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第47話 城内にて

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 俺が偵察から戻り30分程経った時、宿の廊下を踏み抜くような音を立て走ってくる者がいた。その足音は、俺達の部屋の前で更なる音を響かせ急停止する。そして、ノックも無く、掛かったままの鍵をぶち壊してドアが開かれた。
 その時点で俺達全員が、戦闘態勢へと入っている。ネムは『聖域』を展開しており、俺も『バリアーシールド』をドアの前に展開し終えていた。こんな状況だ、『バリアーシールド』は常に装備している。
 そんな俺達の戦闘態勢は杞憂だった。ドアをぶち壊して入ってきたのは、顔見知りの冒険者ガイムさんだった。西ギルドをベースとする冒険者の、リーダー的存在である。冒険者ランクは3級だが、面倒見が良く、脳筋なので付き合いやすい30代独身だ。
 部屋に突入してきたガイムさんは、自身に突きつけられたシェーラの大剣に一瞬驚くが、理由を察して大慌てで謝った。
「悪い! すまん! つうか、緊急だ! 王城にアンデッドが出た! 多分、不浄の泉は王城の中だ! 他の冒険者も、連絡が付きしだい討伐に行かせる! お前達も頼む! 反乱どころの騒ぎじゃねぇ!!」
 ガイムさんの話を聞くにしたがって、俺達も騒然となった。
「街ん中に出るんかい!!」
「私が調べた範囲だが、そう言う話は聞いた事がない。ロウ、どうだ?」
「俺も聴いた事は無いな。俺が読んだ本だと、不浄の泉は、街から1キロ圏内には出現しない、と書いてあったぞ。まあ、理屈が分かった上で書かれたものじゃなくって、過去のデータからの推測だとは思うけどな」
「やはりか」
「ねぇ! そんな事より、早く行こう!! 街にアンデッドが出てきたら大変だよ!!」
「そうなのです! 早く行くのです!」
 急かすティアとネムを余所に、俺はガイムさんに尋ねる。
「アンデッドの種類は?」
 慌てまくっていたティアとネムも、「「あっ!」」と声を出して、自分が無駄に慌てている事に気づいたようだ。
「それがな、情報が混乱していて、スケルトンがでたと言う報告もあれば、ゾンビがでたと言う報告もあるんだよ」
「ゴーストっつう話は無いんやね」
「ああ、それは無い。それもあって、現状王城にとどまっているんだがな。まあ、そのせいで、情報が確認しづらいって事も有るんだが」
 ガイムさんの言いようからからすると、情報源は王城から逃げてきた者なのかも知れない。そのため、余計に情報が錯綜する事に成ったと言う事だ。
 ガイムさんは、俺達にそれだけ言うと、来た時同様に全速力で宿の廊下を走り、ギルドへと帰って行った。このあと、西ギルドの冒険者達を纏めて、王城へと向かう準備を行うそうだ。
「……で、どうする?」
 俺がそう言うと、ティアとネムから非難が飛ぶ。
「早く行くです!! 街の危機なのです!!」
「そうだよ! 早く行かないと!」
 そんな二人を余所に、ミミとシェーラは考え込んでいる。
「……問題は、汚物王子と、その一派なんよ。普通なら、私らの事よりアンデッドの対処をするはずなんやけんど……。ヤツらに、そんな常識、有ると思うん?」
「無い」
「有るとは思えん」
「「……」」
 ネムとティアは、口元を歪めたまま言葉を発せない。二人も、ヤツらの事は十分に理解しているからな。
「……私達を襲ってくるかな?」
「来るっしょ!」
「「来るな」」
「来そうなのです……」
 問題点を理解して、ティアとネムは少し考え込んだが、直ぐに意を決した顔で言う。
「それでも行かなきゃ! 街の人を危険にさらせないよ!」
「そうなのです! 聖域連発で何とかするです!!」
