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第22話 寺西

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 ワラビーこと『スモールテール』の情報を聞いたミミは、ギルドを飛び出し、ダムダ領領都アメムの南門へと向かって突き進んで行く。どうやら、南側にある草原地帯に、そのモンスターがいるらしい。
「ロウ! 徹底的に行くかんね! シェーラ!頑張れ!」
 ……シェーラへの言葉がぞんざいだな。まあ、シェーラ『素早さ』では『スモールテール』の動きには付いて行けないと判断してだろう。
 そんな訳で、ミミに引っ張られる形で南外門を出て、草原地帯へと来た。そこは、草原地帯とは言っても、背の低い木々がまばらに生えており、なんとなくではあるが前世のオーストラリアの映像で、カンガルーがいる所に似ている気はする。
 この草原地帯は、この領都の駆け出し冒険者の狩り場となっていた。
「お~お~、ひよっこどもがるは、るは」
「え~っと、私たちも似たようなものだと思うんだけど~」
「それはそれ! これはこれ!」
 ……まあ、自分たちがひよっこではないと思い上がってはいないだけ良しとしておくか。
「新成人組の邪魔をしないように、奥へ行くぞ」
 そう言って、他のパーティーの間を抜けて奥へ奥へと進んでいく。
 そして、20分程経ったあと、『痩せ狼』8匹を瞬殺した際、ティアが声を上げた。
「あっ! 向こうにワラビー!」
 相変わらずティアは、『鷹の目』バリの視力だ。
「どうする」
 シェーラが聞いて来る。距離が若干遠目なので、確認を取ってきた訳だ。
「ロウ! 隠密でGO!」
 なんか、電車で…とか、ポケ何とかで…みたいな言い方だな。
 その『スモールテール』は、300㍍程離れた小さな木の下にいた。
「分かった、試してみる」
 距離はあるが、取りあえず試してみる事にする。なんと言っても、『隠密』スキルの効果が『スモールテール』にはどれ位あるかは知っておきたいからな。
 俺は『隠密』を起動する。このスキルは、使用者の出す音、臭い、気配を周囲の者に探知されにくくなる。そして、スキルレベルが上がるに従って、その効果は増して行き、音、臭い、気配をほぼ感じなくなるだけでなく、視覚情報すら遮断できるようになる。これは、いわゆる『光学迷彩』的なものではなく、青だぬきの『石ころな帽子』のような、見えてはいるが気にすべきものではないと認識させるタイプだ。
 現在この『隠密』のスキルレベルは11。視覚情報に関しては、まだまだ不完全だが、耳や鼻に頼るタイプのモンスターなら、ある程度はいける気はする。
 俺は右から回り込むように近づいて行き、最終的にはティア達と反対方向から接近するようにする。逃げられた際、出来ればティア達の方へ行くように、だ。
 ただ、大半の動物は、こういう場合は都合良く反対側へ逃げず、その時向いていた方向へ逃げるケースが多い。それでも、やらないよりはマシだろう。
 俺は、完全に反対側に回り込んだ状態から、20㍍程の位置に近づいた段階で、更に慎重に移動して行く。だが、あと10㍍と言う所で『スモールテール』の耳が動き、こちらを向いた。そして、即座に逃走を開始する。ティア達のいる方向とは違う方に向かって。
 失敗した。手裏剣を構えとくんだった。そう後悔したが、もう遅い。それでも……。
「素早さ44をなめんなよ!」
 そう口にしながらあとを追う。
 あのギルド受付嬢が言ったとおり、『スモールテール』の足は速かった。だが、それはあくまでも駆け出し冒険者と比べた上でだ。レベル21、素早さ・器用さ特化な俺にとっては問題ない。
