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第37話 ネム
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「ミミちゃん、ネムちゃんの部屋どうする?」
「お、そだね、ちょびっと狭いけんど、二階の物置部屋をつかうべ」
「え~、でもあの部屋、窓無いよ」
確かに、あの物置部屋に窓は無い。短期間住むだけならともかく、長期間住むのには適さない。広さは、狭いとは言え、三畳は有るので、一人部屋など有るはずの無い貧乏農家出身のネムとしては、喜びこそすれ不満に思う事は無いはず。
「無ければ、作れば良かろう」
解決策を出したのはシェーラだ。翌日には、ロミナスさん経由で『建築士』に頼み、家の強度に問題無い所に窓を作って貰った。
その部屋に、ネムは予想どおり驚喜していた。
「自分だけの部屋なんて、夢のようです」
ネムと新生家政婦三人娘との相性も良く、仲良くやっている。ただ、ネムのキャラクターなのか、一歳年下のメムはともかく、二歳年下のアーシャとランからも「ネムちゃん」と呼ばれている。ネムも、それを全く嫌がっていないので、良いんだが……。
ネムがうちに来て、三日目に言った言葉がある。
「ネム、売られて良かったです」
その時は夕食時で、その夕食を作ったのは現時点で一番料理が上手いメムだった。その料理を口にしながら言った言葉である。……ハッキリ言おう。ネムは食いしん坊だ。間違い無い。
ネムの育成に付いては、単なるパワーレベリングではなく、新成人に行ったような冒険者育成を目的としたやり方を実施した。この先ネムが俺達のパーティーを抜け、他のパーティーや騎士団どもと行動を共にする可能性を考えてだ。ある程度は自分で対処出来るように育てる。爺さんの二の舞には、絶対にさせない。
それと、ネムを冒険者として育て、実質的な冒険者としての力を付けさせる事で、『冒険者』と言う身分を確たる物にし、例の『王令』をもって王族・貴族から手出ししにくい環境を作ろう、と言う考えも有る。ただ、これは『浄化師』と言う特殊性故に、通用するかどうか微妙な所ではあるが……。
ネムの戦闘は、俺達の時と同様に『スライム』から始まった。長槍で突いて殺そうとするのだが、なかなか核の部分に刺さらない。
「うわわわわわ、グニャグニャです!」
そんな声を上げながら、何度も突き刺し直していた。そうやって殺した『スライム』の残骸をみて、ネムは溜息を吐いている。
「水に成ったです……。これじゃ、食べられないです」
その言葉に、俺達全員が絶句した。貧乏で、常にある程度空腹状態だった俺達も、『スライム』は食の対象とは考えなかったからだ。
その後ネムは、『角ウサギ』はともかく、『痩せ狼』や『グリーンゴブリン』、更には『大蛭』にまで、
「美味しいですか?」
と聞いて来くる。『オーク』に至っては、ミミの炎魔法で焼けた個体を指さして、
「美味しいです! 絶対美味しいのです!」
と、言って、ナイフを取り出して肉を切り取ろうする有り様。本来とは違った意味で、手間が掛かったよ……。
ただ、彼女の戦闘に関するセンスは悪くは無く、槍や剣の扱いにも直ぐに慣れた。多分、ミミやティアより直接戦闘に関しては才能がある。
俺達は、戦闘のイロハを教えながら、ネムを育てて行った。急いでも仕方がないので、ゆっくりだ。それでも、俺達の時を考えれば、その成長は格段に早い。
俺達というサポートが常に付いている意味は大きい。多少の無理は出来るし、スタート時点から装備も充実している。
『ストレージ』を身につけた事で不要に成った、ティアの『魔法のウエストホーチ』もネムが現在使用している。当時の俺達を考えれば、夢のような状態だろう。
そんな育成もあって、ネムのJOBレベルは着実に上がって行く。一ヶ月後にはレベル13に達し、二ヶ月後にはレベル19と成っている。
俺達がサポートする状態ではあるが、『マーダーベア』をネムメインで殺せるように成っている。
それを可能としたのが『聖域』と『聖鎧』スキルで、この二つのスキルは、アンデッド限定のスキルでは無かったようで、一般のモンスターにも効果を発揮し、彼女の戦闘を助けた。
この事は、この二つのスキルに関しては、スキルレベル上げが可能だという事を示している。『聖域』は、それこそどこでも実行出来る。『聖鎧』は人物が対象ではあるが、自分に掛けるなり、俺達に掛けるなりすれば、こちらも問題無い。
そのため、この二つのスキルは、この二ヶ月でスキルレベル5まで上がっている。二ヶ月で5上がるというのは、異常に早い。それを可能にしたのは、大量の『低級MP回復薬』の存在だ。通常であれば自然回復を待つ所を、湯水のように『低級MP回復薬』を使用して、その時間を省略した。千個以上の在庫があるので、存分に使用出来る。思いっきり、力技だな。
『聖域』のバリアー強度は『精神』依存で、JOBレベルが上がり『精神』補正値が上がるに従って強度が上がっていった。そして、バリアーの範囲はスキルレベル依存で、スキルレベル1の状態で半径3㍍だったのが、スキルレベル5では半径10㍍に成っている。
この『聖域』は、ティアの『般若心経バリアー』のようには、一般モンスターの侵入を防ぐ事は出来ない。対象のレベルに従って、侵入出来たり出来なかったりするのだ。現時点で侵入を阻めるモンスターのレベルは9以下となっている。それ以上のレベルのモンスターだと、侵入に掛かる時間に違いは有るものの、侵入自体は防ぐ事は出来ない。攻撃自体に関しては、大半の魔法やスキルはブロック出来た。一部の攻撃は、バリアーを通過はするが、到達距離が極端にみじかくなり、実質届かない。