 『対アンデッド能力者』二人を守るために、王都をアンデッドで壊滅させるのも本末転倒か。クーデター軍は、全員『赤称号』持ちだと考えて間違いないだろう。だとすれば、ネムの『聖域』は一定の効果を発揮する。展開範囲を最小限にして、強度を上げれば……出来なくは無いか? 危険度が高いのは間違いないけどな……。
「取りあえず、俺が隠密で先行して、不浄の泉を発見した上で、そこに直行、と言う形で少しでもリスクを減らせるか?」
「問題だった、城の対侵入者対策も、今の状況では機能はしていないはずだが。行けるか、ロウ」
「侵入自体は大丈夫だと思う」
 俺はそう言ってミミの方を見るが、彼女はいつに無く決断を下そうとしない。即断即決のミミにしては珍しい。
「……いっちゃん良いのは、冒険者全員で城を囲んで、城からアンデッドが出てこんようにした上で、残りの冒険者達と一緒に城に入る事なんよね。その頃には、クーデター軍もそこそこダメージを受けちょるはずやし。問題は、必要な数の冒険者が集まるまでに、アンデッドが城外に出る可能性が有る、ちゅう事。城なんちゅう物は、外から中には入れんでも、中から外には簡単に出れるんよね。普通の人間やと難しくっても、アンデッドなら10㍍位の落下なんぞ気にもせんし。あと、巨大アンデッドが出た時やね。ヤツらの目線は、確実に城壁より高いんよ。んで、ヤツはもっと簡単に城壁を越えられる…… こりは、無茶せんといかんのんかな~」
 ミミのヤツも考えた上で、結局は行くしかないと結論付けたようだ。
「城内に、なまじ人間がると、魔法使いづらいんよね…… 汚物野郎なら、即燃やすんやけど」
 そっちの問題もあったな。さすがに、この時点で使用人などが残っているとは考えにくいが、クーデター軍と戦う正規軍(?)は居る可能性が有る。クーデター軍はともかく、彼らまで魔法に巻き込む訳にはいかない。この問題は、ミミだけでなくシェーラも同じだな。『地裂斬』のような広範囲攻撃スキルが放ちづらい。
 だが、まあ、やると決めたのなら、何とかするしかないんだよな。いろいろ問題も、思う所もあるが、やるしかない。
 どのみち、クソロムンとはやり合う覚悟はしていた。その状況が若干変わっただけと、言えなくも無い。……変わった方向は、間違い無く悪い方向へ、だけどな。
「じゃあ、俺は行くからな。皆は、20分位後から来てくれ。一応、全員に聖鎧を多重掛けでな」
「ラジャ、汚物野郎が居ったら、プチッとやったって」
「気を付けてな」
「気を付けるです」
「……ロウ、無理しちゃ駄目だからね。変な気配感じたら、直ぐ逃げて」
 そう言ってくる彼女達に、俺は軽く片手を上げて、「了解」とだけ言って宿を後にする。
 宿から城へと向かう道中は、少し前通った時と比べるべくもない程混乱していた。住民達の一部は、荷車に家財道具などを積み込み、逃げだそうとしている。方々で怒鳴り合う声も聞こえている。
 そんな混乱の中、王城方面へと走る冒険者もいた。彼らは、ガイムさんの指示では無く、各々おのおのの判断で行動しているのだろう。この辺りは軍とは違う所だ。
 『ギルド』と言う枠で行動する冒険者では有るが、基本は個人だ。行動判断は個人で行う。そのため、軍のように命令や指示が無いと動けない、と言う事は無い。この辺りは、良し悪しなのだが、今の状況で言えば『良し』の方だろう。
 『隠密』状態の俺は、『壁走り』で建物の屋根まで上り、建物と建物の間を飛び越えながら、真っ直ぐに王城を目指す。距離が広い所には、『バリアーシールド』を展開して、足場にして飛び越える。『MP回復薬』を飲みつつの移動だ。
 『MP回復薬』に関しては、在庫は十二分にある。今となっては、あの『ゴースト』の出現は福音に思える程だ。
 『MP回復薬』でびしょ濡れになった俺が城前にたどり着いた時には、既に40人程の冒険者達が城前広場に集まっていた。
