上 下
49 / 50

第48話 破滅

しおりを挟む
 周囲に流れるティアの『般若心経』を圧倒する程の叫び声を上げたクソロムン。それには俺達もビックリしたが、それ以上に周囲の騎士達が慌てた。
「どうなされました! ロムン様!」
「「「陛下!!」」」
 そんな周囲の様子にも本人は全く気付いていないようで、ただひたすらに叫び続けている。
「嘘だ!! あり得ない!! なぜだ────!!」
 チャンスだな。俺は、騎士達が混乱している状態を見て、手裏剣を10個をクソロムンに打つ。先ほどとは違い、今度の手裏剣は騎士達に阻まれる事無く、クソロムンへと全てが突き刺さった。
 顔に3つ、胸に3つ、腹部に2つ、股間に2つが刺さっている。先ほどまでとは全く違った叫び声を上げるクソロムン。良い悲鳴だ。
「グッジョブ!!」
 ミミからの微妙な賛頌を受けながら、更なる手裏剣を打つが、これは騎士達によって阻まれた。
 俺の横では、シェーラが『地裂斬』を城壁に沿って放ったが、こちらは例の魔法妨害装置と思われる物によって、ヤツらの手前2㍍で斬撃が消滅している。
 非常に残念な事に、クソロムンの傷は、以前の襲撃時同様に『上級回復薬』と思われる物によって、即座に癒やされてしまった。どんだけ『上級回復薬』持ってるんだよ。かなり貴重な品のはずだぞ。クソッ、腐っても王族って事かよ。
 手裏剣による負傷が完全に治ったクソロムンだったが、ヤツの様子はまだおかしいままだった。今までなら、間違い無く『殺せ──!! ヤツらを一人残らず殺せ──!!』などと言うはずなのだが、その様子が無い。それどころか、笑い出した。
「ふはぁはぁはぁはぁはぁはぁ………」
 その笑い声は、ひどく力ないのもだったが、不気味にその場に響いた。
「「「「ロムン様……」」」」
 騎士も、その様子には戸惑っているようで、オロオロと声を掛けるだけしか出来ない。
「壊れた?」
「さーな、取りあえず、スキルの実で、浄化は身に付かなかったって事は間違いなさそうだな」
「そう言う事か」
「スキルの実にまで、拒否られとるん?」
「スキル自体が得られなかったという事か?」
「それか、浄化以外のスキルだった、とかじゃないか」
 こちらからの攻撃が事実上効果が無い状況では、出来る事が無いため、そんな事を言い合う以外ない。さすがに、この時点でも一人はこちらを警戒しているので、手裏剣は無理だ。
 こっちの攻撃も通用しないが、既にネムの『聖域』が二十重はたえに展開されているので、向こうからの攻撃も届かないはず。だからこそ、この場から逃げずに止まっていられる訳だ。
 俺達がヤツの状況を分析していると、当の本人が立ち上がったのが見えた。ヤツの顔には表情がない。うつろだ。そして、また笑い出した。先ほど以上に感情の無い、うつろな笑いだ。
「あはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ………………もう良い」
 うつろな笑いののちに、ヤツはぽつりと呟いた。その言葉は、あの『託宣の儀』でティアを切り捨てた言葉と同じものだった。今度は、何を切り捨てたというのだろうか。
「もう良い。もう良い! もう良い!! もぉ、どーにでも成れ!!」
 一転、感情を露わにしたクソロムンは、両手を上に掲げ、高笑いを上げる。そして、ヤツの掲げた両手の間に、『漆黒の球体』が発生した。ヤツの周囲ではスキルがキャンセルされているはずなのだが、なぜかそのスキルは効果を発揮している。
「チッ! やっぱ魔法発動せん!!」
 ミミも、ヤツのスキルらしいものを見て、『火炎旋風』辺りを試したようだが、顕現出来なかったようだ。