ほぼ同様の個人用スキルである『聖鎧』を併用すれば、魔法や攻撃スキルなどの遠距離攻撃に関しては、完全に防ぐ事が可能だ。
このスキルの力があるからこそ、ネムは『マーダーベア』や『牙狼』などの魔法や攻撃スキルを使用するモンスターに十分な対処が可能な訳だ。
JOBレベルがある程度落ち着いてからは、彼女の育成半分、俺達との連携半分でやっていった。この間の収入は微妙な金額に成っているのだが、赤字では無い。宿代が掛からない事と、『スティール』によって得た物品の売却益が有るからだ。
アンデッド戦では『般若心経』を歌い続けなければならないため、八代な『ラッキーソング』を唄って貰う事は出来ない。だが、一般のモンスターが相手であれば話は違う。要所要所で十分に『ラッキーソング』が使えるため、それに伴って『レア品』を引く頻度も上がっている訳だ。まあ、この二ヶ月で5個だが……。
大半の『スティール』品が武具なのだが、俺達のパーティーに合わない物は、全てトマスさんの『昇華』を実行した上でギルドへと売却する事で十分な収益を得ている。
ちなみに、以前、トマスさんの『昇華』スキルのレベルアップのために量産した、『牙狼ナイフ改』や『鉄の剣改』も同様にギルドへと売却した。『鉄の剣改』は、6級冒険者や5級冒険者が購入しているらしい。
そして、『牙狼ナイフ改』は、価格の割にMP吸収能力が高い事から、4級冒険者でも買い求める者がいたと言う。『昇華』済みの『牙狼ナイフ改』は、3ポイントのMP吸収能力があるので、十分に実用レベルに成っているからだ。
『鍛冶師』製の武器で、MP吸収能力のある物は、かなり高価なので、4級冒険者でも簡単には購入出来ない。攻撃用としては微妙ではあるが、MP吸収専用としてなら使える『牙狼ナイフ改』は、持っておけば便利な品として人気らしい。
ネムの初期値は『精神』が6、『器用さ』が2で、『MP』が40と言う、魔法使い型だった。『MP』はレベル19で500と言う、自然回復速度が1秒に1ポイントと成る所までSPを注ぎ込んで上げてある。他のSPは、ネムに任せた。自分の事だからな。
パラメーターだけを見ると、とてもではないが『マーダーベア』や『牙狼』を殺せるようには思えないのだが、そこは『聖域』『聖鎧』があるが故だ。元々、冒険者の強さは、パラメーターだけで無くスキルの使い方と相性も重要だから、それ程おかしな話でもない。
ネムの育成の間、俺達のスキルレベルもいくつか上がっている。
俺の『隠密』がとうとう20に成ってカンストした。ティアの『スピーカー』も上がっている。全体の半数近いスキルが上がった事に成る。
ロウ 17歳
盗賊 Lv.27
MP 209
力 11
スタミナ 12
素早さ 56
器用さ 56
精神 8
運 16
SP ─
スキル
スティール Lv.13
気配察知 Lv.20(Max)
隠密 Lv.20(Max)
サーチ Lv.6
マップ Lv.4
ティア 17歳
歌姫 Lv.27
MP 600
力 10
スタミナ 28
素早さ 19
器用さ 9
精神 94
運 ─
SP ─
スキル
歌唱 Lv.9
スピーカー Lv.11
エフェクト Lv.5
ストレージ Lv.4
ミミ 17歳
炎魔術師 Lv.27
MP 830
力 11
スタミナ 11
素早さ 30
器用さ 9
精神 86
運 ─
SP ─
スキル
ファイヤーボール Lv.15
ファイヤーアロー Lv.19
ファイヤーストーム Lv.20(Max)
エレメント Lv.8
デュアル(風) Lv.5
シェーラ 17歳
大剣士 Lv.27
MP 223
力 58 +12
スタミナ 56
素早さ 18
器用さ 17
精神 9
運 ─
SP ─
スキル
強力 Lv.20(Max)
加重 Lv.17
地裂斬 Lv.20(Max)
マジックブレード Lv.6
爆砕断 Lv.6
ネム 15歳
浄化師 Lv.19
MP 500
力 10
スタミナ 8
素早さ 8
器用さ 20
精神 65
運 ─
SP ─
スキル
浄化 Lv.1
聖域 Lv.5
聖光 Lv.1
聖鎧 Lv.5
その日、俺達は早朝から南西の森へと向かって進んでいた。
川を越え、2キロ程進んだ草原地帯に差し掛かった時、急にネムが声を上げる。
「カニが居るです! 美味しいカニです!」
ネム以外の視線が俺に向く。俺は、『気配察知』の情報を再確認するが、それらしい反応は無い。
「範囲内にはカニらいし反応は無いぞ。オークなら12匹居るけどな」
カンストした『気配察知』の範囲は150㍍と広大だ。その範囲内に居ないのは間違い無い。
「ティア、見えるか?」
『鷹の目』バリの視力を持つティアに確認するが、彼女も首を横に振る。
「ネムやん、この辺、川無いから、カニおらんと思うんやけんど」
「居るです! カニの匂いです! 間違い無いのです!」
ミミの意見を、速攻で否定するネム。普段の、のほほ~んとした姿とは打って変わった反応だ。やはり、食べ物の事に関しては、違う反応をする子だな。
「こっちなのです!」
ネムが、そう言って10時方向を指さした。
「確認すれば済む話だ」
シェーラの言葉で、全員がネムが指さす方向へと向かって移動を開始する。
その途中で、『気配察知』に有った『オーク』の集団が襲ってくるが、殲滅した上で12本の『鉄の剣』も『スティール』している。
現在の俺の『運』と『スティール』のスキルレベル、そしてティアの『歌唱』のスキルレベルによるコンボなら、ほぼ100%に近い確率で『一般品』を引く事が出来る。逆に、『ラッキーソング』無しでも、『クズ品』である『魔石』を引くのが難しいぐらいだ。
『オーク』の殲滅を終え、移動を続けていると、『気配察知』にそれらしい反応が出る。
「居たぞ、100㍍先。カニ型なのは間違い無いが、初見のモンスターだ。注意しろよ」
