埋(うずみふ)腐 ――警部補戸田章三の日常(仮題)

三章企画

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第一章(その8) 参考人常田実(2)

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 八日、もう九日の午前三時頃かな、たぶん下の階の美和って赤ん坊だと思うけど、泣き出したんで目が覚めて、なんか眠れなくって、そのまま車で出た。一時間かそこらひとっ走りすると、また眠れるんで。最近はいつもそうなんで。赤ん坊だしね、泣くのは仕方ないし。気をつかわれるのもいやだし。乗ってると落ち着くし。
 だいたいは、海岸線へ出て与次郎辺りを一回りするんだけど、九日の日は十号線から中央公園通って、平田橋から緑地公園沿いに東に天保山橋まで下って、城南通りを何度かうろうろしてました。どっかのコンビニに寄りたかったんだけど、なんか間が悪くて。用事もないし、結局、甲突町のコンビニかな。車止めたら、いきなりフェンダー折られたんで、かっとなってしまって。悪いことをしました。
 土曜ですか。土曜は、閉店までスロットやって、その後呼び出されたんで稲村先輩と朝まで飲んでました。アンデュミオンですか。行きましたよ。三時廻った頃から閉店までいました。それで、日曜日は一日寝てたっていうか、ごろごろしてました。
 車? 修理は谷山の飯尾自動車に。いや、別に、必要なら。いや、調べてる最中にシミとか傷とか付いたら、弁償というか元通りに……。ああ、それなら、いいす。
 携帯の履歴? 見せろって? いや、確かにいずれはバレルだろうけど。いいですよ。はい、これ。
 いや、美穂は知り合いだから、協力は。
 え、いや、そういう関係《こと》にもなったことは。
 うそだろ、そこまでバレて。ええ、間違いなく、美穂に感染されましたよ、クラミジア。
 う、あの、(ゴミステーションで)徐行した訳ですか。仕事柄っていうか、気になって、つい見てしまうと言うか。枠からはみ出してないかとか、違法な袋はないかとか、つまんないことだけど、よく目に入るんで。見ようとしてつい徐行してしまうのかも。
 えっと、どうだっけな。よく覚えてないんだけど、なかった気もするし。いや、だから徐行してたって言っても、通りすがりにチラ見しただけなんで。あの、だから、夜だし、昼間のようには見えませんよ。
 はい? 自分が捨てた? 冗談だろ? 自分は徐行はしたけど、止まってもいませんって。捨てられるわきゃないだろ。なあ、徐行しながら、あん中にゴミ袋を入れられるもんなんか。
 そこまで言うんなら、あんたがやってみせろよ。

