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第35話 トマスさん

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 王都へと戻って来た俺達は、ギルドで諸手続きを終えたあとは、久々の自宅へと帰った。心配していた家政婦三人娘に関しては、問題は無かったようで、元気にしていた。
 そして、彼女達への給金に関しても、ギルド貯金からロミナスさんが手続きしてくれていたようで、きちんと支払われていた。
 この三人の給与だが、現在はギルドに特別に口座を作ってもらい、そちらに貯金している。勿論、一旦は手渡しして、それを自分で口座に入れる形を取っている。現在は、一通り欲しいものは揃ったようで、ほとんどを貯金にしているらしい。孤児院だと、お金の管理は難しいからな。職員に預けるなどもってのほかだ。絶対に食事等に化ける。使い込まれるのは目に見えている。こう言った意味の使い込みは、あり得る。
 この、貯金だが、元々ギルドは冒険者のお金しか預かっていなかった。これは、いわゆる前世の銀行貯金とは違って、親が子供のお金を預かるような意味合いの貯金だった。
 そこで、ミミのやつが提案した。『ギルドで、銀行やんね?』と。ミミは、前世の銀行のシステムを説明し、その利便性、有効性、必要性を説いた。
「今でも、冒険者相手にやってるやん。それを一般に拡大して、そのお金を運用すんの!」
 日本の無料型口座から、海外で良くある有料型口座までを説明し、ギルドに利がある事、そして何より街の者に利がある事を滔々とうとうと説いた結果、試験的運用という形ではあるが、一般人のお金も預かる事になった。で、その預金第一号から第三号までが、うちの家政婦三人娘達だという事だ。
 俺達の預金に関しては、この時、運用に回して良いと言う契約も結んでいる。ギルド側は、現在いろいろと試行錯誤中らしい。まあ、前世で普通に成立しているシステムなので、一般化するのは時間の問題だろう。と言うか、今までなかった事が不思議な位だ。

 一晩ゆっくり眠った翌日から三日間は、休日となった。ティアは、家政婦三人娘達用の端切れを購入したあとは、いつもどおりに孤児院へと行くらしい。
 ミミは、爺さんの事でロミナスさんと話があるとかで、ギルドへと向かった。
 俺は、シェーラと共に鍛冶師のトマスさん店へ行く。
「ガントレットの鑑定か?」
「ああ」
「二人にはガントレットの事を言っていないが、良いのか?」
「ミミに言ったら、ギャーギャー騒ぐだろ。私が使う~! とか、使えもせんくせに」
「ブラッディーソードの時がそうだったな」
「そ、今回のガントレットのデザインは、絶対にミミ好みだ。うるさいのが目に見えてる」
「ティアは良いのか?」
「ティアは、この手の物には興味ないだろ。バリアーシールドみたいに、全体を守れる物ならともかく、これは、多分そう言うタイプじゃないから、な」
「違うのか?」
「違う。この手のデザインは、そう言う品じゃない。絶対。今晩のミミのおかずを賭けても良い」
「……自分のは賭けないのか?」
「賭けない。俺、賭け事嫌いだからな」
「何だ、それは」
 などとアホな会話をしながら歩いて行く。
 トマスさんの店は、客は誰も居らず静かなものだった。
「ちょっと、ロウ君、今なんか変な事考えていなかった?」
 俺が店に入って、店内を見回していると、カウンターにいたトマスさんの奥さんであるアリさんから突っ込まれた。
「言っとくけどね、今の時間帯はお客さんはいない時間帯なの! 間違っても、閑古鳥かんこどりなんか鳴いてないから!」
 ……どうやら、顔に出ていたみたいだ。しかし、閑古鳥までは思っていなかったんだが……。
 この店は、アリさんの反応でも分かると思うが、閑古鳥はさすがに鳴かないが、ヒグラシぐらいは鳴くかもしれない。つまり、それ程流行ってはいないって事だ。
 ただ、それはトマスさんの腕が悪いという事ではない。王都の中でも普通の腕前だ。実は、この『普通の腕前』というのが曲者で、他の鍛冶師との差がないと言う事でも有る。トマスさんに出来る事は、他の鍛冶士にもできる。だから、お客は分散する。結果、ヒグラシが鳴く(?)訳だ。