 俺は、彼らの前で『隠密』を解き、驚く彼らに俺の目的と後からティア達が来る事を伝える。そして、ガイルさんから聞いたギルドの方針も伝えておく。それを聞いた彼らが、どのように行動するかは、彼らしだいだ。
 最低限の事を彼らに伝えた俺は、『隠密』を使用して城内へと侵入する。
 午前中に来た時と違い、城門は閉ざされていた。さすがに、その程度の事が出来る程度の常識はあったようだ。ただ、城門を閉じた者が、クソロムン一派なのか、ギムネル侯爵一派なのかは分からない。……多分、後者の気がする。
 城への侵入は、『壁走り』を使用しながら、壁面の凹凸を指先で捕らえ、四つ足状態で這い上った。スキルレベル2の『壁走り』では、まだまだ、スキルの力だけでは壁は登れない。
 この城は広い。王都北区の1/5を占有している。王家の住まい部分だけでも広いらしいのだが、それ以外にも前世で言う国会、行政官庁、司法施設、来場者用の駐車場などに当たるものがあり、更に馬車用の馬を預かる馬場、城の使用人の居住区画、迎賓館的な施設及びパティー会場等々様々な施設がある。騎士団の施設や、倉庫類も含めると、小さな街に匹敵する広さだ。
 この城は、一応、王都にモンスターが侵入した際の、住民達の避難場所としても利用される事になっているらしい。実際、そのような状況になった際、それが実行されるかどうかは、また別の話だが。
 今回の場合は、その最後の砦たる城内にモンスターが湧き出した訳で、なんとも皮肉な事だ。
 今言ったように、この城内は広い。無駄に広い。元々、城の構造を全く知らない事もあって、俺は地上を移動する事を即座に諦めた。
 『バリアーシールド』を使用した三次元機動によって、一定の高さを維持しながら移動していく。
 城門をくぐって直ぐの区画にある施設の屋上に立って見渡すと、直ぐにモンスターの姿が見て取れた。……二種類居やがる。ガイムさんの報告にあった、『ゾンビ』と『スケルトン』が両方居たのだ。
 その二種類のアンデッドは、混ざってはいるものの、ほぼ同数程がいるように見える。となれば、『不浄の泉』が隣接して二つ同時に発生したと言う可能性が高い。
 俺は、その可能性を考慮して、建物の屋上から、更に上空へと『バリアーシールド』を順に階段状に出現させながら上って行く。当然、『MP回復薬』を頭から浴びながらだ。
 『バリアーシールド』による階段が、建物の屋上から更に30㍍程に達した時、それが見えた。
 その『不浄の泉』は、城門から直線で600㍍程離れた地点に、10メートル程離れて並んで存在している。
 その場所は、城内をドーナツ状に区切る複数の城壁のうち、外の城壁と次の城壁の間に作られた、馬車用と思われる広い停車場だった。広さは、田舎の高校のグラウンド程は有る。
 その停車場は、万単位の『ゾンビ』と『スケルトン』で埋め尽くされている。しかも、なぜか『巨大スケルトン』と『巨大ゾンビ』がそれぞれ一匹ずつ、既に湧き出していた。今までの事を考えれば、時間的に考えられない事だ。状況的に見て、『不浄の泉』が出現してから、まだ数時間しか経っていないはず。そんな時間で『巨大アンデッド』が出現した事は無い。
 ティアが『般若心経』で『不浄の泉』を長時間掛けて浄化している時ならまだしも、何もしていない状態で、湧き出す時間では無いはず。おかしい。明らかにおかしい。街中に『不浄の泉』が発生した事と共に、この事もイレギュラーだと言える。
 複数のイレギュラーが重なっているという事は、今までの常識が通じない可能性が有るという事だ。今までの常識で行動すると、痛い目に合うかも知れない。痛い目ですめば良いが……。
 俺は『バリアーシールド』を最小限のサイズで展開し、その上から全周囲を見回す。そして、見える範囲に、他の『不浄の泉』や『巨大アンデッド』がいない事を確認し、『マップ』に『不浄の泉』の位置をポイントした。
 よし、俺の目的は終了だ。城外に移動しよう。