俺の『気配察知』は、スキルレベルが上がるに従って、察知出来る対象の外観もある程度分かるように成った。そのため、大体の形状から、それがカニの形をしている事が分かったのだ。あと、カンストした『気配察知』は、既知の対象は明確にその種類が分かるように成っているので、既知、未知を判別出来る。かなり便利なスキルだと思う。
「マジで居ったんかい! つーか、200㍍先のカニの匂いが、なして分かるん? ネムやん犬か!!」
「ネム犬じゃ無いです! ミミちゃん分かんないですか? 鼻詰まってるです」
「詰まっとらんわ!!」
「ティア、分かるか?」
「全然臭わないよ」
……おい、お前ら、俺は注意しろって言ったよな! ……ちなみに、俺も全く臭わない。鼻詰まってないぞ。
「ネム、俺が合図したら『聖域』三重展開。シェーラに『聖鎧』二重掛け。それ以外にも最低一回は掛けとけ」
「はいです。……美味しい匂いが近づいて来てたです。ブルークラブより美味しい匂いです! ティアさん! 全部持って帰るです! メムちゃんに料理して貰うです! 今晩はカニグラタンです!」
盗らぬ狸な事を言うネム。今晩のカニグラタンを想像しているのか、目を輝かせてよだれを垂らしいてる。そんなネムに呆れながら、シェーラが俺に変わって警告を発した。
「初見のモンスターだ、ギルドで確認を取って貰った上じゃ無いと、食べる訳にはいかないぞ」
……シェーラの警告は、そっちだった。いや、それより、戦闘に関する注意をしようよ。
ティアはネムと一緒に、即席の『カニグラタンの歌』を唄っている。『スピーカー』付きで……。
そんな状態のまま進んで行く。誘導するのは俺では無く、ネムだ。その誘導は、俺の『気配察知』に写る目標に一直線だ。そんなネムの誘導に従って進むと、それが見えてきた。
それは、『ブルークラブ』や『泡蟹』などより若干大きなレモン色のカニだった。
「うげっ! あれ蛍光ペンの色じゃん! キモ!! ネムやん! あれ、絶対喰えんって!!」
「食べられるです! あれは絶対に美味しい匂いなのです! うまうまなのです!」
「うんにゃ! ありは、警戒色って言って、自分は毒持ってますよ~、喰ったら死にますよ~って言う、自然界におけるメッセージなんよ! 食べるな危険!!」
「そんな事無いです! ミミちゃんは間違ってるです! 鼻クソ取ってからもう一度確認するです!」
「詰まっとらんちゅうねん!!」
そんなアホな会話を行ってはいたが、ネムは俺が合図を出すと言っていたとおりに実行した。
今までの経験上、『マーダーベア』クラスでも、この三重の『聖域』は侵入するのに10秒以上掛かるのが分かっている。10秒まで行かなくても、5秒有れば現在の俺達であれば十分なダメージを与えられるだろう。俺達にとっての5秒は、一般人にとっての40秒にも等しい。
俺は、自分の身体に『聖鎧』が掛かったのを確認した上で、『聖域』の一番外側に位置を取る。その横にはシェーラが並んだ。
「カニのくせに、前歩きすな──!!」
ミミのやつが何やら叫んでいるが、前世にも結構いただろ? 前歩きするカニ。知らんのか?。
無知なミミはともかく、前歩きで移動してきた蛍光レモン色のカニが、その巨大なハサミを振るう。そのハサミが一瞬ぶれて見えた。風魔法ないし風属性のスキルだ。
風属性の利点は、その魔法やスキルの軌跡が見えづらいと言う事だ。そして、それはそのまま、受ける側にとっては問題点に変わる。
「風!」
「おう!」
シェーラも気付いて知らせてきた。
俺は一応、『バリアーシールド』を展開出来る準備を行ったが、その必要はなかったようだ。蛍光レモン色のカニが放った風属性の攻撃は、ネムが展開していた『聖域』によって防がれた。
「ミミちゃん! 今の攻撃、聖域一枚を破ったよ!」
どうやら、余裕のある戦いという訳にはいかなそうだ。
『聖域』はティアの『般若心経』と違い、常時エネルギーの供給がされていない。そのため、タメージを受けると、その分強度が落ち、一定以上で消滅してしまう。一発で一枚の『聖域』が破壊されたと言う事は、それだけ強い攻撃だった事に成る。
ネムは、俺達から指示される前に『聖域』を新たに張り直す。二枚だ。これで現在の『聖域』は四重。だが、それと同時にカニの風属性攻撃も放たれ、一進一退を繰り返す。
「やばげだったら、魔法使うかん、ね!」
ミミは、今回はネムたっての願いで、『食べられる形で殺す』ために炎魔法の使用を控えていた。それも、状況次第では解禁するという事だ。『デュアル』による風魔法は、相手が風属性攻撃を行った時点で耐性があると考え、除外している。
俺は『隠密』を起動し、向かって右側から『聖域』を出る。シェーラが囮に成ってカニの注意を引きつけてくれた。
右側から回り込んだ俺は、カニの足に軽く触れ『スティール』を実行する。発生した出現光は『一般光』。その光の中にあったのは、楯だ。
「ごっちい楯!」
後方からミミの声が聞こえてきた。このだいぶゴツゴツとした楯を『魔法のウエストポーチ』に収納すると、蛍光レモン色のカニに後ろから斬りかかる。狙いは足だ。シェーラも同時に前方から攻撃を開始している。
この間ネムは、俺とシェーラに『聖鎧』を重ね掛けし続けていた。ティアは、ネムへと『低級MP回復薬』を頭から掛けながら、なぜか月の沙漠をラクダで行く歌を唄っている。ミミは、緊急時のために上空に10個の『ファイヤーアロー』を浮かべたまま待機だ。
当初、思った以上に強い風属性攻撃に焦ったものの、カニの動き自体は然程早くなく、外骨格部分はともかく関節部分であれば『闇の双剣』は無論の事、『ブラッデーソード』でも『マジックブレード』無しで切れた。現在の『闇の双剣』なら、外骨格も多少の抵抗はあるものの楽に切り裂ける。『マジックブレード』を使ったシェーラも同じだ。