 裏返った声で高笑いを上げるクソロムンは、自身の上空に顕現した『漆黒の球体』を地上に向かって投じた。当然その軌道は俺達に向かってくると思ったのだが、なぜかそうでは無く、俺達の右手20㍍ほどの位置に着弾する。
「ほえ?」
 ネムが疑問の声を上げるが、直ぐにその声は悲鳴へと変わった。声には出さなかったものの、俺も同じだ。なぜなら、漆黒の魔法弾が着弾した場所に直径10㍍と小型ではあるが、紛れもない『不浄の泉』が生まれていたからだ。
 それが『不浄の泉』である事は間違い無い。発生と同時に『スケルトン』を湧き出させている以上、見まがうはずが無い。
「ちょっち待て!! なして、泉が!?」
 パニックになる俺達を余所に、クソロムンの掲げられた腕の先には、更なる『漆黒の球体』が生まれている。しかも、今度は三つだ。
「「王子!!」」
「「「殿下!!」」」
 慌てる騎士達も、『陛下』と言う言いようも忘れている。
 クソロムンは、騎士達をも無視して、そのまま三つの『漆黒の球体』を俺達の方へと放った。その三つは、先ほどの物と合わせて、完全に俺達を取り囲む位置に着弾する。そして、その着弾と同時に発生する三つの『不浄の泉』。『ゾンビ』が二ヶ所から、『ゴースト』が一ヶ所から湧き出してくる。
「ネムやん!!」
「は、はいです!!」
 ネムがミミの指示で、右手側、城壁に接している小型版『不浄の泉』へと『浄化』を掛ける。
 俺達の周囲を囲う、四つの小型版『不浄の泉』から湧き出したアンデッドは、湧き出すと共にティアの『般若心経バリーアー』によって消滅していった。
「ロムン様!! どう言う事ですか! これは!?」
 城壁の上では、騎士達がクソロムンに説明を求めているが、ヤツは取り合わず、尚も高笑いを続けながら『漆黒の球体』を生み出し続けてる。それを止めさせるために、残っていた手裏剣6枚全てをヤツに向かって打つが、この時点でも尚ガードを行っていた騎士によって防がれた。おい、騎士! てめぇ、今の状況分かって無いのかよ!。
 俺の行動も虚しく、更に三つの『漆黒の球体』が俺達の周りにバラ撒かれた。湧き出したアンデッドは『ゾンビ』『ゴースト』『マミー』だ。
「ミイラ男!?」
 ミミは『マミー』をミイラ男と呼んだ。この辺りは、前世の年齢詐称疑惑が深まる点だが、今はそれは放っておこう。この『マミー』は初めて見るアンデッドだ。過去のデータには無い。それ以前に、この世界には包帯ぐるぐる巻きのミイラと言う存在自体が無い。無論、一般モンスターとしてのデータにも存在しない。
 その『マミー』だが、他のアンデッド同様に『般若心経バリアー』によって消滅しているので、取りあえずは問題は無さそうだ。
「ネムやん! 念のため、聖域も十重とえ絶対に切らさんように!!」
 初見のモンスターと言う事で、どんなスキルを持っているか分からない。魔法攻撃もだが、デバフ攻撃であったり、精神攻撃系が有る前提で当たるべきだろう。
 普段なら、間違い無く『スティール』を確認させるミミも、さすがにこの状況では言ってこない。
「ティア! ミイラ男にスピーカー!!」
 ミミが『マミー』の未知性を考えてティアに指示を出すが、ティアはその指示に従わなかった。ティアの『スピーカー』が向けられたのは、くだんの『マミー』とは真逆の方向で有る城壁の上へだ。
「ティア!?」
 ミミを含め全員が、ティアの行動に疑問を持ったのだが、直ぐにその理由が分かる。クソロムンの上空に発生していた『漆黒の球体』が、『スピーカー』からの『般若心経』を受けて大きく揺らいでいた。『歌唱』は、スキル妨害装置に影響されないって事か。
 『般若心経』によっ揺らいでいた『漆黒の球体』は、その揺らぎを大きくして行き、間もなく弾けて消滅していた。
「アヤノ────!! また邪魔をするか────!!」