 100㍍と行かないうちに追いつき、腹部へと手加減したけりを加えて無力化する。念のため、片方の足を折っておく。
 俺が片手を上げて合図をする頃には、ティア達はこっちに向かって走ってきていた。
 彼女たちが到着した段階で、ティアの『ラッキーソング』付きで『スティール』するが、出現光の中に現れたのは『低級回復薬』だった。
「カッデム!! レア引くまで、狩って狩って狩り尽くすかんね!!」
「狩り尽くしてどうする。ここの駆け出し冒険者に迷惑掛けんな。せめて、狩りまくるだろ」
「ちゃ、ちゃうわい! 心意気! 心意気の問題! 狩り尽くす位の気持ちで行こうっちゅう心意気の!!」
 ……なら、何故どもる。
 と言う事で、サーチ&キャッチしたよ。正確には、サーチ&ラン&キャッチだったが……。俺、スタミナ弱いんだぞ。
 この『スモールテール』だが、最初の一匹を発見したあとは、次々に見つかっていく。それを、狩って狩って狩りまくっていく。
 ただ、俺達の目的は『魔法の袋』だ。(持っているとは限らないんだけどな)だから、このモンスターを殺す必要はない。つまり、普段と違ってサーチ&デストロイする必要はないって事だ。
 俺達は、捕まえて『スティール』を完了した『スモールテール』は、『スティール済み』の目印として片耳を切って解放していった。この街の駆け出し冒険者の獲物を全滅させないためにだ。利己的で残忍な行為ではあるが、この世界であれば動物愛護団体だの、緑豆なテロ集団もいない。気にする必要はない。
 とにかく、俺は走って走って走りまくった。なにせ、『スモールテール』を捕獲出来るのが俺しかいないんだから、こればっかりは仕方がない。
 一応、索敵時の移動中は、ティアが『天使の翼で抱きしめて』を唄って、筋肉の疲労を癒やしてくれた。この歌は、ポーションのような治癒効果だけでなく、疲労の回復効果もある程度あるようだ。ギルド馬車の馬達が、あれだけ走れた訳が今分かった。
 ティアの『歌唱』スキルだけでなく、『闇の双剣』で、出会った『痩せ狼』等のモンスターを切って、僅かずつでもスタミナも吸収する事でも補った。まあ、とにかく頑張った。
 だが、これだけ狩って狩って狩りまくったにも係わらず、『魔法の袋』どころかレア品自体が全く出ない。
 結果、その日は、一定以上の傷を与えたため殺して肉にした『スモールテール』8匹と『低級回復薬』34本、『魔石』18個(43ポイント)だけが収入となった。一人当たりの収入とすれば、100ダリを若干下回る額だな。
「つ~事で、取りあえず何が出るかはともかく、レアが出るまでヤルかんね!!」
 そんなミミの宣言に、溜息が出てしまう俺だった。なにせ、一番苦労するのは、間違いなく俺なのだから……。
 
 そんな訳で、翌日からもエリアを少しずつ変えながら『スモールテール』狩りを続けた。
 三日目からは、ミミ提案の『ボーラー』が威力を発揮し、俺の労力と、殺してしまう『スモールテール』の数が激減する。『ボーラー』とは、ロープの両端におもりの付いた投擲器具だ。三つ叉タイプの物もある。おもりの力で、回転しながら飛んで行き、獲物に絡まって行動を阻害する道具だ。
 『ボーラー』は今回の俺達の目的に最適な道具だと思う。俺としては、何で初日から思いつかなかったんだよ! と強く言いたい。

 四日目になると、俺の『ボーラー』の腕前は百発百中に近く、サクサクと『スモールテール』を捕獲し『ステール』が進んで行く。『器用さ』補正値44は伊達ではない。
 そして、四日目の夕方、今日も駄目かと諦め気味だった時、ミミ言う所の『レア光』が輝いた。
「来たー!!」
 ミミのいつも以上の絶叫が草原に響き渡る。ここには『緑猿』はいないから、幾らでも叫んで良い。
 そして例のごとく、出現した品は光の中にあるうちに、ミミによってかっさらわれている。そして、再度響き渡る絶叫。