俺達は、風属性攻撃を躱しながら、一本ずつ足を切断して行き、蛍光レモン色のカニを動けなくして行く。シェーラは風属性攻撃を数回受けてしまったようだが、『聖鎧』が常時五重に賭けられていたため、ダメージは無かった。
「身を傷付けずに、と言うのはも思った以上に厄介だな」
シェーラが足の一本を切り落とし、そう言った時に『気配察知』に反応か現れた。『雷鳥』だ。
「ミミ! 真後ろ上空! 雷鳥!」
「ほいな! ほり!!」
ミミは、俺の声で即座に、展開維持していた『ファイヤーアロー』の内の三つを、上空から襲ってくる『雷鳥』に向かって放つ。その放たれた三本の『ファイヤーアロー』は、途中で『エレメント』によって形状を変えられ、網状に成って『雷鳥』を絡め取り、そのまま焼き殺す。
『雷鳥』は、苦し紛れに電撃を乱発していたが、『炎の網』は破れるはずも無く、そのま死亡して地面へと落下した。
「魔法忍法、火の鳥!!」
ミミのやつが、何やら叫んでいるが無視だ。火事にすんなよ。草に燃え移った火は、ちゃんと消しとけよ。
そんな様子を横目に、最後の足を切断する。
広いフィールドでは、他のモンスターが横殴りしてくる事もしばしば有る。だから俺は、『気配察知』を途切らせる事は無い。索敵、それが俺の一番の役割だからな。
三対の足全てを切り取られた蛍光レモン色のカニは、仰向けに成った状態で、なおもハサミから風属性攻撃を繰り返している。その攻撃を躱しながら、俺の側にあるハサミを切り飛ばす。反対側では、シェーラが俺と同時にもう一つのハサミを根元から切り離していた。
パーティーを組んで2年以上が経つ。言葉や合図が無くても、阿吽の呼吸でタイミングを合わせられる。位置取りや、攻撃する場所もだ。得がたいパートナーだ。誰が、クズ騎士団なんぞに渡すもんか。絶対に渡さん。
全ての足とハサミを切断された蛍光オレンジ色のカニだったが、まだ死んではいない。シェーラが、泡を吹いている口の部分に大剣を突き刺そうとした瞬間、ネムが声を上げる。
「ミソが溢れるです! ミソが一番美味しいのです!」
「ネムやん!、普通のカニみたいに、身体の部分まで食う気なんかい!」
「当然なのです! 食べ物は大事にしないといけないのです! 腹ぺこは悲しいのです!」
「ネムちゃん……」
「うが! 村の生活を思いだしちまったい!! 腹ぺこは確かに……だけんど、あのカニの身体は……」
幼少期を貧乏人として育った俺達は、ネムの言葉を無碍に出来ない。孤児院の記憶は、そのまま空腹の記憶でもある。シェーラがいた所は、まだ多少は良かったはずだが、あの体格なら、実質的に俺達と同じだっただろう。言葉には出さないが、シェーラも、仕方がないな、と言う顔をしている。
食えるかどうかはともかく、ティアの『ストレージ』には余裕があるので、身体も持ち帰る事にするか。
俺は、右のガントレットを蛍光レモン色のカニの身体に当て、『スパーク』を全力で実行した。スタンガンと言うより、小規模な落雷のような音が発生する。だが、この『双魔掌』の『精神』値100相当の威力を持ってしても、一撃では死ななかった。効果自体はあるようなので、再度『スパーク』。……虫の息。もう一度。……今度は死んだようだ。雷属性耐性を少なからず持っていたのかもしれない。
「カニミソ、ゲットです!」
俺の考察などガン無視で喜ぶネム。俺は、『スパーク』でMPを60x3、180も消費したんだけどな……。まあ、『低級MP回復薬』があるから良いけどさ。
そんなネムの横で、電撃ネズミの主題歌を唄っているティアに尋ねる。
「ティア、さっきの歌はなんだ?」
あのカニと戦っていた時に唄っていた、月の沙漠の歌の事だ。
「あ、あれ? カニ型モンスターだから、沙漠、乾燥には弱いかな、って思って」
「ほへ? 歌による属性攻撃っつー事かい? ってか、使ってた属性は風だったけんどね~」
「実際、効果はあったのか?」
「最初っから唄ってたから、分かんないやね~」
スキルの強さの割に、動きが鈍かった事から考えれば、効果があった可能性は有る。
「ま、他のモンスターで試すしかないんじゃ無いか」
俺がそう言うのに、若干被せるようにネムが声を上げる。
「ティアさん! カニ回収するです! 傷むです!」
「ネムやんは、ぶれないね~」
ミミに同意する。まあ、切ったまま放置していた俺達も悪い。臭いで他のモンスターが引き寄せられる可能性も有る。即時回収は当たり前の事だった。『魔石』だけ回収して、『ストレージ』に収納する。
「ロウ、レベルはいくらだ?」
「19だな。シェーラはレベル19前後のカニ型モンスターを知っているか?」
「不勉強で申し訳ない。知らないな」
シェーラもやっぱり知らないか。って事は……。
「変異種の可能性が高いんでないかい?」
「「だな」」
ミミの意見に、俺とシェーラも同意した。
『変異種』とは、元の世界のゲームにもよく見られる、突然変異体のことだ。この世界のモンスターにも、時折発生する。ただ、この世界の変異種は、ゲームなどと違って無条件に元の種より強いと言う事は無い。弱くなるどころか、まともに成長出来ずに死ぬ個体も多いという。この辺りは、前の世界の普通の生き物と同じだな。
「ギルドで鑑定して貰うより無いだろう」
グダグダ考えても無駄だからな。
「ティアさん、あのカニを煮れる鍋あるですか?」
「無いと思うよ。トマスさんに作って貰う?」
「はいです! 私のお給料全部出すです!」
「良いよ~、私も出すから」
……ネム、そしてティア、1㍍x0.7㍍x0.4㍍のカニの身体がそのまま入る鍋を仮に作る事が出来たとして、それを火に掛けられるコンロはどうする気だよ。家には無いぞ。裏庭にドデカい竃作るか? 素直に諦めろ。
