え、全てのスキルが森では使用可能であり有効なので、俺達の中で一番育った。
 パラメーターに関しては、ティアが次のレベルアップで『MP』が500を越え、一秒間に1ポイントのMPが回復する事になる。そうなるように、SPを『MP』に振った。ティアのMPの自然回復が早くなれば、『バリアーシールド』の使用がかなり楽になる。
 ミミは、あと二つレベルアップすれば、『MP』が700を越え、一秒間に2ポイントのMPが回復するようになる。まあ、まだまだ先の話ではあるが……。
 
 新成人のサポートを終えた俺達は、少しずつではあるが『護衛依頼』も受け始めた。
 理由は複数あるが、一番は『ティアの親友捜し』のためだ。最初にソレを言い出したのはシェーラだった。
「護衛依頼で、他の町へ行って探せば良いのでは無いか?」
 実にあっけなく、特に何の思惑も無く出た言葉だった。逆に、何故そうしないんだ?とでも言いたげなぐらいだ。
 ティアとしては、多分前々から考えてはいた事なのだろうが、自分の個人的な事で、と言う思いがあって言い出せなかったのだろう。俺自身も、そう思って提案できずにいた。
「おお! 良いね! たまには森以外にも行かなきゃ!!」
 そして、シェーラの案にミミのやつも、これまたあっさり承諾。
 俺的には、これまでの悩みは一体何だったんだよ! と言いたくなったよ。全く……。
 俺は…俺達は互いにもう少しわがままを言い合っても良いのかもしれない。それだけの関係を築けて来ている、と思って良いのかもしれない。わがままを言わない事で、逆に彼女たちを信頼していない事になっていたのかも……。まあ、わがままにも限度はあるけどな。
 そんな訳で、俺達は他領への片道護衛依頼を受け、他の町へと行った。そして、その先々のギルドで『転生者』の情報を聞き、本人に会って確認する。大概の場合は、一人の転生者が見つかれば、芋蔓式に他の転生者は見つかっていく。俺達は、その転生者の今世・前世の名前、職業、そして会いたがっている者の名前を記録していった。
 一部、係わりたくないという者もいたが、そう言った者は、前世の名前と住んでいる町だけを記録する。
 この記録は、最終的にはギルドへと渡して、転生者のいる各ギルドへと置いてもらうつもりだ。ティアだけで無く、他にも会いたがっている者がいるはずだからな。え? 俺? いないよ。高校では広く浅く付き合ってたし、特に、と言う者はいない。強いて言えば立花綾乃だったが、もう既に出会っているからな。
 ちなみに、この護衛依頼が『片道』なのは、『往復』だと目的の『転生者探し』の時間が自由に持てないからだ。まず目的の町まで依頼を遂行し、その後、帰る道すがら各村や町で転生者探しを行っていった。
 そう言った依頼を5回程受けると、王都の112名も含めて、163名の『転生者リスト』ができあがる。だが、未だに、本来の目的である『寺西』『安楽』の名前は無い。ミミは「事故で生き残ったんかもしんないね」などと言ってティアを慰めているが、多分、もう一つの可能性にも気付いているはず。それは、この世界に転生した上で、成人前に既に死亡している可能性だ。
 この国の乳幼児・若年者の死亡率は高い。魔法薬たる『ポーション』の存在のため、前世の発展途上国ほどの死亡率では無いにしろ、それでもスラムが存在するだけに、一定以上の死亡率はいなめない。
 ティアの捜す二人が、この死亡者に入っている可能性は低くは無いのだ。そして、俺が気付いているのだから、ミミも当然気付いているはず。それでも、その事を言わずに付き合ってくれる。いろいろ多くの問題があるやつだが、良いやつなのは間違いない。