 クソロムンが絶叫する。『また』もなにも、掛かって来ているのはお前だろうが、前回もな。
「ティア! グッジョブ!! そのまま、汚物王子のそれ押さえといて!!」
 クソロムンは、尚も『漆黒の球体』を発生させようとするが、それはティアの『般若心経』によって消される。このまま、ヤツの『漆黒の球体』を防ぎ切れるかと思ったが、そうは行かなかった。ヤツは、今まで同時に三つ発生させいた『漆黒の球体』を一個に絞って来た。一つにエネルギーが集中したからなのか、多少の揺らぎはあるものの、今度は消滅せずに完全に顕現して放たれる。
「駄目か! ネムの浄化ならば行けるのでは無いか?」
 シェーラが提案してくが、まず、『浄化』がスキル妨害装置に阻害されない事が前提だ。それに関しては、ヤツのスキルが実行できていることを考えれば、ある意味同種であり、真逆の効果を持つ『浄化』も、スキル妨害装置に阻害されずに効果を発揮する可能性は有る。ただ、どっちを優先するか、と言う問題は残る。
 大本であるクソロムンを押さえると、周囲の『不浄の泉』の消滅が出来ない。『不浄の泉』消滅を優先させれば、クソロムンによって更なる『不浄の泉』が生み出される。
 ティアの『般若心経』が以前よりパワーアップしたとは言え、それだけで『不浄の泉』を消滅させるには長い時間が掛かる。…………どうする。
 俺達が悩んでいる間に、事態は動いた。
「王子!止めてください!! これでは、さすがに国が滅んでしまいます!!」
「この力は、神に反する力なのでは!?」
「殿下を止めろ!!」
 さすがに、この状況はクズ騎士達も望んだ状況では無かったようで、慌ててクソロムンを止めに掛かる。だが、そんな事でクソロムンが止まるはずも無い。
「貴様らまでもが! 邪魔をするな────!!」
 そう言い放つと同時に、顕現が完了した『漆黒の球体』を騎士達に向かって放った。放たれた『漆黒の球体』は、騎士達の身体を通り抜け、城壁上の通路に着弾したようだ。そして、湧き出してくる『スケルトン』。
 クソロムンは、更なる『漆黒の球体』を顕現させ、それを反対側の城壁通路へと放つ。こちらから湧き出してきたのは『ゴースト』。
 左右をアンデッドに挟まれた騎士達は、完全にパニックに陥る。こう言った時ほど冷静に行動すべきだし、そう出来るように訓練を積んでいる必要がある訳だが、あの『浄化師』の爺さんを死なせた時から、全く成長していない。ただただ慌てふためくのみだ。
 そして、その瞬間、ティアの『般若心経』が途絶えた。城壁上のクソロムンの首が切断されたからだ。
 突然の静寂の中、激高した一人の騎士によって首を切断されたクソロムンが、こちらに向かって落下してくる。それを実行した騎士の考えは不明だ。ただ、それを成した事に付いてだけは賞賛しよう。
 第二城壁から落下した、クソロムンの身体と生首が地面に着くまで間、ティアの『般若心経』は途絶えていた。さすがに、これは咎められない。人間の首が飛ぶ瞬間を目の当たりにしただけで無く、それが、元とは言え愛した者となれば動揺して当然だろう。
 それでも、ティアは、直ぐに『般若心経』を再開した。彼女の目は、落下した死体から逸らされており、周囲のアンデッドへと向けられている。
 驚くほど、あっけない結末だった。味方に殺される結末だ。そう成るべき行動を取ったが故に、その結末を招いたのは間違いない。
 城壁上の騎士達からも、クソロムンを殺した騎士に対する、罵倒などは全く聞こえてこない。ヤツらは、ただ自分の身を守るだけで必死だ。クズが、クズと共にクーデターを起こし、仲間のクズから殺されて今世を終えた。バカだ。
 映画や、アニメのような劇的さも無い。ただ、逆上した味方に殺されただけ。まあ、現実なんて、そんなもんだ。そして、ヤツに相応しいとも言える。