 それでも、俺達のようにトマスさんの所に来るお客はいる。トマスさんの人柄を知っているからだ。ただ、そんな固定客がそれ程多くない事が、目下のアリさんの悩みの一つだったりする。もう一つの悩みは、トマスさんが(腕前は普通なのに)武具を作る時、趣味に走ってしまうと言う事だ。
 シェーラの大剣もトマスさんが趣味に走った結果の品で、『黒死鳥戦』以降、修理を兼ねて強化し、『スモールテール』産の『魔法の袋』が売れた代金で、事実上作り直すレベルでアップグレードを行っている。『ルナタイト』とか言う、ミスリルに近い魔力伝導率を持ち魔鉄よりも硬い素材を使っているらしい。その材料代に、シェーラの貯金の大半は消えたと言う。
 この大剣は、シェーラが貰うまで、何年もギルドのバックヤードで眠ったままだった。新成人の誰も、欲しがらなかったからだ。そんな、売れない武具を、趣味に走って作ってしまう訳だ。売れるものでは無く、トマスさん的に良い物を作る。だから、アリさんは苦労している。
 第一声は、そんな会話だったが、直ぐにアンデッド戦の事を慰労してくれる。そして、爺さんの事も残念がってくれた。現場の冒険者達だけでなく、一般の人々にとっても爺さんの死はショックな事だったようだ。
 その会話は、自然と騎士団及びクソロムンの悪口になるのは仕方ない事だろう。って言うか必然。その、悪口に、多くではないがシェーラも参加した事に、俺は驚いていた。そして、その悪口は10分近く続けられたのだから、ヤツらが一般の人からもどれ程嫌われているか分かると言うものだろう。
 そして、一通りの悪口が終わった頃、アリさんが言ってくる。
「で、今日は何を買ってくれるの?」
 アリさんの目が怖い。
「武具の修理あるの?」
 ……修理かしら、ではなく、『も』だ。そんな、アリさんの威圧を緩めたのはシェーラだ。
「私は、グリーブの修理と、新しいブレストプレートの相談をお願いしたい」
 アリさんの顔が輝いた。G.Jシェーラ!。
「で、ロウ君は?」
 ……シェーラ、『私は』は余計だ。全然G.Jじゃないぞ!。
「……俺は、武具の鑑定を……」
「それだけって事は無いよね」
 アリさんの目が怖い。
「えっと、俺、家を買って以降貧乏で、今、武具を買い換える余裕ないんです」
 ……うっ、駄目だ、効果が無い。
「えっと、最近、アンデッド戦が立て続けにあって、実入りが悪いんですよ」
 伝家の宝刀『アンデッド戦』を出してみる。うん? 敵は少しひるんだぞ。なにせ、国民のために薄給で行う事の代名詞が『アンデッド討伐』だからな。よし、勝ったか?。
「……でも、魔石で稼いでるって聞いてるわよ。ロウ君達なら、分割払いでも良いのよ。今、質の良いアルマガン綱が入ってるの。ロウ君のブレストプレートに最適だと思うのよ」
 ……反撃を受けてしまった。敵は、こちらの懐事情をかなり正確に理解しているようだ。
 アマルガン綱……、確かに欲しい。アルミニューム以下の比重で、魔鉄に近い強度がある。更に、ある程度魔法伝導率も高いので、作成時に魔法付与がのる可能性も高い。現在のブレストプレートの二つ上のグレードだ。欲しいのは間違い無い。
「……有り難い申し出なんですが、借金は嫌いなので…」
「借金じゃなくって分割よ。ぶ、ん、か、つ」
 ……敵はしつこい。
「今回は、ごめんなさい」
「次は、絶対よ」
「……はい」
 ……俺は、果たして勝ったのだろうか?。
 そんな攻防の後、工房で作業中のトマスさんの所へと行った。時間的に、火入れ前だというので入って良いとアリさんから言われたので、遠慮なく入って行く。
 アリさんは、店番を続けるようだ。客は来ないのにね。
 俺達が地下工房に降りていくと、トマスさんは1㍍四方の図面と睨めっこ中だった。
「トマス殿」
 シェーラの声で、やっと俺達に気がついたようだ。
「お、お前達か。ん? 今日は二人か? 珍しいな」
 確かに、俺達二人で来るのは初めてかもしれない。大抵は全員で来るか、一人で来ている。
 俺達の組み合わせに驚いたトマスさんだったが、直ぐにアンデッド戦の事を労ってくれた。当然爺さんの事もだ。ただ、トマスさんは、基本他人の悪口は言わないので、たとえクズ騎士団やクソロムンの事でもその手の話はしない。