「お、そだね、ちょびっと狭いけんど、二階の物置部屋をつかうべ」
「え~、でもあの部屋、窓無いよ」
確かに、あの物置部屋に窓は無い。短期間住むだけならともかく、長期間住むのには適さない。広さは、狭いとは言え、三畳は有るので、一人部屋など有るはずの無い貧乏農家出身のネムとしては、喜びこそすれ不満に思う事は無いはず。
「無ければ、作れば良かろう」
解決策を出したのはシェーラだ。翌日には、ロミナスさん経由で『建築士』に頼み、家の強度に問題無い所に窓を作って貰った。
その部屋に、ネムは予想どおり驚喜していた。
「自分だけの部屋なんて、夢のようです」
ネムと新生家政婦三人娘との相性も良く、仲良くやっている。ただ、ネムのキャラクターなのか、一歳年下のメムはともかく、二歳年下のアーシャとランからも「ネムちゃん」と呼ばれている。ネムも、それを全く嫌がっていないので、良いんだが……。
ネムがうちに来て、三日目に言った言葉がある。
「ネム、売られて良かったです」
その時は夕食時で、その夕食を作ったのは現時点で一番料理が上手いメムだった。その料理を口にしながら言った言葉である。……ハッキリ言おう。ネムは食いしん坊だ。間違い無い。
ネムの育成に付いては、単なるパワーレベリングではなく、新成人に行ったような冒険者育成を目的としたやり方を実施した。この先ネムが俺達のパーティーを抜け、他のパーティーや騎士団どもと行動を共にする可能性を考えてだ。ある程度は自分で対処出来るように育てる。爺さんの二の舞には、絶対にさせない。
それと、ネムを冒険者として育て、実質的な冒険者としての力を付けさせる事で、『冒険者』と言う身分を確たる物にし、例の『王令』をもって王族・貴族から手出ししにくい環境を作ろう、と言う考えも有る。ただ、これは『浄化師』と言う特殊性故に、通用するかどうか微妙な所ではあるが……。
ネムの戦闘は、俺達の時と同様に『スライム』から始まった。長槍で突いて殺そうとするのだが、なかなか核の部分に刺さらない。
「うわわわわわ、グニャグニャです!」
そんな声を上げながら、何度も突き刺し直していた。そうやって殺した『スライム』の残骸をみて、ネムは溜息を吐いている。
「水に成ったです……。これじゃ、食べられないです」
その言葉に、俺達全員が絶句した。貧乏で、常にある程度空腹状態だった俺達も、『スライム』は食の対象とは考えなかったからだ。
その後ネムは、『角ウサギ』はともかく、『痩せ狼』や『グリーンゴブリン』、更には『大蛭』にまで、
「美味しいですか?」
と聞いて来くる。『オーク』に至っては、ミミの炎魔法で焼けた個体を指さして、
「美味しいです! 絶対美味しいのです!」
と、言って、ナイフを取り出して肉を切り取ろうする有り様。本来とは違った意味で、手間が掛かったよ……。
ただ、彼女の戦闘に関するセンスは悪くは無く、槍や剣の扱いにも直ぐに慣れた。多分、ミミやティアより直接戦闘に関しては才能がある。
俺達は、戦闘のイロハを教えながら、ネムを育てて行った。急いでも仕方がないので、ゆっくりだ。それでも、俺達の時を考えれば、その成長は格段に早い。
俺達というサポートが常に付いている意味は大きい。多少の無理は出来るし、スタート時点から装備も充実している。
『ストレージ』を身につけた事で不要に成った、ティアの『魔法のウエストホーチ』もネムが現在使用している。当時の俺達を考えれば、夢のような状態だろう。
そんな育成もあって、ネムのJOBレベルは着実に上がって行く。一ヶ月後にはレベル13に達し、二ヶ月後にはレベル19と成っている。
俺達がサポートする状態ではあるが、『マーダーベア』をネムメインで殺せるように成っている。
それを可能としたのが『聖域』と『聖鎧』スキルで、この二つのスキルは、アンデッド限定のスキルでは無かったようで、一般のモンスターにも効果を発揮し、彼女の戦闘を助けた。
この事は、この二つのスキルに関しては、スキルレベル上げが可能だという事を示している。『聖域』は、それこそどこでも実行出来る。『聖鎧』は人物が対象ではあるが、自分に掛けるなり、俺達に掛けるなりすれば、こちらも問題無い。
そのため、この二つのスキルは、この二ヶ月でスキルレベル5まで上がっている。二ヶ月で5上がるというのは、異常に早い。それを可能にしたのは、大量の『低級MP回復薬』の存在だ。通常であれば自然回復を待つ所を、湯水のように『低級MP回復薬』を使用して、その時間を省略した。千個以上の在庫があるので、存分に使用出来る。思いっきり、力技だな。
『聖域』のバリアー強度は『精神』依存で、JOBレベルが上がり『精神』補正値が上がるに従って強度が上がっていった。そして、バリアーの範囲はスキルレベル依存で、スキルレベル1の状態で半径3㍍だったのが、スキルレベル5では半径10㍍に成っている。
この『聖域』は、ティアの『般若心経バリアー』のようには、一般モンスターの侵入を防ぐ事は出来ない。対象のレベルに従って、侵入出来たり出来なかったりするのだ。現時点で侵入を阻めるモンスターのレベルは9以下となっている。それ以上のレベルのモンスターだと、侵入に掛かる時間に違いは有るものの、侵入自体は防ぐ事は出来ない。攻撃自体に関しては、大半の魔法やスキルはブロック出来た。一部の攻撃は、バリアーを通過はするが、到達距離が極端にみじかくなり、実質届かない。
ほぼ同様の個人用スキルである『聖鎧』を併用すれば、魔法や攻撃スキルなどの遠距離攻撃に関しては、完全に防ぐ事が可能だ。
このスキルの力があるからこそ、ネムは『マーダーベア』や『牙狼』などの魔法や攻撃スキルを使用するモンスターに十分な対処が可能な訳だ。