「袋来た────!!」
 ミミが、青だぬきのように右手で掲げたそれは、正に『袋』だった。口の大きさは、丸くした状態で直径25センチ程、外観の深さも同じぐらい。
 ミミが、その『袋』の中に手を突っ込んだ。そして、ミミの顔が驚愕に染まる。
「2㍍だ……。 一辺2㍍やんけ! 8立方㍍! 8倍!!」
「えっホントに!?」
「「本当なのか!?」」
 ミミの叫びに、俺達三人の声もハモった。
 取りあえず、ミミの手から袋をかっさらい、その中に手を入れてみる。……本当だ!。
 『魔法の袋』類は、その中に手を入れると、イメージとしてその内容量や空き状況が分かる。そのイメージが、間違いなく一辺2㍍の立方体である事を示していた。
「本当だ」
 俺は、そう呟きながら、その袋を隣にいたシェーラへと渡す。シェーラも、俺と同じように確認したあと、ティアに渡した。
「ロウ!!」
 ハイハイ。
「狩って狩って狩りまくれ────!!」
 ハイハイ、分かってますよ。とは言え、四日でやっと一個だからな……。俺の『スティール』もティアの『歌唱』のスキルレベルも上がっていない。JOBレベルも上がっていないから、『運』と『精神 』の補正値も変わらない。つまり、レアを引く確率は同じままだ、と言う事。
「どうする? この調子だと残り三人分で12日掛かる計算になる。勿論、四日で一個が手に入ったとして、だ」
 何分、あくまでも『確率』なので、四日に一個手に入るとは限らない。今までの経験上、モンスターごとに、レアを引く確率に違いがある事が解っている。『スモールテール』に関しては、そのデータがまだない。だからこそ、無駄な日々を過ごす可能性が有って、皆に確認を取った訳だ。
「運搬容量は、今後の活動を大きく左右する。多少日数が掛かろうとも、手に入れるべきだ」
 意外にも、真っ先に発言したのはシェーラだった。そして、ティアも続く。
「うん、1㍍と2㍍じゃ全然違うもんね。出来れば2㍍の方が良いよ」
 まあ、現状、俺達に予定はあってないようなものだから、皆が良ければそれでいい。
 そして俺達は、今までと違って、腰を据えて『スモールテール』狩りを行っていった。
 結果、アメムの街周辺に500匹以上の片耳『スモールテール』を量産する事になった。
 俺達がその後狩りに費やした日にちは10日間。だが、実際に目的の三つを入手したのは四日目。更にその翌日には、五個目を入手している。
「こりは、あと三個はいける!!」
 ミミの欲望まみれの言葉と共に、更なる狩りを行ったのだが、その後の五日間は全く入手出来なかった。
「物欲センサーが────!!」
 草原地帯にミミの絶叫が響き渡るが、後の祭りってヤツだ。
 まあ、最初の五日間がおかしかったって事なんだよ。最初の一個目の確率が、多分正しいと思う。それで考えれば、十分に高確率で入手出来た事になる。何より、目的は達してるしな。欲ボケた自分たちに反省。
 この全く入手出来なかった五日間に、人数割りで余っている一個を使って、実験をしてみた。市販の普通のウエストポーチを買って、その内側に、手に入れた『魔法の袋』を縫い付ける。もし、失敗して駄目になっても、四人分は別にあるし、まだ手に入る予定だから、と言う事で実行。結果は、全く問題なく機能している。
 これで、かなり使い勝手が良くなった。それに、自分たちで加工が出来る事が分かった事で、この『袋』の存在が他者にバレる可能性が低くなったのも大きい。あの村の鍛冶師みたいなヤツは、幾らでもいる。
 ちなみに、あの鍛冶師は、あの後、冒険者及び村人から総スカンを食らい、散々な目に遭ったらしい。そして何故か、不運にも建物の基礎が突然崩れ、鍛冶場が壊れたらしい。全く不運な出来事だ。そんな崩落が発生する前に、近所で変な歌が流れていたと言う話があるが、ただの噂である。
 