 そして、本題であるガントレットの『鑑定』を依頼すると、溜息を吐かれた。ギルド同様に、トマスさんにとっても俺の『スティール』品は溜息案件のようだ。
「……見せてみろ」
 溜息交じりのトマスさんに『魔法のウエストポーチ』からガントレットを取り出して渡すと、『鑑定』を実行する前から「うっ!」とうなった。
 前回の『バリアーシールド』の時聞いたのだが、鍛冶師は武具を一目見れば、『鑑定』をしなくともある程度は、その品がどのような物なのか分かるそうだ。
 今回も、『超レア品』とは言っていないのだが、『ブラッディーソード』や『闇の双剣』の時と、明らかに反応が違う。どうやら、本当に分かるようだ。
「……これは、お前達が言うところの、超レア品か?」
 俺が頷くと、さっきより深い溜息を吐かれたよ。そして、そのまま、『鑑定』が実行された。紫色の『鑑定光』が消えた後、トマスさんは俺の顔を見て、再度特大の溜息を吐く。
「今回は、超レア品とは言っても、スティールした相手が『黒死鳥』とは比べものにならない格下のゾンビですから……」
 そんな言い訳っぽい事を言ってみるが、トマスさんは何度も横に首を振る。そう言う問題じゃ無い、って事かな?。
「バリアーシールドと同クラスとまでは言わんが、これも十分にとんでも品だぞ。
 まず、ガントレットの強度自体は、斬、刺、衝、全て最高級クラスの耐性がある。
 そして魔法耐性は、雷、水は100%、それ以外は全て60%だ。耐腐食耐性も100%ある。
 一級冒険者が身につけていても全く遜色そんしょくない性能だ。
 ……と言うか、一級冒険者が大金はたいて、大喜びで買うような品だぞ。
 で、だ、雷と水の耐性が100%って事で、分かっているかもしれんが、このガントレットは右で『スパーク』、左で『フリージング』が使える。
 しかも、その効果は『精神値』100同等の強さだと来ている……。どうだ、分かったか?」
 ……はい、分かりました。
 『バリアーシールド』のように、遠距離に効果が与えられないが、十二分に壊れ性能じゃないか……。
 一応、魔法について説明しておくと、『スパーク』は雷魔法の一つで、『ファイヤーボール』や『エアーブリッツ』と同じ最下級魔法になる。この魔法は、スタンガンのように、接触して電撃を放出するタイプの魔法だ。
 『フリージング』も水魔法の最下級魔法で、接触した対象を凍らせる魔法になる。両方とも接触型の魔法で、最下級の魔法ではあるが、そこは問題では無い。大事な所は『精神値100同等の効果』と言うところだ。
 現在、レベル25でSPを『精神』にかなり振り込んでいるティアでさえ、86だ。ミミは80。……『精神』の値が100と言うのがどれ程凄いのか、分かってもらえると思う。
 スキルの威力は、一部の例外を除いて基本パラメーターに依存する。魔法スキルの場合は『精神』のパラメーターに、だ。その依存すべき『精神値』が100と見なして効果を発揮するという事。誰が使っても、だ。『精神』の補正値が8しか無い俺が使っても。
 ちなみに、効果範囲に係わる値は、スキルレベル10同等らしい。通常のスキルレベルMaxの半分と考えれば、十分な値だろう。
「シェーラ、使うか?」
「遠慮させて貰う」
 速効で断られた。言い方はソフトだったが、断固として拒否する、と言う感じだ。
「ミミが喜んで使いたがりそうだな」
「間違い無い」
「おいおい、ミミちゃんが装備しても仕方がないだろ。これは、超接近戦闘用だぞ」
「いや、使えるかどうかは、あいつには関係ないんで……」
「関係ないって、お前……」
 という感じで、後半はグダグダになった。ミミのせいである。
 まあ、俺が装備するのが一番良いんだろうな。現在の両手装備より若干重くは成るが、許容範囲だ。性能で考えれば気にするレベルじゃないしな。アマルガン綱でブレストプレートを作れば、その分の差でペイ出来るか。分割……いや、止めとこう。借金は絶対しない。借金怖い。前世のトラウマだよ。
 さて、俺の目的の一つは終わったので、次の目的をやろう。トマスさんを見ると、若干汗をかいてする。よしよし。好都合だ。
「トマスさん。火入れ前から汗かいてますね」
「誰のせいだ、誰の」
 ……俺のせいか? ……まあ、良い。じゃあ、ミミ立案の作戦実行だ。