JOBレベルがある程度落ち着いてからは、彼女の育成半分、俺達との連携半分でやっていった。この間の収入は微妙な金額に成っているのだが、赤字では無い。宿代が掛からない事と、『スティール』によって得た物品の売却益が有るからだ。
アンデッド戦では『般若心経』を歌い続けなければならないため、八代な『ラッキーソング』を唄って貰う事は出来ない。だが、一般のモンスターが相手であれば話は違う。要所要所で十分に『ラッキーソング』が使えるため、それに伴って『レア品』を引く頻度も上がっている訳だ。まあ、この二ヶ月で5個だが……。
大半の『スティール』品が武具なのだが、俺達のパーティーに合わない物は、全てトマスさんの『昇華』を実行した上でギルドへと売却する事で十分な収益を得ている。
ちなみに、以前、トマスさんの『昇華』スキルのレベルアップのために量産した、『牙狼ナイフ改』や『鉄の剣改』も同様にギルドへと売却した。『鉄の剣改』は、6級冒険者や5級冒険者が購入しているらしい。
そして、『牙狼ナイフ改』は、価格の割にMP吸収能力が高い事から、4級冒険者でも買い求める者がいたと言う。『昇華』済みの『牙狼ナイフ改』は、3ポイントのMP吸収能力があるので、十分に実用レベルに成っているからだ。
『鍛冶師』製の武器で、MP吸収能力のある物は、かなり高価なので、4級冒険者でも簡単には購入出来ない。攻撃用としては微妙ではあるが、MP吸収専用としてなら使える『牙狼ナイフ改』は、持っておけば便利な品として人気らしい。
ネムの初期値は『精神』が6、『器用さ』が2で、『MP』が40と言う、魔法使い型だった。『MP』はレベル19で500と言う、自然回復速度が1秒に1ポイントと成る所までSPを注ぎ込んで上げてある。他のSPは、ネムに任せた。自分の事だからな。
パラメーターだけを見ると、とてもではないが『マーダーベア』や『牙狼』を殺せるようには思えないのだが、そこは『聖域』『聖鎧』があるが故だ。元々、冒険者の強さは、パラメーターだけで無くスキルの使い方と相性も重要だから、それ程おかしな話でもない。
ネムの育成の間、俺達のスキルレベルもいくつか上がっている。
俺の『隠密』がとうとう20に成ってカンストした。ティアの『スピーカー』も上がっている。全体の半数近いスキルが上がった事に成る。
ロウ 17歳
盗賊 Lv.27
MP 209
力 11
スタミナ 12
素早さ 56
器用さ 56
精神 8
運 16
SP ─
スキル
スティール Lv.13
気配察知 Lv.20(Max)
隠密 Lv.20(Max)
サーチ Lv.6
マップ Lv.4
ティア 17歳
歌姫 Lv.27
MP 600
力 10
スタミナ 28
素早さ 19
器用さ 9
精神 94
運 ─
SP ─
スキル
歌唱 Lv.9
スピーカー Lv.11
エフェクト Lv.5
ストレージ Lv.4
ミミ 17歳
炎魔術師 Lv.27
MP 830
力 11
スタミナ 11
素早さ 30
器用さ 9
精神 86
運 ─
SP ─
スキル
ファイヤーボール Lv.15
ファイヤーアロー Lv.19
ファイヤーストーム Lv.20(Max)
エレメント Lv.8
デュアル(風) Lv.5
シェーラ 17歳
大剣士 Lv.27
MP 223
力 58 +12
スタミナ 56
素早さ 18
器用さ 17
精神 9
運 ─
SP ─
スキル
強力 Lv.20(Max)
加重 Lv.17
地裂斬 Lv.20(Max)
マジックブレード Lv.6
爆砕断 Lv.6
ネム 15歳
浄化師 Lv.19
MP 500
力 10
スタミナ 8
素早さ 8
器用さ 20
精神 65
運 ─
SP ─
スキル
浄化 Lv.1
聖域 Lv.5
聖光 Lv.1
聖鎧 Lv.5
その日、俺達は早朝から南西の森へと向かって進んでいた。
川を越え、2キロ程進んだ草原地帯に差し掛かった時、急にネムが声を上げる。
「カニが居るです! 美味しいカニです!」
ネム以外の視線が俺に向く。俺は、『気配察知』の情報を再確認するが、それらしい反応は無い。
「範囲内にはカニらいし反応は無いぞ。オークなら12匹居るけどな」
カンストした『気配察知』の範囲は150㍍と広大だ。その範囲内に居ないのは間違い無い。
「ティア、見えるか?」
『鷹の目』バリの視力を持つティアに確認するが、彼女も首を横に振る。
「ネムやん、この辺、川無いから、カニおらんと思うんやけんど」
「居るです! カニの匂いです! 間違い無いのです!」
ミミの意見を、速攻で否定するネム。普段の、のほほ~んとした姿とは打って変わった反応だ。やはり、食べ物の事に関しては、違う反応をする子だな。
「こっちなのです!」
ネムが、そう言って10時方向を指さした。
「確認すれば済む話だ」
シェーラの言葉で、全員がネムが指さす方向へと向かって移動を開始する。
その途中で、『気配察知』に有った『オーク』の集団が襲ってくるが、殲滅した上で12本の『鉄の剣』も『スティール』している。
現在の俺の『運』と『スティール』のスキルレベル、そしてティアの『歌唱』のスキルレベルによるコンボなら、ほぼ100%に近い確率で『一般品』を引く事が出来る。逆に、『ラッキーソング』無しでも、『クズ品』である『魔石』を引くのが難しいぐらいだ。
『オーク』の殲滅を終え、移動を続けていると、『気配察知』にそれらしい反応が出る。
「居たぞ、100㍍先。カニ型なのは間違い無いが、初見のモンスターだ。注意しろよ」
俺の『気配察知』は、スキルレベルが上がるに従って、察知出来る対象の外観もある程度分かるように成った。そのため、大体の形状から、それがカニの形をしている事が分かったのだ。あと、カンストした『気配察知』は、既知の対象は明確にその種類が分かるように成っているので、既知、未知を判別出来る。かなり便利なスキルだと思う。