「よっしゃ──!! 一個目消滅!!」
 ミミの声で、ヤツの死体から目をそらし、そちらを見ると、最初に『浄化』を掛けていた城壁沿いの『不浄の泉』が消滅したようだ。ヤツが死んだ事で、これ以上『不浄の泉』が増える事が無くなった。後は、一つずつ消滅させていけば良い。図らずも、クーデターの問題も解決したしな。
 そんな楽観的な考えとなったのは、多分俺だけでは無かったと思う。だが、そう簡単に終わってはくれないようだった。
 それに最初に気が付いたのは俺だ。戦闘能力を有しないが故に、支援と周囲の状況確認に徹していたからこそ、それに気が付いた。
 落下して、周囲の石畳を血で染め上げていたヤツの死体が、淡く赤い光を放って輝きだした。ヤツの死体だけで無く、周囲に広がっていた血までが赤く輝いている。
 その状況を見て、詳細は当然分からないが、異常事態だという事だけはハッキリと分かる。だから、全員に待避を呼びかけた。
「ここを離れろ!! 何かおかしい!!」
 俺の声で状況を知った皆は、驚きながらも、先ほど消滅した事で唯一開いている城壁沿いを通って、『不浄の泉』による包囲網を抜け出る。
「何じゃありゃ──!!」
「王子の遺体が、なぜ光っている!?」
「知らないよ! でも、あれは普通じゃ無い!!」
「汚物王子の新しく得たスキルっちゅうか、JOBが原因!?」
 ……現状で考えれば、それ位しか考えられない。ヤツが使っていたスキルは、当然今まで知られていなかったものだ。間違っても『浄化師』のスキルでは無い。となれば、JOB自体も変わった可能性は有る。
 以前の『赤称号』持ちに対する検証で、全てのスキルを『スティール』された者は、スキルレベルやパラメーターはそのままだが、JOBが空欄となる事が分かっている。その上で、一つでも『スキルの実』を使用させると、そのスキルを元のスキルレベルで得た上で、JOBも元に戻った。ただ、この際、元々持っていなかった『スキルの実』を使用させた場合の事は検証していない。今回のクソロムンのケースは、これに当たる。
 未知の『不浄の泉を生み出すスキル』を持つJOB。そのJOBが何という名称であれ、『浄化師』や『歌姫』以上にレアで特殊なものなのは間違い無い。その特殊性が、死後にすら影響を与えるというのだろうか……。
 ヤツの死体と広がった血の輝きが、目を覆いたくなるほどに強くなり、それは突然に消える。赤い光が消えた後には何も残っていない。ヤツの死体は勿論、血の跡すら無い。そこにあったのは、それまでの小型の『不浄の泉』を統合した、通常サイズより大きな『不浄の泉』だった。
 その範囲は、直径80㍍はあり、通常サイズの50㍍よりだいぶ大きい。その起点となったのは、やはりヤツの死体のあった所で、そのそばの城壁や向かい側の建物の一部も切り取られたように消滅している。多分、城壁の上にあった小型版『不浄の泉』も取り込まれたと思う。空中に存在しないのは確かだ。
 その瞬間、まだ城壁上に居た騎士達は、地面に広がる『不浄の泉』へと落下し、『不浄の泉』によって身体を腐食され、のたうち回っていた。
 一つに統合された『不浄の泉』から、巨大な頭蓋骨が湧き出してくる。カーリータイプの『巨大スケルトン』だ。その『巨大四腕スケルトン』が完全に湧き出したのを切っ掛けのように、それが次々に湧き出してくる。
「汚物王子が!!」
「「何!?」」
「増殖したです!!」
 湧き出してきたのは、死んだはずのクソロムン。それが、ワラワラと湧き出してくる。
 しばし呆然としていたネムが、『浄化』を掛けると、ヤツらは消滅して行くが、湧き出し自体は遅くは成っても止まる事は無かった。
「消えよった!! やっぱアンデッドで間違い無いっちゅう事やね!!」