 欲に溺れて五日間を無駄にした俺達は、最初の予定どおりに近隣の街を回って行く。
 領都アメムから最初の街までは、丁度片道護衛依頼があったので、それを受けての移動だ。その後も、各街で次の街までの依頼があるようなら受け、無い場合にはそのまま移動した。
 金銭的には無駄ではあるが、俺達は十分な貯蓄があり、この程度の損失は問題ない。
 ちなみに、貯金は冒険者ギルドで行っている。この国には、前世で言う一般的な『銀行』は存在していないので、ギルドにこの機能があるのは有り難い。ただ、この貯金だが、前世のように、どこの支店でも卸せる訳ではなく、預けたギルドでしか下ろす事は出来ない。
 それでも、大金を持ち歩いたり、家に隠したりする必要が無く、それを狙った犯罪に巻き込まれる可能性を思いっきり下げてくれる。前世の『銀行』に比べれば不便ではあるが、十分に有り難い機能なのは間違いない。
 このギルド貯金制度だが、ロミナスさんによると、利用者はかなり少ないらしい。冒険者でもっとも数の多い5級冒険者は、貯金が出来る程の収入がなく、4級以上の者の大半は、纏まった収入が入ると、その金を使い切るまで次の仕事をしないと言う者が多いらしく、お金を預けるという考え自体がないそうだ。
「あんた達は、かなり珍しい部類さね」
 以前、ロミナスさんから、そう言われた事がある。この当たりの金銭感覚が、パーティー内で共通なのは有り難い。こう言った感覚が違うと、それが原因で不協和音となりパーティーが崩壊する事もあり得る。貧乏性万歳だ。
 
 領都アメムで『託宣の儀』を受けている町村は7ヶ所あった。と言う事で、当然ながら最低でも7日は掛かるという事だ。だから、ティアは俺達に対して申し訳なく思っている訳だ。
「ごめんね、私のわがままのせいで……」
 俺は当然、全くもって問題ない。
「大丈夫じょぶじょぶ! こんな世界に転生したからにゃ、いろんな所回らなきゃね~。無問題もうまんたい無問題もうまんたい!」
 ミミ的にも、炎魔法を使いづらい森での活動ばかりより、こう言った旅も良いという事らしい。
 そしてシェーラだが、彼女に関しては、全くもってこの旅で得るものが無いはずで、俺としても心苦しく思っていたのだが、意外な反応が返ってきた。
「私も全く問題ないぞ。将来どうなるかはともかく、この国のいろいろな場所へと実際に行く事は、後々のためになる。成人当日のモンスターの事と同じで、本で読んだり聞いたりした知識と、実際に自分で赴いて得た知識では全く違う事を実感しているからな。この数日間は、全く無駄にはなっていない」
 彼女は、生前の父親のあとを追って騎士を目指している。となれば、この国の至る所へと派遣される可能性は有る。その際、確かに現在の経験は役立つ。
 そうか、良かった。そんな風に思っていると、強い視線を感じて顔を上げると、その主はティアだった。いかん、いかん。俺自身は、ティアと思いが同じだと思っていてもティアには分からないよな。自分の中で、あまりにも当たり前になっていた事なので、ついつい忘れてしまっている。
「あ、俺? ごめん、普通に問題ないと思ってたから、言うの忘れてたよ。まあ、スモールテールの袋も、ティアの事が無かったら手に入らなかった訳だろ。五個のうち一個を売れば一週間や二週間分の損失なんて無いようなものだろ」
「絶対5万ダリ以上で売れる!!」
「それには同意する。あれ一つで金銭的な事は考えなくて良いと思うぞ」
 ミミとシェーラもフォローしてくれる。まあ、フォローというか、事実だけどな。
「……ありがとう!」
 それでもティアは、俺達に向かって大きく頭を下げた。