 そんな5回目の護衛依頼を終えた俺達を待ち受けていたのは、ロミナスさんからの報告だった。
「ロムン殿下がまたやらかしたそうだよ」
 ロムン殿下、つまり天川だ。実は、この半年間、かの御仁はいろいろと失敗している。無論『前世知識チートで、俺つええええ!』を、だ。
 まず『ベアリング』を作って、城の馬車をそれ用に改造した。最初は驚く程スムーズに動くようになって大評判だったのだが、半月程で動かなくなる。ベアリング内の金属球が強度不足で変形したためだ。元々真球である必要があるボールボアリングを、完全に作れなかった事も壊れるのが早くなった原因の一つだろう。ボール型でなく。ローラー型ならもう少し保った気はする。
 次が、同じく馬車の『サスペンション』だ。自動車やバイクに付けられている振動や揺れを軽減するアレ。これも、最初は振動や揺れが激減したと大評判だったようだが、やはり半月と経たずオイル漏れを起こしシリンダーが底を打った。オイルシールの性能不足とシリンダーの形成が完全に出来ていなかったからだ。
 ちなみに、良く異世界転生・転移系で、馬車の揺れ防止にバネを、と言うのをみるが、あれはほぼ実現性は無い。バネだけでサスペンションを作ると、揺れの継続現象が起こり、ある意味もっとひどい揺れが発生するからだ。それは、巻きバネ・板バネに係わらずどちらでも発生する。自動車などのサスペンションは、その揺れの継続性を抑えるために油圧シリンダー等も併用している(貨物系の後輪は除く)。
 天川のもう一つの失敗は『製紙工場』だ。言わずと知れた『紙』を作るための工場。確かに、成功すれば安価な紙が販売され、いろいろな方面が恩恵を受けただろう。
 この工場の立地として選ばれたのが、正式な居住者がいない事になっているスラム。つまり、南エリア孤児院の直ぐ側である。その、一帯のバラック小屋を強制撤去し、住民を追い出した上で各種建築系スキル持ちを総動員して半月と掛けずに完成させた。
 そして、工場稼働初日から周辺へと強烈な悪臭が発生する。その悪臭は、スラム街だけで無く南エリアの一般住民の元へも届いていた。結果、周辺住民からの陳情が相次ぎ、国側もそれを抑えきれずに閉鎖となった。実質一ヶ月間の稼働だ。
 前世の知識があれば、製紙工場に悪臭は付きものだと言う事ぐらい分かるはず。しかも、前世では、高い煙突やフィルター技術でカバーした上でアレだ。それが無い状態なら、どうなるか少し考えれば分かるはず。……それすら分からないって事か? 最悪だな、いろんな意味で。
 そして今回の失敗とは、王都の北側にあるアロンゾ領との間にある山に、トンネルを掘ろうとして落盤事故で30名以上の死者を出した事らしい。
 ロミナスさんの説明を聞くと、どうやら魔法を使った一種の『シールド工法』を試していたようだ。
「ろくな実験もせんと、いきなり実践すな───!!」
 そう叫んだミミに、俺も同意する。
 これは、転生者の川崎という元トンネル技師が提案した事のようだ。彼には、王都の転生者リストを作成している時に会っている。そして、彼はこの事故で亡くなったそうだ。
「今までの失敗は、被害はあっても亡くなった方はいなかったけど、今度は……」
 ティアが呟くように言っていた。彼女としても、天川の事は、ほぼ吹っ切っているとは言え、思う所もあるんだろう。
「多分、今まで失敗で焦ったのかもしれないね」
 ロミナスさんは、そう分析する。
「クズやろうが!!」
「こら、大きな声で言うな」
「そうさね、一応、あれでも王子様ってやつだからね」
 ミミの放言はともかく、ロミナスさんも本音がダダ漏れだ。