「……!! 見ろ! ヤツの口元に牙がある!!」
 湧き出してきたクソロムンをよく見ると、唇の両サイドに小さくではあるが鋭い牙が下に向かって飛び出ている。
「バンパイヤかい!!」
 多分、そう言う事のようだ。なぜだかは分からないが、クソロムンをコピーしたような『ヴァンパイア』が湧き出している。一人でもウザいヤツなのに、何十匹も湧いてくれば、それは気持ち悪いレベルだ。
「キモ!! メッサキモ!!」
 『ゾンビ』や『スケルトン』がいくら大量に湧いても感じなかった気持ち悪さが、ヤツらには感じてしまう。なまじ人間そのままの姿だからなのかも知れない。
「飛んだです!!」
 ヤツは、『ゴースト』と違って実体を持っているが、ふわふわと空を飛べるようだ。
「コウモリや狼に変身すっかもしんないかんね!!」
「何だそれは!」
「バンパイヤって、そんな能力持っちょるんよ!!」
 ミミがシェーラに答えながら、両手を広げて十字架のポーズを取るが、効果は見られない。
「ニンニク!! ニンニク誰かもっちょらん!?」
 当然、そんな物を持っている者がいるはずも無い。
 取りあえず幸いなのは、ヤツの姿をした『ヴァンパイア』は複数のコウモリに成ったり、狼に変身したり、霧に成る事は無かった。ただ、その目から、時折赤い光を飛ばしている。レーザーのような線では無く、目の形をした光の板が飛ぶ感じだ。その光がどのような効果を持っているかは分からない。ネムの『聖域』によって全て防がれているからだ。
「バンパイヤは、魅了とかの精神攻撃を使うちゅうのも定番やから、あの攻撃はそれかもしんないよ!!」
 元の世界のヴァンパイアとこの世界の『ヴァンパイア』が同じような存在とは限らないし、そもそも、あれが『ヴァンパイア』であると決まった訳でも無い。それでも、その可能性を考えて、対処する方が良さそうだ。
「その、ばんぱいやとか言うのもだが、先ずは巨大スケルトンを先に処理すべきだろう」
 確かに、『ヴァンパイア』には未知の怖さはあるが、現状ネムの『聖域』で攻撃は全て防御出来ている。『聖域』に一定以上のダメージを与える『巨大スケルトン』の方が、危険なのは間違い無い。
 シェーラの提案にしたがって、ミミも『巨大スケルトン』に『火炎旋風』を放っていく。
 俺は、いつものごとく四人全員に『MP回復薬』を掛けて回るりつつ『バリアーシールド』で、巨大剣による攻撃を防ぐ。『巨大スケルトン』の剣による物理攻撃が、一番『聖域』にダメージを与えるからな。
 ネムは『不浄の泉』へと『浄化』を掛け続ける。何はともあれ、『不浄の泉』を消滅させない事には話にならない。それに、『不浄の泉』に『浄化』を掛け続ける事で、アンデッドの湧き出し速度をかなり遅く出来る。普通の『不浄の泉』なら、『浄化』によって完全に湧き出しが止まるのだが、これは普通では無いようだ。『浄化』を掛けた際の明滅速度も遅い。この速度だと、消滅まで後10分近くは掛かるだろう。
 『巨大スケルトン』は、ミミの超高温版『火炎旋風』の連発と、ティアの『スピーカー』付き『般若心経』で、どんどんと体躯を小さくしていった。
 今回も『スティール』を実行するつもりはない。『火炎旋風』の余熱が消えるまで待てるほどの余裕が無いからだ。
 『巨大スケルトン』の体躯がもう少しで6㍍に達すると言う時、俺はそれを目撃した。
 クソロムンの死体を元にした『不浄の泉』が発生した際、その直ぐ直上に居た騎士は全て、足場の城壁が消滅したために『不浄の泉』へと落下した。そして、その表面に触れたために酸に触れたように身体を蝕まれていたのだが、半数近くは『不浄の泉』から脱出出来ずに泉の中に死体をさらしていた。