「ティア~、言っとくけんど、この国には頭を下げて感謝を表す習慣、無いかんね」
 ミミに突っ込まれたティアは、あたふたとして、結局もう一度頭を下げて「ありがとう!」と言って、「あれー!?」と首をかしげていた。俺はともかく、完全な非転生者であるシェーラも、ティアの気持ちは分かっているので、微笑みながら頷いている。良い仲間に出会えて良かったよ。この出会いに感謝!。
 
 さて、この街巡りだが、ある意味順調に進んでいた。何故『ある意味』なのかと言うと、目的の二人が見つかっていないからだ。それ以外については、本当に順調だった。
 各街にいる全転生者に会う事が出来、その全員から前世の名前と職業を聞く事が出来た。
 そして今回、同じ会社に勤めていて、一緒に新幹線に乗って事故に遭った者同士が、このリストで互いの居場所が分かった。初めてリストの意義が出た訳だ。
 そんな街巡りも最後の村となった。その村は、今回廻ってきた街で一番小さく、ギルド出張所もかなりこぢんまりとした大きさで、キルドマークがなければ農機具小屋のようだ。
 ギルド出張所で、いつもの通り趣旨を話した上で転生者を教えてもらうと、この村にいるのは一人だけらしい。そして、性別は女性。
「女の子……」
 何回目になっても、相手が女性だと聞くとティアは期待を掛けてしまう。期待しつつも、そうでなかった時の事を考えて期待しすぎないように意識しているのが、端から見ても丸分かりだ。今までが全て違ったからな。それでも、毎回、今度こそは、と考えてしまう。そして、落胆の過去を思いだして、期待しすぎないようにしようとする。だけど、それでも……と期待が出てきて、それを抑えようと……あとは思考の堂々巡りだ。

 今回ギルドに教えてもらった家に行くと、その女性は自宅にいた。茶色の髪に青い瞳の美人という訳ではないが、可愛いと言われるようなタイプだ。そして、その女性の背には生後間もないと思われる赤ちゃんが背負われている。
 彼女は、突然訪れた四人の冒険者である俺達をいぶかしんでいたが、メンバーの三名が自分と同年齢の女性という事もあって、警戒を解いたようだ。
 一応、警戒されないように、早めに本題を切り出す。
「あの、突然申し訳ありませんが、私たち、転生者のリストを作成している者です。あなたが転生者だと聞いて来たのですが、ご協力頂けないでしょうか」
 ティアがそう言うと、彼女の目が大きく見開かれた。
「そのリスト、あるなら見せて!」
 その声の大きさに、一瞬背中の赤ちゃんがぐずり出す。慌ててなだめすかす彼女だったが、その目は俺達をしっかりと見据えたままだった。
 ティアは、その姿を見て、直ぐに『魔法のウエストポーチ』からリストノートを取り出し、彼女へと渡す。
 受け取った彼女は、赤ちゃんをあやしながらも、急いでノートをめくった。そして、一ページ目をめくった段階で声を上げる。
「綾乃、やっぱりいた」
 彼女の呟きは更に続く。
「恵美と桜は……あ!桜もいた!」
 ……決定だな。ティアを見ると、既に涙目だ。
「うー、恵美がいない」
 そう言っている彼女に、ティアが抱きつく。
「ミーちゃん!」
 ティアの行動に一瞬慌てる彼女だが、直ぐに気付いたようだ。
「ミーちゃんって! まさか綾乃!? 綾乃! あんた綾乃なの!?」
「そうだよ! ミーちゃん! やっと見付けた!」
 彼女たち四人の中で、ミーちゃん、サーちゃん、メグちゃんと言う言い方をしていたのは立花だけだった。だから、彼女もティアが立花だと分かったのだろう。
「会いたかったよー!」
「私だって!」
 そう言って抱き合う二人の声で、また背中の赤ちゃんがぐずりだす。
 そんな時、家の奥から俺達より少し年長な男性が出てきた。どうやら彼が寺西の夫らしい。彼も少し驚いてはいるが、赤ちゃんが泣いている以外は問題がないと分かって、ホッとしたようだ。