 まあ、ミミやロミナスさんの放言を聞いた者がいたにせよ、それが騎士や貴族でない限り誰もとがめる者はいない。それ程までに、現在ではロムン王子の名声は地に落ちている。製紙工場が与えたダメージが一番大きかった。
「しかし、小っこい嬢ちゃんの言うとおりになってきたね」
 ロミナスさんは溜息交じりだ。
「別に、やるんは良いんよ。ってか、良い事なんよ。問題は、成果を早く求めすぎっちゅう事! しかも、一度失敗したらそれを放り出して、別の事に手を出してやがる! 最悪やん!!」
 至極もっともだ。完全に成果だけを求めている。多分これからも続けるのだろう。その立場が危うくなるまで。
「ロミナスさん、王子の城での立場って言うか、王族内での現在の立場って、どんなもんなんでしょう?」
 ロミナスさんがどこまで知っているかは分からないが、一応聞いてみた。ミミのやつも興味があるのか、身を乗り出して来る。
「王子かい? まあ、一言で言えば、微妙、って所かね。隣の聖神皇国の第二皇女との婚約話が進んでいたんだけどね、あの製紙工場騒動の時相手国の大使が謁見で来ていたのさね。そして、後日、白紙に戻すって連絡が来たのさね」
「おお! 製紙工場だけに『白紙に戻す』ってか!!」
 ミミのアホな突っ込みはともかく、隣国との婚約破棄はかなり痛手な気がする。
「王族だの貴族だのは、半分、見栄と立場で出来てっからね~。相手側から、って所が最悪なんでないかい? ワロス!!」
 ワロスって……ミミ、お前、本当に前世、20代だったのか? 時折かなり古い表現が混じるよな……。
「今回の件が、どう波及するかしだいかね。まあ、金銭的には現時点までも問題は無いはずだからね」
 ……マジか。あれだけやらかしておいて、金銭的には問題ないのかよ。中小企業なら会社傾いてるぞ。
「うみゅ、そこら辺は、伊達に王族やってないってか? ロムンだ、王子をやらせてもらってる、ってやつ」
 いや、ヤツが『やらせてもらってる』なんて謙虚なはず無いだろう。……なんか、言い回し的に、いつもの漫画かアニメからのパクりか?
 そんな事を言うミミに、ロミナスさんが意外な爆弾を投げかける。
「一応言っとくけどね。小っこい嬢ちゃん、あんたにも原因の一因があるのさね」
「ハァー!? なんでじゃー!!」
「同じ転生者が、魔法の理を書き換え、新たな魔導の道を切り開いたのさね。しかも、一般の村人が、さね。更に、今まで存在していなかった増血薬を発見するというおまけ付きさね。それは、同じ転生者で王族という立場を持つ者としては焦るさね」
「増血薬、私ちゃうし!!」
「向こうは、そうは思っちゃいないさね」
「マジか───!!」
 いつものごとく、ギルドホールにミミの奇声が響き渡るが、職員はもとより他の冒険者達も誰も気にしない。慣れたものだ。
 そしてミミは、キッと音がする位に俺をにらむと、何やら言い放つ。
「ロウ! あんたにも責任あるんだかんね! 責任取って骨拾え!!」
「だが、断る」
「ムッキー! また、だが、言った!」
 そう言いながらダムダムダムと地団駄を踏んだミミは、その後、俺の足をゲシゲシゲシと蹴ってくる。
 大体、その責任とそっちの責任の関連性が意味分からん。ってか、完全に関係ないよな。
「骨? 何のことだい?」
 そう聞いてくるロミナスさんを「いつものアレです」と煙に巻いておく。説明するのが面倒くさいからな。
「ロウ! 隠密のスキルレベルは!?」
「11」
「はよ上げろ!! んで、あの計画を実行するんよ!! プチッとヤルんよ!!」
