埋(うずみふ)腐 ――警部補戸田章三の日常(仮題)

三章企画

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第一章(その9) 参考人大泊敬吾

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 大泊敬吾は、日焼けした長四角い顔に人好きのする笑顔を浮かべた、大柄で均整のとれた体付きの男だった。ちょうど戸田とは頭半分背丈がちがっている。
 短めのオールバックに撫で上げた、その立ち居、物腰は、優秀なセールスマンそのままだった。
 自分の売りたい商品のための情報はいくらでも流すが、売るのに都合の悪い情報は聞かれない限り答えない。
 つまり、売り筋の同レベルの商品についてはあるだけの情報を流しても、価格帯や品質が異なる物については、まず話さない。もともと買い手の様子を見て商品を提示しているから、敢えて聞かれない限り答えない。
 愛想のいい饒舌なほどの受け答えからは、気さくなお人好しの顔しか見えないが、その眼から時折除く光は、容易に腹の底を見せない、隠し通すことに長けたタイプのものだ。
 それが戸田の受けた印象だった。瀬ノ尾が気づいているかどうかは、解らない。
『こうした男には、訊き方が重要なんだがな』
 戸田の脳の奥深い底に、何か危ういものがひとつ刻み込まれた。
 大泊に依れば、四月八日の午前八時過ぎ、稲村直彦から電話があったと言う。
「急に仕事しなきゃいけなくなったんで、なんか切断する道具を貸してくれるとこはないか」
 と聞かれたので、会社の道具は使えないのか、と尋ねると、
「急な頼みで会社とは連絡が取れないし、私用だから会社のものは……。どこか直ぐにでも貸してくれるところはないか」
 要を得ないが繰り返すので、この冬倒産した○○建設の小山田町の倉庫を教えた。何かあれば取りあえず使っていい、と言って鍵の在処を教えた。
 ○○建設は、大泊の勤務する有島殖産に建設資材費の未払いがあったので、現物で差し押さえしている。稲村にも稲村の会社にも、日頃あれこれと急な無理仕事も引き受けてもらっているので、さまざまな便宜を図っている。日頃きちんとした男なので、あまり細かなことは聞かない。
 大泊は、そう言った。
「その時間、接待でゴルフ場におりましたから、現場に行って対応することができませんでした。ゴルフ終了後も天文館での接待がありましたので、その日には確認できませんでした」
 しかし、と瀬ノ尾が声音を変えて畳み込んだ。
「その夜にアンデュミオンで、美津濃美穂さんに電話させたのは、どういう理由です」
 戸田は眼を瞑った。訊くべき順序が違う。
 一瞬、大泊敬吾の眼の色が変わり、直ぐに冷笑に変わった。
「稲村君が掴まらないからです。彼は、道具を借りっぱなしで連絡さえよこさない。そんな人間じゃありませんから、気になったんですよ。美穂もここを欠勤しているくらいだから、美穂、あ、彼女なら何か知っているかもしれないと思いましたので」
 その後、と戸田が切り出した。
「稲村さん、美津濃さん、どちらでも構いませんが、連絡は? 」
「稲村君には何度か連絡を入れましたが、ずっとドライブモードのままです。ええ、最後に掛けたのは、ここに伺う前でしたが、繋がりませんでした」
「倉庫の方はどうですか。何を持ち出したか、わかりますか」
「倉庫? どこの? あ、ああ……」
 戸田の問いかけに、考える間を呼吸七つほどおいて、
「昨日、小山田の倉庫を見た限りでは、集塵式のエンジンカッターが一台……。大きさですか。三百二十ミリ刃のものだったと思いますが、持ち出したままのようです」
「美津濃さんの方はどうなんです」
 瀬ノ尾がせき込んだ。
「あなたも深い関係があったんでしょう」
「ない、と言えば嘘になりますが、病気をもらいましたし。店の他の女の子との間でいざこざが起きたのとで、直接連絡は取らないようにしてましたから」
 大泊の眼の色が微妙に揺らぎ、やがて一色に落ち着いた。これ以上、訊いても何も出てこない。このタイプは、材料を揃えてからでないと、逃げられるばかりだ。
 戸田は、大きく伸びをした。