「冷えたサイダーが有るんですが、飲みませんか?」
「おっ! 持ってるのか! さすがは開発者パーティーなだけはあるな。熊々亭はいつも売り切れでな、まだ3回しか飲んでないんだよ」
 よしよし、食いついたぞ。第一段階OK。
 ちなみに、このサイダーは、ミミの案で『熊々亭』のおばちゃんが開発した物だ。前世のサイダーその物を再現した一品である。ミミとしてはコーラを作りたかったらしいのだが、原料からして全く分からず、一歩も踏み出さずに挫折した。
 サイダーは基本砂糖入りの炭酸水だ。後はアレンジすれば良い。当然アレンジは『料理人』のJOBを持つおばちゃんだ。カンストした『神の味覚』と言う絶対味覚なスキルを持つおばちゃんは、二日と賭けずに某有名サイダーを遙かに凌ぐサイダーを完成させた。ビンは『錬金術師』や『細工士』でも作れるので、販売に至るまでに時間はそれ程掛からなかった。
 この世界、と言うかこの国には、炭酸入りの飲み物はビールしか無い。シャンペンも無い。そもそも、炭酸水を入れて飲むという発想が無かった。ビールの場合は、製造工程で炭酸が発生するから、また別という事のようだ。
 そのため、販売すると、あっと言う間に人気が出た。ビールと違ってアルコールが入っていないので、仕事の合間にも飲める、と言うのも人気の秘密らしい。おばちゃんは、甘ったるくなくサッパリとした味に仕上げてくれたので、大人から子供まで大人気だ。
 元々、家内制手工業的に作っているので、その生産量も少なく、トマスさんが言うとおり買いたくても買えない状態が続いている。直ぐにコピー品が出るのが分かっているので、大々的に生産するつもりは無いそうだ。
 そんな人気の品を出せば、トマスさんが食いついてくるのは分かり切っていた。トマスさんは喜んで飲んだ。
「プッハー、美味い! ビールと違って仕事中でも飲めるのが良い!」
 そんな上機嫌なトマスさんにそれを差し出す。
「おつまみに、これど~ぞ」
「ん? トトチの実か? ……あんまり味は無いぞ。歯ごたえは良いがな」
 トマスさんが、その『実』を食べた瞬間、シェーラが飲んでいたサイダーを吹き出し、思いっきりむせだす。
「ロ、ロウ! 今の実は!」
「残ってた、あれだよ」
 シェーラは、普段の彼女に似つかわしくない程にうろたえ、俺とトマスさんの顔を交互に見た。こんな、シェーラは新鮮だな。良い物が見られた。
 俺がそんな事を考えていると、トマスさんが常に無いシェーラの様子に疑問を感じたらしい。
「……おい、今の実、毒でもあるのか?」
「有りませんよ。完全に無毒です」
「そうなのか?」
 トマスさんは、俺の言葉だけでは信用出来なかったのか、シェーラに問いただす。
「……害は無いです。……害は」
 歯切れの悪さに何かを感じたのか、俺の方を見て、若干強めに行ってくる。
「で、何なんだ? あの実は?」
「トマスさんは、セカンドスキルって知ってますよね。この実は────」
 俺が『スキルの実』の事を説明すると、怒鳴られた。
「何て物を喰わせるんだ!! お前達は!!」
「俺達は、もう効果が無いんで、完全に余り物ですよ。売るのはギルドから禁止されたんで、魔法の袋の肥やし状態なんです。で、ミミのやつが、トマスさんに喰わせんべ!、って言って、こう成りました。まあ、要らない物なので気にしないでください。ど~せ、今後のアンデッド戦で10個やそこらは簡単に手に入りますから」
「……ギルドが売るなと言った意味を理解していないのか!?」
「いや、分かってますよ。分かった上で、あえて言葉どおりに受け取ったって事です。ミミが」
「お前も共犯だろうが!!」
「わ、私は知りませんでした! トマス殿!」
 シェーラが慌てて、身の潔白を訴えている。慌てるシェーラと、頭を抱えるトマスさんが落ち着くのを待つ。結構時間が掛かったよ。
 一応、落ち着いたトマスさんにスキルの確認をして貰う。その時、
「終わった事にクヨクヨしてても始まりませんよ、前向きに行きましょう」
 と言うと、
「お前が言うな!!」
 とキレられた。
 そんなこんなで、トマスさんが新たに得たスキルは『昇華』と言うものだった。
 そのスキルは、作製した武具を更に上の性能に出来るものだと言う。ただ、可能なのは各武具一回限りで、その際に大量の『魔石』が必要との事。