 まあ、『気配察知』がエリア的にもMP消費的にも問題が無くなってきたから、宿屋などでは『隠密』を育てている最中なので、良いと言えば良いんだが、ただ、スキルレベルが20でカンスト(MAX化)するにしても、その状態の『隠密』で城のセキュリティーが突破できるか、と言う問題はある。
 曲がりなりにも『城』だ。それなりのセキュリティーはあるはず。やってみて、出来ませんでした、で済めば良いが、捕まったり殺されたりしたのでは話にならない。
 それでも、一度はやるよ。ミミとの約束だけでなく、桜場との約束もあるからな。まあ、それ以上に俺がヤリたいと思っている。スキルレベルが20になったら、カンストじゃなくても一度は試してみる。絶対に。
 このロムンクソ王子の話題の間、ティアの表情を盗み見ていたんだが、特段悲痛な顔をする事は無かった。この当たりは、時間、そして桜場との出会いが大きく影響しているのだが、それ以外にも例の『製紙工場』の騒動が関係している。
 あの工場は南エリアのスラム街に建設された。孤児院の側にだ。当然、例の悪臭問題は孤児院を直撃した。『直撃』だ。なんせ、ほぼ真横といって良い位置だったからな。
 他に逃げ場の無い孤児達は、工場が稼働していた一ヶ月間、その悪臭の中での生活を強いられた。
 元々食糧不足等から来る健康面に問題を抱えていた孤児達の中から、体調を崩す者達が現れるのは必然といって良い。
 俺以上に、孤児院の子供達に思い入れの強いティアが、その悪臭の原因を作ったロムンクソ王子に対して、どんな感情を持ったかは正確には分からない。だが、間違いなく良い感情で有るはずが無い。それだけは絶対に、だ。
 ティアがある意味、完全に天川の事を吹っ切ったのは、この件があったからだと思う。
 そして、この日、川崎という転生者の死が『転生者リスト』に記入された。一応、分かっているだけで三人目だったりする。他の二名は、成人後に病死とモンスターに殺されたようだ。
 この手の書き込みは、出来るならしたくはないのだけどな……。
 
 5回目の護衛依頼が終了して、最低一ヶ月は森で活動する予定だったのだが、一週間程した段階でロミナスさんから依頼を告げられた。それは、ダムダ領にギルドの交代要員を送る馬車の護衛任務だった。
 ロミナスさんは、俺達の目的を知っていて、都合の良いこの依頼を回してくれたのだろう。当然ながら、予定外ではあったが、有り難く受けたよ。ロミナスさんに感謝。
 ダムダ領への道程は、馬車で三日。途中の村で二泊だ。
 この護衛任務は、全く問題なく進んだ。一応、途中で『気配察知』に8人の人間が潜んでいる反応が出たが、ギルド馬車を襲う程バカでは無かったようだ。この盗賊と思われる者達については、対向する馬車などに注意を促した上で、次の町の衛士に知らせておいた。
 その盗賊以外では、はぐれと思われる『レッドゴブリン』が出たが、向こうの魔法射程に入る前にミミの『ファイヤーアロー』が貫いて終わる。他は、普通の『グリーンゴブリン』や『痩せ狼』程度しか出ていない。王都と隣領を繋ぐ大きな街道なら、こんなものだ。ただ、だからと言って、護衛をケチった商人などは盗賊にやられる。そういうものでもある。
 ギルド馬車の護衛依頼は非常に美味しい依頼だと言える。依頼料も悪くなく、盗賊に襲われる可能性も無いに等しい。4級冒険者垂涎の的だ。そんな依頼を回してくれたロミナスさんには足を向けて寝られない。
 そんな訳で、全く問題なくダムダ領の領都アメムへと到着した。
 到着後は、一通りの手続きを行ったあと、いつものように転生者捜しを開始する。
 到着時刻が昼過ぎだったため、冒険者はいないので一般人をギルドで紹介してもらって尋ねた。