 そんな彼に、俺が事情を説明した。彼は当然ながら、妻である寺西が転生者である事は知っており、立花の事も彼女から聞いていたらしい。
「……そうか、ずっと会いたがっていたからな。良かったな」
 彼は、そう言いながら寺西の背中から赤ちゃんを取り上げ、あやし始める。彼の、赤ちゃんをあやしながら寺西達を見る目は優しさに溢れていた。どうやら、二人の関係は良好らしい。
 彼は、玄関前で抱き合っている二人を家の中に誘い、俺達も中に入るように促した。
 家の中に入って分かったのだが、彼の職業は錬金術師のようだ。確認してみるとJOBも『錬金術師』らしい。この『錬金術師』は、いろいろと出来るJOBなのだが、その分制限も多いジョブだったりもする。ただ、こう言った小さな村では、いろいろな事が最低限出来る事から重宝されるはず。多分彼は、この村では、便利屋的な立場なのだろう。
 家の中に入ったあと、ティアは俺達の事を簡単に紹介だけして、寺西と話し込んだ。桜場の時と同じように、幾らでも話す事があるのだろう。
 俺達は、そんな彼女たちの姿を見ながら、夫であるソートさんから寺西の事などを聞いて行く。
 寺西の今世での名前はエーリカ。JOBはなんと『司書』だった。俺的には凄いと思うJOBなのだが、出版文化が定着していないこの国では、就職は狭き門らしい。
 この寺西ことエーリカは隣町出身で、ソートさんが錬金術を学びに言った先で知り合ったそうだ。その修業先の錬金術師の三女が彼女だったとの事。完全な恋愛結婚だ。こう言った小さな村では珍しいらしい。小さな村だと、血が濃くならないように見合い婚が一般的だ、とミミ談。
 ソートさんは俺達より二歳年上で、仕事的にはやっと独り立ちした所らしい。経済的にも問題なく、夫婦間も良好のようだ。
 そんな話をしていると、ティア達の方から嫌なワードが聞こえてくる。
「天川君とは会えた?」
 その嫌なワードで彼女たちの方を見ると、ティアが言いよどんでいるのが分かる。それを、寺西は違う意味で解釈したようだ。
「そっか、まだ会えてなかったんだね」
 それをティアが正そうとするのを、俺が横から止める。
「ティアからだと、いろいろ言いづらいから、俺が説明するよ」
 そう言って、怪訝な顔をする寺西に、『託宣の儀』の場であった事を、そのまま全て話した。
 そして、俺の話が終わっての彼女の第一声は、桜場の時とほぼ同様のものだった。
「天川────! あのクズやろうが────!」
 その叫びのあと、一分近く、夫のソートさんを唖然とさせる程の罵詈雑言が彼女の口から飛び出す。そして、それがある程度落ち着いた所で、彼女の呟いた言葉は少し意外なものだった。
「……そっか、やっぱり、クズだったか」
 その『やっぱり』にティアが食いつく。
「それって、どういう事?」
 寺西は、若干ためらったあと話し出した。
「あのね、当時だけど、なんとなくそんな感じがあったのよ。ただ確信が無かったから言い出せなかったんだ。ごめん。
 ほら、天川って、男女で態度全然違ってたじゃない。180度とまでは言わないけど、100度位?。最初はレディーファースト的な優しさだと思ってたんだよ。でも、段々、あれ? 違うんじゃない?って感じてきたの。
 何か、ホスト的って言うか、セールスマン的って言うか、心が無い感じ。でさ、それが私たちだけでなくって、綾乃に対しても同じに思えてきて。
 もう少し見極めてから、恵美達に相談して、って思ってた矢先に私たち死んじゃったじゃない」
 その話を聞いたティアの表情には、かなりのショックがありありと見て取れる。当然だし、仕方がない事でもある。今の天川に対する感情がどうあれ、だ。
「ごめん、言わない方が良かった?」