 俺は、そのまま『バリアーシールド』による上空移動を続け、城外へと出ると、城門前につどっている冒険者達に、アンデッドが『ゾンビ』と『スケルトン』である事、『巨大アンデッド』二匹が既に湧き出している事を伝えた。
 『不浄の泉』が二つ同時に発生しているという事に、冒険者達は全員驚いている。一応、4級冒険者と言う立場で僭越せんえつ的ではあるが、今回の事はイレギュラーで有るから、普段どおりに行かない可能性が有るため注意が必要、と言っておく。
 そんな、立場をわきまえない俺の発言だったが、その場の冒険者達は嫌な顔をする事なく頷いていた。彼らも、街中に『不浄の泉』が発生した事で、事の異常性に気が付いていたのだろう。
 俺は彼らに、『マップ』に記載された城内の見取り図を、『マップ』範囲外を記憶で補って用紙に書いて渡す。冒険者達も、城内の構造を知るはずもないので、手前のエリアだけとは言え、知っておくに越した事は無い。
「そのマップって言うスキル、良いな。って言うか、スキルの実持ってねーのか? 有ればくれ。緊急事態って事でよ」
 冒険者の中には、そんな事を言ってくる者もいた。確かに緊急事態なので、仮に『スキルの実』を持っていたなら、渡しても良いと考えたかも知れない。少しでも戦力アップしておきたいからな。
「てめー! 抜け駆けすんじゃねー!」
「そうだ! 剣士系より魔法使い系の方が有効だ!」
 などと、騒ぎが違う方向へと向かってしまう。
「持ってれば、やっても良いんだけど、前回のアンデッド戦で手に入れた実も、全部ギルドに預けてあるんだよ。交渉はギルドにしてくれよ」
 ここの混乱を防止するために、そう言って、収拾を図っておく。多少のすったもんだはあったが、何とか収まってくれた。
 そして、そんな最中にティア達がやって来た。それを見た冒険者達から、アンデッド戦に到着した時以上の喚声が上がる。とても60人程度とは思えない喚声だった。
 俺は、先ほどの偵察で分かった事を彼女達に伝える。それを受けたミミが、周囲の冒険者達に指示を出し始めたのにも驚いたが、その指示に不満を漏らす者が一人もいなかった事の方が驚きだった。
 アンデッド戦では、メインと成る事もしばしばだが、俺達は4級冒険者であり、成人後数年程度しか経っていない若輩者にすぎない。そんな者の指示を、20代30代のベテラン冒険者まで、違和感なく聞いて行く。
「了解だ」
「分かった、そっちは任せてくれ」
 そんな風に、実にあっさり引き受けてくれている。
 これは多分、俺達のパーティーだから、と言うよりも、指示を出しているのがミミだから、と言う事なのでは無いかと思う。陰でささやかれている『炎旋の伝説』が、こんな時に役立っている訳だ。いろいろやらかしたらしいからな……。
 そして、一通り指示を終えたミミが叫ぶ。
「うっしゃ──!! 作戦決行!! アンデッド殲滅!! 汚物野郎も発見次第殲滅!!」
「「「「「「おぉ────!!」」」」」
「汚物は消毒だ~!!」
「「「「「汚物は消毒だ────!!」」」」」
 元ネタを知っていれば、失笑物だが、それを知らない冒険者達は、シュプレヒコールを上げる。知らない事は幸せなんだよ。
 そして、俺達が最初に行った事は、城門の横に有る通用門を内側から開ける事だった。無論、それをやったのは俺だ。『壁走り』を使って、最初と同じ方法で城壁を這い上がり、回り込ん城内側から扉を開ける。この通用門は、宇宙船のエアーロックのように二重扉になっていた。正門程では無いが、厚みも20センチ程有る。
 周囲を徘徊する『ゾンビ』や『スケルトン』がその内部に入らないように気を付けながら、二つの扉のロックを外し、ティア達や冒険者達を城内へと導いた。
 ティアは、エアーロック状の通路内から『般若心経』を歌い始め、城内に入ると『スピーカー』で周囲を一掃する。『般若心経』で出来た空間に、冒険者達が陣取り、城門前に橋頭堡を築く。