 最初の人物は、鍛冶師見習いで、前世は商社マンだった。彼からこの町の転生者は15名位だと教えてもらう。
 また、相変わらず諦めが悪いミミが、今回も訊ねた。
「ねぇ、般若心経知んない?」
「ああ、知ってるけど.、それがどうした?」
「マジ!? って、知っちょるって、経文を全部知っちょるか、って事なんやけど」
「ああ、写経やってたからな」
「マジか────!!」
 正直、ミミが聞いた時には、いつもどおり、「いや知らない」「知ってるけど、お経までは知らない」と言う回答が来るものだと思っていた。なにせ、王都の転生者から初めて、160人近い者に聞いた結果が全てそれだったからだ。
 その後、彼に般若心経を全てノートの後半ページに書いてもらった上で、四回読んでもらった。
「ティア! これは歌! 歌なんよ! リズムあるっしょ!!」
「……リズムはあるけど、音程が無いよ」
「ラップ! ラップだと思えば良いんよ! ラップでも似たようなのあるっしょ!!」
「ラップ……あ、なんか、行けそうな気がする。すみません、もう一回、最初から良いですか?」
 と言うやり取りがあって、ラップというキーワードで『歌』として『般若心経』を取り入れる事に成功する。それは、ただ覚えただけとは違い、『歌唱』スキルで使用出来るようになると言う事だ。
 実際に試してみると、『歌唱』スキルは効果を発揮し、伴奏(?)の木魚音も流れてきた。
「うっしゃ~! これで、次のゾンビ戦は完璧!!」
「え~っ! ミミちゃん、もうゾンビはいいよ!」
「用心に越した事は無いが、出現しないに越した事は無いな」
「えっ、ゾンビ?」
 元商社マンは、ゾンビ騒動の事は知らなかったようだ。
「これで、またゾンビが出たら、ミミのせいな。フラグとか言うやつだ」
「うげ! ちゃう!フラグちゃう!!」
 ミミが慌てて否定するが、俺達三人は冷たい目で見てやった。その後のミミの言い訳劇場はともかく、俺達は元商社マンの彼に礼を言ってその場を辞した。

 その日は他に5人の転生者に会えたが、ティアの親友二人はいなかった。ただ、同じクラスの男子生徒がおり、彼が村から来た女性で笹山北高校の生徒らしい者がいた事を覚えていた。
 『託宣の儀』をこの領都で受けても、自分の村や町に帰る者も多い。彼が見た女性は、その一人だったのだろう。
「この街を全部回ったら、一ヶ所ずつ回ればいい」
 俺がそう言うと、ミミとシェーラも同調してくれた。
 『転生者リスト』がある程度埋まってくるに従って、ティアに若干の焦りのようなものが見える気がする。フォローしないとな。そのための非転生者設定なんだから。
 翌日一日掛けて、一応この街での転生者探索を終えた。この二日で会えなかった者もいるかもしれないが、会った者達にティアが『アヤノ』である事を言って回っていたので、追々会っていない者達にもその話は伝わるはず。その中に『寺西』や『安楽』がいて、ティアに会いたいと思っていれば何らかのアクションを起こしてくるはず。仮に生活に困窮していたとしても、冒険者である事も伝わるはずだから、ギルドに伝言等を頼むなり方法はある。要は、相手の意欲しだいって事だ。
 俺達はがこの街でやれる事は、これで一通り終わったと言う事。
 
 翌日、この街を出立する事になったのだが、ミミのやつがまた変な事を言い出す。
「カンガルー! カンガルーを狩ろう!! せっかくアラヤ平原近くまで来たんだぞ~! 袋じゃ! 袋!! あと一個で一人に一つ! シェーラだけ仲間はずれはいか~ん!!」
 ……あ、有袋類ね。大分前に話したアレか。確か『ビッグテール』だったっけ?