「マジで居ったんかい! つーか、200㍍先のカニの匂いが、なして分かるん? ネムやん犬か!!」
「ネム犬じゃ無いです! ミミちゃん分かんないですか? 鼻詰まってるです」
「詰まっとらんわ!!」
「ティア、分かるか?」
「全然臭わないよ」
……おい、お前ら、俺は注意しろって言ったよな! ……ちなみに、俺も全く臭わない。鼻詰まってないぞ。
「ネム、俺が合図したら『聖域』三重展開。シェーラに『聖鎧』二重掛け。それ以外にも最低一回は掛けとけ」
「はいです。……美味しい匂いが近づいて来てたです。ブルークラブより美味しい匂いです! ティアさん! 全部持って帰るです! メムちゃんに料理して貰うです! 今晩はカニグラタンです!」
盗らぬ狸な事を言うネム。今晩のカニグラタンを想像しているのか、目を輝かせてよだれを垂らしいてる。そんなネムに呆れながら、シェーラが俺に変わって警告を発した。
「初見のモンスターだ、ギルドで確認を取って貰った上じゃ無いと、食べる訳にはいかないぞ」
……シェーラの警告は、そっちだった。いや、それより、戦闘に関する注意をしようよ。
ティアはネムと一緒に、即席の『カニグラタンの歌』を唄っている。『スピーカー』付きで……。
そんな状態のまま進んで行く。誘導するのは俺では無く、ネムだ。その誘導は、俺の『気配察知』に写る目標に一直線だ。そんなネムの誘導に従って進むと、それが見えてきた。
それは、『ブルークラブ』や『泡蟹』などより若干大きなレモン色のカニだった。
「うげっ! あれ蛍光ペンの色じゃん! キモ!! ネムやん! あれ、絶対喰えんって!!」
「食べられるです! あれは絶対に美味しい匂いなのです! うまうまなのです!」
「うんにゃ! ありは、警戒色って言って、自分は毒持ってますよ~、喰ったら死にますよ~って言う、自然界におけるメッセージなんよ! 食べるな危険!!」
「そんな事無いです! ミミちゃんは間違ってるです! 鼻クソ取ってからもう一度確認するです!」
「詰まっとらんちゅうねん!!」
そんなアホな会話を行ってはいたが、ネムは俺が合図を出すと言っていたとおりに実行した。
今までの経験上、『マーダーベア』クラスでも、この三重の『聖域』は侵入するのに10秒以上掛かるのが分かっている。10秒まで行かなくても、5秒有れば現在の俺達であれば十分なダメージを与えられるだろう。俺達にとっての5秒は、一般人にとっての40秒にも等しい。
俺は、自分の身体に『聖鎧』が掛かったのを確認した上で、『聖域』の一番外側に位置を取る。その横にはシェーラが並んだ。
「カニのくせに、前歩きすな──!!」
ミミのやつが何やら叫んでいるが、前世にも結構いただろ? 前歩きするカニ。知らんのか?。
無知なミミはともかく、前歩きで移動してきた蛍光レモン色のカニが、その巨大なハサミを振るう。そのハサミが一瞬ぶれて見えた。風魔法ないし風属性のスキルだ。
風属性の利点は、その魔法やスキルの軌跡が見えづらいと言う事だ。そして、それはそのまま、受ける側にとっては問題点に変わる。
「風!」
「おう!」
シェーラも気付いて知らせてきた。
俺は一応、『バリアーシールド』を展開出来る準備を行ったが、その必要はなかったようだ。蛍光レモン色のカニが放った風属性の攻撃は、ネムが展開していた『聖域』によって防がれた。
「ミミちゃん! 今の攻撃、聖域一枚を破ったよ!」
どうやら、余裕のある戦いという訳にはいかなそうだ。
『聖域』はティアの『般若心経』と違い、常時エネルギーの供給がされていない。そのため、タメージを受けると、その分強度が落ち、一定以上で消滅してしまう。一発で一枚の『聖域』が破壊されたと言う事は、それだけ強い攻撃だった事に成る。
ネムは、俺達から指示される前に『聖域』を新たに張り直す。二枚だ。これで現在の『聖域』は四重。だが、それと同時にカニの風属性攻撃も放たれ、一進一退を繰り返す。
「やばげだったら、魔法使うかん、ね!」
ミミは、今回はネムたっての願いで、『食べられる形で殺す』ために炎魔法の使用を控えていた。それも、状況次第では解禁するという事だ。『デュアル』による風魔法は、相手が風属性攻撃を行った時点で耐性があると考え、除外している。
俺は『隠密』を起動し、向かって右側から『聖域』を出る。シェーラが囮に成ってカニの注意を引きつけてくれた。
右側から回り込んだ俺は、カニの足に軽く触れ『スティール』を実行する。発生した出現光は『一般光』。その光の中にあったのは、楯だ。
「ごっちい楯!」
後方からミミの声が聞こえてきた。このだいぶゴツゴツとした楯を『魔法のウエストポーチ』に収納すると、蛍光レモン色のカニに後ろから斬りかかる。狙いは足だ。シェーラも同時に前方から攻撃を開始している。
この間ネムは、俺とシェーラに『聖鎧』を重ね掛けし続けていた。ティアは、ネムへと『低級MP回復薬』を頭から掛けながら、なぜか月の沙漠をラクダで行く歌を唄っている。ミミは、緊急時のために上空に10個の『ファイヤーアロー』を浮かべたまま待機だ。
当初、思った以上に強い風属性攻撃に焦ったものの、カニの動き自体は然程早くなく、外骨格部分はともかく関節部分であれば『闇の双剣』は無論の事、『ブラッデーソード』でも『マジックブレード』無しで切れた。現在の『闇の双剣』なら、外骨格も多少の抵抗はあるものの楽に切り裂ける。『マジックブレード』を使ったシェーラも同じだ。
俺達は、風属性攻撃を躱しながら、一本ずつ足を切断して行き、蛍光レモン色のカニを動けなくして行く。シェーラは風属性攻撃を数回受けてしまったようだが、『聖鎧』が常時五重に賭けられていたため、ダメージは無かった。
「身を傷付けずに、と言うのはも思った以上に厄介だな」