「いや、失礼。大泊さん、お忙しい中、ありがとうございました。ほんのちょっとしたことでも構いませんので、犯人のこと、被害者のこと、思い出したら連絡ください。何せ、まだ、仏さんの顔も出てませんので。可愛い子だったんでしょう。早く見つけてやらないとあんまり可哀想すぎますから」
 何か言いたげな瀬ノ尾を制し、戸田は大泊を見送りながら背後から声を掛けた。
「いや、ほんとうにお疲れさまでした」
 いえ、と振り向いて挨拶を返そうとした大泊に、戸田のもっそりとした低い声がじわりと襲いかかった。で、
「ふたりに何かあったって、いつ気づいたんです」
 たじろいだ大泊に、戸田は一気に近づいた。頭半分背丈の違う戸田が、大泊を見上げる格好になった。がら空きの大泊の顎に、戸田のことばがもひとつ飛んだ。
「今村さんに電話させたときには、もう知っていたんでしょう。いつ気づきました?」
 言い淀みながら後ずさる大泊に、戸田は再び踏み込んだ。
「聞かせてもらえますか」
 昼前、と大泊が小さく漏らした。
「ハーフが終わってクラブハウスにあがる直前でした。稲村君が、集塵袋が詰まって動かなくなったから、代わりのカッターはないか、と言ってきました。様子が変だったので、聞き直したら、もう俺たちはお終いだとか呻くように言って、それっきりです。その時には、想像しもしませんでしたが、稲村君が何かしでかしたな、とは。いや、それだけです。まさか、こんなことになっているとは……」
 それで、と戸田は催促する。
「気になったので、接待が終わってから店に行ってみると、美穂は休みでした。なんとなく、胸騒ぎがしたので電話してもらいました。そのまま気になっていて、昨日のニュースを聞いて、やってしまったなと思いました」
「昨日わかってたんなら、なんで直ぐに通報してこなかったんですか。何もやましい事がなければ、市民として通報するのが義務でしょう。あんたが、余計な知恵を付けなければ、こんな大事にならなかったかもしれないとは思わんのですか」
 瀬ノ尾、戸田が叫んだ。既に大泊の顔色が変わっている。
「よけいな知恵とは何のことですか。友だちの頼みだ。裏の事情知らなきゃ、普通助けるだろ。だから、警察にだって協力してるんだろうが。だいたい、想像だけで、友人を売れるかどうか、考えて見ろ。自分のしたことが……」
「大泊さん……」
 大泊は、自分の名前を呼んだ戸田の見透かすような視線に気づいて、ことばを止め、呼吸みっつほど深く吸うと、頭を下げた。
「すいませんでした。気になっていることを言われて、かっとなりました」
「いや、こいつも言い過ぎた。すまなかったね。大泊さんも、友だちのしたことで気持ちが揺らいでるだろうに、ほんとうにすまない」
 戸田が深々と頭を下げ、瀬ノ尾が硬い表情のまま軽く頭を下げた。
「戸田さん、とおっしゃいましたか。これからも必要があれば、協力させてもらいます。そちらの方はお名前は。はあ、瀬ノ尾さんですか。覚えておきます。そっちの、人を犯人扱いしたお巡りさんには、一切協力しないためにもね」
「わかりました。ご協力感謝します。お疲れさまでした」
 瀬ノ尾が動くより早く、戸田の大声が響き渡った。 
 戸田さん、と瀬ノ尾が口を開いたときには、大泊の姿は既にない。
「残念です。なぜ、大泊を問い詰めないんですか。問い詰めるつもりだったから、帰り際に引っかけたんでしょう」
 睨む瀬ノ尾の視線を素知らぬ顔で、戸田は柔らかくはずした。
「さて、帰りますか。いい情報が入っているといいけどな。ああ、瀬ノ尾。捜査報告書はおまえが全部書くんだぞ」
 戸田は取調室をさっさと出て、行き交う南署員の誰彼に珍しく饒舌に声を掛けて回っている。
「やあ、お世話になりました。もっと、あれですな。出る茶が旨ければ、大満点でした。いやいや、淹れ方は最高でした。でも老人には、もう少しぬるい方がねえ。せっかく新茶の出端なんだから、新茶を出してもらう方が……」
 多分、俺は何か致命的なミスをしでかすところだったのだ。しかも、捜査とは無縁の所轄で。
 南署員と交わしている、戸田のぼそぼそとした何気ないことば全てが、瀬ノ尾には自分への激しい叱責と化して突き刺さってくるように思えた。
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