 一部の冒険者は、城門側の建物から、城壁の上へと上がっていく。建物内部に城壁へと上る階段がある。これが建物内ではなく、外部に階段があったのであれば、そこを通じて、既に城外にアンデッドが出ていただろう。違う目的のセキュリティーが、今回は役に立った事になる。
 城壁の上に上がった冒険者達は、安全な位置から下のアンデッドに魔法や遠隔攻撃スキルで攻撃しつつ、指示を出す。上からの方が、視野が広い。
 俺達は、城門前のアンデッドをある程度掃討出来た状態で、『不浄の泉』へと向かって進んでいく。先ずは、『不浄の泉』を消すのが先決だ。
「無いとは思うが、クーデター軍の横やりも考えられる。ネム、聖鎧を切らさないように頼むぞ」
「分かったです」
 シェーラに従って、ネムが順番に『聖鎧』を掛けていく。一人に最低三重だ。『聖鎧』は、『赤称号』持ちの攻撃には、それ程効果はない。だが、それでも、三重であれば、不意打ち一発ぐらいは8割方ダメージを軽減出来るはずだ。不意打ちさえ防げれば、後は『聖域』と『バリアーシールド』を展開出来る時間が稼げる。
「念のため、不浄の泉までは、私らは攻撃しないかんね」
 クソロムン達からの横殴りを警戒して、即時対応出来るように、ミミとシェーラは攻撃を控える。『MP回復薬』で回復可能とはいえ、その隙を突かれれば、一手遅れを取る可能性が有るからだ。
 『マップ』のポイントへと向かって、行政絡みの建物を迂回して移動していく。直線距離は600㍍程だが、回り込む関係で、実際の移動距離は1キロ近くになる。この辺りは、城門を突破された際、少しでも進行速度を遅くするための作りなのかも知れない。前世の城下町や、城にも良くある作りだ。
 西側に回り込む通路を進んで行く。変な横やりさえなければ、全く問題は無い。今の所『気配察知』にも、変な反応はない。
 『ゴースト』と違って、魔法攻撃がないため、急ぎ足で進む事が出来る。そのため、1キロ程の距離は、10分と掛からなかった。
「うっしゃ~! 欲張らんと、一個一個行くかんね!! まず右から!!」
 二つの『不浄の泉』は、10㍍程しか離れていないため、真ん中に位置すれば、両方に『般若心経』は掛かる。だが、そんな真ん中の位置で、両方に同時に『巨大アンデッド』が湧き出したら、対処しづらい。その上で、既に湧き出している『巨大アンデッド』にも襲われれば、『聖域』が有っても無理だ。欲を掻いては駄目だ。
「出来れば、大スケとデカゾンビが来るまでに、泉を消したいんよね。ネムやん、全力だぁ!!」
「分かったです!」
 ネムは、位置に付いた段階で、即座に『浄化』を駆け続ける。ティアも、『スピーカー』付きの『般若心経』でそれを補う。
 今回は、ミミがティアとネムへと『MP回復薬』を掛ける係をやっている。俺とシェーラは、全周囲の警戒だ。
 現在のネムのJOBレベルと『浄化』のスキルレベルであれば、一つの『不浄の泉』を消滅させるのに掛かる時間は4分程だ。一つ目の『不浄の泉』は、全く問題無く消滅出来た。
 続けて、もう一つに取りかかると、今度は既に湧き出していた『巨大ゾンビ』がこちらに向かってくる。幸いな事に、もう一体の『巨大スケルトン』は来ていない。
「ネムやんは不浄の泉に集中!! ティア! デカゾンビよろ!!」
 ティアは、ミミの指示に従って『巨大ゾンビ』に『スピーカー』を向け、その周囲の『アンデッド』と共にダメージを与えて行く。
「げっ!! スケ公まで取り込んじょる!!」
 ミミの女の子らしからぬ声はともかく、確かに、ダメージを受けた『巨大ゾンビ』が、周囲の『ゾンビ』だけでなく『スケルトン』まで取り込んで修復する様子が見えた。これに関しては、『デュラハン』が『ゴースト』を取り込んで修復しいた事を考えれば、想定しておくべきだったかもしれない。