「ううん、良いの。彼の事自体は、もう吹っ切れてるから。……でも、そうなんだ。……私、今世で王子様に生まれ変わったから、変わっちゃったと思ってたんだけど」
 そう言って落ち込むティアに、ミミのヤツが言い放つ。
「だ~か~ら~、前に言ったじゃん! 人間、生まれ変わったぐらいじゃ性格変わんないって! クズは前世からクズ! ただバレてなかっただけ!って!!」
 どうやら俺が知らない間に、女同士でその手の会話があったようだ。生まれ変わった位じゃ、か。ミミを見ると、正にそのとおり、と思える。オタクと言うカルマは生まれ変わっても、全く治っていないからな。
「あー、一般論としてはともかく、天川に関しては、そっちの子が言うとおりだと思う。……えっと、ほら、前世では騙されてたけど、今世では騙されずにすんだ、って考えよ! ポジティブシンキング!」
 無理に明るく言う寺西に、ティアは若干苦笑している。だけど、その苦笑に重さや陰は感じない。どうやら、本人が言うように、『吹っ切った』のかもしれないな。
 そんな苦笑をしていたティアが、何故か俺の方を向く。
「ロウ、ロウは私を騙したりしてないよね」
 いきなり、そんな事を言ってくる。一瞬ドキッとした。なぜなら、俺は間違いなく彼女を騙している。転生者であるということを隠すという形でだ。ただ、いま彼女が言っているのはそう言うことじゃなくって、感情的、性格的、愛情的な意味での事だ。その事に関しては、胸を張って言える。
「アホ。物心付く前から騙すような、そんな器用なまね出来るか」
「え~、ロウ、器用さ44だよ~」
「パラメーター補正値は、肉体限定だろ!」
 そんな俺達のやり取りを見ていた寺西が割って入ってくる。
「えっ! えっ! 二人はそう言う関係!?」
 女性特有の興味津々顔だ。そんな寺西に『骨拾い』を説明すると、爆笑された。
 そして、ティアの左手薬指にある指輪を、うらやましげに見ている。一瞬、自分の夫であるソートさんを見るが、この国に婚約指輪や結婚指輪の習慣がない事を思い出し、小さく溜息を吐くだけで済ませた。
 その後、ミミのヤツが寺西に、自分の左手薬指に付けている、ティアの物と全く同じ指輪を見せた事で一騒動あった。
 この指輪は、俺が約束どおりティアに贈ったあとミミのヤツが、
「私にもくれ~! 差別じゃ~! 人権侵害じゃ~!!」
 などと訳の分からない事を言って、しつこいから、しかたくな買い与えたもので、ミミに贈るなら、シェーラにも、と結局三人全員に贈るはめになった。
 そして、当のティアはこれに、ミミ以上に喜んでいた。まあ、恋愛的な意味合いの指輪ではないからな。そこら辺は自覚している。
 ちなみに、このあと、ティアが「パーティーの証だね!」などと言いだしたので、結局俺の分も、自分でもう一つ買うはめになったよ……。まあ、良いけどさ。
 そこら辺の経緯も、自虐的に説明しやると、再度爆笑された。
 その後、ティアは今晩この家に止めてもらう事になった。
「赤ちゃんがいるから、夜泣きとかあるけど大丈夫?」
 寺西から、そう言われていたが、孤児院で新生児の世話も積極的にやっていたティアに問題があるはずもなく、宿泊が決定した。
 俺達は三人は、当初の予定どおり村の小さな宿屋へと泊まる。
 その晩、俺達三人はティアの事で話し合い、あと二日程この村に止まる事を決めた。前回の桜場の際は、相手側の都合もあって、十分な時間を与えてやれなかったが、今回は違う。俺達には、十分な時間的、金銭的な余裕がある。だから、二日程度は全く問題ない。それが三人全員の総意だった。
 そして俺達は、この決定をしたことを、複数の意味で感謝する事になる。 
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