「駄目だよ! 確か、アラヤ平原ってレベル30クラスのモンスターばっかりって言ってたよ! 私たちまだレベル21だよ! 絶対無理!」
 ティアが珍しくミミに食って掛かっている。それも仕方がない。レベル差10は致命的だ。『黒死鳥』のように単独で現れるものであれば、状況と作戦しだいでは対処しようもあるが、周囲のモンスター全てが10レベル以上上となれば、絶対に無理だ。確実に死ぬ。アラヤ平原とはそういう所だ。ギルドの図書室の本にも、そう書かれている。
「アラヤ平原は無理だ。レベル差もだが、大半のモンスターが魔法やスキルを使ってくる。今の我々では、まだ対処できない」
 シェーラも即座にダメ出しした。
 ただ、ミミのやつもいろいろ問題のあるやつではあるが、バカでは無い。多分、きっと……。だから、何の考えも無く言っている訳ではないと思う。何か考えがあるのだろう。
「で、ミミ、何か案があるんだろ」
 俺がそう言うと、ティアとシェーラが意外そうな顔をした。ミミのヤツはニヤッと笑う。
「ニョホホ~! もちのろんよ。誰がカンガルーやろうがアラヤ平原以外にいないと決めた!? 他の所にいる可能性も有るじゃん!!近い辺りならハグレもいるはず! ギルドで聞くのはただ!!」
 ……そんだけかい! って言うか、信じた俺がバカだった。
「あ~、聞くのはいいけどな、希望的観測にも程があるな」
 俺がそう言うと、それを意図的に無視して、「と、とにかく聞いてみんべ~」と言って、テテテテテッと走ってギルドへと入って言ってしまった。俺達三人も溜息を吐きつつあとを追う。
 そして、結果は無残なものだった。
「いませんよ。ビッグテールはアラヤ平原中央部に生息するモンスターです。ハグレがいたにせよ、平原を出る事はまずありません」
 以上、ギルド受付嬢談。
「マジでか……」
 さすがにミミも、いつもの元気は無い。
「おにょ~れ。私の華麗なる計画が……」
 一体どの辺りが『華麗』なのかはなはだ疑問だ。まあ、哀れなので、突っ込まないでおいてやろう。
 そんな感じで、ミミがいつもの地団駄をダムダムダムと踏んでいると、受付嬢が意外な事を言ってくる。
「4級のあなた達にはビッグテールは無理よ。スモールテールで我慢しときなさい」
 ……『スモールテール』? その疑問を抱いたのは俺だけでは無かったようだ。
「あに? そのスモールテールって?」
 相変わらず、失礼な口の利き方だったが、受付嬢は他の冒険者達で慣れているのか、気分を害した風も無く説明してくれる。
「あら、知らないの? …あ、あなた達は王都で活動している冒険者だったわね。え~っと、そうね、王都で言うところの角ウサギに当たるモンスターよ。その脅威度は低いけど、足が速くて駆け出しには狩れない。でも、狩れればそこそこの良い値で売れる、そんなモンスター」
「あ、ホントに角ウサギと一緒だ」
「あにょね、私ら、とっくに駆け出し卒業しちょるんよ。今更角ウサギクラスを狩ってど~すんの」
 そう言うミミに、受付嬢は笑いながら、その理由を説明した。
「あら、だって、あなた達がビッグテールを狩りたいって言ってたから、外観同じで大きさだけが違うスモールテールを紹介したのよ」
 ……外観が同じで大きさだけが違う?
「ワラビー来た───!!」
 ミミが絶叫する。王都の西ギルドでは日常化して、誰もが気にもとめなくなってはいるが、ここは余所のギルド。閉まっていた窓口からも職員が顔を出して、何事か?と見てくる。あ~、すみません。何でもありません。こいつの病気です。はい。
 俺達三人が周囲に謝り倒している間に、ミミのヤツは受付嬢を問い詰めていた。
「おおっ!間違いなくワラビーじゃん!! よっしゃ~! 皆! 狩りに行くよ!!」
 普段なら『一狩り行こうぜ』的なネタをぶっ込んでくるミミが、全く素で言って来る。どうやら、そんな余裕が無いくらいに喜んでいるようだ。
 しかし、ワラビーか。前世では、そのままカンガルーの小型版という認識だったんだが、実際はどうなんだろう? イルカ、シャチ、クジラが意外にも大きさだけで分類されているように、カンガルーやワラビーも同じだったのかもしれない。まあ、転生した今となってはどうでも良い事ではあるんだが。
 受付嬢は、何故ミミのヤツが騒いでいるのか分からないため、首をかしげている。『角ウサギ』に狂喜乱舞している4級冒険者、と考えれば、確かに首をかしげたくなって当然だろう。
 いろいろ混乱させて申し訳ありません。全て悪いのはミミです。
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