 若干スキル名と機能に乖離かいりが有る気がするが、この世界のスキルでは、良くある事だ。気にした方が負けだ。確か、元々は、個体が液体を経ずに気体になる現象だったはず。
「必要な魔石は持ってきますから、俺達の装備を随時アップグレードしてください。スキルレベルが低い事がどう影響するかが、問題ではありますが」
「お前とミミの目的は、それか……」
「半分は、そうです。後は、日頃からお世話になっていますから、そのお礼ですよ」
 そう言うと、シェーラも納得している。
「トマス殿には一方ならぬお世話になっています。そう言う事なら私も納得出来ます」
「セカンドスキルは、二個まで身につけられますから、また…」
「要らん!! もう要らんからな!!」
 また怒られてしまった。まあ、今度は別の食べ物の中にでも入れて、食べさせれば良い事だ。問題無い。
「喰わんぞ! 絶対だ!! お前達が持ってくる食い物は全部だ!!」
 ……あ、バレてる。ま、何とかするさ、その時は。
 俺達にとっては、トマスさんだけが唯一信頼出来る鍛冶師だ。だから、そのトマスさんの鍛冶能力向上は、そのまま俺達の戦力・安全性のアップに繋がる。トマスさん的には、いろいろ思う所も有るとは思う。トマスさんとしては、多分、『自分の実力では無い事で……』的な事を考えていそうだ。なんと言っても職人堅気な人だからな。そんなトマスさんだからこそ、信頼出来ると言う事でも有る。ままならない事だ。だが、まあ、その辺りは諦めて貰おう。俺達の身の安全のために!。
 仕事前なのに、一仕事終わったような状態のトマスさんと、新装備の相談のあるシェーラを置いて、俺は地下工房を出る。防音ドア越しから聞こえる、トマスさんの溜息を聞きながら。
 店内に上がると、当然のごとくお客は居らず、アリさん一人だった。
「また、失礼な事考えてるでしょ」
 あなたはエスパーですか。JOBは『短弓士』だから、その手のスキルは無かったはず。……年の功って事か。
「うん! 更に失礼な事考えてた! 絶対!!」
 今度は、さっきより反応が強い。いろいろ怖いので、余計な事を考えるのは止めよう。冗談抜きで、俺は表情に出やすいようだ。注意せねば。
「で、何か作る事になったの?」
「……作りません」
「10回払いで良いのよ」
「つ、作りません。借金は絶対しません」
「アマルガン綱」
「…………今度まで我慢します」
「その時まで残ってると思う?」
「はい! 絶対残ってます!」
「だ、断言したわね」
「売れ残ってる事に100ダリ賭けられますよ!」
「…………」
 勝った。アリさん、抜かったな。あおり文句のつもが自爆と成った訳だ。自分の店の売れ行きをよく考えて言うべきだったね。ふっふっふっ……あれ!? まずい!。
「まずい、売れ残ってないかも!」
 しまった、抜かったのは俺だ。自分がした事をコロッと忘れていた。
「えっもどうしたの?」
 俺の慌てようをいぶかしんだアリさんが尋ねてきた。
 そこで、『スキルの実』とそれによって身についた『昇華』に付いて説明する。
「ありがとう。いろいろ気を遣ってくれて」
 まず礼を言われた。説明した後の第一声がそれだ。別段、恩着せがましい言い方は、一切していない。あくまでも余り物で、俺達には全く役立たない物だと、強調した。それを受けての第一声が、礼だった。
 俺達は、良い出会いに恵まれている気がする。クソロムンを除く。
「で、どうするの、ロウ君が気付いたように、あなた達のおかげで新規のお客が来る可能性が増え訳よね。そうなれば、当然アマルガン綱を使って装備を、って人も出てくると思うのよ。つまり、いつまでも有ると思うな、金とアマルガン綱って事。12回払いでも良いわよ。ロウ君だけ・・特別に」
 ……正直、かなり悩んだ。で、分かった事がある。人間、トラウマには勝てない、と言う事だ。俺は逃げるようにしてトマスさんの店を出た。親父、あんたの借金トラブルが、転生してまで俺にトラウマとして付き纏ってるよ。今回は、それを悲しむべきか、感謝すべきか微妙な所だ。何はともあれ、トラウマやカルマってやつは魂に刻まれるモノなのは間違い無い。恐ろしいものだ。
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