 瀬ノ尾、と戸田が叱責した。
「うちのが言い過ぎました。すまなかったです。まだ断定は出来ませんが、多分あなたの知り合いの女性が、殺されて無惨な姿を晒している。
 まだ見つかっていない遺体もある。
 なんとしても探し出して、犯人を確保したい気持ちは察してください。こいつばかりじゃない。わたし自身、わたしの首ひとつですむのなら、違法捜査だろうが、拷問だろうが、犯人はむろん、事件に関係していると見込んだら、なんでもやる覚悟はできていますので、ここはひとつ、荒立たないうちに、ぜひご協力を」
 戸田の口調も表情も穏やかだったが、眼に浮かんでいる表情は恫喝そのものといっていい。強がっていた常田が、座っていた椅子ごと後ずさった。
 で、と戸田が続けた。
 リストアップがすんだ着信履歴を記した調書を手にしている。
「さっきの話では出て来ませんでしたが、九日深夜二時二十三分にメール着信、二時四十二分に返信。同四十五分に着信。三時十七分に発信。相手は同じ稲村直彦さん。彼は、あなたの先輩で飲み友だちの稲村直彦さんでいいのかな」
 常田は頷いた。戸田の目は、常田を見据えたまま微動だにしない。戸田の低いぼそりとした声が響く。
「わたしとしては電話の内容を聞きたいのですが、素直に協力してもらえますか」
「今から甲突川の緑地公園沿いを二三回ゆっくり走ってくれ。そう頼まれました。理由は聞いても、言う人じゃないから聞きませんでした。どうせ、階下の子が泣きだせば、走りに出るのはいつものことだし。どこ走ったって一緒だから。三時十分過ぎに平田公園に着いたんで、一応先輩に連絡入れました。そのときは出なくって、仕方ないから、言われた通り二回ばかし走らせました。あとコンビニでトラブるまで先輩から着信があったみたいだけど、ドライブモードで出なかったし、トラブったあとは交番で絞られてたから」
「その後、稲村さんと連絡はしましたか」
「いや、してません。こっちから連絡することは、滅多にないんで」
 確かにリスト上では、九日の午前三時五十七分の稲村からの着信を最後に、稲村直彦との発着信履歴は確認できなかった。結局、常田は緑公園沿いの道路をゆっくりと二度走ったが、その間に他の車とすれ違うことはなかった、と証言した。
「美津濃美穂さんとの連絡はどうですか」
 戸田が新しく問いかけると、常田は苦笑いした。
「ちょっかい出されたのバレてから、店以外で会ってもないし、話してもないです。それに、性病《ああいうの》を貰うと気分いいもんでもないし。先輩から呼ばれない限り、あの店には行きませんし」
「彼女の、何か身体的特徴というのは覚えてませんか。痣とか、傷とか、ほくろとか。ああ、マニキュアとかペデキュアとか……。なんでもかまわないんですが」
 常田は即座に首を振った。
「では、彼女と親しい人に心当たりは」
 常田の答もホステスたちと変わらなかった。稲村直彦、大泊敬吾、上園隆平、田畑亮介、オダ……。それに、と常田は付け加えた。
「彼女、今村みさおとは仲が良かったです。去年、先輩との件で、ちょっと険悪だった時期もあったけど、最近は元通りになったようで。客を取る取らないじゃなくて、とにかく、パンツの緩い子なんで、みさおだけじゃなくて先輩も半分諦めてた。そんな感じでしたね」
 わかりました、と戸田は頭を上げた。常田に対する聴取はそれで終わりだった。
「じゃあ、これで」
 と席を立ちかけた常田に、戸田が声をかけた。
「すまないが、あとひとつだけ。わたしの個人的な好奇心から聞きたいんだが」
「何?」
「常田さんの乗っているティアラ。うちの瀬ノ尾は中古でも三百万する車だと言うんだが、実際のところはどうなんですか」
 常田は得意げな笑みを浮かべた。
「ですです。そんくらいはする」
「それ、どうやれば手に入れられるんだ? 普通じゃ無理だろ」
 瀬ノ尾が口を挟んだ。掛け値なしの羨望の声音だった。常田にも伝わったのだろう。勢い込んでしゃべり出した。
「ああ。おれなんかがまともに買える車じゃない。でも、なんか借金の形で流れてどうとかでややこしくなった車らしくて、即金なら百万でいいって話貰って、それ値切って五十万借りまくって現金作って、三十万月賦にしてもらってやっと買った」
「なんだ、個人から馬鹿値で買ったのか……」
 どうやら瀬ノ尾の野望は潰えたらしい。ひどくがっかりした口調でぼやいていた。
「やっぱ個人になるのかなあ。だいたいが大泊さんからの話で、立て替えだとかなんとか、あれこれ絡繰ってもらったから、本当のところはわかんないな。おれは、いい車が安く買えればなんも問題なかったし……」 
 
 常田が帰ると、まだぼやき続けている瀬ノ尾を後目に、戸田は打越に連絡を入れた。常田の事情聴取の間に、打越から少なくとも五度の着信が入っていた。今度は打越の方がなかなか繋がらない。
 何か大きな展開があったのか。戸田は想像を巡らした。しかし、南署には公式の連絡は入っていない。ようやく繋がった打越は、おう、と短く言った。 
「大泊と連絡が付いたので、そっちに寄越すから後は頼む。それにな」
 と打越は笑った。
「連絡が取れなくなっている稲村直彦の車な。メタリックブルーのアリストだとさ。悪いが、こっちで追わせてもらう。すまんな、戸田」
「はい、はい。それで、こっち。常田のティアラは午前三時過ぎから、三時半頃までの間現場付近を二回周回。目撃車両無し……。ということで……」
「戸田警部補、大泊さんがお見えになりましたが、こちらにお通ししますか」
 南署員が、大泊敬吾の来訪を告げに来た。
「どうぞ……。ったく、これじゃ不意打ちですよ、コロさん」
 向こう側で、瀬ノ尾もぼやいている。
「常田の話聞いて、まず稲村であたり、なんでしょうね。それにしたって、今度はアリストかい。あーあ、みんな金だのコネだの持ちすぎだよ」
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