シェーラが足の一本を切り落とし、そう言った時に『気配察知』に反応か現れた。『雷鳥』だ。
「ミミ! 真後ろ上空! 雷鳥!」
「ほいな! ほり!!」
ミミは、俺の声で即座に、展開維持していた『ファイヤーアロー』の内の三つを、上空から襲ってくる『雷鳥』に向かって放つ。その放たれた三本の『ファイヤーアロー』は、途中で『エレメント』によって形状を変えられ、網状に成って『雷鳥』を絡め取り、そのまま焼き殺す。
『雷鳥』は、苦し紛れに電撃を乱発していたが、『炎の網』は破れるはずも無く、そのま死亡して地面へと落下した。
「魔法忍法、火の鳥!!」
ミミのやつが、何やら叫んでいるが無視だ。火事にすんなよ。草に燃え移った火は、ちゃんと消しとけよ。
そんな様子を横目に、最後の足を切断する。
広いフィールドでは、他のモンスターが横殴りしてくる事もしばしば有る。だから俺は、『気配察知』を途切らせる事は無い。索敵、それが俺の一番の役割だからな。
三対の足全てを切り取られた蛍光レモン色のカニは、仰向けに成った状態で、なおもハサミから風属性攻撃を繰り返している。その攻撃を躱しながら、俺の側にあるハサミを切り飛ばす。反対側では、シェーラが俺と同時にもう一つのハサミを根元から切り離していた。
パーティーを組んで2年以上が経つ。言葉や合図が無くても、阿吽の呼吸でタイミングを合わせられる。位置取りや、攻撃する場所もだ。得がたいパートナーだ。誰が、クズ騎士団なんぞに渡すもんか。絶対に渡さん。
全ての足とハサミを切断された蛍光オレンジ色のカニだったが、まだ死んではいない。シェーラが、泡を吹いている口の部分に大剣を突き刺そうとした瞬間、ネムが声を上げる。
「ミソが溢れるです! ミソが一番美味しいのです!」
「ネムやん!、普通のカニみたいに、身体の部分まで食う気なんかい!」
「当然なのです! 食べ物は大事にしないといけないのです! 腹ぺこは悲しいのです!」
「ネムちゃん……」
「うが! 村の生活を思いだしちまったい!! 腹ぺこは確かに……だけんど、あのカニの身体は……」
幼少期を貧乏人として育った俺達は、ネムの言葉を無碍に出来ない。孤児院の記憶は、そのまま空腹の記憶でもある。シェーラがいた所は、まだ多少は良かったはずだが、あの体格なら、実質的に俺達と同じだっただろう。言葉には出さないが、シェーラも、仕方がないな、と言う顔をしている。
食えるかどうかはともかく、ティアの『ストレージ』には余裕があるので、身体も持ち帰る事にするか。
俺は、右のガントレットを蛍光レモン色のカニの身体に当て、『スパーク』を全力で実行した。スタンガンと言うより、小規模な落雷のような音が発生する。だが、この『双魔掌』の『精神』値100相当の威力を持ってしても、一撃では死ななかった。効果自体はあるようなので、再度『スパーク』。……虫の息。もう一度。……今度は死んだようだ。雷属性耐性を少なからず持っていたのかもしれない。
「カニミソ、ゲットです!」
俺の考察などガン無視で喜ぶネム。俺は、『スパーク』でMPを60x3、180も消費したんだけどな……。まあ、『低級MP回復薬』があるから良いけどさ。
そんなネムの横で、電撃ネズミの主題歌を唄っているティアに尋ねる。
「ティア、さっきの歌はなんだ?」
あのカニと戦っていた時に唄っていた、月の沙漠の歌の事だ。
「あ、あれ? カニ型モンスターだから、沙漠、乾燥には弱いかな、って思って」
「ほへ? 歌による属性攻撃っつー事かい? ってか、使ってた属性は風だったけんどね~」
「実際、効果はあったのか?」
「最初っから唄ってたから、分かんないやね~」
スキルの強さの割に、動きが鈍かった事から考えれば、効果があった可能性は有る。
「ま、他のモンスターで試すしかないんじゃ無いか」
俺がそう言うのに、若干被せるようにネムが声を上げる。
「ティアさん! カニ回収するです! 傷むです!」
「ネムやんは、ぶれないね~」
ミミに同意する。まあ、切ったまま放置していた俺達も悪い。臭いで他のモンスターが引き寄せられる可能性も有る。即時回収は当たり前の事だった。『魔石』だけ回収して、『ストレージ』に収納する。
「ロウ、レベルはいくらだ?」
「19だな。シェーラはレベル19前後のカニ型モンスターを知っているか?」
「不勉強で申し訳ない。知らないな」
シェーラもやっぱり知らないか。って事は……。
「変異種の可能性が高いんでないかい?」
「「だな」」
ミミの意見に、俺とシェーラも同意した。
『変異種』とは、元の世界のゲームにもよく見られる、突然変異体のことだ。この世界のモンスターにも、時折発生する。ただ、この世界の変異種は、ゲームなどと違って無条件に元の種より強いと言う事は無い。弱くなるどころか、まともに成長出来ずに死ぬ個体も多いという。この辺りは、前の世界の普通の生き物と同じだな。
「ギルドで鑑定して貰うより無いだろう」
グダグダ考えても無駄だからな。
「ティアさん、あのカニを煮れる鍋あるですか?」
「無いと思うよ。トマスさんに作って貰う?」
「はいです! 私のお給料全部出すです!」
「良いよ~、私も出すから」
……ネム、そしてティア、1㍍x0.7㍍x0.4㍍のカニの身体がそのまま入る鍋を仮に作る事が出来たとして、それを火に掛けられるコンロはどうする気だよ。家には無いぞ。裏庭にドデカい竃作るか? 素直に諦めろ。
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(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
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