「気にするな! どちらも取り込めるとしても、そうさせねば良いだけの事!!」
 シェーラは、そう言いながら、『地裂斬』を放ち『巨大ゾンビ』の右足を切断して、移動を阻害していた。ミミは、小型超高熱版『火炎旋風』を『巨大ゾンビ』を中心として発生させ、周囲のアンデッドと共に攻撃している。
 このパーティーの中で、唯一俺だけが攻撃に参加出来ない。さすがは、『THE 脇役』だな。『MP回復薬』を掛けて回る役を、粛々と果たそう。
 今回の事は、周囲にいるアンデッドが二種類混ざっていると言う以外は、今までと全く状況は変わらない。クソロムン達からの横やりが無いのであれば、今までどおりだ。
 ネムの『浄化』と、ティアの『般若心経』(スピーカー無し)によって『不浄の泉』は5分掛からない程で消滅出来、それから少し遅れて『巨大ゾンビ』も、6㍍ほどの体躯に縮んだ時点で『爆砕断』によって消滅した。
 今回は、無理に『スティール』を実行しなかったため、『スキルの実』は入手していない。以前のようには、ミミも騒がなかった。俺達だけで考えれば、そこまで『スキルの実』の価値は無いからな。
「うし!! 取りあえず完了!! 次は大スケ!! ロウ! 上上がって確認!!」
「了解」
 俺は、周囲の状況と『気配察知』を再確認した上で、『バリアーシールド』による階段で上空へと上がって行く。3㍍ジャンプを10数回繰り返し、40㍍ほどの上空へと上がると、目的とする『巨大スケルトン』が見えた。
「こっちだ」
 地上に帰った俺は、ティア達を案内して、『巨大スケルトン』の居るポイントへと向かう。そこは、第二城壁沿いに、更に西に1キロ以上移動した場所で、周囲に複数の建物があり、広場のない場所だった。
 通常であれば、建物の被害を考えて炎魔法などの使用は控えるのだろうが、そんな必要は全く感じない。城の被害? 何それ?って事だ。
 俺達は、その場で全力の攻撃を実行する。出来るだけ早く、危険度の高い状況から脱するためだ。
 シェーラは周囲の建物が壊れる事も厭わず『地裂斬』を使い足止めを行い、ミミは延焼の拡大だけを『エレメント』で押さえるようにするだけで、それ以外は全力の『火炎旋風』を使う。
 『巨大スケルトン』は順調に体躯を小さくして行き、『爆砕断』で消滅出来る6㍍ほどになった。
「よっしゃ~! 今度はスティール行こか。ロウ!」
「はいはい」
 『火炎旋風』の熱気が弱まるのを待ち、シェーラの『地裂斬』で両足を切断された『巨大スケルトン』へと向かって走る。
 『巨大スケルトン』がうつ伏せに倒れているため、その後方にもティアの『スピーカー』はそのまま届いており、後方のアンデッドも消滅出来ている。
 そのため、俺は『隠密』を使用せず、そのままで接近して『スティール』を実行した。
 いつもの『超レア光』の中に浮かぶ、『スキルの実』を『魔法のウエストポーチ』で吸い込もうとした時、それが起こった。
 右側第二城壁の上から鞭状の光が伸びて来て、『スキルの実』を絡めて取って行ったのだ。
「「なっ!!」」
「何じゃ!!」
 慌ててそちらの方へと目をやれば、城壁上の通路に青い意匠の鎧を纏った騎士がいた。その右手には鞭が握られており、絡め取られた『スキルの実』は、既に騎士の左手に移っている。
「「ロウ!!」」
「気配察知には反応がない!」
「マジかぁ!!」
「隠蔽系のマジックアイテムか!!」
 俺は、当然ながら『気配察知』を切らした事はない。だが、その『気配察知』に城壁上の騎士の気配はなかった。いや、今現在も無い。
 隠蔽系のマジックアイテムか。このアイテムは、『隠密』のように臭いや、視覚情報までは隠す事は出来ないが、存在の気配だけは消せる。つまり、その『存在の気配』を察知する『気配察知』には完全に察知出来なく成ると言う事だ。このアイテムは、一般には販売されて居ない。と言うか、一般人は元より冒険者にも必要の無いマジックアイテムである。必要とするのは、犯罪者だけだろう。