 『不浄の泉』の上に残った騎士の死体は、ミミの『火炎旋風』やシェーラの『地裂斬』で破損はしていたものの、その時までは確かにその場にあった。だが、その時、それらは『不浄の泉』に沈み込むようにして消える。
 『不浄の泉』は、アンデッドが湧き出る様や、その形状から『泉』と称されるが、その上に乗った物体が沈み込む事はない。いや、今までは無かった。その今まで無かった事が、俺の目前でまた発生している。また、イレギュラーだ。
 ただ、この異常は、それだけで俺達に係わる異常とは思えなかったため、ティア達には伝えなかった。
 だが、直ぐに彼女達も、その異常を知る事となる。なぜなら、『不浄の泉』からクソロムン顔の『ヴァンパイア』だけでなく、騎士の鎧を纏ったモノが湧き出してきたからだ。
「げっ! 騎士もバンパイヤに成ったんかい!!」
「いや、違う! よく見るんだ! 兜の中に顔が無い!!」
 シェーラの指摘で、俺も注視すると、確かに兜の中は真っ暗で、顔と言うか頭が存在しない。更に気付いたのだが、関節部分などの本来であればインナーが見えている部分にも真っ暗な闇だけが見えている。
「リビングアーマーってヤツかい!!」
 生きている鎧か。ゲームによっては複数の名称があるが、多分『リビングアーマー』が最も一般的なはず。
「ヤツらの武具は、騎士団の武具そのままの性能を持っているようだ! 気を付けろ!!」
 シェーラが放った『地裂斬』の斬撃を、紅色の意匠に彩られた『リビングアーマー』は耐えきって見せた。
「浄化は利くです!」
 武具の性能はともかく、アンデッドである事は間違い無いようで、『浄化』範囲に侵入した『リビングアーマー』は、その武具の色に係わらず全て消滅して行く。
 ただ、問題だったのは、この『リビングアーマー』は、元となった騎士のスキルも使用出来るようで、『飛斬』や『エアーカッター』などを放ってくる。無論、全ては『聖域』によって阻まれる訳だが、『聖域』へのダメージは若干あるようだ。
「カオス!!」
 ミミが『火炎旋風』を放ちながら叫ぶ。確かに、『ゾンビ』『スケルトン』『ヴァンバイア』『ゴースト』『マミー』『巨大スケルトン』に続いて、数種の『リビングアーマー』まで居るこの状況は、正にカオスと言って良い状況だろう。
「ネム、絶対に聖域を切らすなよ!」
「はいです!!」
 念のために、ネムには注意を促しておく。なんと言っても、『聖域』が今の生命線だからな。これが無くなれば、数分と掛からず全滅する。ティアの『般若心経バリアー』だけでは、『ゴースト』の魔法や『リビングアーマー』からのスキル攻撃を防ぐ事は出来ない。
 ティアは、『スピーカー』を『リビングアーマー』に向けていた。『赤称号』持ちの物理攻撃同様のダメージを、『聖域』に与えられる可能性を考えてだろう。実際、どう成るかはともかく、警戒するに越した事は無い。
「大丈夫だ! 数や種類が増えようとも、アンデッドには違いない! いつもどおりにやれば問題無い!」
 シェーラが、若干ワタつく俺達を鼓舞するように声を上げた。彼女が言った事は正しい。『聖域』が機能していて、『般若心経』がそれをサポート出来ている状態であれば、後は時間の問題のはずだ。これ以上のイレギュラーさえ無ければ……。
 そして、そのイレギュラーは発生する。『巨大スケルトン』をシェーラの『爆砕断』によって消滅させた直後に、だ。
「でっかい髪の毛が湧いてきたです!!」
「げげっ!!」
「まじかよ……」
「……」
「あれは、王子か……」
 『不浄の泉』から、新たな巨大アンデッドが湧き出してくる。それは、今までの巨大アンデッドになかった金髪を有しており、顎まで湧き出した段階で、完全にクソロムンの顔である事が分かる。
 湧き出してきている巨大アンデッドは、クソロムンの巨大アンデッドだった。
しおりを挟む

処理中です...