 『鞭士』と思われる蒼竜騎士は、俺達を見てニヤリと笑う。
「シェーラ! 先にスケルトンを消せ!」
 クーデター軍の横やりと言うイレギュラーな状態で、『巨大スケルトン』が残ったままではまずい。ます、目先の危険を潰しておくべきだろう。
 シェーラは俺の声で、状況を思いだし、即座に倒れたままの『巨大スケルトン』へと走り寄り、頭蓋骨部分に『爆砕断』を放った。
 この時、第二城壁の騎士から、妨害のための攻撃がある事を考慮して『バリアーシールド』を準備したが、それは杞憂となった。ヤツは、なぜか攻撃してこない。ただ、ニヤニヤと笑っているだけだ。
 ネムは、この間、指示されないでも『聖域』を多重展開している。もう既に十重を越えているようだ。
 周囲を警戒しつつ、城壁上の騎士を伺っていると、ヤツが現れる。
「げっ!! 汚物王子!!」
 騎士の横に姿を現したのは、クソロムンだった。
「な、何をする!!」
 クソロムンの姿を見た瞬間に打った手裏剣は、一緒に姿を現した別の騎士によって剣で弾かれた。
 第二城壁の上には、クソロムン以外に6人の騎士が姿を見せている。その全てが『気配察知』に反応していない。全員が『隠蔽』のマジックアイテムを装備しているようだ。騎士達は、バラバラの騎士団の者らしく、纏っている装備の色が違う。ヤツらは、クソロムンを守る位置を固めていた。
「陛下、これを」
 『鞭士』が奪い取った『スキルの実』をクソロムンへと、うやうやしく渡す。
「クーデター終わっちょらんのに、もう陛下っち呼ばせちょるんかい」
 陛下は、王に掛かる敬称だ。本来なら殿下が正しい。と言うか、ヤツには、敬称自体が必要ない、『屁イカ』でも過ぎるぐらいだ。
 『スキルの実』を受け取ったクソロムンは、高笑いを上げる。
「ふははははははは────!! 手に入れたぞ!! これで、本来有るべき状態へと戻れる!! 私が浄化師であり、王である事は必然なのだ!! 我だけが浄化師であるべきなのだ!! これが本来あるべき姿なのだ!!」
 クソロムンが、若干ピントが外れた事をがなっている。多少壊れかけているのかも知れない。……元々おかしかったと言う話もあるが。
「ちっ! 魔法が妨害されちょる!! そんなマジックアイテム有るんかい!!」
 どうやら、ミミが魔法攻撃をしようとしたようだが、それが出来なかったらしい。魔法…スキル自体の発現を妨害するマジックアイテムと言うのは存在する。だが、そのサイズが大きすぎて可搬性が無いため、城の謁見の間などにしか設置されていないと聞いているのだが……。
 ひょっとしたら、ヤツらは、その大きなマジックアイテムをこの場に運んできているのかもしれない。身につけられるサイズでは無いとは言え、運べないサイズでは無いはずだからだ。
「陛下、御力を御取り戻しください」
 一人の騎士が、儀式めいた仕草で、クソロムンを促す。
「うむ、そうするとしよう」
 クソロムンは、一旦俺達の方を見て、片頬をだけ上げる嫌な笑いを見せた上で『スキルの実』を口に入れた。
 俺達的には、既に価値を失った『スキルの実』では有るが、クソロムンなんぞにくれてやるのはやはり嫌だ。クソロムンが『スキルの実』を口に入れる瞬間に、10個の手裏剣を打ったが、全ては左右の騎士によって防がれてしまい、妨害する事は出来なかった。残念。
 『スキルの実』を喰ったクソロムンは、ことさらゆっくりとした動作で、ステータスを開く。その様子が俺達にも分かるように。
 そして、その場に絶叫が鳴り響く。
「嘘だぁ────────!!」
 目を見開いた、クソロムンの絶叫だった。
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